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本編
向日葵さんと野獣の噂3
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「俺はね、分かってるつもりだよ。あーちゃんの事が好きだから」
向日葵さんはニッコリと微笑んでおり、照明の光が当たって花のようだと朝香は思った。けれど、距離が近い。自惚れなくともそれは「キスする数秒前」と言っていいくらいだろう。
「わ、たしの……喜ぶ、こと」
朝香の唇から紡ぐ吐息を向日葵さんが吸い込む。
(恥ずかしい……)
触れ合う寸前のこの空間はとても異様でセクシュアルだ。
(絶対これ! キスされちゃうヤツ……!!)
この空気に耐えられず朝香が両瞼をギュッと閉じた……その直後
「うん♪ 食器洗い、でしょ?」
向日葵さんは朝香から急に距離をとって立ち上がり、大きく温かな手を朝香の頭に優しくポンポンまですると
「食べ終わった食器は綺麗に片付けないといけないからねっ♪ 包丁持てない俺でもその手伝いは出来るよ」
そこまで言って、今まで朝香が担当していた食器洗いを始めてしまった。
「っ……ぇ、もしかして向日葵さん、私を揶揄った?」
呆気に取られた朝香だったが、すぐに彼の悪戯心に気付き
「うん♪ あーちゃんがあまりにも可愛いからつい揶揄っちゃった♪」
「向日葵さんひどいっ! んもうぅっ!」
腹が立って頬を膨らませる。
(ドキドキしたのに! キスかと期待しちゃった私がバカみたいっ!!)
膨れっ面を彼に向けてみても、向日葵さんはキッチンで鼻歌をフンフンと歌いながら皿を泡だらけにしており朝香の顔を見ようとしない。
(向日葵さん……私のことが好き……なんだよね? それは嘘じゃないんだよね?)
イタズラ少年みたいな行動を取る向日葵さんに腹が立つが、内心いじらしくもある……彼に怒りの気持ちまで持てないのは、朝香も向日葵さんに好意を抱いており互いが「両思いである」と薄々感じ取っているからであった。
向日葵さんが「俺を向日葵さんと呼んでくれるなら、朝香さんをあーちゃんと呼びたい」と告げた日。朝香は向日葵さんから「好きです」とストレートな愛の告白を受けた。
朝香と共に食事を摂り健康的な体を取り戻した恩もあるが、それ以上に朝香の本質に惚れ始めたのだと。
(私も……向日葵さんの事が好きになってきてる。両思いの関係になってきてるって、お互い気付いてる)
けれど向日葵さんは朝香に「この告白に返事しないでほしい」と先に言ってきたのだ。向日葵さんは朝香に特別な好意を持ってはいるが、今は自分のその気持ちを大切にしたくて朝香からの答えはまだ要らないのだという。
(向日葵さんはとっても素敵な人だと思う。大学の皆さんが「アイツは野獣だから気をつけろ」「野獣とつるんで不安にならないのか」って言ってるけど、私は向日葵さんを野獣だなんて思えない)
朝香からの返事を必要としない大きな理由は向日葵さんの身にねっとりと付き纏う「野獣」の渾名とそれに纏わる酷い内容の噂が要因だ。
この数週間、朝香が大学図書館で本を選ぶ姿や向日葵さんと待ち合わせて一緒に電車で帰宅する姿を学生達に見られている。向日葵さんが側に居ない時間帯を狙って学生達が朝香の前にやってきては「アイツはやめた方がいい」「経験無さそうなお前は野獣を扱えないだろう」「アイツが入学してくるまで何やってたか知ってるのか?」と、さも自分達は向日葵さん自身を何でも知っているかのような口ぶりで朝香に話しかけてきていた。
確かに朝香は恋愛経験がほぼなく、「恋」も中学3年の3月に感じた「初恋」くらいしかない。誰かを本気で好きになった経験が無い故に学生らにそれらを言われたとしても反発出来るほどの器もない。朝香はずっとそのお節介に無言を貫き耐えてきている……向日葵さんに直接その事を訴えなくとも彼は全て察しているし、朝香が自分の所為で学生らの暇つぶし用オモチャにされている状況を申し訳ないと感じているようだ。
