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本編
珈琲オタクの意地3
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岩瀬は「野獣と呼ばれていた男子学生は背が高く髪は金色でふわふわとしたパーマがかかっていた」と言っていたので「野獣=向日葵さん」の認識に間違いはないようだ。
玄川絵梨がキンキンと大声を上げ「学生に人気でもなく何の変哲もないアレンジすら出来ないコーヒーなんてドリンクメニューの一番下に下げておけ」と主張していたところ、周囲の学生達が「野獣」と口々に呼ぶ金髪パーマでガラの悪そうな男子学生が玄川絵梨の肩を掴み「失礼な言動をするな」と彼女を叱り岩瀬に向かって深々と頭を下げて謝ってくれた。それだけでも厨房側は「食材や調味料の取引をしている巨大商社グループとは何の関係もない女学生の戯言だ」と溜飲を下げようとしたのだが、玄川絵梨は野獣を指差し「そんなに言うなら雨上がりブレンドとやらを飲んでみろ! 今まで『このコーヒーは飲もうと思わない』と嫌っていた癖に良い子ぶるな!!」と金切り声に近いような高い声で言い放ったというのだ。
岩瀬達は「この男子学生はコーヒーが苦手なのだろうか」と予想したそうだが玄川絵梨は続けて「この野獣は『とにかく雨上がりブレンドだけは飲みたくない』と言っていた」と皆の前で暴露したのだという。
事実はどうあれ、理事長お気に入りという理由でメニューに加わった雨上がりブレンドが「学生に不人気」だとか「飲みたくないと言う学生も居る」だとかいう話がキャンパス内に広がり、兎にも角にもカオスな状況になったので「ごめんね村川さん、雨上がりブレンドの注文量を減らさざるを得ない状況になる恐れがある。アレンジしてもブラックのままでも若者に好まれそうな商品にとって変わられたら配達そのものも無くなってしまうかもしれない」と岩瀬に言われてしまったのだった。
ここ数日は通常通りの配達依頼があったが今日の話では「理事長が焙煎豆をポケットマネーで買う話も出ているのでカフェテリアがある大学キャンパスではなく、学院本部のある高等学校の方へ配達先が変わる程度で済みそうだ」と配達そのものを立ち消えにしない措置を考えてくれているらしい。
(英美学院高等部って、大学とは反対方向にあるよね確か……。
せっかく大学図書館のカードを作ったのに行く機会が取れないんじゃ意味がないんだけど……)
『雨上がり珈琲店』の売り上げは変わらずとも、朝香個人にとっては大打撃だ。23日の時点で岩瀬から「同価格で若者に好まれやすいブレンドを提案してくれれば助かる」と言われていたが、毎月22日から24日は夕紀にとって何よりも大事な日で時に豆の焙煎には非常に気を遣っている。そんな時に新商品開発の話を持ち掛けたら夕紀の負担になってしまうだろうと朝香は予想したのだ。
(配達先が高校に変わって困るのは夕紀さんじゃなくて私っ! だから私がなんとかして打開策を見つけなくちゃ!!)
夕紀はゆっくりと時間をかけて一杯のコーヒーを飲み終える。
(私は珈琲オタクの娘。私にも珈琲オタクの意地ってものがあるし豆の知識はそれなりにあるし、何より夕紀さんが煎る豆の大ファンでもあるんだもん。絶対に良い商品作らなくちゃ!)
