聖女に選ばれた純朴な少女が〝闇落ち〟して、国を滅ぼすまでの物語

鷲空 燈

文字の大きさ
8 / 23
第一章 見習い聖女編

第八話 スレインvsグリッセン

しおりを挟む
 中庭の広場、二人の少年が向かい合っていた。

「謝るなら今のうちだぞ、次期侯爵様」

 重そうな木剣を軽々と振りながら、グリッセンが言った。

 必要以上に剣を振るのは、威嚇の意味もあるのだろう。
 木剣を振るたびにブオンブオンと大きな風切り音が鳴る。

 どうやら大人と互角以上に渡り合えると言うのは嘘じゃなさそうだ。

「謝るのは君だよ、聖騎士候補君。まぁ僕に謝っても許してあげないけどね。そうだな。僕が勝ったらエレーナ様に謝罪をしてもらおうかな」

 少年の素振りを見ても、スレインはまだ強気だった。

 この木剣は、家令のフィリップがどこからか持ってきたものだ。

 スレインは握りを確認するくらいで、むやみに木剣を振ったりしなかった。

 二人の間にピリピリとした空気が張り詰める。

 誰も止めようとはしなかった。
 エレーナも止めなかった。
 シスター・クレアに止めないほうがいいと言われたのだ。

 曰く、これは男同士のプライドをかけた戦いだと。

 今止めてもどこか知らないところでぶつかるかもしれない。
 直接ぶつからないにしても、今回の遺恨はお互いの中でくすぶり続ける。
 それがさらなる大きな問題に発展しないとは限らない。

 それならば大勢が見守る中、決着をつけた方がいい。
 幸いサイモン教皇は治癒の魔法が使えるので、よほどのことがない限り大事には至らないだろう、とのことだ。

(こんな状況で、ハラハラしながら見守っていることしかできないなんて……)

 エレーナは、そんな自分がもどかしかった。


「じゃあ俺が勝ったら、聖女様とやらの護衛役を辞退させてもらおうか。加えてあんたには土下座してもらおう。『グリッセン様、失礼なこと言って申し訳ありませんでした』とな」

 グリッセンには勝つ自信があった。

 こんな簡単なことで高位貴族の子息に謝罪をさせることができるなんて、夢のような話だった。
 男爵位の三男坊が侯爵位の次期当主に土下座させるなんて、一生自慢できるに違いない。

「いいだろう」

 平然と言い放つスレインに、グリッセンは動揺を隠せない。

「い、いいのかよ? 俺なんかに土下座することになるんだぞ?」

「ならないよ。どうせ僕が勝つ」

「……すごい自信だな」

「事実だからね。あと言っておくけど、君が負けた後に僕を恨むのはお門違いだよ? 恨むなら多少腕が立つくらいで調子に乗った自分自身を恨むんだね」

「多少腕が立つくらい、か……。ふざけやがって」

「ふざけてないさ。君みたいなのをなんて言うか知ってるかい? 身の程知らずとか、お山の大将って言うんだよ?」

「……まるで自分が勝つことが当然のように言うんだな」

「勝つさ。見たところ君の剣は実践レベルではない」

「ほう? 自分が実践レベルだと?」

「少なくとも君よりは」

「そうか、じゃあ手加減はいらないな」

 グリッセンは構えたかと思うと、間髪入れず斬りかかり戦闘がはじま……らなかった。

「ちょっと待った」

 まさかの「待った」だった。
 言ったのはスレイン本人だ。

「どうした、いまさら怖気付いたのか?」

 グリッセンの挑発を無視して、スレインはエレーナの方に歩いてきた。

(え? なに? どうなってるだ?)

「教皇猊下。よろしいですか?」

 スレインはサイモンに許可を求めると、エレーナの前に跪く。
 スレインの行動にエレーナは混乱した。

(え? え? え?)

 エレーナの頭は?マークでいっぱいだ。

「聖女様、どうかスレインに祝福をお与えください」

 サイモンが言った。

「へ? へ? しゅ、祝福? 祝福ってどうやったらいいだ?」

「聖女様はこの試合、どちらに勝って欲しいですかの?」

「そりゃスレイン義兄様ですだ。んだども……」

「ではそのように祈ってください。その祈りがスレインの祝福となり、力となりますですじゃ」

 どうやらエレーナの祈りが勝敗を左右するらしい。

 真偽のほどは定かではないが、今はどんな手を使ってでもスレインに勝って欲しかった。
 そして願わくば、あの生意気な少年にギャフンと言わせて欲しい。

 エレーナは両手を胸の前で組んで、祈りを捧げた。

「どうか、どうか、スレインお義兄様が勝ちますように……」

 するとどうしたことか。
 何かしらの力が目の前に跪く少年――スレインに流れ込むではないか。

 大気中の何かが、ゆっくりとスレインの周囲に集まり、ヒュンヒュンと吸い込まれるようにスレインの身体へ入っていくのがわかった。

 スレインは立ち上がり、じっと自分の右手を見つめた。

「……すごいな。これは想像以上だ」

 スレインの身体がうっすら光を帯びているのは気のせいだろうか。

 対してグリッセンの方は首を傾げている。

 素振りをする木剣の勢いが急に弱くなった?