(でも向日葵さんは野獣の噂を否定しないし、私にも「嘘はない」「本当の話だから」って言ってる)
朝香の事が好きでもっと仲良くなりたいし、一緒に大学から帰宅して一緒に夕飯を食べ静かに勉強したりゆったりとした気持ちでコーヒーを飲む時間を大切にしたい。それは互いの望みでもあるが、彼は今ある関係性のもう一歩先……「朝香と恋人になりたい」「付き合いたい」とまでは考えられないのだそうだ。
(向日葵さんが野獣だから、私の返事を必要としないし付き合いたいと思わない。だけど仲良くなりたい……)
恋愛経験がほぼ無い朝香にとって、彼の言動には疑問が多い。
(リアルは恋愛小説みたいにいかないもんなんだなぁ)
彼を好いてるから朝香は一歩先へと進んでみたい……が、その好いた相手が「今のままで居たい」と欲するなら何も言えなくなってしまう。
(この関係って、側から見るとどう感じられるんだろう? 純粋な友達? それとも……)
皿や茶碗を水ですすぐ彼の姿を横目で見ながら、朝香は「玄川絵梨との関係はどのようなものだったのだろう?」と想像を巡らす。
玄川絵梨と直接対峙した事はないのだが、彼とキスをしていた女性と同一人物であるならば玄川絵梨は向日葵さんと恋人関係にあったのではないだろうか。がしかし、この仮説は間違いであるという証明が既になされていた。何故なら岩瀬の口から二度も「玄川絵梨の交際相手は向日葵さんではない」という話を聞いていたからだ。
一度目はカフェテリアでの騒動を伝え聞いた時で、本命彼氏は大手商社の社長子息だと大声で言い回り向日葵さんに「苦手なコーヒーをこの場で飲め」と攻撃していたという内容。
二度目は「はなぶさブレンド」が好調だと岩瀬から伝え聞いたついでに「玄川絵梨って女はあの日以来大学に来なくなり彼氏の家に入り浸っていると学生達が噂している」という内容だ。どちらも朝香に直接関係ない話であるし、知らなくてもいい情報なのだが、岩瀬も岩瀬で毎日向日葵さんと大学から帰宅する朝香の姿を目にしているので気を回して親切心で話してくれたのだ。
(付き合ってないのにキスした……? カフェテリアに一緒に居合わせて攻撃された……? 何が何だかもうわかんないよ)
向日葵さんはニッコリと微笑んでおり、照明の光が当たって花のようだと朝香は思った。けれど、距離が近い。自惚れなくともそれは「キスする数秒前」と言っていいくらいだろう。
「わ、たしの……喜ぶ、こと」
朝香の唇から紡ぐ吐息を向日葵さんが吸い込む。
(恥ずかしい……)
触れ合う寸前のこの空間はとても異様でセクシュアルだ。
(絶対これ! キスされちゃうヤツ……!!)
この空気に耐えられず朝香が両瞼をギュッと閉じた……その直後
「うん♪ 食器洗い、でしょ?」
向日葵さんは朝香から急に距離をとって立ち上がり、大きく温かな手を朝香の頭に優しくポンポンまですると
「食べ終わった食器は綺麗に片付けないといけないからねっ♪ 包丁持てない俺でもその手伝いは出来るよ」
そこまで言って、今まで朝香が担当していた食器洗いを始めてしまった。
「っ……ぇ、もしかして向日葵さん、私を揶揄った?」
呆気に取られた朝香だったが、すぐに彼の悪戯心に気付き
「うん♪ あーちゃんがあまりにも可愛いからつい揶揄っちゃった♪」
「向日葵さんひどいっ! んもうぅっ!」
腹が立って頬を膨らませる。
(ドキドキしたのに! キスかと期待しちゃった私がバカみたいっ!!)
膨れっ面を彼に向けてみても、向日葵さんはキッチンで鼻歌をフンフンと歌いながら皿を泡だらけにしており朝香の顔を見ようとしない。
(向日葵さん……私のことが好き……なんだよね? それは嘘じゃないんだよね?)
