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本編
珈琲オタクの意地1
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「えっ?! 月限定ブレンドを朝香ちゃんが作ってみたいですって?!!」
大学図書館の、あの出来事から数日後。
時刻は午後8時過ぎで、『雨上がり珈琲店』は営業時間を終え夕紀が1人で〆作業をしていた。
いつもならそんな時に朝香が居合わせたりしないのだが、勝手口の扉を開けわざわざ店主に会いに行ったのである。
「はい、『雨上がり珈琲店』は9種のシングルオリジンと雨上がりブレンドを定番メニューとしてますよね。雨上がりブレンドはお店を代表とするブレンドで配達もよく行われています! 大学への配達も丸一年が過ぎましたっ! ですからここで更なるブレンドを新しく作ってよりお店の良さを知ってもらえたらいいなって思いまして!!」
「……で、朝香ちゃんがその……『月限定ブレンドを1人で作るから任せてほしい』って言いたいわけね」
「はいっ! そうなんです!!」
自分の目の高さよりも20㎝高い夕紀をグッと見上げながら朝香は力説を続ける。
「使用する豆は勿論、この店の定番を組み合わせてブレンドして雨上がりブレンドとは違ったテイストに仕上げます。夏はアイスコーヒーにしやすいブレンド、秋は軽やかかつコクが深くなるようなブレンド、クリスマス時期はケーキに合う深みのあるブレンドっていう風に季節やイベントに合わせたコーヒーに仕上げていく予定です。慣れるまでは定番豆2~3種を組み合わせたブレンドにしますが、慣れてきたら焙煎度を変えた豆を使ってみたいなぁ……とか」
「…………なるほど」
やる気に満ちあふれた朝香の発言を夕紀はそこまで聞いて、一度だけ頷く。
(夕紀さん、いつものニコニコじゃなくて真剣な表情で聞いてくれてる……嬉しいけど採用してくれるか今の段階じゃ分からないから緊張するなぁ……)
夕紀は『雨上がり珈琲店』を開くにあたり、2年間朝香の実家『森のカフェ・むらかわ』へ住み込みで働き、珈琲豆の自家焙煎やカフェ経営のノウハウを朝香の両親から学んでいる。夕紀がこの地で珈琲店を営む事は夕紀の妹である皐月たっての願いであり、夕紀はその願いを叶え続ける為に生きているといっても過言ではなかった。
夕紀がこの店をどれほど大事にしているのを一番に理解しているのは、この店の従業員である自分だと自負している。だからこそこの店を共に盛り上げていきたい気持ちも強い。
(でもなぁ……一介のアルバイト従業員が店主に口を出していいのかっていうとそこはまた別問題になってしまうよねぇ)
『雨上がり珈琲店』が出来てもうすぐ3年半が経過したこの頃、商店街内の親しい者達に「ようやく経営が軌道に乗った」と安堵しながら話す夕紀の姿を見掛けている。
更なる力になりたい気持ちと、夕紀の仕事を邪魔したくない気持ち。朝香の脳内ではその両方がせめぎ合っているのだ。
「……まぁ、朝香ちゃんとは長い付き合いだからさ。新商品開発の提案をしてくるんだったらまさか試作品とかあったりするわけ?」
不安な気持ちのまま夕紀の唇を動きをジッと見つめていた朝香だったが、「試作品」のワードが出た瞬間にパァッと表情を明るくして
「ありますっ! こちらですっ!!」
「後学の為に少し持って帰ってもいいよ」と言われていた定番商品の一部を使ったブレンド豆30gが入った紙袋を夕紀に手渡した。
「ふむ……」
夕紀が紙袋を開けると中にはガラス製密閉容器が入っており、容器を傾けるとオイリーでツヤツヤとした焦茶の焙煎豆がザラザラと滑り動いていく。
「フレンチローストの豆がベースなの?」
