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番外編
苦手を好きで補っていく6
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そこから更に数日が経った午後9時過ぎ。
相変わらず『フラワーショップ田上』の高校生アルバイトに仕事の引き継ぎをしたり健人から花の手入れを教わったりして慌ただしい夕方を過ごしている亮輔に、朝香は珈琲豆の入った瓶2種類を取り出し一杯のコーヒーを淹れた。
「この頃一緒にご飯食べられなくてごめんねあーちゃん」
食後の茶碗や皿をキッチンのカウンターへ置きながら朝香にそう言った。本当なら今すぐこれを洗いたいのだろうが、キッチンには朝香が居て邪魔しては悪いと感じているようだ。テーブルの席にもソファにも座る事なくカウンター越しから朝香の所作を見つめている。
(りょーくん、コンビニバイト行く日数が減ってきてるよね……この後朝までぐっすり眠れるみたいだし。笑顔も増えてきたかなぁ)
実は『フラワーショップ田上』でハサミの使い方を習っている理由の一つに、俊哉が店長を務めているコンビニの閉店も関わっていた。
俊哉の父の時代からずっと経営していたあのコンビニは都市開発エリアに近く、手放して住宅を建てた方が利益が上がるらしい。亮輔を除いた上原家ではだいぶ前から赤字ギリギリの店舗を閉店させようという話が何度も上がっていたのだが、9年前旅立つように逝ってしまった俊哉の父が楽しみながら関わっていた思い出の店だった事もありその判断になかなか踏み切れないでいたしここ5~6年は亮輔の安寧の為意地でも残していたような状況だったのだそうだ。だが、今の亮輔に不安材料などない。「朝香という一番の宝物を得た亮輔ならもう大丈夫だろう」と上原家は判断し、ようやく店を畳む決心をしたようなのだ。
コンビニは数ヶ月後の閉店に向け忙しいそうなのだが、「パパのコンビニに悔いなくさよならしたい」という俊哉の母と姉2人の強い気持ちがあり亮輔が無理して頑張らなくても良い状態になっているし「亮輔は今の若いうちに少しでもトラウマ克服してより良い生活が送れるようになってほしい」と願っているそうなのだ。
切り花やフラワーアレンジメントを習うと心が落ち着くようで、亮輔の落ち込みはだいぶ改善されてきており、笑顔もよく見られるようになった。朝香にとってはとにかくそれが嬉しい。
「じゃあ、あーちゃんのコーヒーいただきます♪」
「うん♪ 私もいただきまぁす」
それから2人共ほぼ同時にコーヒーカップに口をつけて
「「美味しい……」」
一口目の感想をユニゾンさせ、お互いの顔を見合わせる。
「これ、結構美味しいよあーちゃん! 味も香りもすっごくいい!!」
亮輔の表情は明るく目もキラキラと輝かせているので朝香は一層嬉しくなり
(やったぁ♪ 今回のブレンドが上手くいったんだ!!)
と気持ちを高揚させ……
「これね、2種類の珈琲豆をブレンドさせたの。りょーくんが1番好きって言ってたシングルオリジンの豆と岩瀬さんのお土産でもらった豆をちょうど良い比率に合わせてネルドリップしてみたの」
と、コーヒーの種明かしをしてみせた。
「えっ?」
岩瀬の土産品と聞いた亮輔は目を見開かせ「信じられない」といった様子でカップをまじまじと見つめた。
「りょーくんに黙ってこういう事をするのは失礼だったかなって思ったの。
苦手な珈琲豆があるのは仕方がない事だし、それを入れる事でりょーくんの大好きな珈琲豆の良さが損なわれたらどうしようっていう不安もあったんだ」
「苦手」は皆少なからずあるものだ。それが店で提供する商品である事は今まで何度も遭遇してきた。もちろん、朝香の母が『むらかわ』で接客している際その様子に出会した経験も数多くある。
「あーちゃんは……このコーヒーを……俺の為に?」
恐る恐る問いかける亮輔に、朝香はやわらかな笑みを返して
「りょーくんの為っていうか、自分の為でもあるかな? 私はあくまで珈琲好きの立場だから、りょーくんにとって苦手な豆でもちゃんと旨味がある事を知ってもらいたいなぁって気持ちもあるし、苦手なものは苦手なものとして捉えつつそれをこの先どう利用すれば呑み込めるかなぁとか……そういう事を考えちゃって」
珈琲オタクだからこそ、苦手な豆にも良い面がある点を知ってもらいたいのも事実。亮輔の為だけでなく朝香自身の為でもありエゴでもある事を認めつつ……優しい語りかけで亮輔に話す。
