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本編
これからは一緒に……6
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「どういう……事、ですか? この街に居る理由って……ちゃんと、お家はあるのに」
ただ一人、亮輔だけは事情を知らないらしい。
「サンちゃんは知らないか……」
健人はフウッと息をつき、夕紀ら4人が住んでいた家の方角を向きながら
「遠野が家族で住んでいた家……サンちゃんが中学生の頃に皐月ちゃんに招かれてたあの家が建っている地区はね。
かなり前から都市開発で立ち退きをお願いされてるんだ。お父さんお母さんそれから皐月ちゃんも亡くなってしまったから、遠野は比較的早く家を手放してるんだ。遠野が今住むところなくて『もりやま青果店』の2階に住まわせてもらってるのはそれが理由なんだよ。皐月ちゃんは立ち退きしなきゃいけないのを知っていたから『お姉ちゃんに居場所を作りたい』って願ったんだよ」
と話す。
「え……」
言葉を失う亮輔を、朝香は切ない表情で見つめるしかない。
朝香は父からその話を伝え聞いていた。『もりやま青果店』の2階を夕紀が借りているのは単に『雨上がり珈琲店』のお隣さんだからという理由だけではなく、初恵さんの実家と遠野家が隣同士で親交があったからだ。
「いずれ家が無くなる。けれど、家族で過ごした街には居続けたい……だから皐月ちゃんはわざと甘えるように遠野に願ったらしい。『この街でお姉ちゃんが珈琲屋をオープンして』って『私はお姉ちゃんを手伝うから』って。妹の願いをきちんと叶えてしまう遠野には脱帽しちゃうよ……皐月ちゃんとの家族愛が強い証拠だと思う。
……で、嫁さんは皐月ちゃんを通して中学生の男の子の話も聞いていた。皐月ちゃんはね『こんな自分を慕ってくれる男の子がいる』『その男の子の気持ちを少しでも和ませたいからいっぱいお花を買いたい』って、皐月ちゃんが亡くなる半年くらい前かな……よく花を買いに来てくれたみたい」
健人が語るその話はちょうど、雨の日に遠野家で亮輔と皐月が過ごしていた時期と重なる。
「嫁さんは皐月ちゃんと恋バナまではしなかったから、皐月ちゃんがサンちゃんを異性として好きだったのかは分からないみたいだけど、決して嫌いではなかったんだろうって。寧ろ好意を持っていたからこそ、姉が家に帰ってきてた時期よりもたくさん花を買って出迎えていたんじゃないかなぁ」
(皐月さんは……中学生のりょーくんを嫌ってなかった)
その話は朝香にとって救いであった。
初体験を反故にしてしまった件はあるものの、彼の恋心を無碍にする気はなかったのだろう。
(りょーくんの初めてを録画したのも、それを再生して冷やかしていた学生と一緒に見ていたというのも……医学生の彼に言われて、泣く泣くそうせざるを得なかったのかな)
朝香は自分でそのように結論付ける事にした。俊哉から聞かされたあの件は皐月の本意ではなかったのだと……皐月は悪女ではなくわざと演じていたのだと。
「皐月ちゃんが亡くなって1年以上経って。金髪ウェーブの男の子がカサブランカを買いに来るようになった。
俺は『若い客が月1で来る』くらいの把握しかしてなくてさ、まさか笠原亮輔だとは夢にも思わなかった。遠野は皐月ちゃんの式で中学生時代の笠原亮輔の姿を見てるから尚更だよね。でも嫁さんは入店してすぐにカサブランカを求めたから気付いたんだって。皐月ちゃんから『中学生の男の子は私をカサブランカの花みたいって褒めるんだ』って話を聞いていたから。たまたま店に在庫がなくて他の花を勧めても他の花の名前はほとんど知らなくて頑なにカサブランカが欲しいんだって譲らなくて『入荷したら教えてほしい』って連絡先を伝えたほどだったから確信を持ったみたい。でも、嫁さんは俺達に『この街に笠原亮輔がいる』とは言わなかった……俺達は笠原亮輔に対してまだ燻った思いを持っていたから。
嫁さんは『サンフラワーのサンちゃん』ってニックネームを勝手に付けたんだけど、あれは俺達に本名を知らせないようにする意味合いもあったみたい。『サンちゃん』だなんて、本名のどこにも含まれないし俺達の知る笠原亮輔と向日葵の花とでは全くイメージが結び付かなかったから。
この街で嫁さんはただ一人……笠原亮輔をサンちゃんと呼ぶ事で君の成長を見守っていたんだってさ」
奥さんは産後、赤子や自分の事よりも亮輔の心配をしたという。
自分の体が急変して彼にアルバイトがなくなる話を伝えるとなったらきっと……巡り巡ってサンちゃんが笠原亮輔だと皆が知る事になるだろうからと。
「今日の午前中、朝香ちゃんから『上原亮輔さんは、あの笠原亮輔さんでした』って連絡があったでしょう?
