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本編
過去の傷と、癒えていく心5
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「先生はすごく寂しそうな表情をしてたし、俺も俺で腹が立っていた。
先生の傷も苦しみも知らない無邪気な女の子が名付けた『雨上がりの女神さん』に俺は嫉妬したし、『雨上がりの空が好き』と自己紹介してくれた時の先生のニコニコ顔とは違うその表情に胸が苦しくなった」
けれど、無邪気に発した『雨上がりの女神さん』は無邪気に皐月と亮輔の心を苦しめていたらしい。
「俺はその頃『雨上がりの空』にムカついていたんだ。雨が嫌いな彼氏は雨の降る日は先生の前に現れない。雨が上がったら先生は彼氏の部屋へ行って酷いこといっぱいされて痣だらけ傷だらけで家庭教師のバイトをしに俺の家に来る…………だから」
亮輔は一呼吸置いて、朝香から目を逸らしながら……申し訳なさそうに
「『全然、そんなじゃないのにね』って俺が否定する事で先生を慰めるしかなかったんだ。
ごめんねあーちゃん……そうでもしなきゃ、先生は罪の意識に押しつぶされそうになってた。雨だと彼氏に会えなくて寂しいけれど雨が上がったら痛くて辛い思いをしてしまう。『本当は雨も救いだよ』と本当は誰かに言ってほしいのに誰も言ってくれない。自分が『雨上がりの空が好き』って言った過去すら後悔しそうになっている。
そんなフラフラな状態の先生を見てられなくて『雨上がり女神さん』を否定するしかなくて」
『雨上がりの女神さん』を踏み躙ってしまった事を謝った。
「否定は……仕方ないよ。だって私も夕紀さんもみんな、皐月さんの事情を知らなかったんだから」
皐月の苦しみを知っていたのは中学生の亮輔ただ1人であった。
雨上がりの空や「雨上がり」の名がついたものを嫌悪する亮輔の気持ちは朝香にだって否定出来ない。
「その頃かな……雨の日限定で俺の家じゃなくて先生の家で過ごす時間が増えた。
俺は既にその頃美術部に退部届を出していたから授業後は暇してたし。少しの時間だけでも先生と抱き締め合う時間が取れたらそれが先生の救いになるんじゃないかって本気で思っていたんだ。
結局それは先生への救いにならなかったし、先生は俺なんかよりも彼氏とのセックスを優先したし快楽に溺れていった……薬を使われていたって知ったのは先生が亡くなってからずっとずっと後のことだった。薬は卑怯だと思うけど、それを飲み続けたのは先生の意思であって無理矢理じゃなかっだんだろうね……今になって思うよ。」
亮輔の話を聞きながら、朝香はいつの日か彼が呟いた内容を思い起こす。
亮輔は朝香に囁いたのだ。
「雨が上がらなければいいのにって、あの頃しょっちゅう考えてたんだ」……と。
「皐月さんの痛みを和らげたいから私の無邪気な『雨上がりの女神さん』を否定したり嫌ったりしたんだよね。
それは仕方ないって思うよ……だって、私と見えていた世界が違っていたんだから」
「あーちゃん……」
「少し前にね、私……思ったことがあるの。雨は私達を守る大きな存在でもなるなぁって」
誰にも苦言されず
誰にも邪魔されない
雨が全部、誰をも寄せつけなくなるから
雨が守ってくれているおかげで……家の中では自由に呼吸が出来る。
自由になれる
「中学3年生の笠原亮輔さんは、雨の日に遠野皐月さんを守りたかった……それはガキの恋じゃないよ。深い愛だと私は思うよ」
目を逸らしたままの亮輔の頬に、朝香は指先で触れる。
「あーちゃん……」
「笠原亮輔さんは遠野皐月さんを真剣に恋して……愛したんだよ。皐月さんはその恋や愛に振り向かなかっただけ。貴方は悪くないしやれることを全力でやって皐月さんをあの、亡くなる日まで生かしてくれたんだと私は思うよ」
朝香が言葉を発する毎に、彼の頬に置いていた指先が濡れていく。
