この花言葉を君に

silverchaff

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本編

10月18日1

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 10月18日———
 25歳の遠野夕紀とおのゆうきは恋をてた。

「私ね、悪い女と悪い男の間に生まれた悪魔みたいな子なの」

 棄てたいと思っていたから、方法は非常に雑で投げやりだった。

貴方あなたと違って『見た目通り』の人間じゃない。貴方は私をいつも『かっこいい』って簡単に言ってしまえているけれど、中身の私は真逆なの。だっていう噂だって本当だし『在籍するのも4年か5年』って社長には話を通してあったの」

 地頭のよい夕紀が何の策もなく粗雑なセリフを吐いたのは、に嫌われた状況でこの地を去りたかったからだ。その一心で強い酒をあおり、今まで誰にも明かした事のない話をポンポンと投げ付ける。


「そっか……」

 彼はバーカウンターに肘をつき細かく震えながら顔を伏せ、とても残念がっているように見えた。

「だからもう二度と貴方に会う事はないと思う。明日から遠い場所で修行するから」
「遠い場所って、どこ?」
「…………」
「…………言う、わけないよね。完璧主義の遠野とおのさんが」

 顔を伏せたままこもった声で問う彼にどう伝えればいいのか悩む間もなく、彼はすぐにそう結論付けてしまった。

 色んな面が苦手だった彼の中で唯一助かったのが、その場の空気を察する能力だ。
 その日も彼の察知能力に助けられ、夕紀はそれ以上無駄な言葉を発する事なくこの地を離れられ……当時の願いであった「恋の廃棄」が叶ったのである。







 恋の廃棄から7年が経ち、夕紀はあと半月で33歳になろうかとしていた。

 中学生の頃からの夢であった珈琲豆専門店『雨上がり珈琲店』を5年前にオープンし、二回り下の弟子と楽しく仕事したり、温かな商店街メンバーに囲まれ平穏な日々を過ごしていた。 



 いつからか「10月18日」は悪魔のような女の「恋の廃棄日」ではなくなり、自分が経営する店の開店記念日となっていた。

 この日は扉に『雨上がり珈琲店 おかげ様で5周年』の文字が躍る手製のボードが掲げられ、店内に飾られているハロウィンオーナメントも一層可愛らしく揺れて夕紀を応援しているかのように思えた……のだが。

「あーあ、また明日アレがやってくるわー! 憂鬱ー! なんかもうウンザリしちゃうー!!」

 7年前に「完璧主義」「かっこいい」と言われていたのを微塵も感じさせないくらい、夕紀はネガティブな言葉ばかりをくダメなアラサーに成り下がっていた。

「確かに、毎回紙を配られて説明ってなんか意味あるんですかね?」

 ネガティブなアラサーに同調してくれるのは店主マスターの右腕である村川朝香むらかわあさか。夕紀が珈琲焙煎の修行先に選んだ『森のカフェ・むらかわ』の一人娘だ。
 21歳という若さながら珈琲に関する民間資格を取得し接客能力も着実に身に付けている。
 小柄で可愛らしい見た目だけでなく、夕紀のダメな部分も受け入れる優しい心も持っている。自分達の関係性を知らない人が見たら「可愛い妹さんですね♪」なんて評されるレベルのSSRスーパースペシャルレア的キャラクターだ。

「そうなのよ、マジで意味ないの! あの集会っ!!」

 夕紀が愚痴っているのは、ここ数年異常な盛り上がりをみせている「ハロウィン」に対し商店街ご長老達が「不可解かつ未知なるイベントであるかのように眉をひそめており全く順応していない」という点について。

 10月も半ばが過ぎて巷はハロウィンモード真っ盛り。
 『雨上がり珈琲店』の店主マスター夕紀もメンバーとして数に入っているこの商店街は、近年でこそ若い世代の経営者が参入してきているがまだまだ昔ながらの雰囲気が強く「『雨上がり珈琲店』みたいにオレンジのかぼちゃと黒猫でも飾っておけばなんとかなるだろう」くらいの認識しかない。
 それならばそれで割り切ってしまえばいいのに、近隣の動向にはナーバスになっていて「あの有名商店街ではハロウィンの仮装パレードをやるらしい」だとか「子ども客にお菓子を配るところもあるらしい」だとかいう噂話で持ちきりだ。

(なんでハロウィンの議題を10月半ばに始めるんだろう……意味不明なんだけど)

