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番外編
苦手を好きで補っていく5
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「朝香ちゃんにとって皐月は『雨上がりの女神』で私の仕事のパートナーとなる筈だった人で、加えて亮輔くんの忘れられない初恋の相手なのよね……もしかしたら皐月の事を尊い存在と思ってくれてるのかな?
だから皐月と似たビジュアルなのに嫉妬心剥き出しにして亮輔くんの噂をある事ない事流しててただでさえ皐月の尊さを穢しているのに、赤ちゃんのパパが誰か分からないような行動をしていたんでしょ? 朝香ちゃんは心中穏やかではいられない」
「……」
カフェテリアの騒動だけでなく亮輔を野獣などと周囲に言い回って貶めていた件も、現在は解決し亮輔と幸せに過ごせているが……
(ずっとモヤモヤしていたのは確かだ……)
夕紀の言う通り、ずっと玄川絵梨の存在に対して朝香は穏やかな気持ちではいられなかった。そしてそのモヤモヤの正体は「玄川絵梨が大嫌い」の言葉全てに集約されている点をようやく自覚する。
「亮輔くんも自分の行動を悔やんで落ち込んでて、せっかくスタートした同棲生活に影を落とすような感じになっちゃってる……そりゃあ朝香ちゃんだってイライラムカムカするに決まってるし大嫌いって感情を持つのも当然よ」
夕紀さんはそう言ってエスプレッソマシンを動かしカップに注ぐと、ミルクフォーマーで泡立てたミルクをゆっくりと上から重ねていった。
「牛乳に含まれているカルシウムはイライラやトゲトゲを緩和させるんだって。また、夜に飲むのも効果的らしいよ」
「あ……ありがとうございます」
朝香の目の前には綺麗なカプチーノが現れて、それを欲しようと自然と自分の指がスッと動く。
「夜にカフェインの入ってるコーヒーを出すのも良くない気がするんだけどね」
「そんな事ないです、夕紀さんのコーヒーはいつだって癒されますから」
朝香は眉を下げている夕紀さんに微笑みを返し、カプチーノのきめ細やかな泡を口の中に含んでみた。
(心地良い……)
エスプレッソの苦味をミルクのふわふわや甘さが包み込んで……一口、また一口と朝香は求めていく。
最後の一口まで飲み干した朝香は「ほうぅぅっ」と大きめの息をついて
「確かに私、絵梨さんに対してイライラムカムカしてましたし、すっごく苦手だなって感じていたんです……大嫌いです、絵梨さんの事を」
自分の気持ちそのままを夕紀に吐露した。
「うん」
「大嫌い」というマイナスワードを放ったにも拘らず、夕紀はやわらかな微笑みを朝香に向けてくれる。
「絵梨さんに対して『羨ましい』『敵わない』という気持ちの方が大きいんですけど……でもやっぱり絵梨さんの行動は褒められたものではないと感じてますから」
「うん」
「『皐月さんと似た姿で醜い行動取らないで』って思ってましたし」
「うん」
「皐月さんの事が大好きな彼の気持ちまで穢している気がして、すっごく嫌でした」
「うん」
朝香の言葉に全て「うん」で肯定してくれる師匠の優しさは非常に嬉しかったのだが
「夕紀さんのカプチーノを飲んで思ったんです。私がこういう感情を持ってちゃいけないんだって。
彼と一緒に暮らしていく幸せだけに向き合って彼を支えていかなきゃいけないのに、他人に対して黒い感情を持つだとか苦手意識を持ってる場合じゃないなって思いました。
皐月さんに似ている人だからこそ、絵梨さんを苦手だとか嫌いだとか思ってちゃいけないって」
夕紀が丁寧に淹れてくれたカプチーノのミルクでイライラが緩和されて冷静になる。
(私はお客様に癒しの飲み物を提供する仕事をしているんだもの。今の夕紀さんのように悪感情に流されないようにしなくちゃ)
かつて夕紀は悪感情に流されて亮輔に暴言を吐いてしまったが珈琲店の店主となった現在、夕紀は亮輔に謝罪し考えを改めている。
(私も夕紀さんみたいに考えを変えて穏やかな心持ちでいないと……)
「それは違うよ朝香ちゃん」
夕紀は先程まで肯定し続けていた頷きを止め、左右の振りに変えた。
「えっ」
「人間だもん、黒い感情は持ってていいのよ。苦手なものや嫌いなものは無理矢理棄てる必要はないし苦手は苦手のままでいていいと私は思う」
夕紀は朝香の飲み干したカップを手に持ちながらそう言い返し
「大事なのは、自分の中にある『苦手』や『嫌い』を認める事。認めた上で自分はこれからどうすべきなのかを考える事。
ただ単に『苦手!』『嫌い!』と言い続けるんじゃなくて、自分がその『苦手』や『嫌い』とどう付き合っていくかが大事なのよ」
背の低い朝香に目線を合わせ、ゆっくりと着実に言葉を発していく。
「苦手や嫌いとどう付き合っていくか……ですか?」
それは、夕紀が『むらかわ』へ修行に来るずっとずっと前……母がしてくれた行動によく似ている。
「そうよ、今の朝香ちゃんのままじゃ亮輔くんの落ち込みを解決出来ないわねきっと。
亮輔くんは繊細な子だから朝香ちゃんの表情変化に気付いて更に自分を責めてしまうんじゃないかな? 彼にそうなって欲しくないと願うのなら、苦手だと思うものを好きなもので補って包み込んでやりなさい」
「……」