「笠原亮輔さんが存在していなかったら、皐月さんはもっと早くに亡くなっていたんじゃないかな。笠原亮輔さんの家庭教師があったから心も体も休まる時間がとれたし、皐月さんが夕紀さんに会いに行けた。
皐月さんが陸橋から落ちてしまったのはとても悲しい出来事だったけど、皐月さんの心を医学生の彼から完全に引き離せたのはその瞬間だっただろうし、そのきっかけを与えたのは貴方だった」
指先に呼応して、朝香の頬も濡れていく。
目を逸らし続けている亮輔に向かって、朝香は泣きながら……
「遠野夕紀さんが貴方に酷い言葉を投げつけてごめんなさい。私や私の両親が夕紀さんのそばに居たのに誰もその言葉を抑えられなかった。
貴方は何一つ悪くなかったのに、私達は貴方の頭に傷を負わせただけでなく心までズタズタに引き裂いてしまった……それだけじゃない。再会してからずっとずっと私は何も気付いてなくて私が夕紀さんと繋がってる事も言わなくて無邪気に貴方に恋して愛そうとしていたの……本当に、本当にごめんなさい」
彼に謝罪の言葉を紡ぐ。
「何も言わなくてごめんなさい。何も知らなくてごめんなさい。
雨の日に、必死に闘ってきていた貴方に……無邪気な気持ちで『雨上がりの女神さん』を強いて恨ませてしまってごめんなさい」
中学生の朝香が無邪気に発した『雨上がりの女神』は結果として遠野夕紀の心を慰め生きる糧となった。
数年後に開店した『雨上がり珈琲店』は街の人々に認知され「雨上がり」の名に対して好意的に捉えてもらっているし、騒動が起こった以降は大学キャンパス内でも若い世代らに親しまれてきていると実感している。
けれど朝香がその言葉を最も届けたかった遠野皐月には重荷になってしまったし、皐月に寄り添おうとした少年を苦しませ続ける結果を生んだし、あろう事かその少年に朝香は恋心を寄せてしまったのだった。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
朝香は目の前の彼に……謝らずにはいられないのだ。
先生の傷も苦しみも知らない無邪気な女の子が名付けた『雨上がりの女神さん』に俺は嫉妬したし、『雨上がりの空が好き』と自己紹介してくれた時の先生のニコニコ顔とは違うその表情に胸が苦しくなった」
けれど、無邪気に発した『雨上がりの女神さん』は無邪気に皐月と亮輔の心を苦しめていたらしい。
「俺はその頃『雨上がりの空』にムカついていたんだ。雨が嫌いな彼氏は雨の降る日は先生の前に現れない。雨が上がったら先生は彼氏の部屋へ行って酷いこといっぱいされて痣だらけ傷だらけで家庭教師のバイトをしに俺の家に来る…………だから」
亮輔は一呼吸置いて、朝香から目を逸らしながら……申し訳なさそうに
「『全然、そんなじゃないのにね』って俺が否定する事で先生を慰めるしかなかったんだ。
ごめんねあーちゃん……そうでもしなきゃ、先生は罪の意識に押しつぶされそうになってた。雨だと彼氏に会えなくて寂しいけれど雨が上がったら痛くて辛い思いをしてしまう。『本当は雨も救いだよ』と本当は誰かに言ってほしいのに誰も言ってくれない。自分が『雨上がりの空が好き』って言った過去すら後悔しそうになっている。
そんなフラフラな状態の先生を見てられなくて『雨上がり女神さん』を否定するしかなくて」
『雨上がりの女神さん』を踏み躙ってしまった事を謝った。
「否定は……仕方ないよ。だって私も夕紀さんもみんな、皐月さんの事情を知らなかったんだから」
皐月の苦しみを知っていたのは中学生の亮輔ただ1人であった。
雨上がりの空や「雨上がり」の名がついたものを嫌悪する亮輔の気持ちは朝香にだって否定出来ない。
「その頃かな……雨の日限定で俺の家じゃなくて先生の家で過ごす時間が増えた。
俺は既にその頃美術部に退部届を出していたから授業後は暇してたし。少しの時間だけでも先生と抱き締め合う時間が取れたらそれが先生の救いになるんじゃないかって本気で思っていたんだ。