その様子を悶々としながら朝香は見つめ続けていると
「ちょっと朝香ちゃんっ! 私の事見過ぎよ、真剣なのは恥ずかしいなぁもうっ」
夕紀が苦笑しながらコーヒーカップをコトリと置き……
「うん、悪くはないと思う。ブレンドの配分って結構気を遣うもんなんだけど、流石朝香ちゃんって感じ」
このコーヒーを真っ先に褒めてくれた。
「あ、ありがとうございます!」
(良かった~♪ 好感触みたいで嬉しい)
それだけで朝香の表情はやわらかくなり安堵する。
「だけど……」
……が、夕紀の批評はまだ続いていたようで
「朝香ちゃんは、ブレンドの下支えにフレンチローストのマンデリンを加えたでしょ。それよりももっとうちの店らしさが出る豆の存在に気付かなかったのかな?」
と言いながら朝香の目をジッと見つめてくる。
「えっ……」
思わず朝香は息を詰まらせてしまった。
(『雨上がり珈琲店』らしさが出る豆なら勿論……)
実は朝香もそれが思いついてない訳ではなかった。
(だけどグアテマラは雨上がりブレンドに使われているし……)
遠野夕紀が看板を掲げている『雨上がり珈琲店』が最も大事にしているのが、グアテマラ産の珈琲豆である。
夕紀がこの地に4人家族で住んでいた頃、4人の心を和ませ温めたのは『森のカフェ・むらかわ』で焙煎されたコーヒーであった。夕紀が2年間『森のカフェ・むらかわ』にて修行していたのも、グアテマラ産コーヒーが非常に美味であった事、また妹の皐月も「お姉ちゃんと珈琲屋さんが出来たらいいのに」と願っていたからであった。
夕紀は普段からその豆を焙煎しているが、皐月の月命日である24日に店で限定量振る舞う為だけに『森のカフェ・むらから』焙煎担当より教わった「秘密の手間暇」をかけた特別な焙煎を22日の夜に行っている。
(新しいブレンドの話が出たのがちょうど特別焙煎のタイミングだったし……夕紀さんに迷惑をかけたくなかったから、つい……)
雨上がりブレンドに使用する豆はこの特別な方ではないが、今回新しいブレンドコーヒーを作るにあたって朝香はわざとその豆を避けてしまった部分がある。
(なんて言えばいいんだろう……)
朝香は戸惑い、それから俯く。
(本当はグアテマラを使った方が良いって、私も思ってた……しかも、いつものじゃなくて夕紀がすごく大切にしている焙煎の方が、もっと美味しくなるって……)
このブレンドを商品として出すとしたら夕紀の負担をかけたくなかった。
香りや味の調和が取れており、旨味を強く感じられる『森のカフェ・むらかわ』自慢のグアテマラコーヒー。それと同じく手間暇をかけた焙煎を毎回夕紀に課すのは忍びないと朝香はつい思ってしまったのだ。
玄川絵梨がキンキンと大声を上げ「学生に人気でもなく何の変哲もないアレンジすら出来ないコーヒーなんてドリンクメニューの一番下に下げておけ」と主張していたところ、周囲の学生達が「野獣」と口々に呼ぶ金髪パーマでガラの悪そうな男子学生が玄川絵梨の肩を掴み「失礼な言動をするな」と彼女を叱り岩瀬に向かって深々と頭を下げて謝ってくれた。それだけでも厨房側は「食材や調味料の取引をしている巨大商社グループとは何の関係もない女学生の戯言だ」と溜飲を下げようとしたのだが、玄川絵梨は野獣を指差し「そんなに言うなら雨上がりブレンドとやらを飲んでみろ! 今まで『このコーヒーは飲もうと思わない』と嫌っていた癖に良い子ぶるな!!」と金切り声に近いような高い声で言い放ったというのだ。
岩瀬達は「この男子学生はコーヒーが苦手なのだろうか」と予想したそうだが玄川絵梨は続けて「この野獣は『とにかく雨上がりブレンドだけは飲みたくない』と言っていた」と皆の前で暴露したのだという。
事実はどうあれ、理事長お気に入りという理由でメニューに加わった雨上がりブレンドが「学生に不人気」だとか「飲みたくないと言う学生も居る」だとかいう話がキャンパス内に広がり、兎にも角にもカオスな状況になったので「ごめんね村川さん、雨上がりブレンドの注文量を減らさざるを得ない状況になる恐れがある。アレンジしてもブラックのままでも若者に好まれそうな商品にとって変わられたら配達そのものも無くなってしまうかもしれない」と岩瀬に言われてしまったのだった。
ここ数日は通常通りの配達依頼があったが今日の話では「理事長が焙煎豆をポケットマネーで買う話も出ているのでカフェテリアがある大学キャンパスではなく、学院本部のある高等学校の方へ配達先が変わる程度で済みそうだ」と配達そのものを立ち消えにしない措置を考えてくれているらしい。
(英美学院高等部って、大学とは反対方向にあるよね確か……。
せっかく大学図書館のカードを作ったのに行く機会が取れないんじゃ意味がないんだけど……)
『雨上がり珈琲店』の売り上げは変わらずとも、朝香個人にとっては大打撃だ。23日の時点で岩瀬から「同価格で若者に好まれやすいブレンドを提案してくれれば助かる」と言われていたが、毎月22日から24日は夕紀にとって何よりも大事な日で時に豆の焙煎には非常に気を遣っている。そんな時に新商品開発の話を持ち掛けたら夕紀の負担になってしまうだろうと朝香は予想したのだ。
(配達先が高校に変わって困るのは夕紀さんじゃなくて私っ! だから私がなんとかして打開策を見つけなくちゃ!!)
