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二章 甘味の恨み
冷蔵庫荒らし(2)
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響輝のメールは、今朝京香が送ったお礼に対する返信だ。しかし、この文面である。
(兄さんは、プリンを買っていない…?)
京香は携帯を強く握りしめながら二日前の記憶を辿る。
——帰ってきて、喉が渇いた京香はジュースを飲もうとした。
冷蔵庫の少し奥まったところに置いてあったので手を伸ばすと、隣に水月堂のプリンを見つけ、それも取った。
京香の買ったものではなかったが、ジュースと一緒に食べることにした。
それができた理由は、甘いものが苦手な響輝が、京香のためだけに水月堂でスイーツを買ってきてくれることが何度もあったから。今回も出張前に、一人になる京香を気遣ってプリンを用意してくれたのだと思ったのだ。
だが、響輝はプリンを買っていないらしい。京香も、自分で買ったプリンを忘れる程間抜けではない。
(それなら、誰が……)
こめかみを冷や汗がつうっと伝った。泥棒が困難なように、第三者が冷蔵庫にプリンを忍ばせることは難しい。
第一、そんなことをして何になるというのか。
京香は冷蔵庫荒らしと合わせて不可解な現象に慄き、仕事中なのを承知で響輝に電話をかけたくなった。
しかし、通話ボタンに触れる直前にピンとくるものがあった。
(…二日前。私がプリンを食べたのは、二日前の夕方…)
二日前に起こったおかしな出来事と言えば、突然妖怪が見えたことに他ならない。
プリンを食べた後、夕飯の買い出しに外に出て初めて遭遇した。これを、偶然と思えるか——
「確かめなきゃ」
京香は携帯をベッドに放って部屋から出た。荒らされたのは冷蔵庫だけか、盗まれたものはないか、戸締りは完璧だったか、怪しい痕跡はないか。全ての部屋を丁寧に確認していく。
そうして一つ一つの部屋を回って、冷蔵庫以外に異常はないことがわかった。
残すは物置になっている奥の和室だ。
ゆっくり襖を開いて、京香は電気をつけた。入ると和室特有の畳の香りが鼻孔をくすぐる。
物置と言っても、物を置いているのは押入れの中だけで床にはほとんど物がない。
あるのは右角の父の写真や蝋燭を置いた机と、場所を取るからと左角に寄せてある姿見だけだ。
ここも他の部屋と同様、荒らされたところも無くなった物もない。
だが京香の足は自然と、左奥の姿見に向かっていた。
京香の全身が映る、大きな鏡。
今鏡の中には、鋭い目つきをした長い黒髪の女子生徒がいる。見飽きた容姿だ。
反転した自分と睨みあいながら、京香は真緒の言葉を思い出していた。
『多くの人間が気づかないだけで、向こうの世界の入り口は身近にある。水場、橋、神社の境内、そして鏡、とかね…』
手を伸ばすと、もう一人の京香も伸ばして指先が触れ合う。
埃被った鏡面をなぞりながら、彼女は見えない世界のことを考えていた。
(兄さんは、プリンを買っていない…?)
京香は携帯を強く握りしめながら二日前の記憶を辿る。
——帰ってきて、喉が渇いた京香はジュースを飲もうとした。
冷蔵庫の少し奥まったところに置いてあったので手を伸ばすと、隣に水月堂のプリンを見つけ、それも取った。
京香の買ったものではなかったが、ジュースと一緒に食べることにした。
それができた理由は、甘いものが苦手な響輝が、京香のためだけに水月堂でスイーツを買ってきてくれることが何度もあったから。今回も出張前に、一人になる京香を気遣ってプリンを用意してくれたのだと思ったのだ。
だが、響輝はプリンを買っていないらしい。京香も、自分で買ったプリンを忘れる程間抜けではない。
(それなら、誰が……)
こめかみを冷や汗がつうっと伝った。泥棒が困難なように、第三者が冷蔵庫にプリンを忍ばせることは難しい。
第一、そんなことをして何になるというのか。
京香は冷蔵庫荒らしと合わせて不可解な現象に慄き、仕事中なのを承知で響輝に電話をかけたくなった。
しかし、通話ボタンに触れる直前にピンとくるものがあった。
(…二日前。私がプリンを食べたのは、二日前の夕方…)
二日前に起こったおかしな出来事と言えば、突然妖怪が見えたことに他ならない。
プリンを食べた後、夕飯の買い出しに外に出て初めて遭遇した。これを、偶然と思えるか——
「確かめなきゃ」
京香は携帯をベッドに放って部屋から出た。荒らされたのは冷蔵庫だけか、盗まれたものはないか、戸締りは完璧だったか、怪しい痕跡はないか。全ての部屋を丁寧に確認していく。
そうして一つ一つの部屋を回って、冷蔵庫以外に異常はないことがわかった。
残すは物置になっている奥の和室だ。
ゆっくり襖を開いて、京香は電気をつけた。入ると和室特有の畳の香りが鼻孔をくすぐる。
物置と言っても、物を置いているのは押入れの中だけで床にはほとんど物がない。
あるのは右角の父の写真や蝋燭を置いた机と、場所を取るからと左角に寄せてある姿見だけだ。
ここも他の部屋と同様、荒らされたところも無くなった物もない。
だが京香の足は自然と、左奥の姿見に向かっていた。
京香の全身が映る、大きな鏡。
今鏡の中には、鋭い目つきをした長い黒髪の女子生徒がいる。見飽きた容姿だ。
反転した自分と睨みあいながら、京香は真緒の言葉を思い出していた。
『多くの人間が気づかないだけで、向こうの世界の入り口は身近にある。水場、橋、神社の境内、そして鏡、とかね…』
手を伸ばすと、もう一人の京香も伸ばして指先が触れ合う。
埃被った鏡面をなぞりながら、彼女は見えない世界のことを考えていた。
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