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4.経済の真ん中で
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ここは、山路証券投信部門Aプロジェクト室。
高層ビル・高層階。
投信部門のエリートの部門だ。
俺は、ここで「室長」兼「課長」を務めている牧坂圭一郎。
この会社に入って10年以上の中堅ドコロだ。
投信部門とは、いわゆる投資信託。
お客さまから、お金を預かり、コチラの裁量で資産を運用していく。
詳しく株式投資の事が分からないお客さまに代わって、最善の方法を模索して
預かった資産を運用して利益を出していくのだ。
そして、お客さまに還元していく・・・・のが建前だが
いつも、資産運用が上手くいくとは限らない。
お客さまから預かった資産を元本割れさせてしまう事も当然有る。
そのリスクを承諾して頂いて、お客さまから資産を預かるのだ。
で、俺が室長を務めているAプロジェクト室は
ザックリと7勝3敗の好成績を叩きだしているエリートチームだ。
そこの室長を務めているのだ。
東京市場は9:00~15:00までの時間帯で取引しているが、世界の情勢は
24時間、刻一刻と状況が変化している。
その全てに対応しなければ、この市場で勝つ続ける事など、出来ない。
っていうか、時々負けてる。
全戦全勝という訳にはいかない。
いかに勝ちを取り、負けた時の被害を最小限に抑えるかが腕の見せどころなのだ。
今日も200坪程のフロアにデスクが騒然と並び、
大量の液晶モニターが世界の情勢を映し出している。
株式は勿論、外為、商品先物、世界の主要各国のニュース。
特にアメリカ市場は、限りなく日本市場と連動しているから
アメリカの情報は事細かく、モニターに映しだされている。
そして、罵声とも怒号とも解釈できるような声があちらこちらから飛び交っている。
「3958、8000株売り!」
「5968、成行で5000株買い、買い!!」
「早く、買え!!!」
「5968、1523円で5000株、約定しました!!」部下が状況を報告。
「3958、8000株4432円指値では売れません!!」
「下落してます!!成行に切り替えますか!?」
「3958、成行にしろ!!早く!!」俺は部下に指示を出す。
「はい!!」
俺は、一瞬の合間に、デスクに置いてあるミネラルウォーターを掴んで口にする。
すると、すぐに部下からの
「徳島薬品、新薬開発成功のニュース入りました!!」
「治験は!?」と俺は聞き直す。
「これからです!!」
「前評判で、株価上昇する可能性大だな!!」
「買え!!!!」
「何株行きますか!?」
「5000株程、成行でぶち込め!!」
「はい!!成行で5000株!!」
「・・・・・・・・徳島薬品!5000株約定しました!!」
「しばらく、様子を見ておけ!!」
「はい!!」
「取引高はどうだ!?」
「・・・・・・上がって行ってます!!」
「よし、様子見ておけ!!!」
「はい!!」
「ふ~!」俺は額の汗を拭いながらネクタイを少し緩めた。
すると、ふいに「相変わらず、忙しそうね。」と妖艶な声が。
とっさに振り向くと、そこには大神陽子がいた。
大神陽子。28歳。山路証券社長第3秘書。
「まあな。」
「最近、牧坂さん、絶好調よねえ?」
「そうか?」
「秘書室でも評判になってるわよ。」
「なんと!?秘書の連中にかあ・・・。」
「フフフフフフ・・・。」