イタズラ少年みたいな行動を取る向日葵さんに腹が立つが、内心いじらしくもある……彼に怒りの気持ちまで持てないのは、朝香も向日葵さんに好意を抱いており互いが「両思いである」と薄々感じ取っているからであった。
向日葵さんが「俺を向日葵さんと呼んでくれるなら、朝香さんをあーちゃんと呼びたい」と告げた日。朝香は向日葵さんから「好きです」とストレートな愛の告白を受けた。
朝香と共に食事を摂り健康的な体を取り戻した恩もあるが、それ以上に朝香の本質に惚れ始めたのだと。
(私も……向日葵さんの事が好きになってきてる。両思いの関係になってきてるって、お互い気付いてる)
けれど向日葵さんは朝香に「この告白に返事しないでほしい」と先に言ってきたのだ。向日葵さんは朝香に特別な好意を持ってはいるが、今は自分のその気持ちを大切にしたくて朝香からの答えはまだ要らないのだという。
(向日葵さんはとっても素敵な人だと思う。大学の皆さんが「アイツは野獣だから気をつけろ」「野獣とつるんで不安にならないのか」って言ってるけど、私は向日葵さんを野獣だなんて思えない)
朝香からの返事を必要としない大きな理由は向日葵さんの身にねっとりと付き纏う「野獣」の渾名とそれに纏わる酷い内容の噂が要因だ。
この数週間、朝香が大学図書館で本を選ぶ姿や向日葵さんと待ち合わせて一緒に電車で帰宅する姿を学生達に見られている。向日葵さんが側に居ない時間帯を狙って学生達が朝香の前にやってきては「アイツはやめた方がいい」「経験無さそうなお前は野獣を扱えないだろう」「アイツが入学してくるまで何やってたか知ってるのか?」と、さも自分達は向日葵さん自身を何でも知っているかのような口ぶりで朝香に話しかけてきていた。
確かに朝香は恋愛経験がほぼなく、「恋」も中学3年の3月に感じた「初恋」くらいしかない。誰かを本気で好きになった経験が無い故に学生らにそれらを言われたとしても反発出来るほどの器もない。朝香はずっとそのお節介に無言を貫き耐えてきている……向日葵さんに直接その事を訴えなくとも彼は全て察しているし、朝香が自分の所為で学生らの暇つぶし用オモチャにされている状況を申し訳ないと感じているようだ。
(でも向日葵さんは野獣の噂を否定しないし、私にも「嘘はない」「本当の話だから」って言ってる)
朝香の事が好きでもっと仲良くなりたいし、一緒に大学から帰宅して一緒に夕飯を食べ静かに勉強したりゆったりとした気持ちでコーヒーを飲む時間を大切にしたい。それは互いの望みでもあるが、彼は今ある関係性のもう一歩先……「朝香と恋人になりたい」「付き合いたい」とまでは考えられないのだそうだ。
(向日葵さんが野獣だから、私の返事を必要としないし付き合いたいと思わない。だけど仲良くなりたい……)
恋愛経験がほぼ無い朝香にとって、彼の言動には疑問が多い。
(リアルは恋愛小説みたいにいかないもんなんだなぁ)
彼を好いてるから朝香は一歩先へと進んでみたい……が、その好いた相手が「今のままで居たい」と欲するなら何も言えなくなってしまう。
(この関係って、側から見るとどう感じられるんだろう? 純粋な友達? それとも……)
皿や茶碗を水ですすぐ彼の姿を横目で見ながら、朝香は「玄川絵梨との関係はどのようなものだったのだろう?」と想像を巡らす。
玄川絵梨と直接対峙した事はないのだが、彼とキスをしていた女性と同一人物であるならば玄川絵梨は向日葵さんと恋人関係にあったのではないだろうか。がしかし、この仮説は間違いであるという証明が既になされていた。何故なら岩瀬の口から二度も「玄川絵梨の交際相手は向日葵さんではない」という話を聞いていたからだ。
一度目はカフェテリアでの騒動を伝え聞いた時で、本命彼氏は大手商社の社長子息だと大声で言い回り向日葵さんに「苦手なコーヒーをこの場で飲め」と攻撃していたという内容。
二度目は「はなぶさブレンド」が好調だと岩瀬から伝え聞いたついでに「玄川絵梨って女はあの日以来大学に来なくなり彼氏の家に入り浸っていると学生達が噂している」という内容だ。どちらも朝香に直接関係ない話であるし、知らなくてもいい情報なのだが、岩瀬も岩瀬で毎日向日葵さんと大学から帰宅する朝香の姿を目にしているので気を回して親切心で話してくれたのだ。
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