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ジャックの心配したようなことなど起こることもなく、無事に王城へとたどりつくことができた。馬車を降り、使者の先導の元、城の長い長い廊下を歩く。『フランシスカ』はこの道を何度か歩いてきたのだろうから『遠いな~』とか『まだかな……』なんて顔に出してはいけない。けれども泣き言を言いたくなるのも仕方のないことだろう。なにせ階段を上ったかと思えば数メートルほど直進後、二度ほど連続して角を曲がった後にすぐに下の階を目指すのだ。意地悪をされているにしては地味すぎる。だが案内人が適当に歩いている気はしない。なにせ一度たりとも同じ道を通過していないのだから。こんな時、記憶力がいいのは困りものだ。ジャックは今まで通った道順を頭の中で地図のように思い浮かべながら、心の中で大きめのため息を吐いた。
「こちらでございます」
目的地にたどり着いたのは馬車から降りてから長い時間が経過した後のことだった。ジャックの格好だったら腰から懐中時計を下げているのだが、フランシスカの姿では時間を確認出来るものを持っていない。そのため時間を確認しようにも出来そうもない。だが応接室がこんなに奥にあるものなのだろうかと驚かずにはいられなかった。
もしやウィリアム王子の自室だったりするのだろうか?
だがウソをついていた相手をそう簡単に自室に招待するとは思えない。ハメられた、とは思いたくはない。だがいざとなったら案内なしで元の場所まで帰れるようにしておいたほうがいいだろう。深く頭を下げてから去っていく使者の背中を眺めながら、帰りも案内人をつけてもらえることを強く願う。もしも何か仕掛けられていたとしても、このままずっとドアの前に立ち尽くしている訳にもいかない。
男は度胸、男は度胸……と心の中で唱えながら、パッドで膨らんだ胸の上に手を乗せる。深く息を吸って、すうっと長く吐き出す。そしてジャックは意を決してドアを叩いた。
「フランシスカ=シザーです」
「入ってくれ」
「失礼いたします」
ゆっくりとドアを開いた先で待っていたのは、ソファに腰を下ろすウィリアム王子だった。窓は全てカーテンによって覆われている。その上、電球は取り付けられていないらしく、光源は部屋にポツポツと設置されたキャンドルだけ。心なしか煙いような気もするのだが、換気はしていないのだろうか。空気孔を探して視線を巡らせるジャックに王子は声をかけた。
「フランシスカ、おいで」
ジャックだとネタバラシは済んでいるというのに、彼は確かに『フランシスカ』の名前を口にした。
それは一体どういう意味だろうか?
このまま何も知らないままでいてくれるという意思表示であったらいいのに……。
淡い期待を胸に抱き、ドアから手を離す。そしてゆっくりとウィリアム王子の待つソファへと足を運ぶ。
「あの、ウィリアム王子……先日のことなのですが」
「とりあえずお茶でもどうだい?」
「え?」
「ここまで来るのに結構歩いただろう?喉、乾いているんじゃないか?」
王子は微笑みながら、ポットの中で温められていたお茶をカップに注いでくれる。透明度のある真っ赤なお茶がなみなみと入ったカップをジャックの前に寄越すと、王子は再びジャックへと視線を戻した。
口元が上がったその顔は学園で目にしていたものとは少しだけ違うように見える。けれど今のジャックに王子が自ら淹れてくれたお茶を拒むことは出来ない。先方から出されたお茶を飲まないということは相手を信頼していないことを意味するからだ。
これはジャックが王子を拒絶しないかを見られているのだろうか?
だとしたらなおさらだ。
ジャックは「失礼します」と断ってから、王子の正面に腰を下ろすとカップに口をつけた。
ここまで警戒しておいて、飲んでみればそれはフルーツのような酸味のあるただの紅茶だ。心配するようなことなど何もなかったのだ。強張っていた身体から力を抜く。
「美味しいです」
「そうか。気に入ってくれて良かった。おかわりはどうだ?」
「いただきます」
ポットを手にする王子にカップを差し出すと再びお茶がなみなみと注がれる。カップに口をつけるジャックを王子は嬉しそうにただ見つめるだけ。ジャックが口を開こうとすると目の前の彼は決まってポットを持ち上げた。
それはフランシスカの身代わりになってから、ほぼ毎日と言っていいほどにご令嬢方とお茶会を興じていたジャックへの気遣いなのだろうか?
だとすれば気を使ってもらってばかりというのも悪い。なにせジャックはウィリアム王子を説得するためにここまでやって来たのだから。よし、と気合を入れて前を向けば、王子のカップの中身が空っぽなことに気がついた。ずっとジャックのカップに注いでばかりで自分のカップには注いでいなかったのだ。
ここまで気がつかないとは……。
ジャックは己の失敗を恥じながら、この部屋に入ってから初めて腰をあげた。
「王子。王子の分、私に注がせて、いただけ……ません、か?」
その瞬間、ぽおおっと熱くなり、身体が横へと大きく揺らいだ。
「やっと効いたか」
王子の言葉に疑問を抱くも、ソファに倒れこんだ身体を支えるだけの力が入らない。
お茶に何かを混ぜられていたのか……!
