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線香花火

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2.懺悔

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第一話から遡ること数年前の夏

8月13日 快晴  外気温35℃

アスファルトからの照り返しで地面が揺れて見える。

そんな暑い最中、僕は喪服のスーツで立ち尽くしている。

暑くて、大量の汗をかいている筈なのだが、体が「それ」を感じない。

感じる余裕が無いのだ・・・。

そう、普通に墓参りに来ている訳では無いのだ。

ある会社社長の自宅の前に立ち尽くしている・・・。

会社社長のの家と言っても、そんなに大きな豪邸という訳でも無い。

本当に普通の家だ。築25年以上経ってそうな古い家だ。

僕は意を決して、インターホーンを押す。

「ピンポーン・・・・・・・・」

30秒ほどして、玄関ドアが開いた。

そこからは、60代の女性が恐る恐る顔を出した。

そして、僕の顔を認識した途端に、一瞬で、彼女は鬼の形相に変わった。

「お母さあん、どうしたの?」

と、家の奥から、もう一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。

20代前半くらいの女性だ。

その女性も、僕の顔を認識した途端に、一瞬で、彼女も鬼の形相に変わった。

「佳代、塩を持って来なさい!!」

20代前半の女性は「佳代」という名前。

僕も今まで何度か会っている。

佳代は、黙ったまま家の奥に引っ込んだと思っていたら即座に、戻ってきた。

手には無造作に握りしめた白い粉末が見える。

佳代は、その握りしめていた粉末を、覚束無((おぼつかな)い投球フォーム・・・

しかし・・・。

力強さを感じずにはいられないやけくそ気味の投球フォーム。

それが、僕の上半身におもいっきりかかった・・・・。

元々、汗でベタついていた皮膚に、その塩はパラパラを地面に落ちる事無く、

ほとんどが、こびれついたままだ。

幸い、メガネをしていたので、目には入らなかった。

60代の女性は、僕に向かって、

「どの面下げて、この家にやってこれたのよ!!!!」と僕に、罵声を浴びせた。

僕は、二人の女性と目を合わす事もなく

「この度は、上島製作所代表取締役社長・上島多喜二様の急逝・・・。」

「さつき銀行を代表して、 私、御社の融資担当の舘田善男がお悔やみ申し上げます。」
 
と、小声で棒読み調子で、深々と頭を下げた。

60代の女性は、佳代が持っていた、塩を力一杯、僕の頭に叩きつけるように投げてきた。

「う、ううぅ・・・。」佳代は力ない声で嗚咽し始めた。

それに同調するかのように母親も「う、ううぅ・・・。」と嗚咽し始めた。

僕は、一度下げた頭を上げる事が出来なかった。

出来るはずもない。現実を直視できないのだ。

上島多喜二を急逝させてしまったのは、僕が原因のようなモノだからだ。

僕はスーツの内ポケットから、さつき銀行名義の香典を取り出し、

「どうか、お納め下さい。」と更に深々と頭を下げて、香典を彼女たちに突き出した。

その突き出した香典を母親はにべもなく、地面に叩きつけた。

地面に叩きつけられた香典を、僕は力無く拾い上げ

「どうか、お納めを・・・。」

既に泥まみれのクシャクシャになった香典の包みを震えた手で、再度母親に突き出した。

母親は再度、地面に叩きつける為に腕を振り上げた。

僕は再度、叩きつけられる覚悟をしていたのだが、その振り上げた腕を、抑えてくれたたのは佳代だった。

「お母さん・・・。」佳代はそう言うと首を数回振って母親の腕を抑えた。

そして、僕が差し出したクシャクシャになった香典を汚いものでも触るように、

素早く取り上げ「受け取りますから、帰って下さい!!!」と、僕に恫喝するかのように叫んだ。

僕は、一旦、深々と頭を下げていたのを、元の体勢に戻してから再度、深々と頭を下げてから、

180度向きを変えて、その家から遠ざかって行った・・・。

罪悪感が頂点に達していた僕は、もう二度と振り向くことは出来ない。

気が緩んだせいか、急に涙腺が緩くなった。

