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番外編
temptation3
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「この手紙大事にしておかなくちゃ。後で大事にしまっておくよ」
亮輔は手紙をダイニングテーブルの端に立て掛け、今度はキッチンからガラス製の徳利とお猪口を持ってきた。
「手紙にあった冷酒器ってこれ?」
朝香が酒器を指差すと
「そうだよ。徳利のこの窪みに氷を入れて冷やすものらしいよ」
彼はそう答えて一升瓶を開け、くぼみに氷を2~3個を詰めた徳利に移し替えた。
「そういえばりょーくんは日本酒詳しくなかったから天野さんのところまで走って相談に行ったんだよね? 鰯やタコのお刺身が合うって、どうやって導き出したの?」
義郎の手紙には『刺身』としか書かれていなかった。それなのに亮輔はわざわざこのお酒に合う魚を天野に相談しに行き魚屋の源にチョイスしてもらいに行っている。
(お刺身を買うだけなら駅前のスーパーで事足りるはずなのに……)
「そうだね、俺は日本酒飲んだ事ないし俊哉くんもジンとウィスキーしか飲まない人で周りに日本酒に詳しい人居ないんだよ。だったらいつもお世話になってる源さんや天野さんに訊いた方が早いし確実だと思ったんだ。
純米大吟醸は凄く良いお酒なんだろうなっていう薄い知識くらいはあるけど、せっかくお父さんがとっておきのお酒を俺達にプレゼントしてくれたんだから刺身選びに失敗したくはなかったんだよ」
お猪口に少しだけ注いでもらいながら聞く亮輔の言葉には本気度の高さが伺えた。
「なるほど」
「天野さんにこのお酒の銘柄を伝えたらすぐに店主のゆきじいさんを呼んでそれからすぐに源さんも来てくれてさ、中国地方の人が指す刺身はどれが適切かで会話が盛り上がる感じで。思ってたよりも迷惑掛けちゃって……」
「ゆきじいさん」とは『まきの酒店』店主 槇野雪次のことである。
「ゆきじいさん、全国のお酒に詳しい人だからきっと瀬戸内海側が良いのか日本海側が良いのかで迷ったんだろうね。山口県って一口に言っても日本海側と瀬戸内海側で好みが違ってくるから」
「そうなんだよ! お父さんはご実家が県北で焼き物の産地出身だけど今は広島との県境に住んでいるからすっごく迷ってた!『広島に近い地域で今の季節なら小鰯やタコが好みだと思う』って言ってたよ」
「確かに……お父さん、夏は小鰯のお刺身食べてたかも」
ふと朝香は、義郎が嬉しそうに小鰯のお刺身を食べている姿を思い浮かべる。
「やっぱり! ゆきじいさんの予想は当たっていたんだね! 新鮮な小鰯を使わなきゃいけなくて夕方以降の時間じゃ無理だったんだよ」
朝香の言葉に亮輔は片眉を下げて残念がった。
恐らく義郎は「小鰯の刺身を必ず用意しろ」と強いるつもりは無かったんだろう。それでも義郎の嗜好に合わせ敬意を示したかった亮輔の気持ちはとても有難いしこの話を父にしたらきっと涙を浮かべて喜ぶだろうと朝香は思う。
「お父さん、夏の鰯も好きだけどタコも大好きなんだよ」
なのでフォローする意味合いを込めて、「お父さんが小鰯と同じくらいタコも好物である」という事実を告げると
「ほんと??! じゃあタコを選んで正解だったんだね♪ 良かったぁ~」
亮輔は肩の力をヘニャッと抜きながら安堵の声を漏らしていて、こちらまでホッコリとした気分になる。
「ゆきじいさん達の知恵の集まりでこのタコのお刺身がこの場にあるんだね」
義郎の好みなんて、朝香にメッセージを送ってくれさえすれば一発に分かった筈なのだが、仕事中の朝香を邪魔したくないと亮輔は思ったのだろう。送り主の娘に簡単に訊いて解決するよりも、亮輔が商店街の大人を頼って問題解決に至った今日の出来事は彼の成長そのものとも言えた。
「ねぇあーちゃん、俺にも注いでくれる?」
亮輔はよりリラックスした声を出しながら、朝香に薄はりのガラス製お猪口を向けた。
「もちろんっ! りょーくんわざわざお刺身買ってきてくれてありがとう♡」
氷で少しだけ冷やされた徳利を両手で持ち、幼い頃から義郎にやってあげていたのを思い出しながら、彼が持つお猪口にお酌してあげた。
「縁が薄めでなんだか割れちゃいそう」
義郎が酒と同じく奮発してくれた冷酒器は、父がいつも呑む時に使うお猪口より繊細で上質なものだ。
徳利の先をカチンとお猪口にぶつけでもしたら簡単に割れてしまうのでは……という緊張が走る。
「縁が薄い分、お酒の口当たりはすっごく良いんじゃないかな? 期待が高まるよ♪」
お互いのお猪口にお酒がそれぞれ八分目まで注がれたところで、亮輔は口だけの「乾杯」を言うなりクイッと中身を飲んでみせた。
「わ!! なんかすごい!!」
一口飲んで彼は目を輝かせ、またクイっと飲んでお猪口を空にする。
「流石お父さんオススメなだけあるよ! あーちゃんも飲んでみなよ♪」
「えー? でも日本酒はなぁ……」
お猪口を手にしてはいたものの、朝香はまだ飲む気になれなかった。