「その笑み・・・、本当か?怪しいぞ。」
「バレた?」
「もしかして、俺はオチョくられたのか!?」
「正解。」彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「クソ、社長秘書がこんなトコロで油売っていていいのか?大神くん。」
「そうねえ・・・。そろそろ行くわ。」
彼女は後ろに振り向きざまに軽く、俺に手を振っていた。
俺も、軽く手を上げた。
「牧坂さん!!」部下から、早速呼ばれた。
「あいよ!」
「徳島薬品、取引高、微妙に下がっています。株価は横ばいになっています。」
「前評判では、その辺りが天井か?」
「よし、成行で売り抜けろ!!」
「はい!!」部下はバチバチとキーボードを叩く。
「それにしても・・・。」
「ん?何?」
「牧坂さんて、何でこんなに相場が読めるんですねえ?」
「・・・・・さあな。」
「何か秘訣でも有るのでは?」部下がおちょくってくる。
「・・・・うーん、カンかな?」
「えーーーーー!!??それは無しでしょーーー!!??」
「だろ?だからお前はさっさと俺の手から離れて独り立ちしてくれよ。」
「折角、秘訣が聞けるかと思ったのに・・・・。」
「本当に無いよ。カンだ。」
「さ、無駄口叩いてないで仕事仕事。」
「ちぇ。」
毎日が、こんなテンションで仕事が進んでいく・・・・。
職場じゃなくて、「戦場」という表現が似つかわしいかも知れない。
株式市場は15時で後場も終わるが、俺達の仕事は終わらない。
絶えず、各企業のニュース。日本国内の政治の動向。
為替。先物。欧州・米・中国・ロシア等の世界の経済を動かしている主要各国の動向も。
全て、全方位に目を向けてなければならない。
後場が終わってからも、これからの方針をミーティングと時間外取引にも目を向ける。
なんだかんだで、帰社出来るのは20時過ぎ。
それから電車に揺られて、家に到着するのは21時過ぎ。
俺の家は、東京某所の億ションと言われるマンション21階に住んでいる。
エントランスホールの前に暗証番号を入力する機器が有り、
マンション内に入るたびに入力しなければならないのが凄く煩わしい。
この煩わしい行為を今日もこなしてエントランスホールに入る。
セキュリティの為には仕方ないのだが。
広いエントランスホールに俺の革靴の歩く音が鳴り響く。
カツカツカツ・・・。
「ピリリリリリリリリリリリ・・・。」
背広の内ポケットに仕舞ってあったスマホがエントランスホールに鳴り響く。
俺が焦って、取り出し画面を見ると「大神陽子」と表示。
素早く「もしもし。」
「牧坂さん、お疲れ様。」と妖艶な声が。
「ああ、どうもお世話になります。」と俺が返す。
「今度はいつ食事に連れて行ってくれるのかしら?」
「その件につきましては、明日朝一番にご報告したいと思っております。」
俺は徹頭徹尾、事務的な会話を心掛ける。
「・・・そう、じゃあ、明日、期待してるわね。」
「はい、それではよろしくお願いします。」
「ピッ。」
俺は、素早くスマホを切った。
陽子、まだエントランスホールだから良かったものの、
家に到着してたら、どうすんだ?
ったく・・・・。
そう、大神陽子。28歳。社長第3秘書は俺の「不倫相手」だ。
もう、かれこれ2年くらい、この関係が続いている。
なぜ、俺のような「仕事バカ」が気に入られたかは未だに分からない。
分からないが、「据え膳食わぬは男の恥」の原理原則に則って実行に移してしまった。
