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本編
10月18日6
しおりを挟む[朝香ちゃんは良い子らしいね。彼氏とラブラブみたいだし]
パンとコーヒーを交互に口に入れながらゆったりとした気持ちで文字入力していく夕紀に対し、純仁は入力するスピードが速いのか先程から間髪容れずにスタンプ画像や返信が来る。
[あらよくご存知で]
[親にも兄貴からも聞いてる]
[朝香ちゃんの彼氏もすっごく良い子なのよ]
[知ってる。上原亮輔くんっていうんでしょ? 『商店街に突如舞い降りた高身長イケメン』って、うちの従業員さん達が口を揃えて言ってたんだよ]
(商店街に突如舞い降りたイケメンか……タカパンの従業員さん方は面白い譬えをするのねぇ)
「彗星の如く」という昭和的表現をするのが適切なのかどうか分からないのだけれど、純仁からの文字表記を目にした夕紀の脳内では「彗星に乗って我が商店街にやってきたキラキラ星の王子様」のような妄想が展開される。
(亮輔くんは高身長でスタイル良いし優しい系のイケメンさんだし、表現的にあながち間違いじゃないんだろうけど……でも)
亮輔は姓を「上原」と改めた5年半前からあの商店街周辺で暮らしていたので「彗星」の表現は誤りなのだ。朝香と付き合う前の亮輔は目つきが悪く、肩まで伸ばした髪を金髪パーマにアレンジし両耳には計20個近くもピアスを嵌めていて近寄り難いビジュアルをしていた。その見た目の悪さから従業員達は彼を視界に入れていなかったから「金髪ピアスの怖い男」の印象が頭からスッポリ抜けてしまっているのだろう。
(……まぁ、敢えて訂正する話でもないか)
だが、現在の亮輔は黒髪マッシュショートにしてピアスを全部外し優しい微笑みを浮かべる好青年の印象を強く持つ。短髪にした事であの時の切り傷が丸見えになってしまったが正面から彼を見たらキラキラ星の王子様だと誰もが思うに違いない。
(穂高くんに説明するのも面倒だし)
[亮輔くんはオシャレなイケメン大学生でね、気取った感じもないし真面目できっちりした男の子なの。朝香ちゃんの事をとっても大切にしてくれてるみたいで、この前なんか朝香ちゃんのご実家へご挨拶に行ったんだから!]
だから夕紀はキラキラ王子の良さをアピールするに留める。
[それは凄いね! 亮輔くん律儀で本気だ!」
亮輔と古くから関わっていない人物には、彼がキラキラ星の王子様に見えてしまうだろう。
[でも昔にね]
[私、彼に悪い事してしまったの]
けれども夕紀にとってその妄想は烏滸がましいと感じてしまうものでもあった。
[悪い事?]
[え? 遠野さんが?]
[うん]
[でも私を『お姉さん』って呼んでくれて朝香ちゃんと同じくらい優しくしてくれる、すごく良い子なの。まさに『私の弟』って感じね]
[そうなんだ]
[でもね、私は亮輔くんの人生をめちゃくちゃにした事があるの]
朝香の彼氏である上原亮輔は、夕紀の妹皐月の死に巻き込まれた人物だ。
言わば彼も皐月と同じく被害者の立場だというのに「彼が加害者である」と勘違いした夕紀は皐月の葬儀で、彼が生涯抱えるであろうトラウマを植え付けてしまった。
その言葉の暴力はたとえ第三者が「時効」という判を押してくれたとしても、夕紀にとっては死ぬまで背負わなければならない罪だと思っている。
亮輔が加害者であると決めつけ、衝動的に発言した夕紀が100%悪い。
本当は被害者だという事を知ったのは、あの発言から少し経ってからだったというのに、4年間も謝罪する勇気を持てず……ずっと彼を苦しめてしまっていた。それなのに夕紀と顔を合わすと必ず笑顔で「お姉さん」と呼びかけてくれるのだから本当に頭が下がる。
[めちゃくちゃかぁ]
[悪い女は健在なんだね]
純仁から届いた2通のメッセージに、夕紀は指の動きを止める。
(悪い女……って、覚えているのね。私があのとき話した内容)
状況的に「そうだ」と肯定してしまえば良かった……けれど、その3文字が打てず固まっていると
[なるほど。ところで遠野さんは]
純仁は空気を読んだのか、話題をガラッと変えてきた。
[何?]
[誰かいるの?]
[誰かって?]
[彼氏とか]
(彼氏……)
その文字は、画面を触っていた夕紀の指を再び静止させる。
[仕事のパートナーじゃなくて、プライベートでのパートナーとか]
尚もそう続ける純仁に、夕紀はしばし悩んだ後に指を動かして
[彼氏は居ないけど]
と打ち、送信した。
夕紀は現在32歳……あと16日で33歳を迎える。
(穂高くんは……確か1月生まれだったから、現時点では34歳。結婚相手が居てもおかしくない年齢よね)
「…………」
夕紀にはそういう相手が出来た試しはないのだが、彼はどうであろうか?
ビジュアルがそれなりに良く茶髪ウェーブヘアは愛嬌を感じさせる。営業担当が天職であるが如く会話も上手で 女性受けの良かった彼のことだ。この7年の間に夕紀の事なんて簡単に忘れてしまえるような彼女や妻の存在が居たに違いないし現時点で「居る」可能性の方が高い。
[でも夫はいる]
「見栄」と「悪戯」。
下らないカマかけをしてしまえる夕紀の感情を言葉で表すとしたら恐らくその二語であるのだろう。
[彼氏居ないの?]
[やった!]
その文字を打って送信した直後、タイムラグが発生したのかザザッと文字が流れてきた。
[え? 夫?]
[嘘、遠野さん結婚してたの?]
[ショック]
純仁のメッセージからは「彼氏はいないけど」に対する喜びと「でも夫はいる」に対する落胆がストレートに表されていたので、夕紀は思わず笑ってしまった。
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