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番外編
夕紀の引っ越し2
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夕紀の新しい住まいは、マンションの中階層の2LDK。
「いらっしゃい、朝香ちゃん亮輔くん」
インターフォンを押すとすぐに白い玄関扉が開き、微笑み顔の夕紀が朝香達を出迎える。
「こんにちは夕紀さん」
「こんにちはお姉さん、これ、お引越し祝いです」
朝香も同じく笑顔で挨拶をし、亮輔もニコニコ顔で大きなプレゼントやフラワーアレンジメントを夕紀さんに手渡した。
「わぁ~ありがとう! お祝いの愛が重いわねぇ2人共っ!!」
「えへへ~♡」
「お祝いですから♪ お花は『フラワーショップ田上』の愛の大きさでもありますけどね」
プレゼントは勿論朝香達からの気持ちだし、お花もお金を出し合って購入しているんだが、お花の予算以上にボリュームのあるアレンジメントになっているのは田上夫妻の手腕によるものだ。
「明日田上くんにも御礼言っとくわね♪ ほら、2人共上がって上がって♪」
夕紀は贈り物を嬉しそうに受け取り、それから笑顔で中に招き入れてくれる。
「お邪魔します」
朝香がいそいそとブーツを脱いでいると
「お姉さん、まずは皐月さんのお部屋へご挨拶をしても良いですか?」
隣にいた亮輔が突然、夕紀に不思議な声掛けをした。
(皐月さんのお部屋?)
朝香が不思議な気持ちになったのも無理はない。夕紀の新居には特別に遠野皐月の為のお部屋が用意されているという意味になるのだから。
亮輔はそんな朝香の表情をすぐに読み取ったらしく
「お姉さんがね、この前ボソッとつぶやいてたんだよ。『ようやく皐月の部屋を用意出来る』って」
と朝香に耳打ちしてくれた。
「えっ?! そうだったの??」
仕事中いつも夕紀と一緒にいたのに、そこだけは聞き逃していたらしい。
(なのに、たまにしか会ってないりょーくんは聞いてたっていう……なんだか情けないなぁ)
「こっちの部屋よ」
眉を八の字に曲げてしまった朝香であったが、夕紀はニコニコ顔を崩さず朝香達を玄関から一番近い洋室のドアを開けて部屋を紹介する。
「わあぁ! 素敵なお部屋!」
朝香は一度も遠野家へ訪れた事がないけれども、白や淡いグリーンで統一されたそのお部屋は生前の皐月の存在を思い起こされるような明るくて素敵なお部屋作りとなっており、感嘆の声をあげた。
「今日俺ね、皐月さんにもちょっとしたお土産を持ってきたんだ。
……お姉さん、皐月さんのお仏壇にお供えしても良いですか?」
夕紀に了承してもらった亮輔は、身に付けいたボディバッグの中から小さな直方体の箱を取り出した。
「うん、私も手を合わせたい」
「うん」
それから2人で頷き合い、モダンなミニ仏壇の前でリンを鳴らし静かに手を合わせた。
合掌を解いて目を開けるとちょうど窓から西日が差し込む。
春の夕陽に包まれた室内はやわらかく穏やかな空気で充満しており、皐月が嬉しそうに微笑んでくれているような気がした。
「この部屋の窓ね、真西なの。夏場や冬場は陽の光がしんどくなるかなぁなんて感じたんだけど、『夕方に明るい方がいいな』って思い直したのよ。家族4人で住んでいたあの一軒家は、昼過ぎちゃうと陽の光が周囲に遮られて居間は照明をつけないと薄暗くなっていたから」
朝香達は夕紀さんに再び手招きされ、ダイニングテーブルの席へと促されると、食前のコーヒーを出してくれた。
「そう……だったんですか?」
遠野家に一度も訪れた事のない朝香の反応の隣で、亮輔は少し寂しそうな表情を浮かべて静かに頷く。
「亮輔くんは知ってるもんね……」
「はい。和洋折衷の一軒家で、築年数もそれなりにあったんですよね。台所も居間も夕方になると薄暗くて、中学生の俺は少し寂しく感じました」
「……」
「炬燵はあったかくて好きだったなぁ。皐月さんのお部屋はすっごく簡素になっててね、夜は月明かりが綺麗だったけど……あのお部屋とは真逆な感じだね」
亮輔の語る遠野家の詳細は、言葉だけでもそのリアルさが伝わりゾクッとする。
「父や母が居た頃はまだ明るく感じたのよ。でもやっぱり……18歳の私と12歳の妹2人だけ残されちゃうと、色んなところに気を回す余裕がなくて。
私1人でお金稼がなくちゃって、そればかり考えてお庭の手入れとか怠っていたら余計に暗いお部屋になっちゃった」
「……」
