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番外編
夕紀の引っ越し1
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*
2月下旬の日曜日。
朝香と亮輔は祝いの品を手にし、タクシーに乗っていた。
「お姉さんのご新居訪問……楽しみだけど緊張するなぁ」
1ヶ月ほど前、亮輔は夕紀に「新しい住まいを検討しているなら相談してほしい」という内容を伝えると、意外にも前向きに考えてくれ俊哉のネットワークを用いて部屋探しを始めたようだ。内見から購入までスムーズに進み、皐月の命日前に引越しが完了。部屋の中が片付いたと聞いたので、こうして初めて遊びに行く事となったのだ。
「そうだねぇどんなお家なんだろう……って、りょーくんは俊哉さんから物件情報聞いてなかったの? 知っていたのて住所だけ?」
てっきり俊哉経由で情報を得てるものだとばかり思っていたので朝香が驚くと
「そうなんだよ。俊哉くんとしてはとっておきの物件らしくてさ、あのタイミングじゃないと知り得ない物件だったみたい。お姉さんもすぐに購入を考えてくれたから良かったけど正式な契約を交わすまではどうなるか分かんなくて他へも情報を漏らしたくなかったんだってさ」
亮輔は内緒にされていた理由を説明する。
「取り合いになるくらいの好条件だったのかぁ~」
要約するとそういう事なのだろう。
(夕紀さんは店の収入とは別にお金を持っているから審査も通りやすいんだよね……俊哉さんが夕紀さんに購入してほしいって思うくらいのお部屋なのかも)
若くして家族を亡くし家を立ち退かなければならない身になった夕紀は、辛い現実を受け入れなければならない代償として、珈琲店の開業資金とは別の蓄えがあった。それに俊哉が薦める物件であれば間違いないであろう
(夕紀さん的にはバタバタの1ヶ月だったんだろうけど、無事に契約してお引っ越しまで進んでいって本当に良かったぁ)
「春らしい暖かな天気で良かったね」
朝香が安堵の息を吐いていると、亮輔は窓の景色を見つめながら明るい声を出した。
「うん、皐月さんも歓迎してくれてるのかなぁ」
バレンタインデーの直後関東に寒波が到来し昨日まで雪続きだったというのに今日ようやく晴れて日中は平年より高い気温となった。
「そうだね、皐月さんも俺達が来るの喜んでそうだよね」
荒天が去った後の晴れ間に出会うと朝香達はつい遠野皐月の名前を呟いてしまうし、太陽の温かな恩恵は皐月が天から微笑んでくれているんじゃないかという幻想を抱いてしまう。
(夕紀さんも今日は同じような事を考えているのかなぁ……)
皐月の命日が近い点も含め、姉の夕紀もきっと同じ気持ちなのではないだろうか? と朝香は想像していた。
「久しぶりにタクシー乗ったけど、結構良いものだね。道路凍結の心配はなくなったけど念の為バイク2人乗りは避けておいて正解だったかも」
亮輔はニコニコ顔で朝香に向き直りそう言ってくれた。
「夕紀さんの事だから絶対私達にお酒振る舞うと思うしバイクにしたらりょーくん飲めなくなっちゃうよ。電車だとぎゅう詰めの移動になってお祝いの紙袋がグシャグシャになるだろうしタクシーが大正解だよ」
「うん、それにタクシー使うって大人になった! って感じするし」
「ふふふっ♪ 確かに~♪」
運転手が聞いたら呆れてしまいそうなくらい低レベルな会話になってしまっているが、後部座席で並んで座り手を繋ぎながら微笑み合うこの時間も幸せだと感じる。
*
夕紀が新しい住まいにと決めた場所は、私達の住む和やかな住宅地エリアとは異なり、オフィス街にほど近いエリアに位置する駅のそば。
電車を使うとターミナル駅を経由してぐるっと大回りしなきゃいけないのだが……
「車だと割とすぐ着いちゃうんだね。これなら夕紀さんも通勤に困らなさそう」
思ったよりも早く到着出来て朝香は感嘆の声をあげた。