「はいっ! 『雨上がりブレンド』はマイルドな口当たりなので、こちらはコーヒーをドリップして飲むのにまだ慣れていない若年層をターゲットにした飲み口にしてみました」
「ってことは、うちのフレンチローストの中でもマンデリンやキリマンジャロじゃなくて……」
「はいっ! 夕紀さんのおっしゃる通り甘みの強いコスタリカをベースに。ですが雨上がりブレンドに使うロブスタを多めに使うので下支えにマンデリンも使っています」
「あ、マンデリンも入れてるからここまでオイル出てるのね」
感心する夕紀の様子に、朝香の自信は段々と満ちていく。
「雨上がりブレンドと価格に差が出ないように頑張ってみました!」
美味しい味を追求するとコストが上がりすぎてしまう事がある。「この店の定番を使う」とは言ってみたが、定番商品のみを使うという意味ではない。
夕紀が焙煎する、雨上がりブレンドに使うロブスタ種の豆も使って価格が上がりすぎないよう工夫してみたのだ。
朝香の説明に夕紀はしばらく「うんうん」「なるほどね」と呟きながら頷き……
「じゃあ、今から試飲してみてもいい? っていっても、朝香ちゃんもそのつもりでクローズ後に来てくれたんだろうけど」
ニッコリと微笑み、カウンター席へ座るよう朝香を促す。
「ありがとうございますっ♪」
この時間帯なら、既に店内清掃が済んだ後だろう。そんな中また席を使用するのは少し気が引けたが
(後で私がまたカウンター席をピカピカに磨くっ!! それなら良いよねっ!)
掃除なんていくらでもすればいいし、そのくらいならバイト代が出るほどの時間はかからない。
(サービス残業でも何でもないもんっ! むしろ色々なんだってお手伝いしてやるんだからっ!)
新商品の提案だけでなく後片付けも。
これまで夕紀にしてやれなかった事が今日出来るのだと、朝香は嬉しくてたまらない。
(よしっ! これで今までのモヤモヤも払拭っ!!)
着席とほぼ同時に朝香のこぶしに力が入る。
「えっ?! 月限定ブレンドを朝香ちゃんが作ってみたいですって?!!」
大学図書館の、あの出来事から数日後。
時刻は午後8時過ぎで、『雨上がり珈琲店』は営業時間を終え夕紀が1人で〆作業をしていた。
いつもならそんな時に朝香が居合わせたりしないのだが、勝手口の扉を開けわざわざ店主に会いに行ったのである。
「はい、『雨上がり珈琲店』は9種のシングルオリジンと雨上がりブレンドを定番メニューとしてますよね。雨上がりブレンドはお店を代表とするブレンドで配達もよく行われています! 大学への配達も丸一年が過ぎましたっ! ですからここで更なるブレンドを新しく作ってよりお店の良さを知ってもらえたらいいなって思いまして!!」
「……で、朝香ちゃんがその……『月限定ブレンドを1人で作るから任せてほしい』って言いたいわけね」
「はいっ! そうなんです!!」
自分の目の高さよりも20㎝高い夕紀をグッと見上げながら朝香は力説を続ける。
「使用する豆は勿論、この店の定番を組み合わせてブレンドして雨上がりブレンドとは違ったテイストに仕上げます。夏はアイスコーヒーにしやすいブレンド、秋は軽やかかつコクが深くなるようなブレンド、クリスマス時期はケーキに合う深みのあるブレンドっていう風に季節やイベントに合わせたコーヒーに仕上げていく予定です。慣れるまでは定番豆2~3種を組み合わせたブレンドにしますが、慣れてきたら焙煎度を変えた豆を使ってみたいなぁ……とか」
「…………なるほど」
やる気に満ちあふれた朝香の発言を夕紀はそこまで聞いて、一度だけ頷く。
(夕紀さん、いつものニコニコじゃなくて真剣な表情で聞いてくれてる……嬉しいけど採用してくれるか今の段階じゃ分からないから緊張するなぁ……)
