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1.
『私、フランシスカは本日を以て『シザー』の名前を捨て、一介の庶民として生きていくことに致しました。家族を捨て、貴族としての役目までもを放棄することが許されないこととは分かっております。ですがどうか探さずに、私は初めからいないものと扱ってください。ワガママであることは承知の上で、どうか娘の最後の願いをお許しください』
フランシスカ=シザーは一通の手紙だけ残して、こつぜんと姿を消した。
フランシスカは幼少期からワガママな娘であった。
公爵令嬢の地位を利用してはやりたい放題。家庭教師や令嬢達を泣かせた数は両手の指を折り曲げても数え切ることはできないほど。その度にフランシスカと瓜二つの顔を持つ双子の弟、ジャックは頭を抱えることとなった。
なにせ娘を溺愛している父は怒りもせずに、若くして亡くなった妻によく似たフランシスカのワガママを全て許してしまうのだ。もちろん双子のジャックにも同じだけの愛情を注いだ。けれどジャックはワガママにはならなかった。
その理由は簡単。
フランシスカに泣かされた者達はそろいもそろってジャックに泣きついてくるからだ。
ここでジャックまでもワガママになってしまったら、彼らの逃げ場がなくなってしまう。涙で顔を汚す彼らをいじめるほどジャックの心は歪んでいなかった。
フランシスカに『あなたはクビよ!』と言い放たれ、彼女の一時の感情で職を失いかけた家庭教師を『辞めさせないで』と父に縋り。
その日のために仕立てたドレスをお茶や池の水で汚されたご令嬢にはハンカチを差しだし、使用人の元へと手を引いて案内する。
それだけではない。
泥の中に突き落とされた使用人のフォローをするのも。『こんなの家畜の餌じゃない!』と暴言を吐かれた食事を、フランシスカの分までキレイに平らげたのも。
全部弟のジャックの役目だった。
――そしていなくなったフランシスカが帰ってくるまでの間、姉を演じる役目だって。
「すまない、ジャック。フランシスカのことは必ず見つけだす! だからそれまではどうか我慢してくれ!」
「……はい。お父様」
今度ばかりは父も娘を甘やかしたことを後悔しているようだった。
それもそうだろう。なにせフランシスカはヒュルゲンベルク王国第一王子、ウィリアム=ヒュルゲンベルクの婚約者なのだから。それも幼い頃のフランシスカのワガママによって成立したものだ。
本来ならば他のご令嬢が婚約者になるところを、シザー家当主は娘の初恋をかなえるために家の権力をフル活用してもぎ取ったのだ。もちろん代償もそれなりにはあった。けれどそれも全て娘のためだった。
飽き性なフランシスカだったが、ウィリアムへの気持ちは本物で、他のご令嬢や家庭教師に嫌がらせを繰り返しながらも、王妃になるための手習いを休んだ日はなかった。
ワガママなフランシスカとて、未来の王太子妃、そして王妃になるという役目を軽んじていた訳ではないのだ。
それなのにフランシスカは学園入学を間近にして逃げ出した。
彼女の待ち望んだ婚姻は後3年にまで迫っているというのに……。
だが一番のナゾはフランシスカが『どこに逃げたのか』ではなく『なぜ逃げ出したのか』である。
本人が消え、手紙が残されていた際に真っ先に疑うべくは二つ。
誘拐と駆け落ちである。
だが身代金の要求がないだけではなく、彼女の部屋からは金目の物は紛失していない。シザー屋敷からなくなった物といえば、メイドの私服一式とキッチンに置かれていたリンゴだけだった。おそらくフランシスカが去り際に持って行ったのだろう。
ならば残すは駆け落ち、といいたいところだがこれもおかしいのだ。
なにせこの屋敷から消えたのはフランシスカただ一人なのだから。
もちろん、シザー家の者達は総出で屋敷に出入りしていた業者の身辺状況を洗い、交流のあったご令息も同様に姿を消していないか探った。けれど誰もがいつものままだった。
そう、フランシスカはたった一人で姿を消したのだ。
だからこそナゾが残り続ける。
そして彼女が残していった『王子の婚約者』という役目も。
いや、それだけではない。
父には伝えていないものの、おそらくジャックだけが知っているナゾがもう一つだけある。
それはフランシスカが消える数日前のこと。
深夜、目を冷ましたジャックはトイレへと向かう途中、姉の部屋の前を通りがかった。
すると部屋の中からフランシスカの声が聞こえてきたのだ。声はボソボソとどこかくぐもったような物ではあったが、こんな夜更けに起きているなんて何かあったのだろうかと訝しく思ったジャックは、姉の部屋のドアに耳を寄せた。それでもまだ声は小さく、はっきりと聞き取ることは出来ない。断片的であるが聞き取れたのは『乙女ゲーム』『悪役令嬢』『断罪エンド』の三つのワードだけ。どれも聞いたことのない言葉だ。
もしや悪夢でも見ているのではないだろうか?
