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番外編
temptation1
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「おかえりー!」
土曜日の夜。
『雨上がり珈琲店』から帰宅するなり、亮輔がニコニコ顔で玄関まで朝香を迎えに来てくれた。
「ただいま。どうしたの?」
靴を脱いで玄関を上がると、亮輔が日本酒の一升瓶をグッとこちらへ近付けて
「お父さんから送られてきたんだよ! 純米大吟醸だって!! 凄いよね!!」
と、テンション高めに報告する。
「えっ? その一升瓶、お父さんが送り付けてきたの??!」
先日の帰省でマンションの住所を伝えたからこそ一升瓶がここに到着したというのは理解出来た……とはいえ実家帰省して間もないのに荷物が送られてきた事に驚愕するししかも今まで1度も送られてきた事のない日本酒が届いたというのも信じられない気持ちでいる。
「『送り付けてきた』だなんて滅相もないよ! この銘柄の純米大吟醸はすごく貴重で滅多に口に出来ないって天野さんが言ってたんだから!!」
「えっ? それってそんなに貴重なお酒なの?」
商店街メンバーである『まきの酒店』は日本酒と焼酎の専門店で、店員の天野は酒マニアである。朝香の父から送られてきた酒瓶の詳細を訊いてみようと亮輔は天野に連絡を入れたらしい。
「うん、この酒造メーカーはあーちゃんの地元だから、地元民のお父さんだからこそ手に入ったんじゃないかって言ってたよ。
今夜はあーちゃんとのんびり過ごせるし、2人で飲みたくてずっと待ってたんだ♪」
確かに朝香も耳にした事がある銘柄であったが「近年全国的に名が知られるようになったらしい」といううっすらとした知識しか無く日本酒の価値も何も全く分からないので、彼の上機嫌さに共感出来ないでいる。
「えっと……とりあえずお父さんにお礼の電話してみるね」
朝香はすぐに自分の部屋のノブに手をかけると、彼はニコニコ笑顔で「よろしく伝えてね」と事付けリビングに戻って行った。
「あのお酒って、確かお父さんが昔から呑んでる銘柄だよね? 純米大吟醸ってなんかお高そうなイメージあったけど、本当に凄いんだなぁ」
さっきから亮輔が大喜びしている瓶のラベルは幼い頃から見知ったものではあった……流石に純米大吟醸を常飲していたのではないのだろうが。朝香にとってはありふれた銘柄であってもお酒を知ってる人にとってはテンション上がってしまうような代物とまでは把握しておらず思わず首を捻てしまう。
「早くお礼の電話しなきゃ」
部屋の中に入るなり、朝香はスマホを取り出して義郎に電話をかけた。
『おお朝香か! この前は帰ってきてくれてありがとう』
21時前だというのに、義郎は2コールで電話に出てくれた。
(だいたいこの時間帯は酔っ払って眠りこけてるっていうのに……もしかして素面?)
「なんか突然お酒届いたんじゃけどどしたん?」
「無事にお酒が届いたかどうか気になってお酒飲まずに昔からの電話を待っていたのでは?」という予想を立てながら訊ねてみると
「先週帰ってきてくれちょった時に儂ばっかり酒呑んでしもうて亮輔くんに呑ましてやれんかったけぇ申し訳ないと思うての。儂のツテでちょうど手に入ったけぇたちまち送ったんじゃ。亮輔くんは喜んでくれちょったかいの?」
相変わらず山口と広島が混じった訛りで喋っていたが、完全な素面でもなかったようで言葉の端々にほろ酔いの舌足らずさやガハハ笑いが出ており、機嫌良く朝香に話してくれている。
「ええ酒じゃってめちゃくちゃ喜んどるよ」
「彼が喜んでいた」という事実をそのまま義郎に伝えると
「ほうねほうね♪ 美味い酒じゃけぇ2人で仲良く飲みんさい」
なんと義郎は短い言葉で返答し、「じゃあの」と言い終える前に電話が切れてしまった。
「ちょっ……いつもならもうちょっと言葉のキャッチボールするのに切れちゃったよ」
お酒が無事に届いた安心感からなのか、それとも早く電話を切ってベロンベロンになるまで呑み明かしたいからなのか……いつもとは違う父親の行動にビックリして目を見開いてしまう朝香。
「っていうか、私もあの瓶の中身呑むの? 日本酒なんて全く飲んだことないっていうのに……」
幼い頃から朝香は日本酒や焼酎を晩酌にしている父をずっと見てきた。
酩酊という言葉の習得だって比較的早かったと自負するくらいである。
一升瓶を抱き枕代わりにし、クマいびきをかいて眠りこけるなんてのはまだ良い方で、大抵は顔を赤くして昔の漫画のガキ大将みたいに大声で歌を歌い始めたり裕美や朝香にお酒臭い息をかけたりとなかなかに迷惑をかけてくる義郎の姿は正直好きになれない。
