姉の身代わりになりまして

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

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23.フランシスカ視点

「ウソ、だろ……?」
「三年生が一年生相手に全敗するなんて……。それもたった一人だぞ?」
「彼の名前は?」
「ジャック=シザー様です。あのシザー家のご令息の」
「冗談だろう?」
「ですが、事実です。騎士団入学が内定している生徒も含め、全員、手も足も出ずに敗退しました」

 フランシスカは準備運動の相手にすらならなかった男子学生達を見下ろしながら、周りの声をしっかりとキャッチしていた。そしてようやくやりすぎてしまったことに気がついた。本当はフランシスカだってここまで潰すつもりはなかったのだ。実際、模擬戦にいたるまでの全てをしっかりと手を抜いてきたのだ。どんなにひ弱であると嘲笑う声が耳に届いたとしても、ジャックとの約束を守ろうとした。先ほどは威嚇してしまったコージェも『ジャック』をジャックと思い込んでいるせいか、彼も友人のプライドを少しでも傷つけまいとフォローまがいのものをしてくれたのも良かった。そのお陰で直接『ジャック』へ対する侮辱を向けて来る者はいなくなったのだ。こればかりはフランシスカもやるじゃない! と心の中の好感度ゲージをほんの少しばかり上昇させたほどだ。さすがにジャックとの約束があるにしても、双子の弟がけなされていて黙っていられるほどフランシスカは出来た人間ではないのだから。

 コージェの活躍により、『ジャック』と『フランシスカ』が元に戻っても問題はない範囲の成績を残して終わる……はずだった。

 たった一つだけ予測していなかったテストが始まるまでは。

 それこそが一年生と三年生の模擬戦だった。毎年、実技テストの大トリとして恒例化しているらしい。ようは三年生による一年生潰しだ。とはいえ、学生の身分でも貴族の子息たち。怪我をしないように、そしてこれからの付き合いに影響が出ない程度なんて心得ていた。

 ――数人のバカを除いては。
 慣習の一つなのだから適当にやり過ごせばいいものを与えられた剣で思い切り切りつけたのだ。相手の反射神経が良かったおかげで切り傷程度にすんだものの、当たっていればひとたまりもない。そんなことが同時に数か所で起こったのだ。大方、相手に何かしらの思うところがあったのだろう。以前受けた恥の報復とでも思ったのかもしれない。同時に起こるくらいだからこの慣習があることを知って、仲間うちで相談をしていた可能性もある。けれどそんなのをこんな、公共の場で果たすのは馬鹿の所業としか言いようもない。もちろん相手も黙ってはおらず、緩く構えていた視線を臨戦態勢へと移行させ、相手に切りかかった。こうなればまともな模擬戦なんて行えるはずがない。すぐに試合は中止となり、一年生も三年生も敵味方関係なくその場から退散した。

 その時、たまたま『ジャック』の持っていた剣の柄が三年生のそれにぶつかってしまったのだ。もちろん偶然だ。人にもまれながら進めばそんなこともあり得ない話ではない。けれども相手が悪かった。相手は同じ公爵家で先ほどの実技テストの際、遠くから『ジャック』をひ弱だと嘲笑っていた男の一人だったのだ。

「おい、一年。三年生様を舐めんじゃねえぞ!?」
 襟首をつかまれ、視線が合った。その瞬間、フランシスカは思わず「はっ」と鼻で笑ってしまった。なにせその男、何度となく夜会でアレックスにいちゃもんをつけて突っかかっては勝手に恥を重ね塗りしていた人なのだから。彼の家でさえも『恥さらし』と頭を抱えるほど。けれどアレックスはもちろんのこと、フランシスカにさえも勝てないからと兄弟の中で一番弱そうなジャックに標的を定めたのだろう。機会をうかがっている時にたまたま他の学生が騒動を起こした、と。いや、その一件がなくとも模擬戦で恥をかかせてやろうとでも思っていたのかもしれない。けれど残念ながら今の『ジャック』はフランシスカなのだ。フランシスカの笑いに怒りのボルテージを急上昇させた男はすぐさま剣へと手を掛けた。けれど遅かった。剣を取る動作すらも時間の無駄だと即判断を下したフランシスカによってみぞおちに蹴りをお見舞いされていたのだ。男は何が起こったかもわからずにパタリと気を失う。

