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これでおしまい。
レッドとフランシスカと共に屋敷に帰り、それぞれの服を取り替える。
そうすれば明日からは元の日常へと戻る――はずだった。
「ずっと怯えて……怖かっただろう」
舞台からアイリーンが降りるとすぐにウィリアム王子はジャックの元へとやってくる。そしてジャックの頬へと手を伸ばした。
正直、今のジャックにとっての一番の恐怖対象は『ウィリアム』その人である。
自分を殺そうとした『アイリーン』ではない。おそらく彼女のことをこれから先の人生で忘れることはないだろう。けれどそれは恐怖の対象としてではなく、一人の愚かな女として。すでにアイリーンへの恐怖はウィリアムへの恐怖に上塗りされてしまっている。けれどまだ『フランシスカ』であるジャックには彼を拒絶する権利がない。
もちろん護衛であるレッドにも、少し離れた場所からこちらを見つめるフランシスカにも、その行為に口を出す権利がない。
けれどウィリアムはジャックが未だアイリーンに怯えているのだと勘違いしているらしい。カタカタと震えるジャックを全身で包み込むように抱きしめた。
「ああ、震えてしまって……可哀想に。もっと早く私が気づくべきだった」
耳のすぐそばで発せられる怒気を孕んだ低い声にジャックの胸は鼓動を早くする。
もちろん彼の声に興奮したのではない。それが自分に向けられた怒りではないと分かっていながら、恐怖しているのだ。
顔なんて見られる訳がない。
そこまで強い力で拘束されている訳ではなく、あくまで包み込む程度。けれど今のジャックは自ら動くことすら許されてはいない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。睨まれてはいないし、おそらくウィリアムが『フランシスカ』を睨むなんてあり得ないのだろうが。
早く解放して。
心の底でそう願ったジャックだったが、カタカタと震える彼の意思とは反対に、ウィリアムはひょいっと『フランシスカ』を横抱きにした。驚く周りの目など気にせずに、彼はツカツカと足を進める。まるで川の水が割れたかのように生徒達は王子の進む道を作っていく。
え、私どうなるの?
不安で顔を歪めるジャックを心配して、固まっていたフランシスカはウィリアムの進行を阻もうと前に立つ。
さすがフランシスカ!
暗闇に捕らわれそうになったジャックの視界に、一筋の光が落ちる。
「待ってください、王子。姉をどうするつもりですか?」
「フランシスカは未だに怯えているんだ。あの女の罪状が決まり、しかるべき対処がなされるまで婚約者である私が彼女を守る。だから安心してくれ」
「それは弟である私が!」
「君の屋敷の警備が城に勝っていると?」
「いえ、そんなことは……」
「ならお姉さんは任せてくれるな?」
「…………はい」
けれど『公爵家の次男』という肩書は『王子』を前にしてあまりにも無力だった。
「安心しなさい。君のお姉さんは私が責任を持って守るから」
その言葉を最後に、ウィリアムに声を投げかける人間などいなかった。
王子所有の馬車付の御者でさえも声一つ発することはない。
さすが王族に仕えるだけあって、しっかりと教育されている。空気を読む能力が非常に長けていることはジャックにとっては災難でしかないけれど。
馬車に乗り込んでもなお、ジャックからウィリアムの手が離れることはない。
腰をガッチリとホールドされた状態で王子の膝に乗せられているのだ。行き場を失くしていたジャックの手はウィリアム王子直々に彼の首元へ招待された。これではいちゃついているカップルのよう。
もしもここで賊にでも襲われたら安定感のないジャックの身体は揺られてしまうし、王子の首はジャックの決して軽くはない体重を乗せた腕によって締めつけれらてしまうことだろう。危ないから降ろしてくれと言えたら良かったのだが、生憎とそれすら口にする勇気もない。
出来ることと言えば、城についてからアイリーンの罪が裁かれるまで何もなく過ごせるように神に祈ることくらいだろう。
けれどまた、あんなことをされたら……。
ジャックはあの日のことを、自分の身体を好き勝手にいじられたことを想像して身を震わせる。
思い出しただけで気持ちが悪い。
けれどこんな状態のジャックがウィリアムの手を拒めるのかと聞かれればNOだ。
だから小さく揺れる馬車の中、目を閉じて神に祈るしかないのだった。