「確かに商店街からこの辺へ移動する時ってそんな感じだよなぁ……大きな道に出るとそこからほぼ道なりで行けるんだ。
お姉さんの通勤時間はラッシュ時間をちょうど避けた時間帯になるから渋滞にも巻き込まれないはずだよ」
タクシーを降り目の前にそびえ立つ真新しい建物の前で朝香は周囲を見渡し、都内のスイーツ店巡りのおかげで地理を知る亮輔が簡潔に説明する。
「それならすっごく便利だよね。夕紀さん、本当に良いタイミングでこのマンションに出会えて良かったなぁ」
「俊哉くんはサラッと『たまたまのタイミングで良い条件見つけた』とか言ってたけど、実はお姉さんの条件に合うようなベストな物件を探しまくったんじゃないかな。俊哉くんなりにすっごく頑張ったんだと思うよ」
上原俊哉はファミリー型マンションや小規模なアパートの管理を自らしている他にも土地や他エリアの分譲マンションの一室を買い上げて賃貸として貸したりしている。そのご縁で多くの不動産会社とビジネス的な繋がりを持っているらしい。
「新しい住まいを検討してるんだけど……」と俊哉へ一言声掛けをしてしまえば首都圏の賃貸物件や中古の一軒家、今回みたいな新築マンションの良い情報などを即座に集めてしまえるのだそうだ。
(俊哉さんって、話題に出る度に毎回私の想像を超えてくるなぁ……)
亮輔に匹敵するくらいの高身長で端正なマスク。
心地良い美声や長髪ながらに清潔感のあるヘアスタイルや装い。
高学歴、高収入……穏やかな性格。
何もかもが完璧過ぎるし不思議なオーラを常に纏っていて只者ではない。
(夕紀さんとりょーくんは「あの人、性格は穏やかじゃないよ」って私に言うんだけど、荒々しさは全く感じないんだよなぁ……)
恋愛ドラマ見過ぎな朝香は、俊哉を頭に思い浮かべる度に「きっと素敵なラブロマンスがあるに違いない」ってピンク色の妄想してしまう。
月に一度、俊哉の前で珈琲豆のプレゼントと出張喫茶店をしているのだが彼にそのラブロマンスの有無をずっと訊けずにいてそこの部分は謎に包まれたままだ。
2月下旬の日曜日。
朝香と亮輔は祝いの品を手にし、タクシーに乗っていた。
「お姉さんのご新居訪問……楽しみだけど緊張するなぁ」
1ヶ月ほど前、亮輔は夕紀に「新しい住まいを検討しているなら相談してほしい」という内容を伝えると、意外にも前向きに考えてくれ俊哉のネットワークを用いて部屋探しを始めたようだ。内見から購入までスムーズに進み、皐月の命日前に引越しが完了。部屋の中が片付いたと聞いたので、こうして初めて遊びに行く事となったのだ。
「そうだねぇどんなお家なんだろう……って、りょーくんは俊哉さんから物件情報聞いてなかったの? 知っていたのて住所だけ?」
てっきり俊哉経由で情報を得てるものだとばかり思っていたので朝香が驚くと
「そうなんだよ。俊哉くんとしてはとっておきの物件らしくてさ、あのタイミングじゃないと知り得ない物件だったみたい。お姉さんもすぐに購入を考えてくれたから良かったけど正式な契約を交わすまではどうなるか分かんなくて他へも情報を漏らしたくなかったんだってさ」
亮輔は内緒にされていた理由を説明する。
「取り合いになるくらいの好条件だったのかぁ~」
要約するとそういう事なのだろう。
(夕紀さんは店の収入とは別にお金を持っているから審査も通りやすいんだよね……俊哉さんが夕紀さんに購入してほしいって思うくらいのお部屋なのかも)
若くして家族を亡くし家を立ち退かなければならない身になった夕紀は、辛い現実を受け入れなければならない代償として、珈琲店の開業資金とは別の蓄えがあった。それに俊哉が薦める物件であれば間違いないであろう
(夕紀さん的にはバタバタの1ヶ月だったんだろうけど、無事に契約してお引っ越しまで進んでいって本当に良かったぁ)
「春らしい暖かな天気で良かったね」
朝香が安堵の息を吐いていると、亮輔は窓の景色を見つめながら明るい声を出した。
