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本編
過去の傷と、癒えていく心6
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「あーちゃん……」
亮輔は朝香の濡れた指先をそっと……
彼の頬から、後頭部の切り傷痕へと持っていった。
「あーちゃんこそ、何一つ悪くないんだよ。俺は勝手にムカついて、嫉妬しただけ。寧ろあーちゃんの『雨上がりの女神さん』がなかったら雨の日に先生の家へ行って抱き締め合ったりキスやセックスを望んだりしなかったんじゃないかな。
俺の行動は『雨上がりの女神さん』への反発も多少は含まれていたからね。あーちゃんの存在がなかったら俺も今まで生きて来れなかったかもしれない」
「えっ……」
「俺ね、先生が亡くなって一周忌迎えるくらいまでの間に何度も何度も死のうと思ったんだ。全部俊哉くんに阻止され続けてきていたんだけどね」
朝香の指先は後頭部から、チタン製ピアスが嵌められている耳へと移動され……それから
何の傷も入っていないように見える首へと移動させられる。
「刃物を手にしたら首や手首を切ろうとしていたし、高い建物を見たらそこから飛び降りようとしていたし。
俺は……本当は先端恐怖症じゃなくて持ったらいけない危険人物だったんだ。俊哉くんが俺を必死に引き留めてそもそもそんな事を考えさせないようにコンビニに居させてくれていたし、今の本当の住所からこのアパートに仮住まいさせてくれているのも俺の命を守るのが目的だった。俊哉くんは『雨上がりの女神さんに花を手向けてみないか』と言ってきたのもその頃でね……先生のお墓参りを勧めてくれたんだ。
俊哉くんは俺をこんな風にした先生を悪い女だと言っていたけど、中学生の女の子が女神と呼ぶ人物であった点だけは評価していたみたいだった。俺が先生へ未練を残している気持ちに理解を示してくれていたのは『悪女だけど亮輔にとっては何かしらの女神でもあったんだろうという思いがあったからだ』って俺に話してくれていたから」
「……」
「俺はあの時、『雨上がりの女神さん』にムカついた。
でも……先生を亡くした後の俺を生かしてくれたのも『雨上がりの女神さん』だったんだよ」
「……」
「中学生のあーちゃんが『女神』って表現してなかったら……俺はもっと早くに自分で自分の息を止めていただろうから」
「…………」
「先生と出会ってなくても……もともと俺は笠原家に要らないもの扱いさせられたんだ。高校に一年行けないってなったらあっさりと縁を切って上原家に押し付けてきたし俺は時々ネットニュースや経済誌で向こうを知る事はあっても、本当にもう……そんな程度だから」
亮輔には朝香の想像を超えるほどの絶望を抱えていた。
(それは……)
亮輔が皐月と出会わなかったとしても、彼は自分の生に失望してしまっていた確率が高い。
「兄のスペア」としてこの世に生まれたのに、スペアとしての使い道が無くなればあっさりと母の実家へ押し付ける。彼の血の繋がった家族はそのような考えの持ち主なのだから。
「縁切りされたから楽になった部分もあるよ。金髪パーマにして傷が目立たないヘアスタイルに変えたりピアス開けるの許してもらったり女性との出会いのチャンスを何回かくれたのって、笠原家じゃ到底無理な話だったから。
あれから身長も随分伸びたし、今更両親や兄貴に会っても気付かれないんじゃないかな……まぁ、俺にとってはそんなのどうでもいいんだけど」
「そう……だったんだね」
朝香の小さな相槌に、亮輔は微笑みで返し「ごめんね」と呟きながら朝香の手を離す。
「血の繋がった家族には恵まれなかったけど、この街で生活してきて良かったと思う事はいっぱいあるんだ。
俊哉くんにはずっと支えてもらっていたし、このピアスは川崎さんに開けてもらってたし、先生のお墓に供えるカサブランカは『フラワーショップ田上』の奥園さんから花の扱いやお供えの作法を教えてもらったし、髪はユタカさんって人が経営してる美容室でお願いしてるし服もユタカさんから譲ってもらったりもしてて……。
この街の人達やあーちゃんにお世話になって支えてもらって。上原になってからの方が穏やかに暮らせているんだよ。今の方が前よりもずっとずっと幸せで」
亮輔は再度、朝香の方へと顔を向けて……
「俺ね……先生から言われた事があるんだ。『きみには未来があるの』『私ではない誰かを、絶対に絶対に好きになって』『幸せになってね』って。
ほんの……今年の……4月まではね、そんな未来なんてやって来ないと思ってた。先生以上に好きになる異性が現れるとも思ってなかったしガキみたいなあの時よりも熱を持った恋なんて出来る訳がないと思ってた。
でも、出来た。先生の言う通り、先生ではない女性を好きになった。その女性と未来を進みたいと思うし幸せになりたいし、その女性を幸せな気持ちでいっぱいにしたいって思ってる。
あーちゃんに出会えたのは俺にとって最大の幸せなんだ。あーちゃん、俺を見つけてくれてありがとう」
そう言って朝香の身体を優しく包んできた。
「うん……」