結局それは先生への救いにならなかったし、先生は俺なんかよりも彼氏とのセックスを優先したし快楽に溺れていった……薬を使われていたって知ったのは先生が亡くなってからずっとずっと後のことだった。薬は卑怯だと思うけど、それを飲み続けたのは先生の意思であって無理矢理じゃなかっだんだろうね……今になって思うよ。」
亮輔の話を聞きながら、朝香はいつの日か彼が呟いた内容を思い起こす。
亮輔は朝香に囁いたのだ。
「雨が上がらなければいいのにって、あの頃しょっちゅう考えてたんだ」……と。
「皐月さんの痛みを和らげたいから私の無邪気な『雨上がりの女神さん』を否定したり嫌ったりしたんだよね。
それは仕方ないって思うよ……だって、私と見えていた世界が違っていたんだから」
「あーちゃん……」
「少し前にね、私……思ったことがあるの。雨は私達を守る大きな存在でもなるなぁって」
誰にも苦言されず
誰にも邪魔されない
雨が全部、誰をも寄せつけなくなるから
雨が守ってくれているおかげで……家の中では自由に呼吸が出来る。
自由になれる
「中学3年生の笠原亮輔さんは、雨の日に遠野皐月さんを守りたかった……それはガキの恋じゃないよ。深い愛だと私は思うよ」
目を逸らしたままの亮輔の頬に、朝香は指先で触れる。
「あーちゃん……」
「笠原亮輔さんは遠野皐月さんを真剣に恋して……愛したんだよ。皐月さんはその恋や愛に振り向かなかっただけ。貴方は悪くないしやれることを全力でやって皐月さんをあの、亡くなる日まで生かしてくれたんだと私は思うよ」
朝香が言葉を発する毎に、彼の頬に置いていた指先が濡れていく。
「笠原亮輔さんが存在していなかったら、皐月さんはもっと早くに亡くなっていたんじゃないかな。笠原亮輔さんの家庭教師があったから心も体も休まる時間がとれたし、皐月さんが夕紀さんに会いに行けた。
皐月さんが陸橋から落ちてしまったのはとても悲しい出来事だったけど、皐月さんの心を医学生の彼から完全に引き離せたのはその瞬間だっただろうし、そのきっかけを与えたのは貴方だった」
指先に呼応して、朝香の頬も濡れていく。
目を逸らし続けている亮輔に向かって、朝香は泣きながら……
「遠野夕紀さんが貴方に酷い言葉を投げつけてごめんなさい。私や私の両親が夕紀さんのそばに居たのに誰もその言葉を抑えられなかった。
貴方は何一つ悪くなかったのに、私達は貴方の頭に傷を負わせただけでなく心までズタズタに引き裂いてしまった……それだけじゃない。再会してからずっとずっと私は何も気付いてなくて私が夕紀さんと繋がってる事も言わなくて無邪気に貴方に恋して愛そうとしていたの……本当に、本当にごめんなさい」
彼に謝罪の言葉を紡ぐ。
「何も言わなくてごめんなさい。何も知らなくてごめんなさい。
雨の日に、必死に闘ってきていた貴方に……無邪気な気持ちで『雨上がりの女神さん』を強いて恨ませてしまってごめんなさい」
中学生の朝香が無邪気に発した『雨上がりの女神』は結果として遠野夕紀の心を慰め生きる糧となった。
数年後に開店した『雨上がり珈琲店』は街の人々に認知され「雨上がり」の名に対して好意的に捉えてもらっているし、騒動が起こった以降は大学キャンパス内でも若い世代らに親しまれてきていると実感している。
けれど朝香がその言葉を最も届けたかった遠野皐月には重荷になってしまったし、皐月に寄り添おうとした少年を苦しませ続ける結果を生んだし、あろう事かその少年に朝香は恋心を寄せてしまったのだった。
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朝香は目の前の彼に……謝らずにはいられないのだ。
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