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「受け取った方がいいならもらっておくが」
「ウサギさんにとって、私の種付けは大した価値のある行為じゃないのかもしれません。けれど私にとっては決められていた報奨金を渡しても全然足りないくらいで。本当に感謝していているんです」
「不満がないなら何よりだ」
「ねぇ、ウサギさん。ウサギさんにとってお金より本が大切ですか?」
「本はいい。本はいつだって俺の知らない世界を教えてくれる」
「ならもう一度、私と取引をしませんか?」
「どんな?」
「私と番になって、もっと多くのタネをください。代わりにウサギさんにはこの部屋と、新設された図書館や書庫を自由に使う権利を与えます」
「それは……あんたにメリットがあるのか?」
「大好きなウサギさんと一緒にいられます。愛してくれなくてもいいから、本のおまけでいいから、一緒にいて?」
甘えるように身体を擦り付ける少年からは雄に媚びる雌の匂いがする。ウサギ獣人はとっくに発情香を嗅ぎわけることが出来なくなったというのに、甘くて淫乱な香りが鼻をくすぐる。
「あんたに求められるようなことをした覚えはないが」
「ごめんなさい。でも好きなんです。優しくて温かいウサギさんがいないと夜は不安で眠れない」
「湯たんぽでも作ってもらえば良いだろう」
「意地悪言わないでください。これからもいっぱい本集めるから。ずっと読んでいて良いからお願い」
いっぱいと言いながら、ダリュカの股間に手を這わす。恐怖の限界を迎えた状態で抱かれたことで気が狂ってしてしまったのかもしれない。ウサギ獣人は獣人の中でも射精速度がとにかく早く、一晩でとにかく数をこなすだけのスタミナもある。それを彼は体験して、取り憑かれてしまった。
ああ、なんと可哀相な子どもだろう。
哀れみの視線を向けて「取引はもうしない」と突き返す。
「キルシュカ、俺の家賃を建て替えてくれたのは彼か?」
「え、あ、ああ」
「なら今月中になんとしても全額集めて返す。それでもう関係は完全に終わらせる」
「なぜ……ウサギさんは私のことが嫌いなんですか?」
嫌いなんかじゃない。
好きだから、これ以上狂ってしまった姿を見たくないだけだ。
ウサギさん、と悲しげに呼ぶ彼を置き去りにしてダリュカは図書館を出た。その足で給料の高い日雇いの仕事を見つけ、足りない分は本を売った。リストにあった本とは別に買った本がいくつかプレミアがついたのが助かった。貯金とその他いろいろを合わせて、月末にはギリギリ二年分の家賃を用意できた。
あとはキルシュカに頼んで渡しに行ってもらうだけだ。
文句は言われるかもしれないが、ダリュカが持って行くよりずっと良い。そう思ってドアを叩いたのだが、出てきたキルシュカはフルフルと首を振った。
「金返すならお前が返せ。門番に言えば通してもらえるから」
「だが俺があの子に会ってどうなるっていう、んだ。縋られたってどうしてやることもできない」
「誰かを受け入れるのは怖いからか?」
「いや」
「なら、なぜ」
キルシュカの真っ直ぐな視線から逃れることは出来ない。彼になら伝えても良い、いや伝えねば一生自分の中でだけ燻った思いを抱えて生きていかねばならないような気がして、涙を流すようにポタリと溢していた。
「あの子が壊れていく様を見るのが怖い」
「壊れていく?」
「セックス依存症なんだろう……。そうじゃなければあれほど男を恐れていたあの子があんな誘い方するはずない」
ダリュカは逃げたのだ。自分のせいで壊れていってしまった彼を無情に突き放した。
借りた金を返し終えればまた今までのように物語に浸れると、あるはずもない幻を掴もうとしている。金を作るためにいくつか本を売ったくせに、あれらには一切手をつけなかった時点で忘れられるはずがないことなど分かっているはずなのに。
苦しい。こんなことならずっと本に溺れていたかった。
規則的に動く小さなぬくもりの存在なんて知らなければ良かったのに。
まぶたを閉じればそこには安心したように笑う少年の姿があって、腕には雄を誘う熱を感じる。どちらも同じ彼なのに、天使と悪魔のような正反対の存在に思えてならない。いっそ全てを捨ててこの国から去ればいつか全てを忘れられる日が来るのだろうか。
「ダリュカ!」
目の前が黒く塗りつぶされていくような感覚に襲われたダリュカの肩をキルシュカは大きく揺さぶった。
「ダリュカ、大丈夫か?」
「悪い。疲れているみたいだ。この金返してきたら寝る」
「先に寝ていった方がよくないか? 顔色悪いぞ。まだ月終わりまで二日もある」
「いや、俺が早く終わりにしたいんだ」
「そうか……だが行く前に勘違いを正していけ」
「勘違い?」
「彼はセックス依存症なんかじゃない。彼はダリュカが旅に出た五日後にやってきて、結婚して番になりたいと言ってきたほどだ」
「よほどウサギが気に入ったんだろうな」
「そうじゃない。ダリュカのいなかった時のことを話すからとりあえず中に入ってくれ」
聞いたところで何かが変わるとも思えないが。気が進まぬまま、キルシュカの家へと入る。二年前とは好む色が変わったようで、カーテンやソファの色が変わっている。一人用のコンパクトなものから広めの、二~三人掛けのソファや食器なんかも増えたように思う。二年ですっかり変わった友人の部屋を眺めているとカップが差し出される。ダリュカの好きなハニーミルクである。ありがたく受け取って、近くの席に腰を下ろす。
「どこから話した方がいいのか悩むが、そうだな。ダリュカが出ていった後のことから話そう」
キルシュカはそう前置きをして、あの時のことを話してくれた。