「中学生の亮輔くんが寂しいと感じる家にしてしまったのは私の所為。もう少し私が気を配って色々と出来てたら、皐月も愛に溺れる事はなかったのかなぁって思うのよね」
夕紀の新しい住まいは、マンションの中階層の2LDK。
「いらっしゃい、朝香ちゃん亮輔くん」
インターフォンを押すとすぐに白い玄関扉が開き、微笑み顔の夕紀が朝香達を出迎える。
「こんにちは夕紀さん」
「こんにちはお姉さん、これ、お引越し祝いです」
朝香も同じく笑顔で挨拶をし、亮輔もニコニコ顔で大きなプレゼントやフラワーアレンジメントを夕紀さんに手渡した。
「わぁ~ありがとう! お祝いの愛が重いわねぇ2人共っ!!」
「えへへ~♡」
「お祝いですから♪ お花は『フラワーショップ田上』の愛の大きさでもありますけどね」
プレゼントは勿論朝香達からの気持ちだし、お花もお金を出し合って購入しているんだが、お花の予算以上にボリュームのあるアレンジメントになっているのは田上夫妻の手腕によるものだ。
「明日田上くんにも御礼言っとくわね♪ ほら、2人共上がって上がって♪」
夕紀は贈り物を嬉しそうに受け取り、それから笑顔で中に招き入れてくれる。
「お邪魔します」
朝香がいそいそとブーツを脱いでいると
「お姉さん、まずは皐月さんのお部屋へご挨拶をしても良いですか?」
隣にいた亮輔が突然、夕紀に不思議な声掛けをした。
(皐月さんのお部屋?)
朝香が不思議な気持ちになったのも無理はない。夕紀の新居には特別に遠野皐月の為のお部屋が用意されているという意味になるのだから。
亮輔はそんな朝香の表情をすぐに読み取ったらしく
「お姉さんがね、この前ボソッとつぶやいてたんだよ。『ようやく皐月の部屋を用意出来る』って」
と朝香に耳打ちしてくれた。
「えっ?! そうだったの??」
仕事中いつも夕紀と一緒にいたのに、そこだけは聞き逃していたらしい。
(なのに、たまにしか会ってないりょーくんは聞いてたっていう……なんだか情けないなぁ)
「こっちの部屋よ」
眉を八の字に曲げてしまった朝香であったが、夕紀はニコニコ顔を崩さず朝香達を玄関から一番近い洋室のドアを開けて部屋を紹介する。
「わあぁ! 素敵なお部屋!」
朝香は一度も遠野家へ訪れた事がないけれども、白や淡いグリーンで統一されたそのお部屋は生前の皐月の存在を思い起こされるような明るくて素敵なお部屋作りとなっており、感嘆の声をあげた。
「今日俺ね、皐月さんにもちょっとしたお土産を持ってきたんだ。
……お姉さん、皐月さんのお仏壇にお供えしても良いですか?」
夕紀に了承してもらった亮輔は、身に付けいたボディバッグの中から小さな直方体の箱を取り出した。
「うん、私も手を合わせたい」
「うん」
それから2人で頷き合い、モダンなミニ仏壇の前でリンを鳴らし静かに手を合わせた。
合掌を解いて目を開けるとちょうど窓から西日が差し込む。
春の夕陽に包まれた室内はやわらかく穏やかな空気で充満しており、皐月が嬉しそうに微笑んでくれているような気がした。
「この部屋の窓ね、真西なの。夏場や冬場は陽の光がしんどくなるかなぁなんて感じたんだけど、『夕方に明るい方がいいな』って思い直したのよ。家族4人で住んでいたあの一軒家は、昼過ぎちゃうと陽の光が周囲に遮られて居間は照明をつけないと薄暗くなっていたから」
朝香達は夕紀さんに再び手招きされ、ダイニングテーブルの席へと促されると、食前のコーヒーを出してくれた。
「そう……だったんですか?」
遠野家に一度も訪れた事のない朝香の反応の隣で、亮輔は少し寂しそうな表情を浮かべて静かに頷く。
「亮輔くんは知ってるもんね……」
「はい。和洋折衷の一軒家で、築年数もそれなりにあったんですよね。台所も居間も夕方になると薄暗くて、中学生の俺は少し寂しく感じました」
「……」
「炬燵はあったかくて好きだったなぁ。皐月さんのお部屋はすっごく簡素になっててね、夜は月明かりが綺麗だったけど……あのお部屋とは真逆な感じだね」
亮輔の語る遠野家の詳細は、言葉だけでもそのリアルさが伝わりゾクッとする。
「父や母が居た頃はまだ明るく感じたのよ。でもやっぱり……18歳の私と12歳の妹2人だけ残されちゃうと、色んなところに気を回す余裕がなくて。
私1人でお金稼がなくちゃって、そればかり考えてお庭の手入れとか怠っていたら余計に暗いお部屋になっちゃった」
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