ただ・・・、彼女とは、何かしらの親近感を感じたのも有ったのだが。
その「何かしら」が何かは、未だによくわからない。
何か、お互い惹かれ合うモノが有ったんだろうな。
ビビビっときたんだよな。
残念ながら、妻の真須美とは、そんな感情は無かったのだが。
俺は、広いエントランスホールを歩き切り、
奥のエレベーターの一つに乗り込んだ。
俺の乗った高速エレベーターはあっという間に21階へ。
しばらく、廊下を歩くこと5分ほど。
俺の自宅に到着だ。
徐ろにインターホンを鳴らす・・・・。
「ガチャ」
ロックが解除された音がする。
ドアが開き、出てきたのは・・・妻だ。
「おかえり、私もさっき帰ってきたところだけどね。」
頭をボリボリと掻いている・・・・。
妻、真須美。俺と同い年だ。
一応、恋愛結婚だ。
彼女は彼女で、某雑貨店でオーナー兼店長として自由が丘で店を出している。
業績は悪くない。むしろ好調なようだが、拡大路線にはいかないようだ。
彼女曰く、人がなかなか育たないから、店を完全に任せる事が出来ないでいるようだが。
テーブルの上には、デパ地下で買ってきただろう惣菜が彩り豊かに並べられていた。
「(せめて、食器に移してもらいたいんだが、まあ真須美も仕事が忙しくて大変なようだしな。)」
「(言わないでおくか。)」
俺は気持ちを切り替えて、「翼はどうしてる?」と真須美に聞いた。
「あ~、あの子なら、部屋でスマホでもやってるんじゃない?」
「・・・・そうか。」
翼は、俺の息子12才。
来年、私立中学に進学予定だ。
多感な時期でも有り、最近では俺的にも多少なりとも腫れ物に触るような関係に
なっているような気がする。
「あなた、翼を呼んできて。その間に、温めておくから。」
「ああ、分かった。」
俺は、洗面所でネクタイを緩め、うがいと手洗いを済まし
翼の部屋へ。
「翼、飯だぞ。」ドアをノックしながら俺は言った。
「・・・・・うん。」
しばらくして、部屋から翼の声が聞こえた。
俺はそれ以上は、何も言わずに寝室でスーツから部屋着に着替え
リビングに赴いた。
昔は、もっと感情豊かなヤツだったんだがな・・・・・。
俺は、思わず昔を思い出した。
「お父さん!!アレアレ!!」
「ああ、見えてるよ。」
翼はまだ小学生低学年だったか?
俺は翼を肩車をして、少しでもその景色に近づけてやりたかった。
翼は俺の頭をガシガシさせながら、興奮して、ソコを指差していた。
「ほら!!お父さん!!」
「見えてるよ!」
その真っ青な青空に、5つの雲の筋が出来上がっていく。
周囲からはオオー・・・!!と歓声が上がっていた。
そう、ここは某デパートの屋上。
ここでは、航空自衛隊の航空ショーが見えるのだ。
俺はわざわざ、調べて久々の休日、翼を連れてやってきたのだ。
「お母さんにも見せたかった!」翼があどけなく言う。
「そうだなあ・・・。でも、お母さんは今日はオープンセールで忙しかったから仕方ないな。」
「今度は、お母さんも揃って来たいな!!」
「そうだな・・・・。あ、翼!!次のが来たぞ!!」
航空自衛隊のブルーインパルスが編隊を組んで飛んできた。
「オオー!!」また歓声が上がった。
ブルーインパルスは一斉に上昇。そこから一気に下降している。
「すごい!!すごいよ!!お父さん!!」
「オオー、迫力あるな!!翼!!」
「お父さん!あの飛行機はミサイルとか出さないの?」
「ああ、あれはショー用だから、そんな武器は搭載されて無いんだ。」
「ふーん。残念。」
「おい!翼!ミサイルを発射するときなんて、戦争の時くらいだぞ!」
