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「飯、持ってきたぞ」
たったそれだけの言葉で、少年は布団の中からひょっこりと顔を出す。キョロキョロとあたりを確認し、のっそりと這い出してくる。
まるで巣穴から出てくるウサギのようだ。
彼はダリュカの正面から二個隣の席に腰を下ろす。窓とドアから死角になる場所である。一応ドアは閉めているが、こちらはキッチリしている。カーテンを閉めなかったのは人影が映ることを気にしてだろう。
「好きなの取れ。あとこれ水な。一本はいつでもそのまま逃げられるように身につけとけ」
「! ありがとうございます、ウサギさん」
「本の礼だ。そっちも足りなくなったら補充にいくから遠慮なく言えよ」
「はい」
「ほら食え」
ダリュカ達が城に来るよりも前から隠れ場所を探していたのだろう少年は、心底幸せそうにパンを頬張った。パン一つで一国の王子さまがこんなに笑うことがあるだろうか。事情を知らないダリュカだが、知らないからこそ可哀想に思えてならない。
「食堂のスープが美味いらしい。飲みたかったら明日持ってくる」
「お願いします」
輝いた目で見られると、くすぐったくてたまらない。他のウサギ獣人が来たら放り出してしまわなければならないのに、隠してしまいたいと思わせないでほしい。気持ちを揺るがせないでくれ。
トレイに盛った食事の3割ほどを残して腹がいっぱいになった。もっと残るかと思ったが、想像以上に少年がよく食べた。食い溜めのつもりか、いつもこのくらい食べるのか。とりあえず足りなくならなくてよかった。残りは明日の朝に回すつもりだ。
いつもならここで読書をと、本に手を伸ばすところだが、目の前にはうつらうつらとする彼がいる。これでは明日以降すぐに逃げ出すことなどできまい。仕方ない。ダリュカは小さなため息を吐く。本を持って立ち上がると、部屋の隅に丸められた布団を綺麗に敷いた。
「ほら、寝るならここで寝ろ」
「でもそこはウサギさんの寝床で……」
「なら俺も寝るからお前も寝ろ。ほれ」
用意された布団はウサギ獣人や人間が使うものよりも大きめで、ダリュカの身体も問題なく入る。腹の前に小さな子供を入れたって大きさ的な問題などない。あるのは彼の心次第。
自分が横になってから、布団をめくれば彼は困ったように視線を泳がせた。
「手を出さない俺のところが一番安全だが、どうする? 机の下で丸まって過ごすか? 電気をつけてると目立つから少ししたら消そうと思ってるんだが」
「は、入ります」
「そうか、なら来い」
脅すようだが、こうでもしなければ彼は一晩中怯えて過ごすのだろう。物音がするたびにダリュカが図書館にやってきた時のようにカタカタと小さく震えて、この世の終わりを見たかのように絶望した瞳をするのだ。
そう思うとおちおち読書どころか寝ることもできやしない。急かすようにポンポンと布団を叩けば、少年は心を決めたようだった。
「失礼します。……あったかい」
「獣人は人間より体温が高いんだ。……眠れそうか」
「はい。このままぐっすりと……」
「ゆっくり休め。俺は守ってやれないから」
布団をかければ、彼はダリュカと一体化するように身を寄せた。枕元に置いていた本を手に取り、読み進めていると腹のあたりでゆっくりと何かが動くような感覚がする。規則的でとても落ち着く。ぐっすりと眠れそうだという先ほどの言葉は嘘ではなかったようだ。もう少し落ち着いたら電気を消そう。そう決めた時だった。
静まり返った図書館から何者かの足音が聞こえる。スタスタと迷いなく、こちらに向かって歩いてくるのだ。閉館時間は過ぎ、職員はいない。となればここに用事があるのはーー。
「なんだ、お仲間か」
ウサギ獣人だ。迷いなくドアを開けた彼はここにいるのがダリュカと分かってからもキョロキョロと辺りを見回す。
「何か用か?」
「図書館の奥だけ電気がついてるからてっきり王子が寝床にしてるんだと思ったが、当てが外れたか」
「狙われてる奴がそんな目立つような真似するわけないだろ」
「それもそうか。ところであんた、ここら辺で誰かと話してたか?」
「いつ頃だ?」
「夕方と少し前かな。図書館から話し声を聞いた奴がいたらしいから」
聞こえてたのか。
少年もダリュカも気をつけて小声で話すようにはしていたが、ウサギ獣人達は外からも聞き分けていたらしい。だが内容や相手までは特定できていないと。
「時間までは確かじゃないが、俺の声を聞いたっていうなら図書館にいる人間に本の質問をしてた時じゃないか? いかんせんここは蔵書数が多くて、どれから読むか探してたらそれだけで日が暮れちまう。あとは図書館内で飲み食いしないでくれと言われたり……」
職員と話していたのも嘘ではない。
ただ相手の欲しい情報が抜け落ちているだけで。
「そういうことか。いやぁ今日入り口のとこで聞いてたけど、本当に参加する気ないんだな……」
「明日と明後日も食堂に行く時以外はここか図書館にいるつもりだ」
「そうか。あんたがずっといるなら図書館内は捜索範囲から外しても良さそうだな。悪い、邪魔した」
「気にするな」
やっぱり飲食物の補給ができそうな場所を張り込むのが一番か? とブツブツ呟きながら出て行く男を見送る。足音がしなくなったのを確認してから電気を消した。
明日以降は筆談にした方が良いかもしれない。メモ帳は予備のものがあるのでそれを明日起きてから渡せばいい。
今日は疲れた。
くわぁと出たあくびを嚙み殺し、少年を腹に抱えるように布団に潜る。そのまま目を閉じれば自然とまどろみの中に落ちていた。