そこから更に数日が経った午後9時過ぎ。
相変わらず『フラワーショップ田上』の高校生アルバイトに仕事の引き継ぎをしたり健人から花の手入れを教わったりして慌ただしい夕方を過ごしている亮輔に、朝香は珈琲豆の入った瓶2種類を取り出し一杯のコーヒーを淹れた。
「この頃一緒にご飯食べられなくてごめんねあーちゃん」
食後の茶碗や皿をキッチンのカウンターへ置きながら朝香にそう言った。本当なら今すぐこれを洗いたいのだろうが、キッチンには朝香が居て邪魔しては悪いと感じているようだ。テーブルの席にもソファにも座る事なくカウンター越しから朝香の所作を見つめている。
(りょーくん、コンビニバイト行く日数が減ってきてるよね……この後朝までぐっすり眠れるみたいだし。笑顔も増えてきたかなぁ)
実は『フラワーショップ田上』でハサミの使い方を習っている理由の一つに、俊哉が店長を務めているコンビニの閉店も関わっていた。
俊哉の父の時代からずっと経営していたあのコンビニは都市開発エリアに近く、手放して住宅を建てた方が利益が上がるらしい。亮輔を除いた上原家ではだいぶ前から赤字ギリギリの店舗を閉店させようという話が何度も上がっていたのだが、9年前旅立つように逝ってしまった俊哉の父が楽しみながら関わっていた思い出の店だった事もありその判断になかなか踏み切れないでいたしここ5~6年は亮輔の安寧の為意地でも残していたような状況だったのだそうだ。だが、今の亮輔に不安材料などない。「朝香という一番の宝物を得た亮輔ならもう大丈夫だろう」と上原家は判断し、ようやく店を畳む決心をしたようなのだ。
コンビニは数ヶ月後の閉店に向け忙しいそうなのだが、「パパのコンビニに悔いなくさよならしたい」という俊哉の母と姉2人の強い気持ちがあり亮輔が無理して頑張らなくても良い状態になっているし「亮輔は今の若いうちに少しでもトラウマ克服してより良い生活が送れるようになってほしい」と願っているそうなのだ。
切り花やフラワーアレンジメントを習うと心が落ち着くようで、亮輔の落ち込みはだいぶ改善されてきており、笑顔もよく見られるようになった。朝香にとってはとにかくそれが嬉しい。
「じゃあ、あーちゃんのコーヒーいただきます♪」
「うん♪ 私もいただきまぁす」
それから2人共ほぼ同時にコーヒーカップに口をつけて
「「美味しい……」」
一口目の感想をユニゾンさせ、お互いの顔を見合わせる。
「これ、結構美味しいよあーちゃん! 味も香りもすっごくいい!!」
亮輔の表情は明るく目もキラキラと輝かせているので朝香は一層嬉しくなり
(やったぁ♪ 今回のブレンドが上手くいったんだ!!)
と気持ちを高揚させ……
「これね、2種類の珈琲豆をブレンドさせたの。りょーくんが1番好きって言ってたシングルオリジンの豆と岩瀬さんのお土産でもらった豆をちょうど良い比率に合わせてネルドリップしてみたの」
と、コーヒーの種明かしをしてみせた。
「えっ?」
岩瀬の土産品と聞いた亮輔は目を見開かせ「信じられない」といった様子でカップをまじまじと見つめた。
「りょーくんに黙ってこういう事をするのは失礼だったかなって思ったの。
苦手な珈琲豆があるのは仕方がない事だし、それを入れる事でりょーくんの大好きな珈琲豆の良さが損なわれたらどうしようっていう不安もあったんだ」
「苦手」は皆少なからずあるものだ。それが店で提供する商品である事は今まで何度も遭遇してきた。もちろん、朝香の母が『むらかわ』で接客している際その様子に出会した経験も数多くある。
「あーちゃんは……このコーヒーを……俺の為に?」
恐る恐る問いかける亮輔に、朝香はやわらかな笑みを返して
「りょーくんの為っていうか、自分の為でもあるかな? 私はあくまで珈琲好きの立場だから、りょーくんにとって苦手な豆でもちゃんと旨味がある事を知ってもらいたいなぁって気持ちもあるし、苦手なものは苦手なものとして捉えつつそれをこの先どう利用すれば呑み込めるかなぁとか……そういう事を考えちゃって」
珈琲オタクだからこそ、苦手な豆にも良い面がある点を知ってもらいたいのも事実。亮輔の為だけでなく朝香自身の為でもありエゴでもある事を認めつつ……優しい語りかけで亮輔に話す。
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