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本編
珈琲オタクの意地2
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「抽出は何を選んだら良いのかな? 朝香ちゃん」
『雨上がり珈琲店』ではペーパードリップ、ネルドリップ、サイフォンの3つから抽出方法を選ぶ事が出来る。
「ペーパードリップでお願いします!」
夕紀の問いに対し、朝香は迷わずそれを選び伝えた。
(英美学院大学のカフェテリアはペーパードリップ抽出だもん、ペーパーにしたら一番美味しく感じられるように豆を配分したし、絶対に大丈夫なはず……!)
「じゃあ、ペーパーで抽出を始めるわね」
夕紀は一度だけ頷きステンレス製ドリップポットへ湯を移すと
ゆっくり静かに、一呼吸して……
店主が丁寧にコーヒーを淹れていく。
(わぁ……いつ見ても美しい……)
朝香の実家は喫茶店であり、両親共にコーヒーが大好きだった。彼らの一人娘である朝香はいわば幼少期からプロの手業を目にしており、見様見真似でそれを身に付けてきたつもりだ。
夕紀は二年間、朝香の実家に居候しながら「修行」という名目で朝香の父母から様々な事を学び身に付けている。
見様見真似の19年間と、修行の2年間。
そのどちらが優れているかは、夕紀の真剣かつ誠実さにあふれた手仕事を見れば明らかであろう。
(やっぱり叶わないなぁ……私もまだまだ夕紀さんから学ぶこといっぱいあるよ……)
夕紀が修行に来ていた頃、朝香は両親に向かって「私もコーヒーの事をちゃんと学びたい」と言った事があった。だが母から首を左右に振られてしまい「親子同士だと絶対に上手くいかないから教えない」「学ぶなら夕紀ちゃんがお店を出した後にしなさい」と断られてしまったのだ。
(「それが珈琲オタクの意地だから」……かぁ)
当時母から言われた言葉を今一度思い返しながら、朝香は「そうかもしれない」と納得する。
それほど、夕紀の指先には迷いも知識の偏りもないのだ。いつだって冷静に物事を捉え欲目もなく贔屓する事もない。
コーヒーを美味しく淹れる為にはそのブレは極力無くした方がいい。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
サックスブルーのコーヒーカップとソーサーが朝香の目の前に運ばれ、コーヒーサーバーからは茶褐色の液体がほわりとした香りを醸しながら注がれていく。
「いただきます」
夕紀の整った呼吸によって抽出されたコーヒーはとってもスムースで
(私が試飲した時と全然違う……夕紀さんの方が断然美味しい)
改めてその差を見せつけられた。
「私もいただくわね」
いつのまにかカウンターにはもう一脚コーヒーカップが置かれ、朝香の分と同量のコーヒーが注がれていたので
(夕紀さんの手業にホレボレしてる場合じゃなかった! 今は私のブレンドを評価してもらう時間っ!!)
ハッとした顔のまま当初の目的を思い出し、夕紀が試飲する様子をジッと見つめる。
(どうかなぁ……採用してもらえるかなぁ。採用されて商品として出して良いってなったら真っ先に岩瀬さんのところへ持っていってみたいんだよね)
朝香が何故このタイミングで夕紀に月限定ブレンドを作りたいと言ってブレンド豆を用意してきたのか……それは大学図書館で出会った向日葵のような青年との出会いに起因する。
あの日の翌日、朝香はいつものように大学カフェテリアへ雨上がりブレンドの配達の為に訪れると、岩瀬が眉間に皺を寄せながら厨房の従業員とヒソヒソ話をしていた。
快活で性格もサッパリとしている岩瀬が噂話に花を咲かせるだなんて珍しいと感じ、空気を読んで後方へ下がっているとその様子が岩瀬の視界に入ってしまったようで微妙な空気が流れ、その話を聞かざるを得ない状況になった……というのも、その噂話には我が『雨上がり珈琲店』の取引に左右されてしまう内容も含まれていたのだ。
(まさかカフェテリアで出されている雨上がりブレンドがキッカケでキャンパスに騒動が起こっちゃったなんて……数日経った今でも大学側から夕紀さんのところへ連絡が行ったわけじゃないみたいだけど)
騒動が起きたのは4月23日の昼。
大学3年の英文学科にいる玄川絵梨という名の学生が野獣のニックネームを持つ男子学生と激しい言い争いをしたという。
カフェテリアには学生向けのメニューが豊富に取り揃えており、雨上がりブレンドはドリンクメニューの中の一商品という位置付けだ。一商品ではあるけれど、英美学院理事長の好み更には厨房担当岩瀬もこのコーヒーの大ファンである為メニュー表にはドリンクカテゴリーの一番上に記されている。この点は取引がスタートして1年以上誰も気に留めなかったのだが、この度巨大商社の社長ご子息の逆鱗に触れてしまったというのである。それを大声で指摘したのが玄川絵梨であり「私の彼氏のご家族がどう思われるかしら」と担当者である岩瀬に食ってかかり、彼女を制止しようとしたのが野獣の学生だというのだ。
話の流れでその野獣がご子息の方かと皆が思ったのだがどうやら別の男であるらしい。なんともややこしい話である。
(野獣があの向日葵さんで、あの時キスしてたのが彼女の絵梨さんって人なんだと思ってたけど、2人が交際してないとか……そこまで聞いちゃって頭がグチャグチャだよぅ)
『雨上がり珈琲店』ではペーパードリップ、ネルドリップ、サイフォンの3つから抽出方法を選ぶ事が出来る。
「ペーパードリップでお願いします!」
夕紀の問いに対し、朝香は迷わずそれを選び伝えた。
(英美学院大学のカフェテリアはペーパードリップ抽出だもん、ペーパーにしたら一番美味しく感じられるように豆を配分したし、絶対に大丈夫なはず……!)
