この花言葉を君に

silverchaff

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本編

10月18日7

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 恐らくスマホ画面の向こう側で純仁は頭を抱えてオーバーリアクションをとっているのだろう。

(今の私、ちょっとだけ悪女っぽい?)

 夕紀の中で優越感のようなものが沸き上がる。

[ちゃんと最後まで私がメッセージ入れるの待ってよ穂高くん。さっきはね、『夫はいる』の後に『なーんて言えれば良いんだけどね』って打とうとしたの]

 軽快に文字を入力していき……

[だから夫はね、居ないの。彼氏も、夫もいない]

 そこまで送信すると

[え? えええ???!!]

 と、また動揺を隠せていないようなメッセージが秒で返ってきた。

[なんだぁ俺の勘違いかぁ]

 動揺の「えええ」から1分後、落ち着きを取り戻したようなメッセージが届いたので、夕紀はまた含み笑いをしながら楽しく文字を打つ。

[昔と変わらずメッセージがマシンガンみたいでガツガツしてたから。ちょっと揶揄からかっただけ]

 そう……「悪い女」の夕紀は、彼をちょっと揶揄してみたかったのだ。

[ついでに言うと、悪い遊び相手も居ない]

 悪女気分に浸るという目的が達成された夕紀は自分の状況を正直に伝える。

[悪い遊び相手も居ないって]
[当然でしょ、遠野さんは昔から真面目だったんだから]

 するとやはり数秒でツッコミのようなものが流れてきた。

「……」

 彼からのメッセージを見て、やはり自分に対する評価は「悪い女」なのではなく「真面目な女」なのだと……改めて自覚する。

「地味で、付き合いが悪くて……真面目かぁ」

 それが、あの5年もの間会社で夕紀が振舞ってきた評価そのもの。身を粉にして周囲に印象付けた「伝説の事務員遠野さん」のイメージであった。

「7年前、穂高くんがうなだれるような事をちゃんと伝えたつもりなんだけどな」

 彼は夕紀の「悪い女と悪い男の間に生まれた悪魔みたいな子」発言を忘れてしまったのだろうか? 信じたくないと思い込んでいるのだろうか?

「単にめげてないだけ……?」

 7年前の10月18日の出来事を思い起こしながらポツリと呟いてみる。
 確かにその可能性は強い。「めげない穂高くん」の印象が非常に強いのだから。

「……」

 今度は見栄や悪戯とは違う意味での「事実」をタップに込めてみた。

[確かに私は真面目な女なのかもね。まだ誰のものにもなってないもの]
[キスもセックスもあの一回だけだから]

「……送信、しちゃった」

 「デキる女」な気分で文字を打って送信したつもりだった……なのに現実の夕紀はドキドキして胸が高鳴り緊張もしている。

「30過ぎてるのに、何してるんだか」

 自虐の呟きは止まらず、無理矢理水出しコーヒーで食道へと押し流してしまいたい。そして実際にその行動に出てしまう。


[そうなんだ]

 それまで夕紀のゆったりとしたメッセージに数秒で返してきた純仁から、たった5文字の返事が視界に入ったのは……5分以上が経過した後の事だった。

 1文字あたり、1分間。
 想定よりも重く感じる彼のひらがな5文字に、夕紀は落ち着きを取り戻して

[そうよ穂高くんは]
[10月18日になった瞬間、貴方は私の唇と体を蹂躙したでしょう?]

 指を素早く動かす。



 10月18日。
 午後11時頃のバーで私は「悪い女と悪い男の間に生まれた悪魔みたいな子」発言をして彼をうなだれさせ恋の廃棄に成功したのだけれど、その23時間前……10月18日の0時になった瞬間、彼は会社のオフィス内で私の唇に自らのそれを押し付けてきた。

 
———『遠野さん』———


 7年前の記憶が蘇る。

「廃棄して、記憶から抹消したはずだったのに」


———『大好きだよ』———

 
 乳白色の頬
 照明が当たると鮮やかなオレンジ色に透けるウェーブヘア
 それから……べにを引いてない粗雑な私との重なり直後に潤んだ、つやのある薔薇色そうびいろの唇。


「なんで思い出しちゃうのよ、私の馬鹿…………」
 
 記憶の中の穂高純仁がまた、夕紀の心を掻き乱す。

[ドン引きしたでしょ。32にもなってあの時しか経験がない事に]

 数回深呼吸をし、自分はいい加減大人の女である事を意識しながらメッセージ文を打ち、送信すると

[引いてはないけど]

 という意味深な返事がすぐ戻ってきた。

[『引いてはない』の『は』って何なのよ。動揺でもしてるの?]

[そりゃあまぁ動揺してるよ。本当にあの時だけだったんだなぁって、思って]
[単純に]

 と、今度は1分後に2件ポンポンとリズミカルに返事が届き、

[動揺してるっていうのはね、ドン引きしてるのと一緒なのよ]

 夕紀はグラスに残っていたコーヒーを飲み干し、無表情で文字を入力した。

「そりゃそうよね。引くでしょ、普通」

 キス直後の「好き」やセックス中の「大好き」なんて、息継ぎと同等。
 相手を喜ばせる価値すらない。
 真に受ける方が悪い。
 ……その最悪なパターンを、夕紀は知っている。

[本当に引いてないよ。ビックリしただけ]

[穂高くんの嘘つき]

 なおもそう弁明する彼のメールに夕紀は悪態をついた。

[貴方は私と違って昔から女の子にモテてたし、あの後にも彼女が沢山出来ていたんじゃない?]

[モテないよ、全然]

[謙遜しなくても昔からモテてたのは事実でしょう?]

[モテては、ないよ]

「だから『は』ってなんなのよ、嘘つき」

 段々と、彼とのやり取りに夕紀はイラついてきた。
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