朝香は何度目か分からない涙をまた流し
俊哉の言う通り、自分は亮輔にとっての……皐月を超越した存在になれているのだと実感する。
亮輔は朝香の濡れた指先をそっと……
彼の頬から、後頭部の切り傷痕へと持っていった。
「あーちゃんこそ、何一つ悪くないんだよ。俺は勝手にムカついて、嫉妬しただけ。寧ろあーちゃんの『雨上がりの女神さん』がなかったら雨の日に先生の家へ行って抱き締め合ったりキスやセックスを望んだりしなかったんじゃないかな。
俺の行動は『雨上がりの女神さん』への反発も多少は含まれていたからね。あーちゃんの存在がなかったら俺も今まで生きて来れなかったかもしれない」
「えっ……」
「俺ね、先生が亡くなって一周忌迎えるくらいまでの間に何度も何度も死のうと思ったんだ。全部俊哉くんに阻止され続けてきていたんだけどね」
朝香の指先は後頭部から、チタン製ピアスが嵌められている耳へと移動され……それから
何の傷も入っていないように見える首へと移動させられる。
「刃物を手にしたら首や手首を切ろうとしていたし、高い建物を見たらそこから飛び降りようとしていたし。
俺は……本当は先端恐怖症じゃなくて持ったらいけない危険人物だったんだ。俊哉くんが俺を必死に引き留めてそもそもそんな事を考えさせないようにコンビニに居させてくれていたし、今の本当の住所からこのアパートに仮住まいさせてくれているのも俺の命を守るのが目的だった。俊哉くんは『雨上がりの女神さんに花を手向けてみないか』と言ってきたのもその頃でね……先生のお墓参りを勧めてくれたんだ。
俊哉くんは俺をこんな風にした先生を悪い女だと言っていたけど、中学生の女の子が女神と呼ぶ人物であった点だけは評価していたみたいだった。俺が先生へ未練を残している気持ちに理解を示してくれていたのは『悪女だけど亮輔にとっては何かしらの女神でもあったんだろうという思いがあったからだ』って俺に話してくれていたから」
「……」
「俺はあの時、『雨上がりの女神さん』にムカついた。
でも……先生を亡くした後の俺を生かしてくれたのも『雨上がりの女神さん』だったんだよ」
「……」
「中学生のあーちゃんが『女神』って表現してなかったら……俺はもっと早くに自分で自分の息を止めていただろうから」
「…………」
「先生と出会ってなくても……もともと俺は笠原家に要らないもの扱いさせられたんだ。高校に一年行けないってなったらあっさりと縁を切って上原家に押し付けてきたし俺は時々ネットニュースや経済誌で向こうを知る事はあっても、本当にもう……そんな程度だから」
亮輔には朝香の想像を超えるほどの絶望を抱えていた。
(それは……)
亮輔が皐月と出会わなかったとしても、彼は自分の生に失望してしまっていた確率が高い。
「兄のスペア」としてこの世に生まれたのに、スペアとしての使い道が無くなればあっさりと母の実家へ押し付ける。彼の血の繋がった家族はそのような考えの持ち主なのだから。
「縁切りされたから楽になった部分もあるよ。金髪パーマにして傷が目立たないヘアスタイルに変えたりピアス開けるの許してもらったり女性との出会いのチャンスを何回かくれたのって、笠原家じゃ到底無理な話だったから。
あれから身長も随分伸びたし、今更両親や兄貴に会っても気付かれないんじゃないかな……まぁ、俺にとってはそんなのどうでもいいんだけど」
「そう……だったんだね」
朝香の小さな相槌に、亮輔は微笑みで返し「ごめんね」と呟きながら朝香の手を離す。
「血の繋がった家族には恵まれなかったけど、この街で生活してきて良かったと思う事はいっぱいあるんだ。
俊哉くんにはずっと支えてもらっていたし、このピアスは川崎さんに開けてもらってたし、先生のお墓に供えるカサブランカは『フラワーショップ田上』の奥園さんから花の扱いやお供えの作法を教えてもらったし、髪はユタカさんって人が経営してる美容室でお願いしてるし服もユタカさんから譲ってもらったりもしてて……。
この街の人達やあーちゃんにお世話になって支えてもらって。上原になってからの方が穏やかに暮らせているんだよ。今の方が前よりもずっとずっと幸せで」
亮輔は再度、朝香の方へと顔を向けて……
「俺ね……先生から言われた事があるんだ。『きみには未来があるの』『私ではない誰かを、絶対に絶対に好きになって』『幸せになってね』って。
ほんの……今年の……4月まではね、そんな未来なんてやって来ないと思ってた。先生以上に好きになる異性が現れるとも思ってなかったしガキみたいなあの時よりも熱を持った恋なんて出来る訳がないと思ってた。
でも、出来た。先生の言う通り、先生ではない女性を好きになった。その女性と未来を進みたいと思うし幸せになりたいし、その女性を幸せな気持ちでいっぱいにしたいって思ってる。
あーちゃんに出会えたのは俺にとって最大の幸せなんだ。あーちゃん、俺を見つけてくれてありがとう」
そう言って朝香の身体を優しく包んできた。
「うん……」
朝香は何度目か分からない涙をまた流し
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