一度、流れだした涙は、しばらく収まることは無かった。

景色も歪んで見えているので、ほとんど、どこに向かって歩いているのか分からない状態だ。

そして・・・、

気がつけば、僕の職場、さつき銀行東京練馬支店の前まで来ていた。

気がつけば、天候は快晴から今にも雨が降り出しそうな暗雲が立ち込めていた。

無常にも、直ぐに夕立ちが始まり、僕の体を冷やしてくれた。

さっきまでの諍(いさか)いが、まるで嘘のように感じられた。

もう、数歩歩けば、支店の中に入って雨宿り出来るのだが、

何故か、そこから僕の足は動くことは無かった・・・・。


それから、時間がどれくらい過ぎたかは分からないが、

支店の自動ドアから、女性が傘をさして、僕に向かって歩いてきた。

「お疲れ様でした・・・。」

女性は、そう言うと、今にも涙が零れ落ちそうに瞳を潤ませていた。顔も赤らめている。

下山主任である。

僕の直属の部下だ。

今回の上島製作所の直接の融資担当者だ。

「ああ・・・。」僕は力無く、下山主任に相槌を打った・・・・。

さっきまで、僕が流していた涙は、幸いにも夕立ちが隠してくれていた。

彼女は、僕に傘を差し出し、片手で自分の口を抑え、嗚咽を必死で取り繕っていた。

「ううぅ・・・。」

時間と共に、我慢していた嗚咽が漏れ始める・・・・。

「・・・下山主任、もう終わったから・・・・。」

「ほ、本当は・・・、私が行くべきなのに・・・。」下山主任がハンカチで口元と鼻を抑えながら言う。

「いいんだよ、支店長から決済がもらえなかったのは、僕の責任だ。」

「課長は、何も悪く有りません!・・・何も悪く有りません!・・・ううぅ・・・。」

今は、傘を差し出した下山主任の体の方が、雨に打たれて濡れていた。

僕は、彼女と相合い傘状態で、彼女の肩に手をやり、自動ドアに向かって歩き出した・・・・。


下山主任の計らいで、更衣室にて雨で濡れた喪服を、

さつき銀行のスーツに素早く着替え、濡れた喪服は応急処置としてゴミ袋にまとめて入れておいた。

支店長室に向かって、廊下を歩き始めた。

廊下を歩き始めると、いつの間にか、下山主任も横に並ぶかのように、歩いていた。

「私も、支店長室に伺います!!」

そういう彼女の表情には、ある種の決意が漲(みなぎ)っていた。

その決意の内容がだいたい想像出来てしまった僕は、

「下山主任、僕はこれから支店長に個人的な話が有るから、一人で行ってくるよ。」

「でも・・・・。」彼女は躊躇しながらも、その歩き方には、決意の気持ちが揺るぎない。

「本当に、個人的な話なんで、ここは少し待っていてくれないか?」

「でも、館田課長・・・。」

「大丈夫、キチンと支店長に報告もしておくよ。」

「僕が戻ってきてから、下山主任は支店長室に行ったらいい。」

彼女の歩くペースが鈍った。

僕は、畳み掛けるように、「これは上司の命令だよ。」

笑顔で、彼女に威圧的にならないように、僕はその言葉を吐いた。

「・・・・・はい、分かりました。」彼女は歩くのを辞め、立ち止まった。

「じゃあ、行ってくるよ。」

「あ、あの館田課長!」

「ん?」

「どうか・・・どうか、一人で背負い込まないで下さい。」

彼女は、また潤んだ瞳で、真っ直ぐに僕に視線を向けていた。

僕は、無言で右手を上に上げた。



支店長室の前に到着する。

ノック2回してから、丁寧にドアをゆっくりと開ける。


20帖くらい有る支店長室の奥に、夕立ちの後の天気を背景に

支店長が立派なデスクの向こうに座っていた。

窓からは先程の夕立が収まり差し込む日差しで、室内の照明が灯っていても、少し逆光になっていた。

「やあ、館田くん、ご苦労だったね。」

霧島長治支店長52歳、現さつき銀行練馬支店長。

「・・・はい。」僕は苦々しい気持ちで返事した。

思わず、拳に力が入ってしまう・・・・。

「上島さんもねえ・・・・自殺されてもねえ・・・。」

支店長は、そう言うと回転する椅子をこちらの方向に向けた。

「こちらも返すもの、返してもらわないと困るからねえ。」

支店長は爪切りで爪を研いでいる。

ポマードの匂いも、この人物のせいで嫌いな匂いになってしまった。

過ぎたことを、このバカに話しても埒があかないので

僕は「香典は渡してきました。」と報告した。

「あ、そう?受け取ってくれたの?良かったね。」

「・・・はい。」


