この花言葉を君に

silverchaff

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本編

10月18日2

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「はぁ……涼しくて心地良いな」

 勝手口を出てすぐに見上げるとそこには、水色のキャンバスに白の刷毛はけ悪戯いたずらになぞったような秋晴れが姿を現す。

 夕紀の店は煙を排出する構造故にアーケードから抜けた位置に出店しなければならなかった。
 我が商店街のアーケードは2軒隣の『タカパン』のところでちょうど途切れていて、雨や夏の日差しを遮られる屋根に守られた店舗はこちら側よりも集客が見込める……けれどもやはりを選んで良かったと思っている。

「昨夜の雨が嘘みたい。綺麗な空ね」

 夕紀の妹は雨も……それから雨上がりの空も大好きであった。
 『雨上がり珈琲店』という店名は妹のその性質にあやかって名付けている。

皐月さつきが笑ってるみたい」

 雨上がりの日の空を眺める度、夕紀の口からその言葉が漏れ……脳裏には『森のカフェ•むらかわ』の前で撮影した21歳当時の妹の姿を思い浮かべるのだ。



 秋晴れの心地良さを利用しようと、夕紀は商店街から少し離れた洋食店『 Jolie Manteジョリー・マント』へ向かった。その店にはテラス席があり、熱々の海老グラタンにフーフー息を吹きかけてのんびりゆったりとした昼休憩を過ごしたいと思ったからだ。

「熱々のランチなんて久しぶりだ♪」

 心地良い風や暖かさを椅子に腰掛けながら感じるのも、熱々のグラタンをランチタイムに食べるのも、今の夕紀にとっては贅沢。

(珈琲店のマスターがランチタイムにおサボりするなんて普通に考えたらあり得ないもんね)

 一応許可を取って昼休憩に入ったのだから正確には「おサボり」ではない。けれども今日の海老グラタンは今まで食べてきたどんな料理よりも蜜の味がしていた。


「おっ! 遠野とおのじゃん!!」

 すると突然右耳から聞き慣れた男性の声が聞こえてきて

田上たがみくん」

 夕紀の視線は歩道から手を振る花屋『フラワーショップ田上』の店主田上健人たがみけんとへと移動した。

「あれー? どうしたのこんな時間からグラタンフーフーしちゃって。『キヨパン』でササっと済ませるランチじゃないんだ?」

 健人は配達の帰り道だったらしく、作業用のエプロンを身に付けたまま夕紀に向かってヒラヒラと手を振り近付いてきた。

「『キヨパン』じゃなくて『タカパン』でしょ? キヨさんから代替わりしてるんだから呼び名もそう変えていこうってずーっと前から話してるじゃないっ!」
「でもやっぱりさ~『キヨパン』世代だからね~どうしてもねぇ」
「『お兄ちゃんのパン、修行した成果が出ててすっごく美味しい』って田上くんいっつも褒めてるじゃないの」
「遠野は『キヨパン』の良さを知らずにこっちへ戻ってきたからそんな事言うんだよ。今のお兄ちゃんのパンも『キヨパン』の良さを引き継ぎつつ頑張ってると思うし、味はお兄ちゃんの方が勝ちなんだけどさぁ」
「なんか残酷ね」
「呼び名、直そうとは頭で思ってんだけどね~なんだろうなぁになっちゃってるっていうか」

 先程から繰り広げている「キヨパン・タカパン呼び名抗争」は、夕紀が店を始めた5年前から続いている「パン屋の通称変更問題」によるものだ。
 夕紀や朝香が短時間でランチを済ませるのに良く利用しているパン屋はかつて店の正式名称ではなく「キヨパン」という通称がついていた。それはパン屋の店主であるきよしが自ら広めていった「皆に親しみが湧くように」と名付けたものだったのだけれど、6年前に清の長男貴文たかふみが2代目として作り手を担うようになり「長男さんがこの先パン屋をやっていくんだから『キヨパン呼び』はそろそろヤバいのでは?」という意見がチラホラ出るようなったので清は「息子や孫へと代替わりしていく事を見越してこれからは『タカパン』と呼んでほしい」と商店街メンバーにアピールし直し、現在も「キヨパン」から「タカパン」へと呼び名を変更していっている最中なのだ。
 キヨパン呼びを未だにやめられない健人に夕紀が「残酷」と評したのは、ハロウィンのような新しい文化に対応しきれていない保守的な商店街の雰囲気への皮肉を含めている。

「田上くんは清さんの息子さん達と幼馴染なのに。幼馴染にまで『キヨパン』って言われちゃ貴文さんが可哀想」
「いやいやお兄ちゃんはそれ込みで許してくれてそうなんだよな~。俺がまだ『キヨパン』って呼んじゃってもお兄ちゃん嫌な顔一つもしないなら」
「貴文さんは職人気質かたぎで大人なのよ。敢えて反応してあげないってだけ。ちょっとは察してやんなさいよ」

 健人と夕紀は中学の同級生という縁で繋がってはいるが、夕紀は広島県で生まれ育っておりここの土地の出身ではない。だから『キヨパン』も良く知らない。
 恐らく健人には地元民ならではの考え方を拭えないのだろうけど、やはり呼び名というのは大事で長年お世話になっているお兄さん的存在の幼馴染をうやまうべきだと夕紀は思っている。

「遠野は今でもだなぁ。中学ん時と変わんないや」
「そう?」

 田上くんは夕紀を今でも「真面目」と評する。

「うん真面目だよ。あと頑固! 正論を振り翳すのは良い事なんだけど、ちょっとだけ心の余裕というかね……グレーゾーンがないんだよ」
「そうね……もう33歳になっちゃうもん。頑固にもなるでしょ」
「歳取ったら丸くなる部分もあっていいんじゃない?」
「まぁ……それは……確かに」

 かつての同級生だから、敬意を払えるし気に入らない点はビシッと指摘し合える。
 夕紀はやっぱり私にとっては大事な友達であり、大切な仲間でもあった。

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