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7.
お屋敷読書生活から早2週間が経ち、学園も長期休暇に突入した。この自宅待機期間でジャックに新たな発見が二つほどあった。
一つはお茶会メンバーのご令嬢達が想像以上にジャックを気遣ってくれること。シザー家のご令嬢だから仲良くしてくれるのだろうと思っていた。けれど彼女達は賊の襲撃を受けてしまった(という設定の)フランシスカに気を使って、手紙やお茶を送ってくれるのだ。それもジャックの好きそうなお茶を。
男女の違いもあるのだろうが、ジャックがいなくなっても全く気にしない友人とは大違いだ。
心優しいご令嬢達にウソをついてしまうのは心苦しい。だが本当のことなど話せる訳もない。当たり障りのないことを書き連ねることしか出来ないのだ。送られてくる手紙が数をますごとに、彼女達とのお茶会はこの先も続けていけたら……なんて都合のいいことを考えてしまう。
このままフランシスカとして生活するのはイヤ、というよりもムリがあることなど自分が一番よく分かっているのに。
思わず気持ちが暗くなってしまうが、いいこともある。
それはこの二週間で一度もウィリアム王子から連絡が来ないことだ。
最後に顔を会わせた時の様子からして、もっと攻めてくるかと思ったが、それはジャックの思い過ごしだったようだ。バラされることを怯えていたあの日々は何だったのかと拍子ぬけしてしまう。学園にいたから利用しただけで、いなければ『避難所』として機能することは出来ない。つまりは用なしという訳か。
だからといって、引きこもっている婚約者に手紙一つもないのは人としてどうかと思うが。
距離を詰めたいとの話がウソだと分かっていても、もう少し取り繕えよと思わず届かぬ突っ込みがこぼれてしまう。
関心がないのか、揺さぶるタイミングを見極めているだけなのか。
どちらにしても読めない男だ。
だがそれももうジャックには関係のないことだろう。
なにせ賊一味の殲滅が完了してもなお、父と兄はジャックを屋敷にとどめようとしているのだから。
――カタがついたと父が宣言をしたのは5日前のことだ。
その日を境に、父と兄の溺愛は拍車がかかったように勢いを増していった。
「ジャック!」
「兄さん」
今日もジャックが庭で本を読んでいると、兄は背後から抱きしめる。
初めこそ驚いたものの、これもコミュニケーションの一つなのだろうと飲み込むことにした。すっかり適応したジャックが首を捻れば、兄は嬉しそうに微笑んだ。
「今日は何を読んでいるんだ?」
「『ガルードマンの迷宮探索』です」
「どんな話か、兄さんに聞かせてくれ」
「ガルードマンという少年が一攫千金を目指して『地下迷宮』に潜る話です。モデルは東方の島国で、自然の多い国だけあって、描写がキレイなんですよ」
「そうか」
兄が内容に興味のないことなんてジャックだって分かり切っている。兄はただ、弟がここにいることを把握したいだけなのだ。いや、もしかしたらジャックに妹と弟の二役を求めているのかもしれない。
兄はジャックの要望通り、『ジャック』と呼んでくれるが、ジャックが身につけるのは変わらずフランシスカのドレスである。屋敷に居ながらもドレスを着用させるようにとメイドに指示を出したのは他ならぬ兄だ。このままいけば、必要以上にドレスを作らせていたフランシスカのドレスコレクションの全てに腕を通してしまいそうだ。
それでも文句を言わないのは大人しくしておけば平和が崩れることはないから。
すっかり疲弊したジャックには『平和』は何よりも大切なもの。それさえ確保されるのならばドレスくらいなんてことないのだ。
「そうだ、ジャック。おみやげだ」
「おみやげ!?」
「ああ。開けてごらん」
ピンク色のリボンを引けば、スルスルと滑るように解け、中身が顔を出す。
おみやげ、なんだろう! と心を弾ませていたジャックは中身を目にして、言葉を失った。
「どうだ?」