「どうして? 日本酒嫌い?」
「嫌いっていうか……なんとなく飲みたくないっていうか」
亮輔は手紙をダイニングテーブルの端に立て掛け、今度はキッチンからガラス製の徳利とお猪口を持ってきた。
「手紙にあった冷酒器ってこれ?」
朝香が酒器を指差すと
「そうだよ。徳利のこの窪みに氷を入れて冷やすものらしいよ」
彼はそう答えて一升瓶を開け、くぼみに氷を2~3個を詰めた徳利に移し替えた。
「そういえばりょーくんは日本酒詳しくなかったから天野さんのところまで走って相談に行ったんだよね? 鰯やタコのお刺身が合うって、どうやって導き出したの?」
義郎の手紙には『刺身』としか書かれていなかった。それなのに亮輔はわざわざこのお酒に合う魚を天野に相談しに行き魚屋の源にチョイスしてもらいに行っている。
(お刺身を買うだけなら駅前のスーパーで事足りるはずなのに……)
「そうだね、俺は日本酒飲んだ事ないし俊哉くんもジンとウィスキーしか飲まない人で周りに日本酒に詳しい人居ないんだよ。だったらいつもお世話になってる源さんや天野さんに訊いた方が早いし確実だと思ったんだ。
純米大吟醸は凄く良いお酒なんだろうなっていう薄い知識くらいはあるけど、せっかくお父さんがとっておきのお酒を俺達にプレゼントしてくれたんだから刺身選びに失敗したくはなかったんだよ」
お猪口に少しだけ注いでもらいながら聞く亮輔の言葉には本気度の高さが伺えた。
「なるほど」
「天野さんにこのお酒の銘柄を伝えたらすぐに店主のゆきじいさんを呼んでそれからすぐに源さんも来てくれてさ、中国地方の人が指す刺身はどれが適切かで会話が盛り上がる感じで。思ってたよりも迷惑掛けちゃって……」
「ゆきじいさん」とは『まきの酒店』店主 槇野雪次のことである。
「ゆきじいさん、全国のお酒に詳しい人だからきっと瀬戸内海側が良いのか日本海側が良いのかで迷ったんだろうね。山口県って一口に言っても日本海側と瀬戸内海側で好みが違ってくるから」
「そうなんだよ! お父さんはご実家が県北で焼き物の産地出身だけど今は広島との県境に住んでいるからすっごく迷ってた!『広島に近い地域で今の季節なら小鰯やタコが好みだと思う』って言ってたよ」
「確かに……お父さん、夏は小鰯のお刺身食べてたかも」
ふと朝香は、義郎が嬉しそうに小鰯のお刺身を食べている姿を思い浮かべる。
「やっぱり! ゆきじいさんの予想は当たっていたんだね! 新鮮な小鰯を使わなきゃいけなくて夕方以降の時間じゃ無理だったんだよ」
朝香の言葉に亮輔は片眉を下げて残念がった。
恐らく義郎は「小鰯の刺身を必ず用意しろ」と強いるつもりは無かったんだろう。それでも義郎の嗜好に合わせ敬意を示したかった亮輔の気持ちはとても有難いしこの話を父にしたらきっと涙を浮かべて喜ぶだろうと朝香は思う。
「お父さん、夏の鰯も好きだけどタコも大好きなんだよ」
なのでフォローする意味合いを込めて、「お父さんが小鰯と同じくらいタコも好物である」という事実を告げると
「ほんと??! じゃあタコを選んで正解だったんだね♪ 良かったぁ~」
亮輔は肩の力をヘニャッと抜きながら安堵の声を漏らしていて、こちらまでホッコリとした気分になる。
「ゆきじいさん達の知恵の集まりでこのタコのお刺身がこの場にあるんだね」
義郎の好みなんて、朝香にメッセージを送ってくれさえすれば一発に分かった筈なのだが、仕事中の朝香を邪魔したくないと亮輔は思ったのだろう。送り主の娘に簡単に訊いて解決するよりも、亮輔が商店街の大人を頼って問題解決に至った今日の出来事は彼の成長そのものとも言えた。
「ねぇあーちゃん、俺にも注いでくれる?」
亮輔はよりリラックスした声を出しながら、朝香に薄はりのガラス製お猪口を向けた。
「もちろんっ! りょーくんわざわざお刺身買ってきてくれてありがとう♡」
氷で少しだけ冷やされた徳利を両手で持ち、幼い頃から義郎にやってあげていたのを思い出しながら、彼が持つお猪口にお酌してあげた。
「縁が薄めでなんだか割れちゃいそう」
義郎が酒と同じく奮発してくれた冷酒器は、父がいつも呑む時に使うお猪口より繊細で上質なものだ。
徳利の先をカチンとお猪口にぶつけでもしたら簡単に割れてしまうのでは……という緊張が走る。
「縁が薄い分、お酒の口当たりはすっごく良いんじゃないかな? 期待が高まるよ♪」
お互いのお猪口にお酒がそれぞれ八分目まで注がれたところで、亮輔は口だけの「乾杯」を言うなりクイッと中身を飲んでみせた。
「わ!! なんかすごい!!」
一口飲んで彼は目を輝かせ、またクイっと飲んでお猪口を空にする。
「流石お父さんオススメなだけあるよ! あーちゃんも飲んでみなよ♪」
「えー? でも日本酒はなぁ……」
お猪口を手にしてはいたものの、朝香はまだ飲む気になれなかった。
「どうして? 日本酒嫌い?」
「嫌いっていうか……なんとなく飲みたくないっていうか」
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