姉の身代わりになりまして

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「予想外だったな」
 ゆっくりと階段が降りる音に続き、兄の呟くような声がフロアに響いた。

 予想外だったのは、ウィリアム王子がここまでやってきたことだろうか?
 それとも暴こうとした謎を追及せずに帰ったこと?

 まるで自分だけが取り残されたようで、ジャックは振り向きをせずに苛立たしげな声を向ける。

「何が、です?」
「ウィリアム王子があそこまでジャックを気に入っていたことだよ」
「え?」
「別にジャックがフランシスカの代わりをしていることがバレてるならそれはそれで構わなかったんだ。当家にはそれでは揺るがないだけのカードがある」
「どういうこと……ですか?」

 シザー家と王家では身分の差が存在する。それも公爵家サイドからでは決して越えることのできない差が。それはフランシスカがウィリアム王子の婚約者となった時だって確かに存在したはずだ。行使したのは公爵家の権力で、父が動いたのは周りの家に対する一種の牽制のようなもの。つまりいくら王子の婚約者の座を獲得したとしても格差がなくなる訳ではないのだ。

 だからこそジャックをフランシスカの身代わりにしたのだろう――そう思っていた。

 なのに、そんな強力なカードをいつ手にしたというのだろう?
 知らないのは自分だけなのか……。
 ジャックはこわごわと身体を反転させ、兄の顔を覗いた。

「おいで、ジャック」
 けれど兄はにこりと笑って手を差し出すだけ。どうやら知りたければこの手を取るしかないようだ。つい先ほどまでこの手から逃げだそうとしていたはずなのに。兄は何も言わずに、けれどジャックの歩幅を気にしながら歩いていく。階段を登り、真っ直ぐと。二つ目の角を曲がったところで、ああ父の書斎に向かっているのだなと気づいた。やはり知らなかったのは自分だけか。長い間、一人で空回りをして……。バカみたいだ。足下に視線を落としながら唇を噛みしめる。すると目の前を歩いていた兄はピタリと足を止めた。かと思えばジャックの背中へと腕を伸ばす。

「気づかなくてごめんな」
 その言葉とともにジャックを横抱きにした。
「へ?」
「靴、回収してくればよかったな。後で回収してきてもらうから、だから落ちないように兄さんの首にしっかりと腕を回しといて」
 目を瞬かせながら、兄を見上げるジャックなどお構いなし。ジャックの身体を自分の身体とピタリとくっつけると、先ほどよりも広い歩幅でズンズンと進み始めた。そして再び足を止めたのはジャックが想像した通りの場所――父の、シザー家当主の書斎だった。

 ――けれど予想外のことも一つ。

「父さん、フランシスカ。アレックスです。ジャックを連れてきました」
「え、フランシスカ!?」
「久しぶり、ジャック」

 閉ざされたドアの向こう側には、半年以上姿を消していたフランシスカの姿があったのだ。それも今、ジャックが着ているドレスとまるで一緒のものに身を包み、頭には先ほど兄がジャックにプレゼントとして渡そうとしたバレッタが光っている。
 元々ジャックとフランシスカは双子なだけあって、顔がよく似ている。その上、今のジャックはシザー家のメイド特製パッドのおかげで女性に近い身体付きになっていることだろう。

 まるで全く同じ人間が二人存在するかのようだ。

 けれどそのことへの違和感はなかった。
 なにせ性別の差を感じるよりもずっと前から、自分とまるで同じ顔を毎日見ながら過ごしてきたのだ。今更同じ服装だろうと、同じアクセサリーをつけようと気にはならない。むしろ気にするとしたらフランシスカの方だろう。なにせ屋敷を空けているうちに弟が女物の、それも自分のドレスを身に包んでいるのだから。けれど彼女はすでに父か兄から話を聞いていたらしく、そこまで驚いている素振りを見せなかった。それどころか兄の腕の中から降ろされたジャックの周りをぐるりと回りながら観察をしている。

「私の代わりになっているとは聞いていたけど、本当に……瓜二つだわ」
 ほうっと感心したように息を吐くフランシスカ。
 そして自身の髪からバレッタを取ると、ジャックの頭に飾った。

「よく似合うわね」
 兄に同じことをされた時はイヤで、だからこそ拒んだのだ。
 けれど不思議と今はそんな気にはならなかった。それ以上に、姉が自分の物をジャックに譲ったことが気になった。

 フランシスカは、自分の物へ対する執着が人以上にあるはずだった。相手が弟であろうと『自分の所有物』と認識したものを譲るなんて行為、一度だって取ったことはなかった。
 それは家族の中で一番長い時間をフランシスカと共に過ごしてきたジャックが一番よく知っている。
 それに姉は……フランシスカはこんなに柔らかく笑う女ではなかった。
 いつだって傲慢で強欲で、悪役のような笑みで満足気に笑うのだ。
 それがフランシスカ=シザーという、高圧的で、けれどもほのかに憧れさえも抱かせる、ジャックの双子の姉だった。

「あなたは……誰、ですか?」
「フランシスカよ」
「ウソだ!」
「ウソじゃないわ。あなたの言うフランシスカ=シザーじゃないだけ。あの子の自意識は半年前に、私がこの屋敷を飛び出す少し前、あなたが私の部屋へと入ってきたあの晩に死んだの」
「死ん、だ……?」

 ジャックがフランシスカの部屋に入った晩といえば、フランシスカが謎の言葉を呟いていた日しかない。

 姉が死んだと聞いて、ひどくしっくりと来てしまったことにジャックは少しだけ罪悪感を覚えた。
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