「そうなんだ。」
「滅多なこと言うなよな。」俺は少し呆れた感じで言った。
「・・・・・・・・・・・。」あの頃が懐かしい。
リビングには既に真須美と翼がテーブルに座っていた。
翼は妻の言うとおりスマホをしながら、俺の到着を待っていたようだ。
俺とは、目も合わさない。
妻が電子レンジで温めておいてくれたデパ地下の惣菜がいい香りを放っている。
「いただきます」・・・・を言う事もなく、それぞれが勝手に
テーブルに並べられた順番に、食べ始める。
・・・・・・まあ、いつもの光景だ。
俺的には、若い頃はデパ地下惣菜は美味しいと思って食べていたのだが
最近は、加齢のせいか、味が濃く、しつこさが後に残るような印象が鼻についてきた。
それでも、折角、妻が買ってきて用意してくれている食事。
有り難く、頂かなければならないんだろうな・・・・。
「ねえ、あなた。」
「ん?」
「翼の夏期講習なんだけど。」
「ああ。」
「合宿の夏期講習させたいんだけど。」
「合宿?」
「そう。」
「20日くらいの、なんだけど。」
「ほう。」
「費用が30万くらいかかるけど、それに見合う内容だと思うの。」
「そうなのか?」
「そう。」
「翼は、行きたいのか?」
「・・・・うん。」
「私立中学進学組の子達は、ほとんど、行くそうよ。」
「そうか・・・。」
「お母さんは、こう言ってるけど、翼自身はどうしたい?」
「そうだなあ・・・・・。まあ、行きたいかな?」
「そうか。」相変わらず、意志を感じない返事だな。
俺は、惣菜を頬張りながら、頷いた。
「いいんじゃないか?」
「翼が行きたいと思ってるなら。まだ、3ヶ月も先の話だけど手続きはすぐ必要なのか?」
「そうね、今から予約を入れておかないと、直ぐに定員に達してしまうのよ。」
「そうか、なら早く手続きしておいて。俺は了承した。」
「分かったわ。手続きと入金はやっておくわ。」
「大変かも知れないが、よろしく。」
「翼も、頑張ってるんだな。」
「・・・・・まあ・・ね。」
なんか、はっきり喋らない奴だな・・・・。
まあ、反抗期に差し掛かる時期だから、余り細かい事で叱るのも何だし、
これでこの話は手打ちにしよう。
「後ね・・・。」
「うん?」
「ハウスキーパーさんに来週は2日間じゃなくて3日間来るようにお願いしておいて。」
「どうしてだ?」
「二号店の立ち上げで忙しいのよ。お願い。」
「そうか、分かった。電話しておくよ。」
しかし、何だなあ・・・・。
これが、昔オレが憧れていた一家団欒の実際の姿なのか?
実際、俺は社会では勝ち組の部類に入る事が出来た人間だと自負している。
一流大学を卒業して、新卒で山路証券に入社。
25歳で真須美と結婚。
真須美は真須美で、自由が丘で雑貨店を成功させているし。
俺は俺で、会社で投信部課長にまで出世出来たのだから。
後は、息子の翼が、どういう人生を歩むか?だが。
それは、俺だけの力ではどうにもならない。
翼が自分自身で切り拓いていくしか無い。
俺は、飽くまで、そのお手伝いをさせてもらうだけの事だ。
だが、この社会的地位や経済的な成功とは裏腹にこの空虚感は何なんだろう?
不倫相手の、大神陽子は社長秘書だ。
彼女のステータスもかなりのもんだ。
容姿端麗才色兼備、非の打ち所も無い。
割り切った付き合いも合意の上だ。
「ときめき」と「やすらぎ」両方を手に入れた
油の乗った40手前の男としての生活。
それを手に入れたのに、何故こんなに、虚しさが込み上げてくる?