実は私、その直前に田上くんから同じ内容聞かされて呆然としてたの。それでその後……皐月のお墓へ行って、田上くんとカサブランカが供えられているのを確認した。
亮輔さんが月命日の前に必ずカサブランカを供えていたのよね? 昨日は20歳の誕生日のお祝いをするって朝香ちゃんから聞いてたけど……貴方はお祝いをする時間の前に、皐月のお墓参りをしてくれていたのよね……?」
夕紀がここ数年ずっと疑問に感じていた、墓前のカサブランカの存在……それは
「はい。俺は毎月22日に……遠野皐月さんのお墓にカサブランカの花を供えていました。24日が月命日だというのを知っていましたが、24日は遠野夕紀さんが大切にしているのを知っていましたし……何より、俺にとっての22日は遠野皐月さんと出会いの日だったから。
笠原の家に……家庭教師として遠野皐月さんが来て、初めて顔を合わせたのは俺の誕生日の前の日の、9月22日だったんです」
亮輔の言葉で、謎が全て解けたのだった。
ただ一人、亮輔だけは事情を知らないらしい。
「サンちゃんは知らないか……」
健人はフウッと息をつき、夕紀ら4人が住んでいた家の方角を向きながら
「遠野が家族で住んでいた家……サンちゃんが中学生の頃に皐月ちゃんに招かれてたあの家が建っている地区はね。
かなり前から都市開発で立ち退きをお願いされてるんだ。お父さんお母さんそれから皐月ちゃんも亡くなってしまったから、遠野は比較的早く家を手放してるんだ。遠野が今住むところなくて『もりやま青果店』の2階に住まわせてもらってるのはそれが理由なんだよ。皐月ちゃんは立ち退きしなきゃいけないのを知っていたから『お姉ちゃんに居場所を作りたい』って願ったんだよ」
と話す。
「え……」
言葉を失う亮輔を、朝香は切ない表情で見つめるしかない。
朝香は父からその話を伝え聞いていた。『もりやま青果店』の2階を夕紀が借りているのは単に『雨上がり珈琲店』のお隣さんだからという理由だけではなく、初恵さんの実家と遠野家が隣同士で親交があったからだ。
「いずれ家が無くなる。けれど、家族で過ごした街には居続けたい……だから皐月ちゃんはわざと甘えるように遠野に願ったらしい。『この街でお姉ちゃんが珈琲屋をオープンして』って『私はお姉ちゃんを手伝うから』って。妹の願いをきちんと叶えてしまう遠野には脱帽しちゃうよ……皐月ちゃんとの家族愛が強い証拠だと思う。
……で、嫁さんは皐月ちゃんを通して中学生の男の子の話も聞いていた。皐月ちゃんはね『こんな自分を慕ってくれる男の子がいる』『その男の子の気持ちを少しでも和ませたいからいっぱいお花を買いたい』って、皐月ちゃんが亡くなる半年くらい前かな……よく花を買いに来てくれたみたい」
健人が語るその話はちょうど、雨の日に遠野家で亮輔と皐月が過ごしていた時期と重なる。
「嫁さんは皐月ちゃんと恋バナまではしなかったから、皐月ちゃんがサンちゃんを異性として好きだったのかは分からないみたいだけど、決して嫌いではなかったんだろうって。寧ろ好意を持っていたからこそ、姉が家に帰ってきてた時期よりもたくさん花を買って出迎えていたんじゃないかなぁ」
(皐月さんは……中学生のりょーくんを嫌ってなかった)
その話は朝香にとって救いであった。