「ウサギさんにとって、私の種付けは大した価値のある行為じゃないのかもしれません。けれど私にとっては決められていた報奨金を渡しても全然足りないくらいで。本当に感謝していているんです」
「不満がないなら何よりだ」
「ねぇ、ウサギさん。ウサギさんにとってお金より本が大切ですか?」
「本はいい。本はいつだって俺の知らない世界を教えてくれる」
「ならもう一度、私と取引をしませんか?」
「どんな?」
「私と番になって、もっと多くのタネをください。代わりにウサギさんにはこの部屋と、新設された図書館や書庫を自由に使う権利を与えます」
「それは……あんたにメリットがあるのか?」
「大好きなウサギさんと一緒にいられます。愛してくれなくてもいいから、本のおまけでいいから、一緒にいて?」
甘えるように身体を擦り付ける少年からは雄に媚びる雌の匂いがする。ウサギ獣人はとっくに発情香を嗅ぎわけることが出来なくなったというのに、甘くて淫乱な香りが鼻をくすぐる。
「あんたに求められるようなことをした覚えはないが」
「ごめんなさい。でも好きなんです。優しくて温かいウサギさんがいないと夜は不安で眠れない」
「湯たんぽでも作ってもらえば良いだろう」
「意地悪言わないでください。これからもいっぱい本集めるから。ずっと読んでいて良いからお願い」
いっぱいと言いながら、ダリュカの股間に手を這わす。恐怖の限界を迎えた状態で抱かれたことで気が狂ってしてしまったのかもしれない。ウサギ獣人は獣人の中でも射精速度がとにかく早く、一晩でとにかく数をこなすだけのスタミナもある。それを彼は体験して、取り憑かれてしまった。
ああ、なんと可哀相な子どもだろう。
哀れみの視線を向けて「取引はもうしない」と突き返す。
「キルシュカ、俺の家賃を建て替えてくれたのは彼か?」
「え、あ、ああ」
「なら今月中になんとしても全額集めて返す。それでもう関係は完全に終わらせる」
「なぜ……ウサギさんは私のことが嫌いなんですか?」
嫌いなんかじゃない。
好きだから、これ以上狂ってしまった姿を見たくないだけだ。
ウサギさん、と悲しげに呼ぶ彼を置き去りにしてダリュカは図書館を出た。その足で給料の高い日雇いの仕事を見つけ、足りない分は本を売った。リストにあった本とは別に買った本がいくつかプレミアがついたのが助かった。貯金とその他いろいろを合わせて、月末にはギリギリ二年分の家賃を用意できた。
あとはキルシュカに頼んで渡しに行ってもらうだけだ。
文句は言われるかもしれないが、ダリュカが持って行くよりずっと良い。そう思ってドアを叩いたのだが、出てきたキルシュカはフルフルと首を振った。
「金返すならお前が返せ。門番に言えば通してもらえるから」
「だが俺があの子に会ってどうなるっていう、んだ。縋られたってどうしてやることもできない」
「誰かを受け入れるのは怖いからか?」
「いや」
「なら、なぜ」
キルシュカの真っ直ぐな視線から逃れることは出来ない。彼になら伝えても良い、いや伝えねば一生自分の中でだけ燻った思いを抱えて生きていかねばならないような気がして、涙を流すようにポタリと溢していた。
「あの子が壊れていく様を見るのが怖い」
「壊れていく?」
「セックス依存症なんだろう……。そうじゃなければあれほど男を恐れていたあの子があんな誘い方するはずない」
ダリュカは逃げたのだ。自分のせいで壊れていってしまった彼を無情に突き放した。
借りた金を返し終えればまた今までのように物語に浸れると、あるはずもない幻を掴もうとしている。金を作るためにいくつか本を売ったくせに、あれらには一切手をつけなかった時点で忘れられるはずがないことなど分かっているはずなのに。
苦しい。こんなことならずっと本に溺れていたかった。
規則的に動く小さなぬくもりの存在なんて知らなければ良かったのに。
まぶたを閉じればそこには安心したように笑う少年の姿があって、腕には雄を誘う熱を感じる。どちらも同じ彼なのに、天使と悪魔のような正反対の存在に思えてならない。いっそ全てを捨ててこの国から去ればいつか全てを忘れられる日が来るのだろうか。
「ダリュカ!」
目の前が黒く塗りつぶされていくような感覚に襲われたダリュカの肩をキルシュカは大きく揺さぶった。
「ダリュカ、大丈夫か?」
「悪い。疲れているみたいだ。この金返してきたら寝る」
「先に寝ていった方がよくないか? 顔色悪いぞ。まだ月終わりまで二日もある」
「いや、俺が早く終わりにしたいんだ」
「そうか……だが行く前に勘違いを正していけ」
「勘違い?」
「彼はセックス依存症なんかじゃない。彼はダリュカが旅に出た五日後にやってきて、結婚して番になりたいと言ってきたほどだ」
「よほどウサギが気に入ったんだろうな」
「そうじゃない。ダリュカのいなかった時のことを話すからとりあえず中に入ってくれ」
聞いたところで何かが変わるとも思えないが。気が進まぬまま、キルシュカの家へと入る。二年前とは好む色が変わったようで、カーテンやソファの色が変わっている。一人用のコンパクトなものから広めの、二~三人掛けのソファや食器なんかも増えたように思う。二年ですっかり変わった友人の部屋を眺めているとカップが差し出される。ダリュカの好きなハニーミルクである。ありがたく受け取って、近くの席に腰を下ろす。
「どこから話した方がいいのか悩むが、そうだな。ダリュカが出ていった後のことから話そう」
キルシュカはそう前置きをして、あの時のことを話してくれた。
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