他人が聞いたら、間違いなく誰もが羨む状況の筈だ。
(勿論、不倫の件は誰にも言わないが)
「ご馳走様」そう言ってリビングを一番に離れていったのは翼だった。
真須美もその後に続いて、テーブルを立ち上がり、
惣菜の入っていた器をキッチンに持って行った。
俺も早々に食べ終わり、惣菜の入っていた器をキッチンに持って行った。
その後は、ベランダに出て、百万ドルの夜景を見ながらタバコを嗜む・・・・・。
この瞬間がもしかしたら一番、俺が優雅な気持ちになれる時間かも知れないな。
タバコの煙が、緩やかに風に舞う・・・・。
ここは21階だから、車の交通音も微かに聞こえる程度だ。
この微かな雑踏感が、とても心地よい。
次の瞬間、この心地よさをかき消すように、ベランダまで真須美の声が響いた。
「あなた、みんなお風呂入ったわよ。あなたもさっさと入って頂戴。」
「ほ~~い。」俺はタバコを咥えながら返事した。
俺は携帯型の灰皿にそそくさとタバコを仕舞い、ベランダを後にした・・・。
高層ビル・高層階。
投信部門のエリートの部門だ。
俺は、ここで「室長」兼「課長」を務めている牧坂圭一郎。
この会社に入って10年以上の中堅ドコロだ。
投信部門とは、いわゆる投資信託。
お客さまから、お金を預かり、コチラの裁量で資産を運用していく。
詳しく株式投資の事が分からないお客さまに代わって、最善の方法を模索して
預かった資産を運用して利益を出していくのだ。
そして、お客さまに還元していく・・・・のが建前だが
いつも、資産運用が上手くいくとは限らない。
お客さまから預かった資産を元本割れさせてしまう事も当然有る。
そのリスクを承諾して頂いて、お客さまから資産を預かるのだ。
で、俺が室長を務めているAプロジェクト室は
ザックリと7勝3敗の好成績を叩きだしているエリートチームだ。
そこの室長を務めているのだ。
東京市場は9:00~15:00までの時間帯で取引しているが、世界の情勢は
24時間、刻一刻と状況が変化している。
その全てに対応しなければ、この市場で勝つ続ける事など、出来ない。
っていうか、時々負けてる。
全戦全勝という訳にはいかない。
いかに勝ちを取り、負けた時の被害を最小限に抑えるかが腕の見せどころなのだ。
今日も200坪程のフロアにデスクが騒然と並び、
大量の液晶モニターが世界の情勢を映し出している。
株式は勿論、外為、商品先物、世界の主要各国のニュース。
特にアメリカ市場は、限りなく日本市場と連動しているから
アメリカの情報は事細かく、モニターに映しだされている。
そして、罵声とも怒号とも解釈できるような声があちらこちらから飛び交っている。
「3958、8000株売り!」
「5968、成行で5000株買い、買い!!」
「早く、買え!!!」
「5968、1523円で5000株、約定しました!!」部下が状況を報告。
「3958、8000株4432円指値では売れません!!」
「下落してます!!成行に切り替えますか!?」
「3958、成行にしろ!!早く!!」俺は部下に指示を出す。
「はい!!」
俺は、一瞬の合間に、デスクに置いてあるミネラルウォーターを掴んで口にする。
すると、すぐに部下からの
「徳島薬品、新薬開発成功のニュース入りました!!」
「治験は!?」と俺は聞き直す。
「これからです!!」
「前評判で、株価上昇する可能性大だな!!」
「買え!!!!」
「何株行きますか!?」
「5000株程、成行でぶち込め!!」
「はい!!成行で5000株!!」
「・・・・・・・・徳島薬品!5000株約定しました!!」
「しばらく、様子を見ておけ!!」
「はい!!」
「取引高はどうだ!?」
「・・・・・・上がって行ってます!!」
「よし、様子見ておけ!!!」
「はい!!」
「ふ~!」俺は額の汗を拭いながらネクタイを少し緩めた。
すると、ふいに「相変わらず、忙しそうね。」と妖艶な声が。
とっさに振り向くと、そこには大神陽子がいた。