フランシスカが心配になったジャックはコンコンコンとドアをたたき「フランシスカ、どうかしたのかい?」とドア越しに問いかけた。けれど返答はない。焦ったジャックは「入るよ!」と声をあげ、承諾も待たずに部屋へと突入した。けれどベッドに寝ていたのは何事もなく目を閉じているフランシスカの姿だった。
ただの寝言、だったのだろうか?
その日のジャックは、姉は変な夢でも見ていたのだろうとすませてしまった。
だが今となってはあの言葉にも何か意味があったのではないかと勘ぐらざるを得ない。
けれどそれは父に伝えるにはあまりにも謎すぎる言葉だった。
伝えたところで何の手がかりになる訳でもない。むしろ混乱させてしまうだけ。だからジャックはその謎のワードを胸の中に押しとどめておくことにした。
けれど捜索が難航することはないだろう。
なにせジャックの肩に乗せられた父の手は、ジャックのか細い肩を折ってしまうのではないかと思うほど力強い。筆頭貴族が一角のシザー公爵家当主がここまで本気にフランシスカを捜索するのだ。それに貴族のご令嬢がその身一つで逃げ出して、見つからない訳がない。もしも逃げた先で誘拐などされたらその時は身代金を払えばすむ話。
姉が発した言葉が気になったが、ジャックはフランシスカがすぐに見つかることだろうと思っていた。だからこそ、ジャックは15歳の男児でありながらも恥を捨て、フランシスカのドレスに身を包んで学園へと乗り込むことを承諾したのだった。
フランシスカ=シザーは一通の手紙だけ残して、こつぜんと姿を消した。
フランシスカは幼少期からワガママな娘であった。
公爵令嬢の地位を利用してはやりたい放題。家庭教師や令嬢達を泣かせた数は両手の指を折り曲げても数え切ることはできないほど。その度にフランシスカと瓜二つの顔を持つ双子の弟、ジャックは頭を抱えることとなった。
なにせ娘を溺愛している父は怒りもせずに、若くして亡くなった妻によく似たフランシスカのワガママを全て許してしまうのだ。もちろん双子のジャックにも同じだけの愛情を注いだ。けれどジャックはワガママにはならなかった。
その理由は簡単。
フランシスカに泣かされた者達はそろいもそろってジャックに泣きついてくるからだ。
ここでジャックまでもワガママになってしまったら、彼らの逃げ場がなくなってしまう。涙で顔を汚す彼らをいじめるほどジャックの心は歪んでいなかった。
フランシスカに『あなたはクビよ!』と言い放たれ、彼女の一時の感情で職を失いかけた家庭教師を『辞めさせないで』と父に縋り。
その日のために仕立てたドレスをお茶や池の水で汚されたご令嬢にはハンカチを差しだし、使用人の元へと手を引いて案内する。
それだけではない。
泥の中に突き落とされた使用人のフォローをするのも。『こんなの家畜の餌じゃない!』と暴言を吐かれた食事を、フランシスカの分までキレイに平らげたのも。
全部弟のジャックの役目だった。
――そしていなくなったフランシスカが帰ってくるまでの間、姉を演じる役目だって。
「すまない、ジャック。フランシスカのことは必ず見つけだす! だからそれまではどうか我慢してくれ!」
「……はい。お父様」
今度ばかりは父も娘を甘やかしたことを後悔しているようだった。
それもそうだろう。なにせフランシスカはヒュルゲンベルク王国第一王子、ウィリアム=ヒュルゲンベルクの婚約者なのだから。それも幼い頃のフランシスカのワガママによって成立したものだ。
本来ならば他のご令嬢が婚約者になるところを、シザー家当主は娘の初恋をかなえるために家の権力をフル活用してもぎ取ったのだ。もちろん代償もそれなりにはあった。けれどそれも全て娘のためだった。
飽き性なフランシスカだったが、ウィリアムへの気持ちは本物で、他のご令嬢や家庭教師に嫌がらせを繰り返しながらも、王妃になるための手習いを休んだ日はなかった。
