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本編
過去の傷と、癒えていく心3
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「コーヒー、全部いただくね」
向日葵さんは残り半分に減ったままのカップを再び持ち上げて口へと近付ける。
「あっ……でも無理しないで。向日葵さんは吐いてしまったばかりで身体が弱っているから」
飲み切ってくれるのは嬉しいがコーヒーは刺激物。嘔吐で弱っている彼の胃を荒らしてしまわないかと朝香は不安になった。
……が、向日葵さんはゆっくりと首を左右に振って
「俺が飲みたいんだ。だってこのコーヒーは……俺が愛した人が愛する飲み物だから」
そう言って朝香へ微笑み顔を向ける。
「あ……」
彼の言葉に胸がギュッと締め付けられた。
(そうだよね……このコーヒーは向日葵さんの愛した……皐月さんが好んだコーヒーなんだもん)
朝香は目の前に居る彼が、小柄の黒髪だった頃から好きでいる。
そしてその彼はずっと、遠野皐月を想っていた。
皐月が好んだコーヒーとはすなわち、彼が愛した皐月の愛したコーヒーとなるのだ。
「うん……」
朝香の頷きは本心からくるものであるが切ない気持ちになる。
(そもそも私は夕紀さんの手助けをしようと思って実家を出たんだもん……。
初恋の彼に会えるかもなんて1%も考えてなかった)
初恋は初恋。
朝香はそう割り切って高校卒業後にこちらへ移り住んだ。
恋を求める自分の気持ちよりも「皐月を失った夕紀を支えたい」「出来るなら私が皐月の代わりとなって街の人の心を癒していきたい」という気持ちの方が強かったのだ。
(向日葵さんと出逢ったのは偶然で、向日葵さんがあの時の男の子と知ったのも偶然。だからこれ以上求めちゃいけない……向日葵さんの気持ちを一番に考えてあげなくちゃ)
恐らく、朝香のスマホに夕紀から着信が入るまでは相思相愛の関係だったのだろう。
けれど色々と知った今、向日葵さんの優先順位は中学生の頃に戻ってしまったのではないかと朝香は思っている。
そんな事を考えていると、膝に置いていた朝香の手がギュッと力が入り丸まっていく……。
(私は今でも向日葵のことが大好きで、あの傷に触れてもそれは変わらない。でも向日葵さんは……)
「あーちゃん」
ぐるぐると考えを巡らせている朝香の鼓膜が優しく震える。
「ありがとう」
次いで震えたその中低音を聞き終えた朝香の両目からは涙が幾筋も流れる。
それは、朝香の初恋が終わりを告げる合図であると……
そう、確信したのだが
「あーちゃんを深く愛せる男になれて良かった。
ガキのままじゃ、このコーヒーを美味しいって感じられなかっただろうから」
朝香が愛しいと思う中低音ボイスは予想外の言葉を紡いでいて……
「へ?!」
思わず変なトーンの声が朝香の唇より漏れてしまう。
コトリ、と空になったカップをテーブルに置き……彼の長い指がふわりと花が咲くようにその場から離れていき
その数秒後……
朝香の視界は真っ暗になり、代わりに彼の温もりや香りに包まれた。
「ひま、わりさ……」
朝香の声は流れた涙と共に彼の衣服に吸収されくぐもるのに反し
「ね、あーちゃん」
朝香の耳に接近している彼の声は鮮明に届く。
「『向日葵さん』ってニックネームも嬉しいけど……名前呼びしてくれたら、もっと嬉しい」
(え?!!)