「じゃあ、ペーパーで抽出を始めるわね」
夕紀は一度だけ頷きステンレス製ドリップポットへ湯を移すと
ゆっくり静かに、一呼吸して……
店主が丁寧にコーヒーを淹れていく。
(わぁ……いつ見ても美しい……)
朝香の実家は喫茶店であり、両親共にコーヒーが大好きだった。彼らの一人娘である朝香はいわば幼少期からプロの手業を目にしており、見様見真似でそれを身に付けてきたつもりだ。
夕紀は二年間、朝香の実家に居候しながら「修行」という名目で朝香の父母から様々な事を学び身に付けている。
見様見真似の19年間と、修行の2年間。
そのどちらが優れているかは、夕紀の真剣かつ誠実さにあふれた手仕事を見れば明らかであろう。
(やっぱり叶わないなぁ……私もまだまだ夕紀さんから学ぶこといっぱいあるよ……)
夕紀が修行に来ていた頃、朝香は両親に向かって「私もコーヒーの事をちゃんと学びたい」と言った事があった。だが母から首を左右に振られてしまい「親子同士だと絶対に上手くいかないから教えない」「学ぶなら夕紀ちゃんがお店を出した後にしなさい」と断られてしまったのだ。
(「それが珈琲オタクの意地だから」……かぁ)
当時母から言われた言葉を今一度思い返しながら、朝香は「そうかもしれない」と納得する。
それほど、夕紀の指先には迷いも知識の偏りもないのだ。いつだって冷静に物事を捉え欲目もなく贔屓する事もない。
コーヒーを美味しく淹れる為にはそのブレは極力無くした方がいい。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
サックスブルーのコーヒーカップとソーサーが朝香の目の前に運ばれ、コーヒーサーバーからは茶褐色の液体がほわりとした香りを醸しながら注がれていく。
「いただきます」
夕紀の整った呼吸によって抽出されたコーヒーはとってもスムースで
(私が試飲した時と全然違う……夕紀さんの方が断然美味しい)
改めてその差を見せつけられた。
「私もいただくわね」
いつのまにかカウンターにはもう一脚コーヒーカップが置かれ、朝香の分と同量のコーヒーが注がれていたので
(夕紀さんの手業にホレボレしてる場合じゃなかった! 今は私のブレンドを評価してもらう時間っ!!)
ハッとした顔のまま当初の目的を思い出し、夕紀が試飲する様子をジッと見つめる。
(どうかなぁ……採用してもらえるかなぁ。採用されて商品として出して良いってなったら真っ先に岩瀬さんのところへ持っていってみたいんだよね)
朝香が何故このタイミングで夕紀に月限定ブレンドを作りたいと言ってブレンド豆を用意してきたのか……それは大学図書館で出会った向日葵のような青年との出会いに起因する。
あの日の翌日、朝香はいつものように大学カフェテリアへ雨上がりブレンドの配達の為に訪れると、岩瀬が眉間に皺を寄せながら厨房の従業員とヒソヒソ話をしていた。
快活で性格もサッパリとしている岩瀬が噂話に花を咲かせるだなんて珍しいと感じ、空気を読んで後方へ下がっているとその様子が岩瀬の視界に入ってしまったようで微妙な空気が流れ、その話を聞かざるを得ない状況になった……というのも、その噂話には我が『雨上がり珈琲店』の取引に左右されてしまう内容も含まれていたのだ。
(まさかカフェテリアで出されている雨上がりブレンドがキッカケでキャンパスに騒動が起こっちゃったなんて……数日経った今でも大学側から夕紀さんのところへ連絡が行ったわけじゃないみたいだけど)
騒動が起きたのは4月23日の昼。
大学3年の英文学科にいる玄川絵梨という名の学生が野獣のニックネームを持つ男子学生と激しい言い争いをしたという。
カフェテリアには学生向けのメニューが豊富に取り揃えており、雨上がりブレンドはドリンクメニューの中の一商品という位置付けだ。一商品ではあるけれど、英美学院理事長の好み更には厨房担当岩瀬もこのコーヒーの大ファンである為メニュー表にはドリンクカテゴリーの一番上に記されている。この点は取引がスタートして1年以上誰も気に留めなかったのだが、この度巨大商社の社長ご子息の逆鱗に触れてしまったというのである。それを大声で指摘したのが玄川絵梨であり「私の彼氏のご家族がどう思われるかしら」と担当者である岩瀬に食ってかかり、彼女を制止しようとしたのが野獣の学生だというのだ。
話の流れでその野獣がご子息の方かと皆が思ったのだがどうやら別の男であるらしい。なんともややこしい話である。
(野獣があの向日葵さんで、あの時キスしてたのが彼女の絵梨さんって人なんだと思ってたけど、2人が交際してないとか……そこまで聞いちゃって頭がグチャグチャだよぅ)
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