大神陽子。28歳。山路証券社長第3秘書。
「まあな。」
「最近、牧坂さん、絶好調よねえ?」
「そうか?」
「秘書室でも評判になってるわよ。」
「なんと!?秘書の連中にかあ・・・。」
「フフフフフフ・・・。」
「その笑み・・・、本当か?怪しいぞ。」
「バレた?」
「もしかして、俺はオチョくられたのか!?」
「正解。」彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「クソ、社長秘書がこんなトコロで油売っていていいのか?大神くん。」
「そうねえ・・・。そろそろ行くわ。」
彼女は後ろに振り向きざまに軽く、俺に手を振っていた。
俺も、軽く手を上げた。
「牧坂さん!!」部下から、早速呼ばれた。
「あいよ!」
「徳島薬品、取引高、微妙に下がっています。株価は横ばいになっています。」
「前評判では、その辺りが天井か?」
「よし、成行で売り抜けろ!!」
「はい!!」部下はバチバチとキーボードを叩く。
「それにしても・・・。」
「ん?何?」
「牧坂さんて、何でこんなに相場が読めるんですねえ?」
「・・・・・さあな。」
「何か秘訣でも有るのでは?」部下がおちょくってくる。
「・・・・うーん、カンかな?」
「えーーーーー!!??それは無しでしょーーー!!??」
「だろ?だからお前はさっさと俺の手から離れて独り立ちしてくれよ。」
「折角、秘訣が聞けるかと思ったのに・・・・。」
「本当に無いよ。カンだ。」
「さ、無駄口叩いてないで仕事仕事。」
「ちぇ。」
毎日が、こんなテンションで仕事が進んでいく・・・・。
職場じゃなくて、「戦場」という表現が似つかわしいかも知れない。
株式市場は15時で後場も終わるが、俺達の仕事は終わらない。
絶えず、各企業のニュース。日本国内の政治の動向。
為替。先物。欧州・米・中国・ロシア等の世界の経済を動かしている主要各国の動向も。
全て、全方位に目を向けてなければならない。
後場が終わってからも、これからの方針をミーティングと時間外取引にも目を向ける。
なんだかんだで、帰社出来るのは20時過ぎ。
それから電車に揺られて、家に到着するのは21時過ぎ。
俺の家は、東京某所の億ションと言われるマンション21階に住んでいる。
エントランスホールの前に暗証番号を入力する機器が有り、
マンション内に入るたびに入力しなければならないのが凄く煩わしい。
この煩わしい行為を今日もこなしてエントランスホールに入る。
セキュリティの為には仕方ないのだが。
広いエントランスホールに俺の革靴の歩く音が鳴り響く。
カツカツカツ・・・。
「ピリリリリリリリリリリリ・・・。」
背広の内ポケットに仕舞ってあったスマホがエントランスホールに鳴り響く。
俺が焦って、取り出し画面を見ると「大神陽子」と表示。
素早く「もしもし。」
「牧坂さん、お疲れ様。」と妖艶な声が。
「ああ、どうもお世話になります。」と俺が返す。
「今度はいつ食事に連れて行ってくれるのかしら?」
「その件につきましては、明日朝一番にご報告したいと思っております。」
俺は徹頭徹尾、事務的な会話を心掛ける。
「・・・そう、じゃあ、明日、期待してるわね。」
「はい、それではよろしくお願いします。」
「ピッ。」
俺は、素早くスマホを切った。
陽子、まだエントランスホールだから良かったものの、
家に到着してたら、どうすんだ?
ったく・・・・。
そう、大神陽子。28歳。社長第3秘書は俺の「不倫相手」だ。
もう、かれこれ2年くらい、この関係が続いている。
なぜ、俺のような「仕事バカ」が気に入られたかは未だに分からない。
分からないが、「据え膳食わぬは男の恥」の原理原則に則って実行に移してしまった。
ただ・・・、彼女とは、何かしらの親近感を感じたのも有ったのだが。
その「何かしら」が何かは、未だによくわからない。
何か、お互い惹かれ合うモノが有ったんだろうな。
ビビビっときたんだよな。