突然の名前呼びリクエストに朝香は戸惑いつつ「亮輔くん」と呼ぼうとしたのだが
「りょう……、……くん」
(あっ、「す」と「け」が上手く言えなかったぁ恥ずかしい)
照れと声のくぐもりが相まって上手く呼べず、より恥ずかしくなってしまった。
「ふふっ」
真っ赤に染まる朝香の熱い耳に彼の笑い声とキスが落ちる。
「『りょーくん』もいいなぁ♡ あーちゃんの可愛らしさが倍増する♡」
朝香の名前呼び失敗は彼の心を良い意味でくすぐったらしい。
「『りょーくん』かぁ……すげー嬉しい♡」
熱烈なハグで朝香の身体は包まれた。
向日葵さんは残り半分に減ったままのカップを再び持ち上げて口へと近付ける。
「あっ……でも無理しないで。向日葵さんは吐いてしまったばかりで身体が弱っているから」
飲み切ってくれるのは嬉しいがコーヒーは刺激物。嘔吐で弱っている彼の胃を荒らしてしまわないかと朝香は不安になった。
……が、向日葵さんはゆっくりと首を左右に振って
「俺が飲みたいんだ。だってこのコーヒーは……俺が愛した人が愛する飲み物だから」
そう言って朝香へ微笑み顔を向ける。
「あ……」
彼の言葉に胸がギュッと締め付けられた。
(そうだよね……このコーヒーは向日葵さんの愛した……皐月さんが好んだコーヒーなんだもん)
朝香は目の前に居る彼が、小柄の黒髪だった頃から好きでいる。
そしてその彼はずっと、遠野皐月を想っていた。
皐月が好んだコーヒーとはすなわち、彼が愛した皐月の愛したコーヒーとなるのだ。
「うん……」
朝香の頷きは本心からくるものであるが切ない気持ちになる。
(そもそも私は夕紀さんの手助けをしようと思って実家を出たんだもん……。
初恋の彼に会えるかもなんて1%も考えてなかった)
初恋は初恋。
朝香はそう割り切って高校卒業後にこちらへ移り住んだ。
恋を求める自分の気持ちよりも「皐月を失った夕紀を支えたい」「出来るなら私が皐月の代わりとなって街の人の心を癒していきたい」という気持ちの方が強かったのだ。
(向日葵さんと出逢ったのは偶然で、向日葵さんがあの時の男の子と知ったのも偶然。だからこれ以上求めちゃいけない……向日葵さんの気持ちを一番に考えてあげなくちゃ)
恐らく、朝香のスマホに夕紀から着信が入るまでは相思相愛の関係だったのだろう。
けれど色々と知った今、向日葵さんの優先順位は中学生の頃に戻ってしまったのではないかと朝香は思っている。
そんな事を考えていると、膝に置いていた朝香の手がギュッと力が入り丸まっていく……。
(私は今でも向日葵のことが大好きで、あの傷に触れてもそれは変わらない。でも向日葵さんは……)
「あーちゃん」
ぐるぐると考えを巡らせている朝香の鼓膜が優しく震える。
「ありがとう」
次いで震えたその中低音を聞き終えた朝香の両目からは涙が幾筋も流れる。
それは、朝香の初恋が終わりを告げる合図であると……
そう、確信したのだが
「あーちゃんを深く愛せる男になれて良かった。
ガキのままじゃ、このコーヒーを美味しいって感じられなかっただろうから」
朝香が愛しいと思う中低音ボイスは予想外の言葉を紡いでいて……
「へ?!」
思わず変なトーンの声が朝香の唇より漏れてしまう。
コトリ、と空になったカップをテーブルに置き……彼の長い指がふわりと花が咲くようにその場から離れていき
その数秒後……
朝香の視界は真っ暗になり、代わりに彼の温もりや香りに包まれた。
「ひま、わりさ……」
朝香の声は流れた涙と共に彼の衣服に吸収されくぐもるのに反し
「ね、あーちゃん」
朝香の耳に接近している彼の声は鮮明に届く。
「『向日葵さん』ってニックネームも嬉しいけど……名前呼びしてくれたら、もっと嬉しい」
(え?!!)
突然の名前呼びリクエストに朝香は戸惑いつつ「亮輔くん」と呼ぼうとしたのだが
「りょう……、……くん」
(あっ、「す」と「け」が上手く言えなかったぁ恥ずかしい)
照れと声のくぐもりが相まって上手く呼べず、より恥ずかしくなってしまった。
「ふふっ」
真っ赤に染まる朝香の熱い耳に彼の笑い声とキスが落ちる。
「『りょーくん』もいいなぁ♡ あーちゃんの可愛らしさが倍増する♡」
朝香の名前呼び失敗は彼の心を良い意味でくすぐったらしい。
「『りょーくん』かぁ……すげー嬉しい♡」
熱烈なハグで朝香の身体は包まれた。
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