ワガママなフランシスカとて、未来の王太子妃、そして王妃になるという役目を軽んじていた訳ではないのだ。
それなのにフランシスカは学園入学を間近にして逃げ出した。
彼女の待ち望んだ婚姻は後3年にまで迫っているというのに……。
だが一番のナゾはフランシスカが『どこに逃げたのか』ではなく『なぜ逃げ出したのか』である。
本人が消え、手紙が残されていた際に真っ先に疑うべくは二つ。
誘拐と駆け落ちである。
だが身代金の要求がないだけではなく、彼女の部屋からは金目の物は紛失していない。シザー屋敷からなくなった物といえば、メイドの私服一式とキッチンに置かれていたリンゴだけだった。おそらくフランシスカが去り際に持って行ったのだろう。
ならば残すは駆け落ち、といいたいところだがこれもおかしいのだ。
なにせこの屋敷から消えたのはフランシスカただ一人なのだから。
もちろん、シザー家の者達は総出で屋敷に出入りしていた業者の身辺状況を洗い、交流のあったご令息も同様に姿を消していないか探った。けれど誰もがいつものままだった。
そう、フランシスカはたった一人で姿を消したのだ。
だからこそナゾが残り続ける。
そして彼女が残していった『王子の婚約者』という役目も。
いや、それだけではない。
父には伝えていないものの、おそらくジャックだけが知っているナゾがもう一つだけある。
それはフランシスカが消える数日前のこと。
深夜、目を冷ましたジャックはトイレへと向かう途中、姉の部屋の前を通りがかった。
すると部屋の中からフランシスカの声が聞こえてきたのだ。声はボソボソとどこかくぐもったような物ではあったが、こんな夜更けに起きているなんて何かあったのだろうかと訝しく思ったジャックは、姉の部屋のドアに耳を寄せた。それでもまだ声は小さく、はっきりと聞き取ることは出来ない。断片的であるが聞き取れたのは『乙女ゲーム』『悪役令嬢』『断罪エンド』の三つのワードだけ。どれも聞いたことのない言葉だ。
もしや悪夢でも見ているのではないだろうか?
フランシスカが心配になったジャックはコンコンコンとドアをたたき「フランシスカ、どうかしたのかい?」とドア越しに問いかけた。けれど返答はない。焦ったジャックは「入るよ!」と声をあげ、承諾も待たずに部屋へと突入した。けれどベッドに寝ていたのは何事もなく目を閉じているフランシスカの姿だった。
ただの寝言、だったのだろうか?
その日のジャックは、姉は変な夢でも見ていたのだろうとすませてしまった。
だが今となってはあの言葉にも何か意味があったのではないかと勘ぐらざるを得ない。
けれどそれは父に伝えるにはあまりにも謎すぎる言葉だった。
伝えたところで何の手がかりになる訳でもない。むしろ混乱させてしまうだけ。だからジャックはその謎のワードを胸の中に押しとどめておくことにした。
けれど捜索が難航することはないだろう。
なにせジャックの肩に乗せられた父の手は、ジャックのか細い肩を折ってしまうのではないかと思うほど力強い。筆頭貴族が一角のシザー公爵家当主がここまで本気にフランシスカを捜索するのだ。それに貴族のご令嬢がその身一つで逃げ出して、見つからない訳がない。もしも逃げた先で誘拐などされたらその時は身代金を払えばすむ話。
姉が発した言葉が気になったが、ジャックはフランシスカがすぐに見つかることだろうと思っていた。だからこそ、ジャックは15歳の男児でありながらも恥を捨て、フランシスカのドレスに身を包んで学園へと乗り込むことを承諾したのだった。
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―――
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(名義を統合しこちらに移動することになりました)