残念ながら、妻の真須美とは、そんな感情は無かったのだが。
俺は、広いエントランスホールを歩き切り、
奥のエレベーターの一つに乗り込んだ。
俺の乗った高速エレベーターはあっという間に21階へ。
しばらく、廊下を歩くこと5分ほど。
俺の自宅に到着だ。
徐ろにインターホンを鳴らす・・・・。
「ガチャ」
ロックが解除された音がする。
ドアが開き、出てきたのは・・・妻だ。
「おかえり、私もさっき帰ってきたところだけどね。」
頭をボリボリと掻いている・・・・。
妻、真須美。俺と同い年だ。
一応、恋愛結婚だ。
彼女は彼女で、某雑貨店でオーナー兼店長として自由が丘で店を出している。
業績は悪くない。むしろ好調なようだが、拡大路線にはいかないようだ。
彼女曰く、人がなかなか育たないから、店を完全に任せる事が出来ないでいるようだが。
テーブルの上には、デパ地下で買ってきただろう惣菜が彩り豊かに並べられていた。
「(せめて、食器に移してもらいたいんだが、まあ真須美も仕事が忙しくて大変なようだしな。)」
「(言わないでおくか。)」
俺は気持ちを切り替えて、「翼はどうしてる?」と真須美に聞いた。
「あ~、あの子なら、部屋でスマホでもやってるんじゃない?」
「・・・・そうか。」
翼は、俺の息子12才。
来年、私立中学に進学予定だ。
多感な時期でも有り、最近では俺的にも多少なりとも腫れ物に触るような関係に
なっているような気がする。
「あなた、翼を呼んできて。その間に、温めておくから。」
「ああ、分かった。」
俺は、洗面所でネクタイを緩め、うがいと手洗いを済まし
翼の部屋へ。
「翼、飯だぞ。」ドアをノックしながら俺は言った。
「・・・・・うん。」
しばらくして、部屋から翼の声が聞こえた。
俺はそれ以上は、何も言わずに寝室でスーツから部屋着に着替え
リビングに赴いた。
昔は、もっと感情豊かなヤツだったんだがな・・・・・。
俺は、思わず昔を思い出した。
「お父さん!!アレアレ!!」
「ああ、見えてるよ。」
翼はまだ小学生低学年だったか?
俺は翼を肩車をして、少しでもその景色に近づけてやりたかった。
翼は俺の頭をガシガシさせながら、興奮して、ソコを指差していた。
「ほら!!お父さん!!」
「見えてるよ!」
その真っ青な青空に、5つの雲の筋が出来上がっていく。
周囲からはオオー・・・!!と歓声が上がっていた。
そう、ここは某デパートの屋上。
ここでは、航空自衛隊の航空ショーが見えるのだ。
俺はわざわざ、調べて久々の休日、翼を連れてやってきたのだ。
「お母さんにも見せたかった!」翼があどけなく言う。
「そうだなあ・・・。でも、お母さんは今日はオープンセールで忙しかったから仕方ないな。」
「今度は、お母さんも揃って来たいな!!」
「そうだな・・・・。あ、翼!!次のが来たぞ!!」
航空自衛隊のブルーインパルスが編隊を組んで飛んできた。
「オオー!!」また歓声が上がった。
ブルーインパルスは一斉に上昇。そこから一気に下降している。
「すごい!!すごいよ!!お父さん!!」
「オオー、迫力あるな!!翼!!」
「お父さん!あの飛行機はミサイルとか出さないの?」
「ああ、あれはショー用だから、そんな武器は搭載されて無いんだ。」
「ふーん。残念。」
「おい!翼!ミサイルを発射するときなんて、戦争の時くらいだぞ!」
「そうなんだ。」
「滅多なこと言うなよな。」俺は少し呆れた感じで言った。
「・・・・・・・・・・・。」あの頃が懐かしい。
リビングには既に真須美と翼がテーブルに座っていた。
翼は妻の言うとおりスマホをしながら、俺の到着を待っていたようだ。
俺とは、目も合わさない。
妻が電子レンジで温めておいてくれたデパ地下の惣菜がいい香りを放っている。
「いただきます」・・・・を言う事もなく、それぞれが勝手に
テーブルに並べられた順番に、食べ始める。
・・・・・・まあ、いつもの光景だ。
俺的には、若い頃はデパ地下惣菜は美味しいと思って食べていたのだが