 毎週木曜日15時に開始する集会に参加する身としては「それならうちの商店街でもやればいいんじゃないですか」と簡単に言ってやりたいところなのだが、そんな事を口にしようものなら「それじゃあ雨上がりさんのところが中心リーダーになってよ!」とご長老に言われてしまう。近隣の商店街に遅れを取るまいと焦る癖に無策……そんな中高年達を率いる役を引き受けるというのは「泥舟をお前1人で作ってそのまま漕いでみせて凪を波立たせてくれ」と言われているようなものである。だから夕紀は言いたい内容をグッと堪えながら毎回配られる用紙に目を通しながらテキトーにうんうん相槌あいづちを打って10分少々の時間をやり過ごしているのだし、同年代経営者も口をつぐんでいるのであった。

「集会サボって後から紙だけ受け取る事が出来ればめちゃくちゃ楽なんだけどねぇ」
「夕紀さんが集会初日に参加し忘れた時は店に長時間居座られて大変でしたもんね」

 今月からいきなり「週一で地域活性化についての会議をしよう」なんて『はらだ理髪店』店主の原田耕太郎はらだこうたろうが言い出したものだから、夕紀の貴重な昼休憩がその時間だけ奪われる事となった。集会に参加出来なかった店は耕太郎が直接店まで出向き、集会での内容を世間話込みでご高説こうせつたまわるという……なんとも傍迷惑はためいわくなペナルティがついてしまう。

「耕太郎さん、悪い人じゃないんだけどね」
「そうですよね、すっごく良い人なんですけどお話の長さがね」

 耕太郎の話の長さは夕紀が数十年前に在籍していた小学校校長くらい長々しくてくどい。夕紀を含めた商店街メンバーの数人はその長くどい話を苦笑いで聞いてしまうし、そのオーラを耕太郎は青筋を立てながら感じ取っている。

(要らぬ察しをしてしまうのが耕太郎さんの嫌なところなのよね……)

 そんな悪循環もあって若年層メンバーは耕太郎から嫌われている。

(メンバー内派閥っていうのかなぁこういうの。派閥争いまでしてるわけじゃないし、基本的には平和な商店街なんだけどなぁ)

 仕事は楽しいし商店街の雰囲気も良い。
 ただただ木曜日にやってくるあの集会がめんどくさい。

(これって甘えでワガママなのかなぁ)

 集会前日だというのに夕紀は重苦しい溜め息を朝から何度もいていて、仕事上のパートナーである朝香を困らせていた。

「そういえば夕紀さん! 今日はまだ昼休憩取ってないじゃないですか!」

 朝香は急に思い立ったかのようにパンッと両手を叩き、明るい表情を作る。

「昼休憩? より1時間も早いけど??」

 現在時刻は午後1時半。夕紀は昼休憩を当店ランチタイムが過ぎた2時半から取る事にしている。

「でしたら今日は早めに入っちゃいましょ!今日はお客様少なめで昼のピーク過ぎちゃいましたし私はいつものように朝『タカパン』でサンドイッチ買ってるからササっと済ませられますっ! 夕紀さんだって満腹になればモヤモヤした気持ちが晴れますよ!」
「いいの? いつもより早めに私が休憩入っちゃっても」
「いいに決まってるじゃないですか! だって今日はオープン記念日なんですもん! 店主マスターを甘やかす日ですよっ!!」

 何という事だろう。SSR朝香はそのSSR的神対応で夕紀のモヤモヤを爽やかに晴れさせようとしてくれるようだ。

「えっ……私、甘やかされちゃって大丈夫?」
「大丈夫ですっ! 私だって夕紀さんと一緒にお仕事始めて3年目なんですから少しでも店主マスターの助けになる動き出来ますよっ!」

 朝香はお客さんの切り盛りを手際良くこなしつつ、夕紀を勝手口方面へとグイグイ押しやった。

「でも……」

 店内でくつろぐ客は常連さんばかりで優しげな目線を送っており「夕紀ちゃん休憩しておいで」と無言のメッセージを送ってくれているように感じられた。

(状況に甘えまくってる気もするけど……たまにはいっか♪)

「じゃあ朝香ちゃん、お言葉に甘えてリフレッシュしてくるわね」
「はいっ! 3時半までたっぷり休憩して下さいね~!!」

 そのまま常連様方や朝香のご好意に甘える事にして、エプロンを脱ぐなり勝手口へと出た。




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