上島製作所は創業30年の金型製作では、一流の職人を6人抱えた零細企業だ。

零細企業だが、

その金型製作は、創業してからその業界では一目置かれている実力企業だった。

社長の上島多喜二を筆頭に、6人の職人も一流の腕前。

その内3人は30代の若者・・・・。

後任もしっかりと育て上げていて将来も安泰だろうと、僕は見ていたのだが・・・・。

ここ数年、3Dプリンターの台頭で、受注が激減する。

そこで、僕はナノ単位の精度を持つ、金型製造機の設備投資を提案。

まだ、3Dプリンターはナノ単位の精度の金型は出力出来ない。

本来の金型製作と3Dプリンターは、こうやって住み分けるべきだと

上島多喜二社長に提案したのだ。

事実、上島製作所はナノ単位の精度の金型を作る技術は間違いなくある会社である。

しかし、その設備を導入するには億単位の融資が必要になる。

だが、上島製作所ならば必ず、その投資を回収出来るだけの技術が有るのだ。

僕は、自分の部下を育てる為にも、今回は下山主任を、この融資担当者に抜擢した。

概算の計算でざっと1億3千万円の融資になる計算が出た。

僕の中では、想定内の予算だ。

後は、支店長の決済さえ貰えば、融資が受けられる・・・・。

そこまでの段階まで来ていたのだが・・・・・、

なんと、支店長は、この融資を突っぱねてしまった・・・・。

理由は「零細企業に一億三千万はリスクが大き過ぎる。」だそうだ。

僕は下山主任から、この話を聞きつけ、支店長に直談判。

「上島製作所ならば、この金額の融資以上の売上は直ぐに出せます!」

「むしろ、今が上島製作所が零細企業から中小企業、若しくは大企業に飛躍するチャンスです!」

「それだけの実力が有る会社なんです!!」と情熱的に詰め寄った。

事実、冷静に見ても上島製作所は、本当に金型製作には一目を置くに値する実力が有るのだ。

こんな3Dプリンター如きには潰されていい会社では無いのだ。

こんな時に、銀行が日本の会社を助けなければ、一体いつ助けるのだ?

僕は、必死に、尚且つ論理的に支店長を説得したのだが・・・・。

「もうじき、僕の昇進が有るんだよねえ。ここで失点出したくないんだよ。」

「館田くんさあ、分かって頂戴よ。」

そう言って支店長は、下山主任の夜通しで作った分厚い融資見積書を

僕の前でデスク横にある大型のシュレッダーにかけてしまった・・・。

この行為に、僕は拳を力の限り握りしめ、手の裏が内出血をおこしてしまった。

が、これは僕だけの気持ちの問題では済まない。

上島多喜二社長に、この展開をどう説明すればいいのだ?

この設備投資は、むしろ僕から持ちかけた話である。

持ちかけた僕から、お断りを入れるって

どの面下げて、出向いたらいいのだ?



そんな記憶が蘇りながらも、僕は自分の決意を支店長に伝える。

「支店長・・・・。」

「んん~?」

「実は折り入って、お話が・・・。」

「なんだい?改まって~?」

僕はスーツの内ポケットから封筒を出した。

「どうか、これをお受取り下さい。」

僕は、深々と頭を下げてから、封筒を支店長の机の上に

丁寧に置いた。

「・・・・辞職願い・・・?」

「・・・はい。」

「本気なの?」

「はい。」

「今回の一件が、原因・・・かな?」

「いえ、一身上の都合により、辞職させて頂きたくお願い申し上げます。」

「ふーん?」

「このご時世に、凄いね。」

「・・・・。」

「10年以上、この銀行で頑張ってきたのに、辞めちゃうの?」

「・・・はい。」

「館田くん、真面目だねぇ。真面目!」そう言うと、爪切りを机に置いて、掌で太ももを何度か叩いていた。

「長く融資課にいれば、一度や二度、こんなトラブルは付きものだよ?」

支店長は、机に身を乗り出して僕に言った。

「仰る通りです・・・。」

「今は、こんな事件が有った直後だから、憔悴してしまうのも分かるよ。」

「ちょっと、時間を置いてから、じっくりと話しあおうじゃないか?」

「お心遣いありがとうございます。」

「これは・・・・・、取り敢えず僕の懐に仕舞っておくから、また数日後に話しあおうよ。」

「・・・・分かりました。」

僕は、再度、深々と頭を下げてから、支店長室を出た。




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