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本編
初恋の痛み1
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着替えてすぐ、朝香はコーヒーを淹れ向日葵さんの分だけアイスコーヒーにして差し出す。
「ありがとう俺だけ冷たいのにしてくれて」
「今日のコーヒーはキリマンジャロでね、ホットでもアイスでも美味しい豆だから」
「あーちゃんの心遣いが嬉しい♡」
「うん♡」
外の雨は次第に強まり、気温が下がってると朝香は感じているが同時にムシムシとした感覚もある。向日葵さんは男性で暑がりだろうなと感じていたので、彼だけ急冷したものをサーブして良かったと思う。
鼻でも口内でもコーヒーの風味を感じたかったのだろうか、向日葵さんはグラスに顔を近付けてゆっくりと深呼吸してからゆっくりと嚥下した。
向日葵さんは出会った当初、専門店のコーヒーを飲む機会が少ないようであった。だが今では朝香がサーブの度に告げる豆の銘柄も興味深そうに聞いてくれる。毎夕食事して一緒にコーヒーを飲むようになった事で愉しんでくれているような気がする。
「あーちゃんのコーヒーってさ、魔法みたいだよね」
本題を話す前に、向日葵さんはそう言って微笑みかけてきた。
「魔法?」
朝香の聞き返しに、彼は深く頷き
「あーちゃんが淹れてくれたコーヒー飲むとね、心が落ち着くんだ。さっきまでは『俺の過去を、どこから話せばいいんだろう』って悩んでいたんだけど今は頭の中がスッキリしてきちんと説明出来そうなんだよ」
ニッコリと微笑みながらそこまで言い……それから
フッと目線を下に向け、睫毛も伏せて……
「セックス出来ないのはね、初恋の相手に騙されたからなんだ」
と、簡潔に話す。
「えっ?!」
朝香は目を見開いたのだが
「結論を言うとね、そういう理由」
と向日葵さんは話を締めくくろうとする。
「ぇ……そういう、りゆー……って?」
(えっ……? ちょっと待って??!! 頭の中がスッキリしたって向日葵さん言うけど、いくらなんでも端折り過ぎじゃないかな???)
詳細を聞きたいが内容があまりにも衝撃的だったのもあり、朝香はどうすれば良いか分からなくなって口をパクパクと開閉することしか出来なくなっている。
向日葵さんもその反応を見て「あまりにも」と反省したらしく
「ガキの頃に歳上の女性が好きになって。当時はその人の事を本気になって恋してるつもりだったんだ」
「……うん」
もう少し詳しく話してくれるらしい。
「本気で好きになって、本気でその人を手に入れたくなって……奪いたくなった。その人の心も、体も」
「…………」
が、朝香にとってその内容は難しく
「それで、その人と体を触れるってタイミングがやってきて…………それが叶えられるかなって、そう思ってたんだ」
「…………」
朝香はそのまま……
「童貞卒業出来たって……思ってたんだけど。イク寸前で、目を開けたら……そうじゃなくて……オモチャでされてるんだって、知って」
「…………」
「結局は、未遂に終わったんだ」
「…………」
その衝撃的な話をジッと聞く事しか出来なかった。
(それが、「騙された」の詳細?)
「ごめんね、あーちゃん。変な話しちゃって」
向日葵さんは朝香の手を取り、申し訳なさそうに眉を下げる。
「ううん……向日葵さんも、話しにくい内容だったと思うし」
「んーでも、あーちゃんには良くない話だったかも。セックス騙された、なんて後味悪い話なわけだし」
「後味悪いだなんて、そんな……」
反射的に朝香は彼の言葉を一部だけ繰り返し首を左右に振ってみせたが、それ以上の言葉が自発的に出てこない。
(向日葵さんの話を真剣に聞くつもりでいたからきちんと受け止めたいんだけど……私が未熟過ぎて受け止めきれない)
向日葵さんが言いにくそうにするのは分かるし、どう説明すればいいのか悩んだという気持ちも分かる。朝香はそもそも向日葵さんが初めての彼氏であって男性の肉体を知らないどころか何の経験も持っていない。そんな女の子に「セックス騙された」などと話すのは常識の範囲外と捉える人が大多数なのではないだろうか。だからこの場合無言になってしまう朝香に罪はないし気に病む必要もないはずだ。
「その時の……セックスだと思ってた行為がね、すごく冷たかったんだ。だから、また別の女性と知り合ってホテル行くってなった時に……それがどうしても記憶から抜けなくて、所謂トラウマになってて。それで気持ち悪くなって吐いてしまうんだ」
「…………」
でも、彼の話は朝香にとって非常識な話には思えなかったし無責任な態度でスルーして良いとも思えなかった。
「ここ1年くらい、ネットで相手を探して出来るように頑張ろうって努力してみたんだけど、どうも無理みたいで。絵梨の時もやっぱり出来なくて……気付いたら唇のキスもまともに出来てなくて唇と唇が触れるだけで吐きそうになる事も分かって」
「…………」
(オモチャで騙されたとか……頭が追いつかないけど)
セックスの用語くらいなら小説で読んできたし行為の雰囲気もなんとなくだが掴む事が出来る……しかし、オモチャとなると想像の範疇を超えてしまう。
(でも……大好きな人と身体を繋げられてるって思っていたのに実は違うって知ってしまったらショックだよね)
未経験の朝香が聞くには刺激が強すぎるが、朝香には朝香なりにその内容をしっかり受け止めているつもりでいるし、彼が今抱えているであろう心の痛みに寄り添いたいと考えている。