(あんな酔っ払いにはなりたくないって何度思った事か……)
20歳になって以来飲酒する機会が少ないというのもあるが、父のあの姿を日頃から見ていた朝香は以前より「絶対に日本酒だけは飲まない!」と心に決めていた。
(今までりょーくんや夕紀さんと飲んだのもチューハイや缶カクテルとスパークリングワインと……本当にそのくらいだし)
「はぁ……私もりょーくんも20歳になってはいるんだけどさぁ、娘が日本酒飲まないってとこまでは理解してないんだよねぇお父さんはっ!! 今回のことだって絶対お母さんに相談しないで送ったんだろうなぁ娘として恥ずかしいっていうかガッカリだよぉ)
受け手が好みではない高価なプレゼントを一方的に送り付けてくるだなんて、側から見たら嫌がらせとしか言いようがない。
「そもそも高価な日本酒送るくらいなら自分たちの為にお金使えばいいのにぃ。っていうかお父さんがそのまま呑めば良いじゃんっ!」
彼は嬉しそうにしていたけれど本当に日本酒が呑めるのかどうかまでは知らないし、そもそも20歳そこそこの若者2人が1.8リットルもの量を呑める訳がないのだ。
(もー!! お父さん何考えてんのよ!! 信じらんない!!)
ムカつきながらリビングに入ると、亮輔がいつものように朝香が作り置きした料理を温めてテーブルに並べている。
「りょーくんいつもご飯を温めてくれてありがとう」
朝香が声を掛けると彼はまだニコニコ顔でいて
「お父さんとの電話終わった?」
と明るく訊いてきた。
「うん。2人で仲良く飲みんさいって言われたよ」
先に座らせてもらい、亮輔の配膳を待つ。
「『飲みんさい』かぁ……良いよね西日本の訛りって。なんかあったかい感じがしてほっこりするよ」
食卓に料理が並び終わった筈なのに、彼はニコニコしながら何故か冷蔵庫の方へと向かう。
「あれ? ご飯は炊飯器の中だけど?」
(あと並べるのってごはん茶碗だけだよね?)
不思議に思う朝香であったが、彼は「そうじゃなくて」と言いながらお刺身を盛り付けたお皿を出してきた。
「んっ? お刺身????」
「おかえりー!」
土曜日の夜。
『雨上がり珈琲店』から帰宅するなり、亮輔がニコニコ顔で玄関まで朝香を迎えに来てくれた。
「ただいま。どうしたの?」
靴を脱いで玄関を上がると、亮輔が日本酒の一升瓶をグッとこちらへ近付けて
「お父さんから送られてきたんだよ! 純米大吟醸だって!! 凄いよね!!」
と、テンション高めに報告する。
「えっ? その一升瓶、お父さんが送り付けてきたの??!」
先日の帰省でマンションの住所を伝えたからこそ一升瓶がここに到着したというのは理解出来た……とはいえ実家帰省して間もないのに荷物が送られてきた事に驚愕するししかも今まで1度も送られてきた事のない日本酒が届いたというのも信じられない気持ちでいる。
「『送り付けてきた』だなんて滅相もないよ! この銘柄の純米大吟醸はすごく貴重で滅多に口に出来ないって天野さんが言ってたんだから!!」
「えっ? それってそんなに貴重なお酒なの?」
商店街メンバーである『まきの酒店』は日本酒と焼酎の専門店で、店員の天野は酒マニアである。朝香の父から送られてきた酒瓶の詳細を訊いてみようと亮輔は天野に連絡を入れたらしい。
「うん、この酒造メーカーはあーちゃんの地元だから、地元民のお父さんだからこそ手に入ったんじゃないかって言ってたよ。
今夜はあーちゃんとのんびり過ごせるし、2人で飲みたくてずっと待ってたんだ♪」
確かに朝香も耳にした事がある銘柄であったが「近年全国的に名が知られるようになったらしい」といううっすらとした知識しか無く日本酒の価値も何も全く分からないので、彼の上機嫌さに共感出来ないでいる。
「えっと……とりあえずお父さんにお礼の電話してみるね」
朝香はすぐに自分の部屋のノブに手をかけると、彼はニコニコ笑顔で「よろしく伝えてね」と事付けリビングに戻って行った。
「あのお酒って、確かお父さんが昔から呑んでる銘柄だよね? 純米大吟醸ってなんかお高そうなイメージあったけど、本当に凄いんだなぁ」
さっきから亮輔が大喜びしている瓶のラベルは幼い頃から見知ったものではあった……流石に純米大吟醸を常飲していたのではないのだろうが。朝香にとってはありふれた銘柄であってもお酒を知ってる人にとってはテンション上がってしまうような代物とまでは把握しておらず思わず首を捻てしまう。
「早くお礼の電話しなきゃ」
部屋の中に入るなり、朝香はスマホを取り出して義郎に電話をかけた。
『おお朝香か! この前は帰ってきてくれてありがとう』
21時前だというのに、義郎は2コールで電話に出てくれた。
(だいたいこの時間帯は酔っ払って眠りこけてるっていうのに……もしかして素面?)
