【本編完結&番外編更新中】この雨が上がったら一緒にコーヒーを飲みませんか?

silverchaff

文字の大きさ
47 / 197
本編

五月雨とカサブランカ1



 6月22日。
 梅雨は中頃に入り、線状降水帯の文字がネットニューストップ記事に上がるようになってきた。

(今日も雨宿りに来られるお客様が多かったなぁ)

 雨の降り方に波があり、急な雷雨もやってくるこの時期のカフェは小一時間の滞在に向いている。
 夏季限定のコールドブリューコーヒーもよく売れたし、キッズサイズのミルクやジュースの売れ行きも良かった。子ども連れのお客様が去年よりも多いので絵本を買い足してみようか……と、たった今夕紀と話し合っていたところである。

「じゃあ、これから英美学院さんの配達に行ってきますね」

 朝香はそう言って焙煎室に入っていく夕紀に声を掛ける。

「うん、この時期は高校さんの方にも行ってもらって苦労かけるけどよろしくね」
「はい、こんな天気じゃ理事長さんも大学まで行けませんもんね」

 今までなら大学カフェテリアだけ配達しに行けば良かったのだが、そもそも当店のコーヒーを欲しているのは学院の理事長で普段は高等部の建物で勤務をしている。理事長は通常勤務後にカフェへ行く感覚で大学を毎夕訪れ見回りのついでに雨上がりブレンドを飲んで帰宅するのだそうだが、流石にこの時季はそんな気も失せリモートで様子確認だけして済ませてしまいたいようだ。

(まぁ、大学では雨上がりブレンドよりもはなぶさブレンドの方が人気で配達量も違うし。高等部へ週一で配達した方が理事長さんにとっては確実だもんなぁ)

 しかも夏場に入ったので軽やかな口当たりのホットコーヒーは学生の好みから外れてしまう。理事長が確実に雨上がりブレンドを手に入れるには高等部と大学二ヶ所を周ってあげた方が親切なのだ。

「じゃあ、また明日ね朝香ちゃん」
「はい、また明日お願いします」

 いつものように「また明日」を告げる夕紀は、今からグアテマラアンティグアの豆選定作業に移る。まだ営業時間故に焙煎まで時間はかけられないのだが、毎月24日に出すグアテマラを提供する為に接客を挟みながら焙煎の前段階作業を夕紀たった1人で行うのだ。

(22日の焙煎は夕紀さんが最も神経使うもんね……はなぶさブレンドに使う案も出たけどそうならなくて本当に良かったかも)

 朝香は軽い溜め息をつきながら勝手口の扉を開け、傘を差して店を離れると

「あっ、朝香ちゃん! 遠野は焙煎室?」

 商店街アーケードからバタバタと駆け寄ってくる健人と出会った。

「はい、今から豆のピッキングをするので」

 朝香が夕紀の様子をそのまま健人に伝えると

「そっかそっか! なら今渡すのがベストタイミングだなっ。じゃあね朝香ちゃん」

 そう言って『雨上がり珈琲店』へと走っていく。
 そんな健人の腕を見れば毎月恒例の小菊を抱えており……

(あ、そうだ。後で夕紀さんに今年もお墓参りへ行くってメッセージ送っておこう)

 今回のお参りは自分も一緒に行きたいと夕紀に告げなければと思った。

(皐月さんの名前、五月の旧称だけど五月雨さみだれって梅雨の意味なんだよね)

 五月雨は「の雨」と勘違いしやすいのだが、この梅雨時期を指す。なので朝香は敬意を表する意味で6月24日の月命日参りには必ず夕紀と共に参ろうと決めているのだ。

(そういえば、あのカサブランカって毎月お供えされてるんだよね。本当に誰が皐月さんのお墓参りをしてくれているんだろう……)

 遠野皐月の家族は姉の夕紀と実の父親。父親に至っては姉妹が幼い頃に失踪していて行方知らず。もしかしたら皐月が亡くなった事実すら知らない可能性もある。

(皐月さんのお友達かな? うーん……)

 不思議なことに、月命日の早朝夕紀が墓参りに訪れると、花立に必ずカサブランカが一対生けられているのだ。年に数回ほど夕紀と参る朝香もその白くて大きな百合の花を何度も目にしている。

(明後日も絶対に生けられているんだろうなぁ)







 配達を終え、いつもより遅い時間に図書館で向日葵さんと待ち合わせる。

「ごめんね向日葵さん! 遅くなって!」

 カフェテリアから駆け足で図書館まで向かうと、入り口前で向日葵さんが立って待っていた。

「ううん、確か今日は高等部にも寄ってたんでしょ。雨の中あーちゃんお疲れ様」
「もうね、足元びしょびしょだよ」

 大雨の中電車利用のみで配達するとなると靴にも水が入ってくる。

「そっかぁそうだよね。じゃあ急いで帰らなくちゃ」

 歩くと不快に感じてしまうが、向日葵さんの優しい笑みや背中撫でを得られると報われた気持ちになる。

「ありがとう、優しい気持ちが身に沁みるよ」

 彼の優しい態度に朝香もにこやかな表情になったのだが

「じゃあ、頑張ったあーちゃんに帰ったらご褒美あげるね」
「えっ?! ご褒美ってなぁに?」

 彼からの思いがけない「ご褒美」に朝香は目を丸くする。

「実はね、テレビで紹介されてたジェラート屋さんのカップアイスを授業前に買いに行ったんだよ」
「ジェラート!! もしかして並んだの?」
「いや~この雨だからそこまで並ばずに済んだんだよ。本当にラッキーだった」

 この鬱陶しい天候の最中、有名店へわざわざ出向いてくれたのは凄く嬉しかったが

(ん? 確かジェラート屋さんって向日葵さんと一緒に見たテレビの情報番組だよね??)

 向日葵さんの部屋にはテレビが置かれておらず、彼が観るとしたら朝香の部屋で過ごす時しか機会がない。となると、その「ジェラート屋さん」とやらは朝香も一緒に観た番組で紹介していた店となるのだが……

(確かあのお店ってここから相当距離が離れてて、電車だと交通が不便だったような……バスの停留所は近くにあるだろうけど)

 朝香の記憶が確かならその店は自然豊かな高台にあり、皐月が眠る霊園の近くでもある。

(この大雨の中、バイクでわざわざ買いに行ってくれたのかな? 私を喜ばせる為に?)

 向日葵さんなら大好きな彼女を喜ばせようと努力を惜しまないだろうが……少々の疑問が残る。
感想 0

あなたにおすすめの小説

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。