たったそれだけの言葉で、少年は布団の中からひょっこりと顔を出す。キョロキョロとあたりを確認し、のっそりと這い出してくる。
まるで巣穴から出てくるウサギのようだ。
彼はダリュカの正面から二個隣の席に腰を下ろす。窓とドアから死角になる場所である。一応ドアは閉めているが、こちらはキッチリしている。カーテンを閉めなかったのは人影が映ることを気にしてだろう。
「好きなの取れ。あとこれ水な。一本はいつでもそのまま逃げられるように身につけとけ」
「! ありがとうございます、ウサギさん」
「本の礼だ。そっちも足りなくなったら補充にいくから遠慮なく言えよ」
「はい」
「ほら食え」
ダリュカ達が城に来るよりも前から隠れ場所を探していたのだろう少年は、心底幸せそうにパンを頬張った。パン一つで一国の王子さまがこんなに笑うことがあるだろうか。事情を知らないダリュカだが、知らないからこそ可哀想に思えてならない。
「食堂のスープが美味いらしい。飲みたかったら明日持ってくる」
「お願いします」
輝いた目で見られると、くすぐったくてたまらない。他のウサギ獣人が来たら放り出してしまわなければならないのに、隠してしまいたいと思わせないでほしい。気持ちを揺るがせないでくれ。
トレイに盛った食事の3割ほどを残して腹がいっぱいになった。もっと残るかと思ったが、想像以上に少年がよく食べた。食い溜めのつもりか、いつもこのくらい食べるのか。とりあえず足りなくならなくてよかった。残りは明日の朝に回すつもりだ。
いつもならここで読書をと、本に手を伸ばすところだが、目の前にはうつらうつらとする彼がいる。これでは明日以降すぐに逃げ出すことなどできまい。仕方ない。ダリュカは小さなため息を吐く。本を持って立ち上がると、部屋の隅に丸められた布団を綺麗に敷いた。
「ほら、寝るならここで寝ろ」
「でもそこはウサギさんの寝床で……」
「なら俺も寝るからお前も寝ろ。ほれ」
用意された布団はウサギ獣人や人間が使うものよりも大きめで、ダリュカの身体も問題なく入る。腹の前に小さな子供を入れたって大きさ的な問題などない。あるのは彼の心次第。
自分が横になってから、布団をめくれば彼は困ったように視線を泳がせた。
「手を出さない俺のところが一番安全だが、どうする? 机の下で丸まって過ごすか? 電気をつけてると目立つから少ししたら消そうと思ってるんだが」
「は、入ります」
「そうか、なら来い」
脅すようだが、こうでもしなければ彼は一晩中怯えて過ごすのだろう。物音がするたびにダリュカが図書館にやってきた時のようにカタカタと小さく震えて、この世の終わりを見たかのように絶望した瞳をするのだ。
そう思うとおちおち読書どころか寝ることもできやしない。急かすようにポンポンと布団を叩けば、少年は心を決めたようだった。
「失礼します。……あったかい」
「獣人は人間より体温が高いんだ。……眠れそうか」
「はい。このままぐっすりと……」
「ゆっくり休め。俺は守ってやれないから」
布団をかければ、彼はダリュカと一体化するように身を寄せた。枕元に置いていた本を手に取り、読み進めていると腹のあたりでゆっくりと何かが動くような感覚がする。規則的でとても落ち着く。ぐっすりと眠れそうだという先ほどの言葉は嘘ではなかったようだ。もう少し落ち着いたら電気を消そう。そう決めた時だった。
静まり返った図書館から何者かの足音が聞こえる。スタスタと迷いなく、こちらに向かって歩いてくるのだ。閉館時間は過ぎ、職員はいない。となればここに用事があるのはーー。
「なんだ、お仲間か」
ウサギ獣人だ。迷いなくドアを開けた彼はここにいるのがダリュカと分かってからもキョロキョロと辺りを見回す。
「何か用か?」
「図書館の奥だけ電気がついてるからてっきり王子が寝床にしてるんだと思ったが、当てが外れたか」
「狙われてる奴がそんな目立つような真似するわけないだろ」
「それもそうか。ところであんた、ここら辺で誰かと話してたか?」
「いつ頃だ?」
「夕方と少し前かな。図書館から話し声を聞いた奴がいたらしいから」
聞こえてたのか。
少年もダリュカも気をつけて小声で話すようにはしていたが、ウサギ獣人達は外からも聞き分けていたらしい。だが内容や相手までは特定できていないと。
「時間までは確かじゃないが、俺の声を聞いたっていうなら図書館にいる人間に本の質問をしてた時じゃないか? いかんせんここは蔵書数が多くて、どれから読むか探してたらそれだけで日が暮れちまう。あとは図書館内で飲み食いしないでくれと言われたり……」
職員と話していたのも嘘ではない。
ただ相手の欲しい情報が抜け落ちているだけで。
「そういうことか。いやぁ今日入り口のとこで聞いてたけど、本当に参加する気ないんだな……」
「明日と明後日も食堂に行く時以外はここか図書館にいるつもりだ」
「そうか。あんたがずっといるなら図書館内は捜索範囲から外しても良さそうだな。悪い、邪魔した」
「気にするな」
やっぱり飲食物の補給ができそうな場所を張り込むのが一番か? とブツブツ呟きながら出て行く男を見送る。足音がしなくなったのを確認してから電気を消した。
明日以降は筆談にした方が良いかもしれない。メモ帳は予備のものがあるのでそれを明日起きてから渡せばいい。
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くわぁと出たあくびを嚙み殺し、少年を腹に抱えるように布団に潜る。そのまま目を閉じれば自然とまどろみの中に落ちていた。
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