自らの過ちに気づいたジャックの元へ、カツンーーカツンーーと響くような足音がやってくる。
「こちらでございます」
目的地にたどり着いたのは馬車から降りてから長い時間が経過した後のことだった。ジャックの格好だったら腰から懐中時計を下げているのだが、フランシスカの姿では時間を確認出来るものを持っていない。そのため時間を確認しようにも出来そうもない。だが応接室がこんなに奥にあるものなのだろうかと驚かずにはいられなかった。
もしやウィリアム王子の自室だったりするのだろうか?
だがウソをついていた相手をそう簡単に自室に招待するとは思えない。ハメられた、とは思いたくはない。だがいざとなったら案内なしで元の場所まで帰れるようにしておいたほうがいいだろう。深く頭を下げてから去っていく使者の背中を眺めながら、帰りも案内人をつけてもらえることを強く願う。もしも何か仕掛けられていたとしても、このままずっとドアの前に立ち尽くしている訳にもいかない。
男は度胸、男は度胸……と心の中で唱えながら、パッドで膨らんだ胸の上に手を乗せる。深く息を吸って、すうっと長く吐き出す。そしてジャックは意を決してドアを叩いた。
「フランシスカ=シザーです」
「入ってくれ」
「失礼いたします」
ゆっくりとドアを開いた先で待っていたのは、ソファに腰を下ろすウィリアム王子だった。窓は全てカーテンによって覆われている。その上、電球は取り付けられていないらしく、光源は部屋にポツポツと設置されたキャンドルだけ。心なしか煙いような気もするのだが、換気はしていないのだろうか。空気孔を探して視線を巡らせるジャックに王子は声をかけた。
「フランシスカ、おいで」
ジャックだとネタバラシは済んでいるというのに、彼は確かに『フランシスカ』の名前を口にした。
それは一体どういう意味だろうか?
このまま何も知らないままでいてくれるという意思表示であったらいいのに……。
淡い期待を胸に抱き、ドアから手を離す。そしてゆっくりとウィリアム王子の待つソファへと足を運ぶ。
「あの、ウィリアム王子……先日のことなのですが」
「とりあえずお茶でもどうだい?」
「え?」
「ここまで来るのに結構歩いただろう?喉、乾いているんじゃないか?」
王子は微笑みながら、ポットの中で温められていたお茶をカップに注いでくれる。透明度のある真っ赤なお茶がなみなみと入ったカップをジャックの前に寄越すと、王子は再びジャックへと視線を戻した。
口元が上がったその顔は学園で目にしていたものとは少しだけ違うように見える。けれど今のジャックに王子が自ら淹れてくれたお茶を拒むことは出来ない。先方から出されたお茶を飲まないということは相手を信頼していないことを意味するからだ。
これはジャックが王子を拒絶しないかを見られているのだろうか?
だとしたらなおさらだ。
ジャックは「失礼します」と断ってから、王子の正面に腰を下ろすとカップに口をつけた。
ここまで警戒しておいて、飲んでみればそれはフルーツのような酸味のあるただの紅茶だ。心配するようなことなど何もなかったのだ。強張っていた身体から力を抜く。
「美味しいです」
「そうか。気に入ってくれて良かった。おかわりはどうだ?」
「いただきます」
ポットを手にする王子にカップを差し出すと再びお茶がなみなみと注がれる。カップに口をつけるジャックを王子は嬉しそうにただ見つめるだけ。ジャックが口を開こうとすると目の前の彼は決まってポットを持ち上げた。
それはフランシスカの身代わりになってから、ほぼ毎日と言っていいほどにご令嬢方とお茶会を興じていたジャックへの気遣いなのだろうか?
だとすれば気を使ってもらってばかりというのも悪い。なにせジャックはウィリアム王子を説得するためにここまでやって来たのだから。よし、と気合を入れて前を向けば、王子のカップの中身が空っぽなことに気がついた。ずっとジャックのカップに注いでばかりで自分のカップには注いでいなかったのだ。
ここまで気がつかないとは……。
ジャックは己の失敗を恥じながら、この部屋に入ってから初めて腰をあげた。
「王子。王子の分、私に注がせて、いただけ……ません、か?」
その瞬間、ぽおおっと熱くなり、身体が横へと大きく揺らいだ。
「やっと効いたか」
王子の言葉に疑問を抱くも、ソファに倒れこんだ身体を支えるだけの力が入らない。
お茶に何かを混ぜられていたのか……!
自らの過ちに気づいたジャックの元へ、カツンーーカツンーーと響くような足音がやってくる。
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