レッドとフランシスカと共に屋敷に帰り、それぞれの服を取り替える。
そうすれば明日からは元の日常へと戻る――はずだった。
「ずっと怯えて……怖かっただろう」
舞台からアイリーンが降りるとすぐにウィリアム王子はジャックの元へとやってくる。そしてジャックの頬へと手を伸ばした。
正直、今のジャックにとっての一番の恐怖対象は『ウィリアム』その人である。
自分を殺そうとした『アイリーン』ではない。おそらく彼女のことをこれから先の人生で忘れることはないだろう。けれどそれは恐怖の対象としてではなく、一人の愚かな女として。すでにアイリーンへの恐怖はウィリアムへの恐怖に上塗りされてしまっている。けれどまだ『フランシスカ』であるジャックには彼を拒絶する権利がない。
もちろん護衛であるレッドにも、少し離れた場所からこちらを見つめるフランシスカにも、その行為に口を出す権利がない。
けれどウィリアムはジャックが未だアイリーンに怯えているのだと勘違いしているらしい。カタカタと震えるジャックを全身で包み込むように抱きしめた。
「ああ、震えてしまって……可哀想に。もっと早く私が気づくべきだった」
耳のすぐそばで発せられる怒気を孕んだ低い声にジャックの胸は鼓動を早くする。
もちろん彼の声に興奮したのではない。それが自分に向けられた怒りではないと分かっていながら、恐怖しているのだ。
顔なんて見られる訳がない。
そこまで強い力で拘束されている訳ではなく、あくまで包み込む程度。けれど今のジャックは自ら動くことすら許されてはいない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。睨まれてはいないし、おそらくウィリアムが『フランシスカ』を睨むなんてあり得ないのだろうが。
早く解放して。
心の底でそう願ったジャックだったが、カタカタと震える彼の意思とは反対に、ウィリアムはひょいっと『フランシスカ』を横抱きにした。驚く周りの目など気にせずに、彼はツカツカと足を進める。まるで川の水が割れたかのように生徒達は王子の進む道を作っていく。
え、私どうなるの?
不安で顔を歪めるジャックを心配して、固まっていたフランシスカはウィリアムの進行を阻もうと前に立つ。
さすがフランシスカ!
暗闇に捕らわれそうになったジャックの視界に、一筋の光が落ちる。
「待ってください、王子。姉をどうするつもりですか?」
「フランシスカは未だに怯えているんだ。あの女の罪状が決まり、しかるべき対処がなされるまで婚約者である私が彼女を守る。だから安心してくれ」
「それは弟である私が!」
「君の屋敷の警備が城に勝っていると?」
「いえ、そんなことは……」
「ならお姉さんは任せてくれるな?」
「…………はい」
けれど『公爵家の次男』という肩書は『王子』を前にしてあまりにも無力だった。
「安心しなさい。君のお姉さんは私が責任を持って守るから」
その言葉を最後に、ウィリアムに声を投げかける人間などいなかった。
王子所有の馬車付の御者でさえも声一つ発することはない。
さすが王族に仕えるだけあって、しっかりと教育されている。空気を読む能力が非常に長けていることはジャックにとっては災難でしかないけれど。
馬車に乗り込んでもなお、ジャックからウィリアムの手が離れることはない。
腰をガッチリとホールドされた状態で王子の膝に乗せられているのだ。行き場を失くしていたジャックの手はウィリアム王子直々に彼の首元へ招待された。これではいちゃついているカップルのよう。
もしもここで賊にでも襲われたら安定感のないジャックの身体は揺られてしまうし、王子の首はジャックの決して軽くはない体重を乗せた腕によって締めつけれらてしまうことだろう。危ないから降ろしてくれと言えたら良かったのだが、生憎とそれすら口にする勇気もない。
出来ることと言えば、城についてからアイリーンの罪が裁かれるまで何もなく過ごせるように神に祈ることくらいだろう。
けれどまた、あんなことをされたら……。
ジャックはあの日のことを、自分の身体を好き勝手にいじられたことを想像して身を震わせる。
思い出しただけで気持ちが悪い。
けれどこんな状態のジャックがウィリアムの手を拒めるのかと聞かれればNOだ。
だから小さく揺れる馬車の中、目を閉じて神に祈るしかないのだった。
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