「兄さん、これ……」
兄がおみやげと渡してきたのは、小さくてかわいらしい花が散らばったバレッタだったのだ。
バレッタなんて、まるで女の子へのプレゼントじゃないか。
「バレッタだ。似合うだろうと思って」
弟のおみやげとして渡すものではない。なのになぜ兄は笑っているのだろう。
戸惑うジャックとは裏腹に、兄は包みの中のバレッタへと手を伸ばし、ジャックの髪に当てて見せた。
「やっぱりよく似合う。どれ、兄さんがつけてやろう」
ついにジャックの中の何かがプツンと切れた音がした。
「! 止めてください!」
「ジャック?」
「私はジャックです! フランシスカじゃ、女の子じゃないです!」
兄の手を拒み、必死で主張するジャックの瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちた。目の前で兄がおろおろと手が空を惑っているのも気にすることはない。これ以上はもう耐えきれなかったのだ。
兄に悪気はなくとも、まるで『ジャック=シザー』を否定され続けているようで。
ジャックはいらないとでも言われているようで。
胸がギュっと捕まれたようで苦しくなる。
「ジャック、兄さんが悪かった。だから泣かないでくれ」
兄はジャックを抱きしめて、耳元で「ごめんな」と何度も繰り返す。けれどそれすらもジャックには気に入らなかった。
だってなぜジャックが怒っているのかを理解していないことを知っているから。
「兄さんなんて……嫌いです」
ジャックはギュっと唇を噛みしめると兄の胸を押し返した。それはあまりにも弱い力で、兄にとってはなんてことないはずだった。けれど予想もしていなかったのだろう弟からの拒絶に思わず力がゆるんだ。
ジャックはその隙に逃げ出した。ヒールなんて走りづらくて、途中で放り出して裸足で駆ける。フランシスカみたいに上手く逃げられないことなんて承知だった。きっと途中で捕まってしまうことだろう。屋敷の外にさえも出られないかもしれない。
けれどこれがジャックのせめてもの抵抗だったのだ。
一つはお茶会メンバーのご令嬢達が想像以上にジャックを気遣ってくれること。シザー家のご令嬢だから仲良くしてくれるのだろうと思っていた。けれど彼女達は賊の襲撃を受けてしまった(という設定の)フランシスカに気を使って、手紙やお茶を送ってくれるのだ。それもジャックの好きそうなお茶を。
男女の違いもあるのだろうが、ジャックがいなくなっても全く気にしない友人とは大違いだ。
心優しいご令嬢達にウソをついてしまうのは心苦しい。だが本当のことなど話せる訳もない。当たり障りのないことを書き連ねることしか出来ないのだ。送られてくる手紙が数をますごとに、彼女達とのお茶会はこの先も続けていけたら……なんて都合のいいことを考えてしまう。
このままフランシスカとして生活するのはイヤ、というよりもムリがあることなど自分が一番よく分かっているのに。
思わず気持ちが暗くなってしまうが、いいこともある。
それはこの二週間で一度もウィリアム王子から連絡が来ないことだ。
最後に顔を会わせた時の様子からして、もっと攻めてくるかと思ったが、それはジャックの思い過ごしだったようだ。バラされることを怯えていたあの日々は何だったのかと拍子ぬけしてしまう。学園にいたから利用しただけで、いなければ『避難所』として機能することは出来ない。つまりは用なしという訳か。
だからといって、引きこもっている婚約者に手紙一つもないのは人としてどうかと思うが。
距離を詰めたいとの話がウソだと分かっていても、もう少し取り繕えよと思わず届かぬ突っ込みがこぼれてしまう。
関心がないのか、揺さぶるタイミングを見極めているだけなのか。
どちらにしても読めない男だ。
だがそれももうジャックには関係のないことだろう。
なにせ賊一味の殲滅が完了してもなお、父と兄はジャックを屋敷にとどめようとしているのだから。
――カタがついたと父が宣言をしたのは5日前のことだ。