初体験を反故にしてしまった件はあるものの、彼の恋心を無碍にする気はなかったのだろう。
(りょーくんの初めてを録画したのも、それを再生して冷やかしていた学生と一緒に見ていたというのも……医学生の彼に言われて、泣く泣くそうせざるを得なかったのかな)
朝香は自分でそのように結論付ける事にした。俊哉から聞かされたあの件は皐月の本意ではなかったのだと……皐月は悪女ではなくわざと演じていたのだと。
「皐月ちゃんが亡くなって1年以上経って。金髪ウェーブの男の子がカサブランカを買いに来るようになった。
俺は『若い客が月1で来る』くらいの把握しかしてなくてさ、まさか笠原亮輔だとは夢にも思わなかった。遠野は皐月ちゃんの式で中学生時代の笠原亮輔の姿を見てるから尚更だよね。でも嫁さんは入店してすぐにカサブランカを求めたから気付いたんだって。皐月ちゃんから『中学生の男の子は私をカサブランカの花みたいって褒めるんだ』って話を聞いていたから。たまたま店に在庫がなくて他の花を勧めても他の花の名前はほとんど知らなくて頑なにカサブランカが欲しいんだって譲らなくて『入荷したら教えてほしい』って連絡先を伝えたほどだったから確信を持ったみたい。でも、嫁さんは俺達に『この街に笠原亮輔がいる』とは言わなかった……俺達は笠原亮輔に対してまだ燻った思いを持っていたから。
嫁さんは『サンフラワーのサンちゃん』ってニックネームを勝手に付けたんだけど、あれは俺達に本名を知らせないようにする意味合いもあったみたい。『サンちゃん』だなんて、本名のどこにも含まれないし俺達の知る笠原亮輔と向日葵の花とでは全くイメージが結び付かなかったから。
この街で嫁さんはただ一人……笠原亮輔をサンちゃんと呼ぶ事で君の成長を見守っていたんだってさ」
奥さんは産後、赤子や自分の事よりも亮輔の心配をしたという。
自分の体が急変して彼にアルバイトがなくなる話を伝えるとなったらきっと……巡り巡ってサンちゃんが笠原亮輔だと皆が知る事になるだろうからと。
「今日の午前中、朝香ちゃんから『上原亮輔さんは、あの笠原亮輔さんでした』って連絡があったでしょう?
実は私、その直前に田上くんから同じ内容聞かされて呆然としてたの。それでその後……皐月のお墓へ行って、田上くんとカサブランカが供えられているのを確認した。
亮輔さんが月命日の前に必ずカサブランカを供えていたのよね? 昨日は20歳の誕生日のお祝いをするって朝香ちゃんから聞いてたけど……貴方はお祝いをする時間の前に、皐月のお墓参りをしてくれていたのよね……?」
夕紀がここ数年ずっと疑問に感じていた、墓前のカサブランカの存在……それは
「はい。俺は毎月22日に……遠野皐月さんのお墓にカサブランカの花を供えていました。24日が月命日だというのを知っていましたが、24日は遠野夕紀さんが大切にしているのを知っていましたし……何より、俺にとっての22日は遠野皐月さんと出会いの日だったから。
笠原の家に……家庭教師として遠野皐月さんが来て、初めて顔を合わせたのは俺の誕生日の前の日の、9月22日だったんです」
亮輔の言葉で、謎が全て解けたのだった。
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