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番外編
朝に香る13
しおりを挟む「朝香の名前は、腹ん中におる前から儂がずっと考えてた名前なんじゃ。
見た目や性格の所為で野獣と揶揄され続けた儂の身も心も和ませたのはママの珈琲じゃった。
こがあな儂の隣で毎朝珈琲豆の香りを立たせて微笑んでくれる女神みたいな女性を生涯大切にしたいと思うたし、いつかその女神が抱く天使には女神の珈琲にふさわしい名前を付けてあげたいって夢見ててのぅ♡
朝に香る複雑なコーヒーアロマは誰の心も癒し、生きる希望を与える。女神の子に相応しい名前じゃろう?」
モーニングセットをお腹いっぱいいただいた後で、義郎は突然朝香の名前の由来を語り始めた。
「パパったら、婚姻届を提出する前から子どもにつける名前の話をするのよっ! 女の子が生まれるか分からない段階から『朝香』って名前の候補を挙げていたのっ! ほんと暴走体質なのは変わらないのよね~!!」
しかも朝香の名前は両親が結婚する前からお父さんの頭の中にあったというのだから娘としてめちゃくちゃ呆れてしまう。
「そりゃあ男じゃったら誰しも想像するもんじゃ! のう亮輔くんっ!!」
義郎はガハハ笑いをしながら無理矢理同意を求めようとしていて
「えーっと……流石に俺はまだそこまでは」
急に話をふられた亮輔はしどろもどろ。
「もうっ! りょーくんを困らせないでよお父さんっ!!」
亮輔に申し訳ない気持ちになり朝香がそう言い返した……けれど、義郎はキリッと真面目な表情に変えて
「朝香は素朴過ぎる部分があるし儂らに似て美人じゃあないが、誰よりも優しい子に育ったと思う。亮輔くんな他人の痛みが分かる男じゃけぇ大丈夫とは思うがの、儂らの大事な娘を泣かせることはせんでつかあさいの。
出来る事なら娘と末長く仲良くしてやってつかあさい」
義郎は涙を浮かべ、鼻をグズっと啜りながら亮輔に頭を下げた。
(えっ……)
酒酔いに頼らない義郎の涙を見たのは、朝香が生きてきた中で何回もない事だ。
「頭あげてくださいお父さん……朝香さんに嫌われない限り、ずっと大切にして一緒にいたいと俺は思ってますから!」
亮輔はその場から立ち上がりカウンターごしの義郎へ真面目で誠実な言葉を返す。
「娘をどうか頼みます」
義郎の、方言の一切ない言葉が朝香の心の中まで伝わり沁み入っていくのを感じる。
「はい! 絶対に幸せにします!!」
亮輔も深々と頭を下げ義郎と同様に鼻をグスッと鳴らしていた。
*
朝香達は行きの時よりも荷物をたくさん抱えて飛行機に乗り込んだ。
「なんかいっぱいお土産頂いちゃって本当に良かったのかなぁ……」
亮輔は恐縮しているが
「まぁだいたいどこで買ったかは予想つくけどね。実家にいる時はよく食べてたものばかりだから何も珍しくないっていうか」
朝香にとっては「田舎あるある」としか感じていない。
「でも俺にとっては珍しいものばかりだよ。帰って食べるのが楽しみ♪」
都会の人間だからなのか、亮輔はかなりポジティブに捉えてくれていて
「それ本気で言ってる? 田舎っぽい漬物や佃煮がこの中にいっぱい入っているんだよ?」
朝香はドン引きしている。
「本気だよ! お漬物や佃煮があーちゃんとの食卓に出されるのかと思うと嬉しい気持ちになるし、いっぱいあるから夕紀さんや初恵さんにお裾分けしようよ!」
田舎の土産物なんて恥ずかし過ぎて都会的な亮輔にニコニコされてしまうと朝香はどう反応してあげれば良いのか分からず言葉が出なくなってしまうのだ。
(確かにお漬物や佃煮は夕紀さんも初恵さんも喜ぶとは思うんだけど、果たしてりょーくんのお口に合うものかどうか……)
「そういえばお父さんやお母さんはお互いを『パパ』『ママ』って呼んでるのに、あーちゃんは『お父さん』『お母さん』って呼ぶんだね。あーちゃんも同じように『パパ』『ママ』って呼べばいいのに」
飛行機が離陸して数分後。
山口県からどんどん遠ざかろうとしてきたところで亮輔はそんな質問を私にぶつけてきた。
「うちの両親ラブラブ過ぎるから見てて恥ずかしくて『パパママ』だなんて呼べないんだよぉ」
朝香が両親を敢えて「お父さん」「お母さん」と呼ぶ理由はごく単純。結婚して30年近く経つというのにまだ2人はラブラブアチアチな仲なので娘の立場から「パパ」「ママ」なんて口にしようものなら背中がゾワゾワしてきてしまうのだ。
「羨ましいと思うけどね自分の親がラブラブなのって。俺のところは幼い頃から両親の仲がどうなのかサッパリ分からなかったし、俺はあーちゃんと何十年もラブラブでいたいけどなぁ♡」
……けれど、そう言って朝香の手を握る亮輔の体温は熱く、次第に朝香の耳や頬までその熱が伝播していく。
「私も♡ りょーくんとこの先も何十年先もラブラブでいたい♡」
今回の帰省で亮輔は結婚を希望する言葉を述べた。
両親は一旦受け入れてくれたのだが「結婚は他人同士が一緒になって家族になる事だから、2人で納得のいくまで話し合って『本当に家族になりたい』『この人と一つの家族を築き上げたい』とお互いが強く思い合った時に籍を入れなさい」と朝香達に諭してくれた。
(「本当に家族になりたい」とか「この人と一つの家族を築き上げたい」とかって深い意味が込められていて、簡単に決断しちゃいけないって私もりょーくんも理解してるつもり。だからこの先この気持ちは変わらずにいられると信じているんだけど)
亮輔は学生、朝香も社会人になって間もない時期。
熱い気持ちをあと数年はゆっくりじっくり育てたいとも考えている。
「これからも仲良く暮らしていこうね♡」
「うん♡」
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