「な、なにが起きた?」
 それには周りの学生達も思わず目を見開いた。
 ここでフランシスカも止めれば良かったのだろう。けれど収まりを付けることなど出来なかったのだ。

「私、ジャック=シザーはここにいる三年生全員をお相手いたしましょう。公爵家の令息だからと力加減など不要です。細腕の私に勝てる自信がない者以外はどうぞ全力でかかってきてください。その代わり…………負けたら全員で私に服従すると誓いなさい」

 あろうことかフランシスカは三年生全員を煽ったのだ。
 勝てる訳がないでしょうけど、と嘲笑までおまけにくっつけて。

 そして貴族のプライドを傷つけられたと誰もが剣を抜いた。中には手加減をして、いいところで負けてやろうという考えの者もいたことだろう。けれど完全に戦闘モードに入ってしまっているフランシスカには関係なかった。

 ――こうしてわずか数分で『ジャック』は三年生全員に勝利してしまったという訳だ。

「ジャック様、素敵……」
 ああ、ジャックになんて謝ろうか……。
 そんなことを考えているフランシスカの頭に降り注いだのはとある女学生の声だった。

「アイリーン? なぜここに?」
 本来ならば『フランシスカ』達と同じように教室で刺繍の授業を受けているはずの彼女がなぜ鍛練場に? 首を傾げる『ジャック』にアイリーンは目を輝かせるだけ。

「ジャック様が私の名前を!? なんて幸せなのでしょう……」
『ジャック』が目を細めて訝しんだところで、彼女のテンションは上がっていく一方だ。

「ああ、繊細なイメージなジャック様もいいけれど、その裏にこんな強さを秘めているなんて……。一時はジャック様不在のクソシナリオに書き換えられたのかと神に切れそうになったけど、素敵な要素を足して上方修正してくれたなら全然許せる」
 それには『アイリーン』と同じ『転生者』であるフランシスカも思わず眉をしかめてしまう。気持ち悪いと声を漏らさなかっただけ上出来だろう。けれど『アイリーン』が『ジャック』狙いであったこと、そしてこの変化を都合よく受け取ってくれたのは良い誤算であったと言ってもいいだろう。ならば利用しない手はない。

「アイリーン、こんなところに居たら危ないだろう? 道に迷ったのなら、私が教室まで送っていこう」
「え。そんな……いいんですか?」
「もちろん」

 これは『ジャック=シザー』を攻略した際、比較的後半に出て来る台詞の一部である。後半ということもあって、このセリフを聞くには『ジャック=シザー』の好感度を一定以上に上げている必要がある。けれどこの世界の『ジャック』は乙女ゲームのヒロインである『アイリーン』と顔を合わせるのはこれがは初めてだ。自己紹介もしていないというのに、名前など知っているはずがない。さらに言えば好感度なんて上がる訳もない。けれど『推しキャラ』なのであろうジャックに名前を呼ばれ、特別扱いまでされて、すっかり有頂天になっているアイリーンがそれに気づく訳もない。

 後始末がややこしいことになるだろう鍛練場を離脱しつつ、フランシスカは『アイリーン』に作り物の笑みを向ける。目の前の『ジャック』が自分と同じ『転生者』であることも、そもそもジャック本人でないことも疑おうとすらしない愚かな女に。

 ゲームシナリオに沿った話を繰り広げながらも、断罪へ誘うためのピースを拾い集めるために途中に少しずつ鎌をかけていく。一つ、二つと。警戒を全くしていないからか、ボロボロと出て来るわ。出て来るわ。あれだけ苦労した証拠集めとでっちあげがまるで嘘のようだ。これは嬉しい誤算だ。

 悪い笑みを我慢しながら、ひらひらとアイリーンに手を振ったフランシスカは、とりあえず鍛練場での一件は土下座で切り抜けようと心に誓ったのだった。
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