夕紀はゆっくりと時間をかけて一杯のコーヒーを飲み終える。
(私は珈琲オタクの娘。私にも珈琲オタクの意地ってものがあるし豆の知識はそれなりにあるし、何より夕紀さんが煎る豆の大ファンでもあるんだもん。絶対に良い商品作らなくちゃ!)
その様子を悶々としながら朝香は見つめ続けていると
「ちょっと朝香ちゃんっ! 私の事見過ぎよ、真剣なのは恥ずかしいなぁもうっ」
夕紀が苦笑しながらコーヒーカップをコトリと置き……
「うん、悪くはないと思う。ブレンドの配分って結構気を遣うもんなんだけど、流石朝香ちゃんって感じ」
このコーヒーを真っ先に褒めてくれた。
「あ、ありがとうございます!」
(良かった~♪ 好感触みたいで嬉しい)
それだけで朝香の表情はやわらかくなり安堵する。
「だけど……」
……が、夕紀の批評はまだ続いていたようで
「朝香ちゃんは、ブレンドの下支えにフレンチローストのマンデリンを加えたでしょ。それよりももっとうちの店らしさが出る豆の存在に気付かなかったのかな?」
と言いながら朝香の目をジッと見つめてくる。
「えっ……」
思わず朝香は息を詰まらせてしまった。
(『雨上がり珈琲店』らしさが出る豆なら勿論……)
実は朝香もそれが思いついてない訳ではなかった。
(だけどグアテマラは雨上がりブレンドに使われているし……)
遠野夕紀が看板を掲げている『雨上がり珈琲店』が最も大事にしているのが、グアテマラ産の珈琲豆である。
夕紀がこの地に4人家族で住んでいた頃、4人の心を和ませ温めたのは『森のカフェ・むらかわ』で焙煎されたコーヒーであった。夕紀が2年間『森のカフェ・むらかわ』にて修行していたのも、グアテマラ産コーヒーが非常に美味であった事、また妹の皐月も「お姉ちゃんと珈琲屋さんが出来たらいいのに」と願っていたからであった。
夕紀は普段からその豆を焙煎しているが、皐月の月命日である24日に店で限定量振る舞う為だけに『森のカフェ・むらから』焙煎担当より教わった「秘密の手間暇」をかけた特別な焙煎を22日の夜に行っている。
(新しいブレンドの話が出たのがちょうど特別焙煎のタイミングだったし……夕紀さんに迷惑をかけたくなかったから、つい……)
雨上がりブレンドに使用する豆はこの特別な方ではないが、今回新しいブレンドコーヒーを作るにあたって朝香はわざとその豆を避けてしまった部分がある。
(なんて言えばいいんだろう……)
朝香は戸惑い、それから俯く。
(本当はグアテマラを使った方が良いって、私も思ってた……しかも、いつものじゃなくて夕紀がすごく大切にしている焙煎の方が、もっと美味しくなるって……)
このブレンドを商品として出すとしたら夕紀の負担をかけたくなかった。
香りや味の調和が取れており、旨味を強く感じられる『森のカフェ・むらかわ』自慢のグアテマラコーヒー。それと同じく手間暇をかけた焙煎を毎回夕紀に課すのは忍びないと朝香はつい思ってしまったのだ。
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