「うん、皐月さんも歓迎してくれてるのかなぁ」
バレンタインデーの直後関東に寒波が到来し昨日まで雪続きだったというのに今日ようやく晴れて日中は平年より高い気温となった。
「そうだね、皐月さんも俺達が来るの喜んでそうだよね」
荒天が去った後の晴れ間に出会うと朝香達はつい遠野皐月の名前を呟いてしまうし、太陽の温かな恩恵は皐月が天から微笑んでくれているんじゃないかという幻想を抱いてしまう。
(夕紀さんも今日は同じような事を考えているのかなぁ……)
皐月の命日が近い点も含め、姉の夕紀もきっと同じ気持ちなのではないだろうか? と朝香は想像していた。
「久しぶりにタクシー乗ったけど、結構良いものだね。道路凍結の心配はなくなったけど念の為バイク2人乗りは避けておいて正解だったかも」
亮輔はニコニコ顔で朝香に向き直りそう言ってくれた。
「夕紀さんの事だから絶対私達にお酒振る舞うと思うしバイクにしたらりょーくん飲めなくなっちゃうよ。電車だとぎゅう詰めの移動になってお祝いの紙袋がグシャグシャになるだろうしタクシーが大正解だよ」
「うん、それにタクシー使うって大人になった! って感じするし」
「ふふふっ♪ 確かに~♪」
運転手が聞いたら呆れてしまいそうなくらい低レベルな会話になってしまっているが、後部座席で並んで座り手を繋ぎながら微笑み合うこの時間も幸せだと感じる。
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夕紀が新しい住まいにと決めた場所は、私達の住む和やかな住宅地エリアとは異なり、オフィス街にほど近いエリアに位置する駅のそば。
電車を使うとターミナル駅を経由してぐるっと大回りしなきゃいけないのだが……
「車だと割とすぐ着いちゃうんだね。これなら夕紀さんも通勤に困らなさそう」
思ったよりも早く到着出来て朝香は感嘆の声をあげた。
「確かに商店街からこの辺へ移動する時ってそんな感じだよなぁ……大きな道に出るとそこからほぼ道なりで行けるんだ。
お姉さんの通勤時間はラッシュ時間をちょうど避けた時間帯になるから渋滞にも巻き込まれないはずだよ」
タクシーを降り目の前にそびえ立つ真新しい建物の前で朝香は周囲を見渡し、都内のスイーツ店巡りのおかげで地理を知る亮輔が簡潔に説明する。
「それならすっごく便利だよね。夕紀さん、本当に良いタイミングでこのマンションに出会えて良かったなぁ」
「俊哉くんはサラッと『たまたまのタイミングで良い条件見つけた』とか言ってたけど、実はお姉さんの条件に合うようなベストな物件を探しまくったんじゃないかな。俊哉くんなりにすっごく頑張ったんだと思うよ」
上原俊哉はファミリー型マンションや小規模なアパートの管理を自らしている他にも土地や他エリアの分譲マンションの一室を買い上げて賃貸として貸したりしている。そのご縁で多くの不動産会社とビジネス的な繋がりを持っているらしい。
「新しい住まいを検討してるんだけど……」と俊哉へ一言声掛けをしてしまえば首都圏の賃貸物件や中古の一軒家、今回みたいな新築マンションの良い情報などを即座に集めてしまえるのだそうだ。
(俊哉さんって、話題に出る度に毎回私の想像を超えてくるなぁ……)
亮輔に匹敵するくらいの高身長で端正なマスク。
心地良い美声や長髪ながらに清潔感のあるヘアスタイルや装い。
高学歴、高収入……穏やかな性格。
何もかもが完璧過ぎるし不思議なオーラを常に纏っていて只者ではない。
(夕紀さんとりょーくんは「あの人、性格は穏やかじゃないよ」って私に言うんだけど、荒々しさは全く感じないんだよなぁ……)
恋愛ドラマ見過ぎな朝香は、俊哉を頭に思い浮かべる度に「きっと素敵なラブロマンスがあるに違いない」ってピンク色の妄想してしまう。
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