夕紀のその言い方は、かつて母が伝えていたあの方法に凄くよく似ていて……
これから自分が何をすれば良いのか……その記憶を通して伝えてくれているのだと、ようやく理解する事が出来た。
だから皐月と似たビジュアルなのに嫉妬心剥き出しにして亮輔くんの噂をある事ない事流しててただでさえ皐月の尊さを穢しているのに、赤ちゃんのパパが誰か分からないような行動をしていたんでしょ? 朝香ちゃんは心中穏やかではいられない」
「……」
カフェテリアの騒動だけでなく亮輔を野獣などと周囲に言い回って貶めていた件も、現在は解決し亮輔と幸せに過ごせているが……
(ずっとモヤモヤしていたのは確かだ……)
夕紀の言う通り、ずっと玄川絵梨の存在に対して朝香は穏やかな気持ちではいられなかった。そしてそのモヤモヤの正体は「玄川絵梨が大嫌い」の言葉全てに集約されている点をようやく自覚する。
「亮輔くんも自分の行動を悔やんで落ち込んでて、せっかくスタートした同棲生活に影を落とすような感じになっちゃってる……そりゃあ朝香ちゃんだってイライラムカムカするに決まってるし大嫌いって感情を持つのも当然よ」
夕紀さんはそう言ってエスプレッソマシンを動かしカップに注ぐと、ミルクフォーマーで泡立てたミルクをゆっくりと上から重ねていった。
「牛乳に含まれているカルシウムはイライラやトゲトゲを緩和させるんだって。また、夜に飲むのも効果的らしいよ」
「あ……ありがとうございます」
朝香の目の前には綺麗なカプチーノが現れて、それを欲しようと自然と自分の指がスッと動く。
「夜にカフェインの入ってるコーヒーを出すのも良くない気がするんだけどね」
「そんな事ないです、夕紀さんのコーヒーはいつだって癒されますから」
朝香は眉を下げている夕紀さんに微笑みを返し、カプチーノのきめ細やかな泡を口の中に含んでみた。
(心地良い……)
エスプレッソの苦味をミルクのふわふわや甘さが包み込んで……一口、また一口と朝香は求めていく。
最後の一口まで飲み干した朝香は「ほうぅぅっ」と大きめの息をついて
「確かに私、絵梨さんに対してイライラムカムカしてましたし、すっごく苦手だなって感じていたんです……大嫌いです、絵梨さんの事を」
自分の気持ちそのままを夕紀に吐露した。
「うん」
「大嫌い」というマイナスワードを放ったにも拘らず、夕紀はやわらかな微笑みを朝香に向けてくれる。
「絵梨さんに対して『羨ましい』『敵わない』という気持ちの方が大きいんですけど……でもやっぱり絵梨さんの行動は褒められたものではないと感じてますから」
「うん」
「『皐月さんと似た姿で醜い行動取らないで』って思ってましたし」
「うん」
「皐月さんの事が大好きな彼の気持ちまで穢している気がして、すっごく嫌でした」
「うん」
朝香の言葉に全て「うん」で肯定してくれる師匠の優しさは非常に嬉しかったのだが
「夕紀さんのカプチーノを飲んで思ったんです。私がこういう感情を持ってちゃいけないんだって。
彼と一緒に暮らしていく幸せだけに向き合って彼を支えていかなきゃいけないのに、他人に対して黒い感情を持つだとか苦手意識を持ってる場合じゃないなって思いました。
皐月さんに似ている人だからこそ、絵梨さんを苦手だとか嫌いだとか思ってちゃいけないって」
夕紀が丁寧に淹れてくれたカプチーノのミルクでイライラが緩和されて冷静になる。
(私はお客様に癒しの飲み物を提供する仕事をしているんだもの。今の夕紀さんのように悪感情に流されないようにしなくちゃ)
かつて夕紀は悪感情に流されて亮輔に暴言を吐いてしまったが珈琲店の店主となった現在、夕紀は亮輔に謝罪し考えを改めている。
(私も夕紀さんみたいに考えを変えて穏やかな心持ちでいないと……)
「それは違うよ朝香ちゃん」
夕紀は先程まで肯定し続けていた頷きを止め、左右の振りに変えた。
「えっ」
「人間だもん、黒い感情は持ってていいのよ。苦手なものや嫌いなものは無理矢理棄てる必要はないし苦手は苦手のままでいていいと私は思う」
夕紀は朝香の飲み干したカップを手に持ちながらそう言い返し
「大事なのは、自分の中にある『苦手』や『嫌い』を認める事。認めた上で自分はこれからどうすべきなのかを考える事。
ただ単に『苦手!』『嫌い!』と言い続けるんじゃなくて、自分がその『苦手』や『嫌い』とどう付き合っていくかが大事なのよ」
背の低い朝香に目線を合わせ、ゆっくりと着実に言葉を発していく。
「苦手や嫌いとどう付き合っていくか……ですか?」
それは、夕紀が『むらかわ』へ修行に来るずっとずっと前……母がしてくれた行動によく似ている。
「そうよ、今の朝香ちゃんのままじゃ亮輔くんの落ち込みを解決出来ないわねきっと。
亮輔くんは繊細な子だから朝香ちゃんの表情変化に気付いて更に自分を責めてしまうんじゃないかな? 彼にそうなって欲しくないと願うのなら、苦手だと思うものを好きなもので補って包み込んでやりなさい」
「……」
夕紀のその言い方は、かつて母が伝えていたあの方法に凄くよく似ていて……
これから自分が何をすれば良いのか……その記憶を通して伝えてくれているのだと、ようやく理解する事が出来た。
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