「なんか突然お酒届いたんじゃけどどしたん?」
「無事にお酒が届いたかどうか気になってお酒飲まずに昔からの電話を待っていたのでは?」という予想を立てながら訊ねてみると
「先週帰ってきてくれちょった時に儂ばっかり酒呑んでしもうて亮輔くんに呑ましてやれんかったけぇ申し訳ないと思うての。儂のツテでちょうど手に入ったけぇたちまち送ったんじゃ。亮輔くんは喜んでくれちょったかいの?」
相変わらず山口と広島が混じった訛りで喋っていたが、完全な素面でもなかったようで言葉の端々にほろ酔いの舌足らずさやガハハ笑いが出ており、機嫌良く朝香に話してくれている。
「ええ酒じゃってめちゃくちゃ喜んどるよ」
「彼が喜んでいた」という事実をそのまま義郎に伝えると
「ほうねほうね♪ 美味い酒じゃけぇ2人で仲良く飲みんさい」
なんと義郎は短い言葉で返答し、「じゃあの」と言い終える前に電話が切れてしまった。
「ちょっ……いつもならもうちょっと言葉のキャッチボールするのに切れちゃったよ」
お酒が無事に届いた安心感からなのか、それとも早く電話を切ってベロンベロンになるまで呑み明かしたいからなのか……いつもとは違う父親の行動にビックリして目を見開いてしまう朝香。
「っていうか、私もあの瓶の中身呑むの? 日本酒なんて全く飲んだことないっていうのに……」
幼い頃から朝香は日本酒や焼酎を晩酌にしている父をずっと見てきた。
酩酊という言葉の習得だって比較的早かったと自負するくらいである。
一升瓶を抱き枕代わりにし、クマいびきをかいて眠りこけるなんてのはまだ良い方で、大抵は顔を赤くして昔の漫画のガキ大将みたいに大声で歌を歌い始めたり裕美や朝香にお酒臭い息をかけたりとなかなかに迷惑をかけてくる義郎の姿は正直好きになれない。
(あんな酔っ払いにはなりたくないって何度思った事か……)
20歳になって以来飲酒する機会が少ないというのもあるが、父のあの姿を日頃から見ていた朝香は以前より「絶対に日本酒だけは飲まない!」と心に決めていた。
(今までりょーくんや夕紀さんと飲んだのもチューハイや缶カクテルとスパークリングワインと……本当にそのくらいだし)
「はぁ……私もりょーくんも20歳になってはいるんだけどさぁ、娘が日本酒飲まないってとこまでは理解してないんだよねぇお父さんはっ!! 今回のことだって絶対お母さんに相談しないで送ったんだろうなぁ娘として恥ずかしいっていうかガッカリだよぉ)
受け手が好みではない高価なプレゼントを一方的に送り付けてくるだなんて、側から見たら嫌がらせとしか言いようがない。
「そもそも高価な日本酒送るくらいなら自分たちの為にお金使えばいいのにぃ。っていうかお父さんがそのまま呑めば良いじゃんっ!」
彼は嬉しそうにしていたけれど本当に日本酒が呑めるのかどうかまでは知らないし、そもそも20歳そこそこの若者2人が1.8リットルもの量を呑める訳がないのだ。
(もー!! お父さん何考えてんのよ!! 信じらんない!!)
ムカつきながらリビングに入ると、亮輔がいつものように朝香が作り置きした料理を温めてテーブルに並べている。
「りょーくんいつもご飯を温めてくれてありがとう」
朝香が声を掛けると彼はまだニコニコ顔でいて
「お父さんとの電話終わった?」
と明るく訊いてきた。
「うん。2人で仲良く飲みんさいって言われたよ」
先に座らせてもらい、亮輔の配膳を待つ。
「『飲みんさい』かぁ……良いよね西日本の訛りって。なんかあったかい感じがしてほっこりするよ」
食卓に料理が並び終わった筈なのに、彼はニコニコしながら何故か冷蔵庫の方へと向かう。
「あれ? ご飯は炊飯器の中だけど?」
(あと並べるのってごはん茶碗だけだよね?)
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「んっ? お刺身????」
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