夕紀は『雨上がり珈琲店』を開くにあたり、2年間朝香の実家『森のカフェ・むらかわ』へ住み込みで働き、珈琲豆の自家焙煎やカフェ経営のノウハウを朝香の両親から学んでいる。夕紀がこの地で珈琲店を営む事は夕紀の妹である皐月たっての願いであり、夕紀はその願いを叶え続ける為に生きているといっても過言ではなかった。
夕紀がこの店をどれほど大事にしているのを一番に理解しているのは、この店の従業員である自分だと自負している。だからこそこの店を共に盛り上げていきたい気持ちも強い。
(でもなぁ……一介のアルバイト従業員が店主に口を出していいのかっていうとそこはまた別問題になってしまうよねぇ)
『雨上がり珈琲店』が出来てもうすぐ3年半が経過したこの頃、商店街内の親しい者達に「ようやく経営が軌道に乗った」と安堵しながら話す夕紀の姿を見掛けている。
更なる力になりたい気持ちと、夕紀の仕事を邪魔したくない気持ち。朝香の脳内ではその両方がせめぎ合っているのだ。
「……まぁ、朝香ちゃんとは長い付き合いだからさ。新商品開発の提案をしてくるんだったらまさか試作品とかあったりするわけ?」
不安な気持ちのまま夕紀の唇を動きをジッと見つめていた朝香だったが、「試作品」のワードが出た瞬間にパァッと表情を明るくして
「ありますっ! こちらですっ!!」
「後学の為に少し持って帰ってもいいよ」と言われていた定番商品の一部を使ったブレンド豆30gが入った紙袋を夕紀に手渡した。
「ふむ……」
夕紀が紙袋を開けると中にはガラス製密閉容器が入っており、容器を傾けるとオイリーでツヤツヤとした焦茶の焙煎豆がザラザラと滑り動いていく。
「フレンチローストの豆がベースなの?」
「はいっ! 『雨上がりブレンド』はマイルドな口当たりなので、こちらはコーヒーをドリップして飲むのにまだ慣れていない若年層をターゲットにした飲み口にしてみました」
「ってことは、うちのフレンチローストの中でもマンデリンやキリマンジャロじゃなくて……」
「はいっ! 夕紀さんのおっしゃる通り甘みの強いコスタリカをベースに。ですが雨上がりブレンドに使うロブスタを多めに使うので下支えにマンデリンも使っています」
「あ、マンデリンも入れてるからここまでオイル出てるのね」
感心する夕紀の様子に、朝香の自信は段々と満ちていく。
「雨上がりブレンドと価格に差が出ないように頑張ってみました!」
美味しい味を追求するとコストが上がりすぎてしまう事がある。「この店の定番を使う」とは言ってみたが、定番商品のみを使うという意味ではない。
夕紀が焙煎する、雨上がりブレンドに使うロブスタ種の豆も使って価格が上がりすぎないよう工夫してみたのだ。
朝香の説明に夕紀はしばらく「うんうん」「なるほどね」と呟きながら頷き……
「じゃあ、今から試飲してみてもいい? っていっても、朝香ちゃんもそのつもりでクローズ後に来てくれたんだろうけど」
ニッコリと微笑み、カウンター席へ座るよう朝香を促す。
「ありがとうございますっ♪」
この時間帯なら、既に店内清掃が済んだ後だろう。そんな中また席を使用するのは少し気が引けたが
(後で私がまたカウンター席をピカピカに磨くっ!! それなら良いよねっ!)
掃除なんていくらでもすればいいし、そのくらいならバイト代が出るほどの時間はかからない。
(サービス残業でも何でもないもんっ! むしろ色々なんだってお手伝いしてやるんだからっ!)
新商品の提案だけでなく後片付けも。
これまで夕紀にしてやれなかった事が今日出来るのだと、朝香は嬉しくてたまらない。
(よしっ! これで今までのモヤモヤも払拭っ!!)
着席とほぼ同時に朝香のこぶしに力が入る。
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