その日を境に、父と兄の溺愛は拍車がかかったように勢いを増していった。
「ジャック!」
「兄さん」
今日もジャックが庭で本を読んでいると、兄は背後から抱きしめる。
初めこそ驚いたものの、これもコミュニケーションの一つなのだろうと飲み込むことにした。すっかり適応したジャックが首を捻れば、兄は嬉しそうに微笑んだ。
「今日は何を読んでいるんだ?」
「『ガルードマンの迷宮探索』です」
「どんな話か、兄さんに聞かせてくれ」
「ガルードマンという少年が一攫千金を目指して『地下迷宮』に潜る話です。モデルは東方の島国で、自然の多い国だけあって、描写がキレイなんですよ」
「そうか」
兄が内容に興味のないことなんてジャックだって分かり切っている。兄はただ、弟がここにいることを把握したいだけなのだ。いや、もしかしたらジャックに妹と弟の二役を求めているのかもしれない。
兄はジャックの要望通り、『ジャック』と呼んでくれるが、ジャックが身につけるのは変わらずフランシスカのドレスである。屋敷に居ながらもドレスを着用させるようにとメイドに指示を出したのは他ならぬ兄だ。このままいけば、必要以上にドレスを作らせていたフランシスカのドレスコレクションの全てに腕を通してしまいそうだ。
それでも文句を言わないのは大人しくしておけば平和が崩れることはないから。
すっかり疲弊したジャックには『平和』は何よりも大切なもの。それさえ確保されるのならばドレスくらいなんてことないのだ。
「そうだ、ジャック。おみやげだ」
「おみやげ!?」
「ああ。開けてごらん」
ピンク色のリボンを引けば、スルスルと滑るように解け、中身が顔を出す。
おみやげ、なんだろう! と心を弾ませていたジャックは中身を目にして、言葉を失った。
「どうだ?」
「兄さん、これ……」
兄がおみやげと渡してきたのは、小さくてかわいらしい花が散らばったバレッタだったのだ。
バレッタなんて、まるで女の子へのプレゼントじゃないか。
「バレッタだ。似合うだろうと思って」
弟のおみやげとして渡すものではない。なのになぜ兄は笑っているのだろう。
戸惑うジャックとは裏腹に、兄は包みの中のバレッタへと手を伸ばし、ジャックの髪に当てて見せた。
「やっぱりよく似合う。どれ、兄さんがつけてやろう」
ついにジャックの中の何かがプツンと切れた音がした。
「! 止めてください!」
「ジャック?」
「私はジャックです! フランシスカじゃ、女の子じゃないです!」
兄の手を拒み、必死で主張するジャックの瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちた。目の前で兄がおろおろと手が空を惑っているのも気にすることはない。これ以上はもう耐えきれなかったのだ。
兄に悪気はなくとも、まるで『ジャック=シザー』を否定され続けているようで。
ジャックはいらないとでも言われているようで。
胸がギュっと捕まれたようで苦しくなる。
「ジャック、兄さんが悪かった。だから泣かないでくれ」
兄はジャックを抱きしめて、耳元で「ごめんな」と何度も繰り返す。けれどそれすらもジャックには気に入らなかった。
だってなぜジャックが怒っているのかを理解していないことを知っているから。
「兄さんなんて……嫌いです」
ジャックはギュっと唇を噛みしめると兄の胸を押し返した。それはあまりにも弱い力で、兄にとってはなんてことないはずだった。けれど予想もしていなかったのだろう弟からの拒絶に思わず力がゆるんだ。
ジャックはその隙に逃げ出した。ヒールなんて走りづらくて、途中で放り出して裸足で駆ける。フランシスカみたいに上手く逃げられないことなんて承知だった。きっと途中で捕まってしまうことだろう。屋敷の外にさえも出られないかもしれない。
けれどこれがジャックのせめてもの抵抗だったのだ。
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