最近は、加齢のせいか、味が濃く、しつこさが後に残るような印象が鼻についてきた。
それでも、折角、妻が買ってきて用意してくれている食事。
有り難く、頂かなければならないんだろうな・・・・。
「ねえ、あなた。」
「ん?」
「翼の夏期講習なんだけど。」
「ああ。」
「合宿の夏期講習させたいんだけど。」
「合宿?」
「そう。」
「20日くらいの、なんだけど。」
「ほう。」
「費用が30万くらいかかるけど、それに見合う内容だと思うの。」
「そうなのか?」
「そう。」
「翼は、行きたいのか?」
「・・・・うん。」
「私立中学進学組の子達は、ほとんど、行くそうよ。」
「そうか・・・。」
「お母さんは、こう言ってるけど、翼自身はどうしたい?」
「そうだなあ・・・・・。まあ、行きたいかな?」
「そうか。」相変わらず、意志を感じない返事だな。
俺は、惣菜を頬張りながら、頷いた。
「いいんじゃないか?」
「翼が行きたいと思ってるなら。まだ、3ヶ月も先の話だけど手続きはすぐ必要なのか?」
「そうね、今から予約を入れておかないと、直ぐに定員に達してしまうのよ。」
「そうか、なら早く手続きしておいて。俺は了承した。」
「分かったわ。手続きと入金はやっておくわ。」
「大変かも知れないが、よろしく。」
「翼も、頑張ってるんだな。」
「・・・・・まあ・・ね。」
なんか、はっきり喋らない奴だな・・・・。
まあ、反抗期に差し掛かる時期だから、余り細かい事で叱るのも何だし、
これでこの話は手打ちにしよう。
「後ね・・・。」
「うん?」
「ハウスキーパーさんに来週は2日間じゃなくて3日間来るようにお願いしておいて。」
「どうしてだ?」
「二号店の立ち上げで忙しいのよ。お願い。」
「そうか、分かった。電話しておくよ。」
しかし、何だなあ・・・・。
これが、昔オレが憧れていた一家団欒の実際の姿なのか?
実際、俺は社会では勝ち組の部類に入る事が出来た人間だと自負している。
一流大学を卒業して、新卒で山路証券に入社。
25歳で真須美と結婚。
真須美は真須美で、自由が丘で雑貨店を成功させているし。
俺は俺で、会社で投信部課長にまで出世出来たのだから。
後は、息子の翼が、どういう人生を歩むか?だが。
それは、俺だけの力ではどうにもならない。
翼が自分自身で切り拓いていくしか無い。
俺は、飽くまで、そのお手伝いをさせてもらうだけの事だ。
だが、この社会的地位や経済的な成功とは裏腹にこの空虚感は何なんだろう?
不倫相手の、大神陽子は社長秘書だ。
彼女のステータスもかなりのもんだ。
容姿端麗才色兼備、非の打ち所も無い。
割り切った付き合いも合意の上だ。
「ときめき」と「やすらぎ」両方を手に入れた
油の乗った40手前の男としての生活。
それを手に入れたのに、何故こんなに、虚しさが込み上げてくる?
他人が聞いたら、間違いなく誰もが羨む状況の筈だ。
(勿論、不倫の件は誰にも言わないが)
「ご馳走様」そう言ってリビングを一番に離れていったのは翼だった。
真須美もその後に続いて、テーブルを立ち上がり、
惣菜の入っていた器をキッチンに持って行った。
俺も早々に食べ終わり、惣菜の入っていた器をキッチンに持って行った。
その後は、ベランダに出て、百万ドルの夜景を見ながらタバコを嗜む・・・・・。
この瞬間がもしかしたら一番、俺が優雅な気持ちになれる時間かも知れないな。
タバコの煙が、緩やかに風に舞う・・・・。
ここは21階だから、車の交通音も微かに聞こえる程度だ。
この微かな雑踏感が、とても心地よい。
次の瞬間、この心地よさをかき消すように、ベランダまで真須美の声が響いた。
「あなた、みんなお風呂入ったわよ。あなたもさっさと入って頂戴。」
「ほ~~い。」俺はタバコを咥えながら返事した。
俺は携帯型の灰皿にそそくさとタバコを仕舞い、ベランダを後にした・・・。
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