着替えてすぐ、朝香はコーヒーを淹れ向日葵さんの分だけアイスコーヒーにして差し出す。
「ありがとう俺だけ冷たいのにしてくれて」
「今日のコーヒーはキリマンジャロでね、ホットでもアイスでも美味しい豆だから」
「あーちゃんの心遣いが嬉しい♡」
「うん♡」
外の雨は次第に強まり、気温が下がってると朝香は感じているが同時にムシムシとした感覚もある。向日葵さんは男性で暑がりだろうなと感じていたので、彼だけ急冷したものをサーブして良かったと思う。
鼻でも口内でもコーヒーの風味を感じたかったのだろうか、向日葵さんはグラスに顔を近付けてゆっくりと深呼吸してからゆっくりと嚥下した。
向日葵さんは出会った当初、専門店のコーヒーを飲む機会が少ないようであった。だが今では朝香がサーブの度に告げる豆の銘柄も興味深そうに聞いてくれる。毎夕食事して一緒にコーヒーを飲むようになった事で愉しんでくれているような気がする。
「あーちゃんのコーヒーってさ、魔法みたいだよね」
本題を話す前に、向日葵さんはそう言って微笑みかけてきた。
「魔法?」
朝香の聞き返しに、彼は深く頷き
「あーちゃんが淹れてくれたコーヒー飲むとね、心が落ち着くんだ。さっきまでは『俺の過去を、どこから話せばいいんだろう』って悩んでいたんだけど今は頭の中がスッキリしてきちんと説明出来そうなんだよ」
ニッコリと微笑みながらそこまで言い……それから
フッと目線を下に向け、睫毛も伏せて……
「セックス出来ないのはね、初恋の相手に騙されたからなんだ」
と、簡潔に話す。
「えっ?!」
朝香は目を見開いたのだが
「結論を言うとね、そういう理由」
と向日葵さんは話を締めくくろうとする。
「ぇ……そういう、りゆー……って?」
(えっ……? ちょっと待って??!! 頭の中がスッキリしたって向日葵さん言うけど、いくらなんでも端折り過ぎじゃないかな???)
詳細を聞きたいが内容があまりにも衝撃的だったのもあり、朝香はどうすれば良いか分からなくなって口をパクパクと開閉することしか出来なくなっている。
向日葵さんもその反応を見て「あまりにも」と反省したらしく
「ガキの頃に歳上の女性が好きになって。当時はその人の事を本気になって恋してるつもりだったんだ」
「……うん」
もう少し詳しく話してくれるらしい。
「本気で好きになって、本気でその人を手に入れたくなって……奪いたくなった。その人の心も、体も」
「…………」
が、朝香にとってその内容は難しく
「それで、その人と体を触れるってタイミングがやってきて…………それが叶えられるかなって、そう思ってたんだ」
「…………」
朝香はそのまま……
「童貞卒業出来たって……思ってたんだけど。イク寸前で、目を開けたら……そうじゃなくて……オモチャでされてるんだって、知って」
「…………」
「結局は、未遂に終わったんだ」
「…………」
その衝撃的な話をジッと聞く事しか出来なかった。
(それが、「騙された」の詳細?)
「ごめんね、あーちゃん。変な話しちゃって」
向日葵さんは朝香の手を取り、申し訳なさそうに眉を下げる。
「ううん……向日葵さんも、話しにくい内容だったと思うし」
「んーでも、あーちゃんには良くない話だったかも。セックス騙された、なんて後味悪い話なわけだし」
「後味悪いだなんて、そんな……」
反射的に朝香は彼の言葉を一部だけ繰り返し首を左右に振ってみせたが、それ以上の言葉が自発的に出てこない。
(向日葵さんの話を真剣に聞くつもりでいたからきちんと受け止めたいんだけど……私が未熟過ぎて受け止めきれない)
向日葵さんが言いにくそうにするのは分かるし、どう説明すればいいのか悩んだという気持ちも分かる。朝香はそもそも向日葵さんが初めての彼氏であって男性の肉体を知らないどころか何の経験も持っていない。そんな女の子に「セックス騙された」などと話すのは常識の範囲外と捉える人が大多数なのではないだろうか。だからこの場合無言になってしまう朝香に罪はないし気に病む必要もないはずだ。
「その時の……セックスだと思ってた行為がね、すごく冷たかったんだ。だから、また別の女性と知り合ってホテル行くってなった時に……それがどうしても記憶から抜けなくて、所謂トラウマになってて。それで気持ち悪くなって吐いてしまうんだ」
「…………」
でも、彼の話は朝香にとって非常識な話には思えなかったし無責任な態度でスルーして良いとも思えなかった。
「ここ1年くらい、ネットで相手を探して出来るように頑張ろうって努力してみたんだけど、どうも無理みたいで。絵梨の時もやっぱり出来なくて……気付いたら唇のキスもまともに出来てなくて唇と唇が触れるだけで吐きそうになる事も分かって」
「…………」
(オモチャで騙されたとか……頭が追いつかないけど)
セックスの用語くらいなら小説で読んできたし行為の雰囲気もなんとなくだが掴む事が出来る……しかし、オモチャとなると想像の範疇を超えてしまう。
(でも……大好きな人と身体を繋げられてるって思っていたのに実は違うって知ってしまったらショックだよね)
未経験の朝香が聞くには刺激が強すぎるが、朝香には朝香なりにその内容をしっかり受け止めているつもりでいるし、彼が今抱えているであろう心の痛みに寄り添いたいと考えている。
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