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本編
大学図書館の向日葵4
しおりを挟む「わぁ……素敵……」
夕陽の光が差し込む中庭読書スペースは、4月下旬の空気を更に暖め心地良い空間となっている。雨天荒天の日は使用禁止らしいが、都会とは思えない緑豊かな場所で空も広く眺められるし、ベンチの色も周囲の自然を邪魔しないカラーリングにされていて、建設デザイナーのこだわりを感じる。
「ここで本が読めるなんて夢みたい……こんなにガラガラなのは夕方だからかな? 学生さんは5限や6限まで受講あんまりしないんだろうな」
午後5時前後のカフェテリアがあんなに静かなのだから図書館中庭に人が居ないのは頷ける。
「ってことは毎日私が独り占め出来ちゃうって事のかなぁ♪ やったぁ~楽しみ増えてきたっ♪」
ワクワクが爆発した朝香は、誰も居ないのを良い事にその場をクルクルと回る。
「ふふふっ♪ き~もちい~♪」
幼い子どものようにはしゃいでいる朝香が、中庭の向こうに別の通路を見つけ……
「あっちには何があるのっかなぁ~?」
夕陽の光を全身に浴びてスキップしながら、2階通路先にあるらしい別のエリアへと突き進んでいくと……
「あ」
背の高い金髪の男性がその場で黄昏ているのを見つけた。
「えっ」
男性は驚いた表情をしながらこちらを振り向いたので、朝香も朝香で驚いてしまい
「……」
「……」
互いに口を少し開けたまま、静止する時間がしばし流れる。
(金髪パーマの髪が風でふわふわっと広がって……)
朝香はすぐに、「金髪パーマのこの男性はさっきコピールームで女性と言い合っていた人だ」と気付いていた。
あの時顔までは確認しなかったが、男性の方は上背が高く明るい髪色をしていたところまでは見えていたから。
しかし、たった今朝香が受けている男性の印象は「図書館で喧しくしていた上にキスしていた男」ではなく……
(綺麗な人…………向日葵みたい)
夏の太陽をひたすらに追い求め華々しく咲く向日葵だと、目の前の男性を喩えた。
「あ……の、もしかしてさっき」
そんな中、沈黙を破ったのは向日葵の方。
「!」
中低音ボイスで呼びかけられ、焦茶の瞳が自分を捉えている事に気付いた朝香は反射的に後退りをしてしまう。
「あ、逃げないで。っていうか、俺がヤジュウって知られてるから逃げたくなる気持ちも分かるけど」
(また、ヤジュウ……)
逃げたくなったのは正直、嘘じゃない。話し掛けられたり呼び止められたりするとは思ってもみなかったからだ。
もしかしたらさっきコピールームとゲート周辺とを繋ぐ通路をカサカサとカニ歩きする間抜けな姿を見られてしまっていたのかもしれない。
「……」
背中に汗を掻くほどに今は恥ずかしいし逃げたい。
「えっと……なんていうか……すみません、でした」
けれど、焦茶の瞳がなんとも寂しそうで、切なさも含んでいて
「……」
自然と、陽の光で艶めく金色の髪を目で追ってしまうし
「コピールーム使いたかっただろうに、邪魔してしまっていて」
学生でもなんでもない、ただの素朴で背の低い朝香に向かってペコリと丁寧に頭を下げて
「迷惑をかけて、すみません、でした」
コピールームから響き渡っていたあの声と同じ人物が申し訳なさそうに朝香に向かって謝っているのが何とも不思議で……目が離せなくて
「いえ…………いい、です。貴方が謝る必要なんて、ありませんから」
(ヤジュウって……やっぱりあの「野獣」……なんだよね?)
図書館で迷惑をかけてしまうような学生なんだろうけれど、「野獣」と呼ばれる程の人物でもないような気がしていた朝香は
「貴方は、悪いこと、何にもしてないと思います」
「えっ」
「貴方はあの時、間違ったこと言ってませんでしたから」
キラキラと輝く金色の髪に視線を向けながら自分の考えを述べる。
「……」
向日葵の男性は呆気にとられたような表情をしながら大きな頭をゆっくりと持ち上げ、金色の花びらのようなふわふわとした髪も焦茶色のアーモンドアイも素朴な朝香の方に向けたので
「あと、貴方は絶対に! 野獣じゃないと思います!!」
朝香がイメージする「野獣」と目の前の向日葵は全く違う。と、キッパリ言ってのけた。
「え?」
男性は目を見開き朝香を一層まじまじと見つめてくるので
「だって野獣って私のおと……」
……と、そこまで説明したところで父親の姿を想像し
(あ! やば!! これ絶対に余計な事喋ってるヤツだーーー!!!!!!)
今の自分の様子を父親と夕紀2人から叱られているところまで妄想を進めていると、全身が茹だるくらい熱くなっているのを感じたので
「さっ! さよなら!!!!!!」
脱兎のごとく、先程の道のりを駆けていきゲートを素早く通ってそこから一気に校門までダッシュで素通りする。
(あーーーやだやだやだやだ!! 私ったら恥ずかしいっ!!!!)
校門すぐの歩道も駆け抜けたところで立ち止まりハァハァと大きな呼吸をしながら、朝香は
「んもぉ~変な一日になっちゃったよぉ」
自分の行動そのものを後悔する。
(…………でも)
しかし、朝香の頭の中には、あのキラキラと輝く向日葵のような男性の姿や表情が媚びりついていて……
「いい人そうだったなぁ……」
あの向日葵みたいな男性に図書館でまた会えるだろうかと、そんな期待もほんのりと寄せてしまっていた。
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