「さぁ始めようか。まさか、いまさら怖気付いてないよね?」

 先ほどの挑発をスレインが返しながら、片手で剣を構えた。

「ぬかせ!」

 グリッセンが叫び、両手で剣を握り締め大きく踏み出した。

「《アースバインド》」

 スレインが呟くと同時に、グリッセンの足元が盛り上がる。

「なっ!?」

 一瞬だった。

 グリッセンの下半身を隆起した土が拘束する。

「シッ!」

 スレインが一気に間合いを詰める。

 カンッ!

 グリッセンの木剣が弾け飛んだ。

「僕の勝ちだね」

 相手の首元に木剣を突きつけて、スレインが静かに言った。

 宙を舞っていた木剣が地面に落ちる。

「ひ、卑怯だぞ! 剣の試合で魔法を使うなんて!」

「卑怯? 君は戦場で魔法を使う相手にも、そうやって言うのかい?」

「それは……」

「これは剣のみの立ち合いだと言うのは君の勝手な思い込みだ。その思い込みのせいで君は命を落としたことになる。よかったね、これが実戦じゃなくて」

「くそ、くそ、くそっ! 剣だけなら、純粋な剣の試合なら……」

「実戦なら君はもう死んでるわけだけど、どうやら納得してないみたいだね。では君の言う通り、剣だけで戦ってあげよう。もちろん君はどんな手を使っても構わないよ?」

 グリッセンを捉えていた土の塊は音もなく消え去った。

「クソッ!」

 落ちた剣を拾いグリッセンが襲いかかる。

「う、うぉぉぉぉぉっ!」

「遅いなぁ」



 それから二人戦った。
 何度も何度も何度も。

 宣言通り、スレインは魔法を使わなかった。

 にもかかわらず、グリッセンは一度もスレインに勝つことはなかった。

 獣のような咆哮を上げ、全身で襲いかかるグリッセン。
 片手に持った剣でいとも簡単にいなし続けるスレイン。

 まるで大人と子どもの戦いだった。
 いや、戦いになってすらいなかった。

 十度目の敗北。

 とうとうグリッセンの心が折れた。

「どうしてだ……どうして勝てないんだ!」

 悔し涙を流しながら、地面を殴りつける。

「今まで君が他の人に勝てていたのは聖女様の祝福があったからだよ。今回の君は祝福を与えてくれる存在に敵対する行為をしたんだから、こうなるのは当然の結果ってわけさ。逆に僕は聖女様の祝福を与えられているしね。まぁ、おそらくこの試合限定だけど」

「聖女様の祝福……」

 呟くと、グリッセンはすっくと立ち上がり、グイッと涙を拭った。

 スタスタとエレーナの前へ歩いていく。

 そして土下座した。

「聖女様、失礼なことをいって申し訳ありませんでした! 聖女様の力を疑ったことも謝罪します! 本当に申し訳ありませんでしたぁ!」

「あ、頭を上げるだ。そ、それにオラが聖女様だなんて自分でも疑ってるくれぇだ。んだからグリッセン様に言われたこともぜんぜん気にしてねぇだよ」

 本当は男か女か疑ってるところを謝ってほしかったけど、そんなことを言える空気ではなかった。

 そこでようやくグリッセンは顔を上げた。
 憑き物が落ちたように晴れやかな表情だった。

「スレイン様にも失礼なことを言ってしまいました。どうか謝罪させてください。申し訳ありませんでした」

「グリッセン君、君の謝罪を受け入れよう。これからは気をつけるようにね。世間は僕みたいな貴族ばかりじゃない。君の軽率な行動が教皇猊下や聖女様の危険につながる可能性だってあるんだ」

「はい! 肝に銘じます!」

「それでは聖騎士候補として、聖女様……我が義妹の護衛を引き受けてくれるかな?」

「はい! 謹んでお受けします!」

 エレーナは我が耳を疑った。

 これがあのグリッセンだろうか。
 試合をする前とまるで別人である。
 いや、これもまた、彼の本当の姿なのだろう。

 仕える相手を勝手に変えられ、しかもそれが平民の小娘だったことで、彼は混乱していたのだ。

 剣の腕が立つとはいえ、彼はまだ年端のいかない少年だ。
 不平や不満の感情に振り回されるのは仕方ないといえよう。
 その不平や不満もこうやって解消され、無事にエレーナの護衛として……あれ?

 そこまで考えて、エレーナはハッとした。

 もしかして最初から……。

「サイモン様、こうなることが最初からわかってただか?」

「ほほほ、いったい何のことですかな?」

「まぁよいではないですか。結果すべてが丸く収まったのですから」

 シスター・クレアが言った。

 これ以上追求しても話してくれそうにない。

 大人って……。

 それに気になることが他にある。

 エレーナがスレインに与えた祝福のことだ。

 あのときエレーナの祈りは、本当にスレインへ祝福を与えたのだろうか?
 本当にそんな能力が自分にあるのだろうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。 2025/9/29 追記開始しました。毎日更新は難しいですが気長にお待ちください。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

聖女を追い出しても平気だと思っていた国の末路

藤原遊
ファンタジー
聖女が国を去った日、神官長は分かっていた。 この国は、彼女を軽く扱いすぎたのだと。 「聖女がいなくても平気だ」 そう言い切った王子と人々は、 彼女が“何もしていない”まま国が崩れていく現実を、 やがて思い知ることになる。 ――これは、聖女を追い出した国の末路を、 静かに見届けた者の記録。

処理中です...