姉の身代わりになりまして

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

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 するとジャックの思いが通じたのか、アイリーンはぱったりとジャックの前に姿を表さなくなった。

 その代わりウィリアム王子を筆頭とした、比較的権力のある男性陣にまとわりついているようだったが、ジャックにはあまり関係のないことだ。その中にはジャックと仲の良い青年の姿もあったが、今のジャックはフランシスカなのだ。それに彼はアイリーンの本性を知ってか知らずか、嫌がっている様子もない。救いの手など必要はないのだろう。

「フランシスカは今日も可愛いな」
「ありがとうございます」
 アイリーンから逃れるためなのか、やけにウィリアムがやってくる回数が増えたが。だがどこか覇気のなくなった彼が可愛そうに思えてしまったジャックは、今までよりも少しだけ優しい態度で返している。

「少し、丸くなったな」
「太ったといいたいのですか?」
「まさか! 態度の方だよ。だけど太ったフランシスカもきっと可愛いはずだ」

 その言葉にジャックの胸はドキリと大きく揺れる。このタイミングで揺さぶりをかけられるとは思っていなかったのだ。

 態度が変わったのは性格が違うといいたいのだろうか。

 太ったというのは体格の違いの指摘か。

 ジャックは男としては線が細い方ではあるが、女性のフランシスカと比較してしまえばまるで違う。女性ならではのまるみを再現するのは、綿で作ったシザー家のメイド特製パッド。だが人工物ではどうしても限界がある。

「フランシスカ?」
 王子に探るように顔をのぞき込まれれば冷や汗が額にびっしりと浮かぶ。

「フランシスカ、体調でも悪いのか?」
「だ、大丈夫……ですわ」

 そろそろ限界だ。
 もとよりジャックがフランシスカの身代わりとなるのは彼女が見つかるまでの、非常に短い期間の予定だったのだ。それが見つからずに半年近くが経過している。
 3ヶ月とせずに王子には正体がバレていたようだったが、それ以外の人たちとの交流は上手くいっていたのだ。シザー家の株は下がるどころかやや上向きになってきているほど。もう十分な働きをしたのではないだろうか。

 屋敷に戻ったら父に相談しよう。そろそろ学園に入学してから初めての長期休暇に入る。それを機に療養と理由をつけてしばらく身を潜めさせてはくれないだろうか、と。

 ジャックはふらつきながらもウィリアムに支えられながら立ち上がった。

「今、馬車を呼ぶ。フランシスカはここで……」
「いえ。王子の手を煩わせる訳には行きませんので」
 屋敷まで着いてこられたらたまったもんじゃないと手で制して、近くに控えていた使用人に支えてもらう。
 それでもまだ何かいいたいことがあるらしい王子はジャックの後ろをついて歩く。隙でもうかがっているのだろうか?

 いっそのこと全部バラして婚約破棄でもしてくれたらいいのに……。
 そんなことを考えてしまうのはきっと心が弱っているからだろう。

 王子の婚約者であったフランシスカは逃亡。
 シザー家は半年以上娘を見つけることは出来ず、代わりに弟を身代わりに仕立て上げた。
 これだけでも立派に社会的な地位を失うこととなるだろう。
 愛する家族をそんな危機に立たせるなんてジャックには出来るはずもないのだ。

 馬車の窓から見えるウィリアムを見下す瞳からは涙がこぼれそうになる。
 けれどそれを必死でこらえて前を向いた。

 父にはすでにウィリアム王子が入れ替わりを察しているようだということは告げてある。それをふまえた上で、屋敷に戻って作戦会議をしよう。
 もちろん兄も加えて。

 一度、フランシスカの捜索場所を考え直した方がいいかもしれない。
 ここまで長期にわたって身を隠すとなるとそれなりの金額が必要だろうし、協力者がいない訳がない。それに考えたくはないが人売りに売られた可能性もゼロではない。そうなると他国の裏ルートにも捜索を広げる必要がある。ジャックは顎に手を当てて考え込んだ。


 ――その時だった。
 ガタっと大きく車体が左へと傾いた。
 使用人の腕がジャックに伸びるのが後少し遅れていたら、きっと彼の頭は窓に強く叩きつけられていただろう。

「ありがとう」
 短く礼を告げると身体を元の位置へと戻し、ジャックは原因を探った。
 帰宅ルートはいつもと同じ平坦な道。ここ最近で大雨はなく、落石なども考えづらい。
 一番あり得る可能性は――

 耳をすませば外からは剣と剣がはじき合うような金属音が聞こえてくる。
 やはり賊か。

「ジャック様、こちらでしばしお待ちください」
「分かった」

 まだ王都から少ししか離れていないというのに、いつの間にこんなに治安が悪くなったのだろうか。
 御者の援護のために降りたのはジャックの剣の稽古を手伝ってくれた使用人だ。他に家庭教師もついていたが、元々騎士であったらしい彼もまた指導に当たってくれていたのだ。
 フランシスカがいなくなって、ジャックもいなくなったら……と最悪を想像して、わなわなと震える父が彼を護衛役としてつけてくれた。父だって、ジャックがフランシスカとは違い、逃げ出すつもりはないことなんて分かりきっているのだ。それでも事故や万が一のことがあったらと思うと……と目を潤ませるので、過保護すぎないかとあきれながらも毎日ついてきてもらっていた。とはいえ、ここ数ヶ月の彼の役目といえばジャックのカバンを持つことくらいだ。それもご令嬢の軽いカバンを他の使用人達との交代制で。さぞヒマであったことだろう。

 けれどまさかここに来て護衛役として役立つとは……。

 指示に従い、残った使用人と共に戦闘の終了を待つ。
 彼の実力を信じているジャックは馬車の中に賊が立ち入ってくるかなんて想像もしない。

 ジャックが考えるのは、これは学園に行かない理由に出来ないかということだ。

 貴族という立場の人間は頻繁とは言わないまでも、賊に狙われることがある。それは金品目的であったり、怨恨であったりと理由は様々だ。だからこそ使用人や護衛役を常に連れている。
 だがいくらそういうことがあるかもしれないと理解していたとしても、実際に遭遇するのとは訳が違う。
 あまりの恐怖にしばらく家から出てこられなくなるご令嬢もいるほどだ。
 通常時でそれならば、体調が悪くて早退した(と思われている)状況で遭遇したとなればどうか。

 身体的なものと精神的なもののダブルパンチで寝込んだ、という設定でしばらくは引きこもれるのではないだろうか?

 ジャックは脳内でそろばんをパチパチとはじく。
 この理由だったら相手に不快な思いをさせずにお見舞いも断れる!
 襲撃に合ったのは不運としか言いようがない。
 けれど代わりにこんな素敵な手土産を持ってきてくれたのだ。プラスマイナスは0に近いと言ってもいいだろう。

「お待たせいたしました」
「ごくろうさま」
 機嫌のよくなったジャックは一仕事を終えて帰ってきた使用人を笑顔で労う。
「何かいいことでもありましたか?」
「うん。とっても!」
 ジャックが笑みを深めれば、それにつられて使用人もまた幸せそうに笑うのだった。
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