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本編
夏の向日葵1
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試験を終えた向日葵さんはこれから夏休み期間に入る。
大学生活を経験しない朝香にとってそれは羨ましい2ヶ月であると共に『雨上がり珈琲店』にとっては商機の期間でもあった。
この地域は都内のベッドタウンであり昔から私立大学や私立高校が点在している。英美学院高等部や英美学院大学こそ電車で2~30分ほどかかる距離にあるが、この近くには学舎は幾つも存在しここから一番近い大学は自転車で通えてしまうほど。
昔から戸建ての民家よりも庶民的なアパートが多く建っており、7~8年前から少しずつであるが学生でも住みやすいワンルームマンションへ様変わりしていっている。この商店街はテレビ等で紹介されるほどの人気はなくても「庶民的」「学生にやさしい」を売りにしていて地方から引っ越してくる若い世代を受け入れる店主が多いのだ。
朝香は去年より『雨上がり珈琲店』で勤務しているが、普段はキャンパスライフを楽しむ学生達が8月から9月が終わる頃までアルバイトで金銭を得つつ日中からのんびりと生活する……これは店にとって大きな繁忙期であると実感している。
「去年も話したと思うけど、うちは巷にあるシアトル系カフェとは違うからクリームをたっぷり使ったメニューは想定していないの。だけど今は『映え』の時代でしょ? 映えの波に乗りすぎて本来のコンセプトから外れてしまうのは本末転倒ではあるんだけど、あくまで『コーヒーを楽しむ要素として若年層のお客様が増えるからこその夏季限定』っていう目的でこのところお客様にはアナウンスしているの。だから逆に気を抜いて朝香ちゃんも楽しんでね。失敗を恐れなくていいからね! 去年みたいにガチガチに緊張しなくていいんだから。忙しいけど適度に力を抜いて楽しんでいきましょうね」
朝香は8月から約2ヶ月の期間限定で始めるアレンジメニューについて夕紀から指導を受けていた。
「はいっ!」
夕紀の話にある通り、『雨上がり珈琲店』開店当初は夕紀1人だけだったので本格的なアレンジメニューの導入は想定していなかったのだそうだ。けれど夏季は商店街に若者がこぞって買い物に来る。喫茶店は昭和レトロブームなのもあって入店のチャンスが多く、商店街メンバーも「この時期は出来る限りSNS映えを意識した限定商品を開発したり若者が手に取りやすい工夫をしていこう」と目標を掲げているのだ。
(夕紀さんは私と同じくSNSやってないんだけど、ネットニュースや経済の記事をめちゃくちゃチェックしてるからなぁ……私以上に気合い入ってる!!)
去年はその気合いの圧に負けて緊張し失敗が多かった2ヶ月であったが、その反省を踏まえて昨年秋や冬にかけて民間資格の勉強をし資格取得に励んだりしてきた。
(去年よりは自信がついたし同じ過ちは侵さない! 絶対に!!)
「メニューを増やす事によって新規のお客様が一時的に増えるだろうけど、サポートはするから。とにかくこの店で1年以上朝香ちゃんなりに勉強してきた事を踏まえて、自信持って接客すること」
「はいっ!!」
今年も夕紀からほとばしる空気感に呑まれつつある朝香だったが、これも修行の内だと思ってとにかく頑張っていくしかない。
両こぶしに力を込めて士気を高めていると……
「おはようございます『フラワーショップ田上』です」
午前9時半の時刻と共に、開け放たれた正面入り口から丁寧な挨拶の声が聞こえてきた。
(この声は……!)
夕紀にとっては初めてだろうが、朝香には耳慣れた中低音ボイス。
「今日から『雨上がり珈琲店』さんの配達を担当します。上原と申します。よろしくお願いします」
黒のキャップをかぶりお辞儀する彼の正体はもちろん……
「ああ、貴方が朝香ちゃんの……」
「はい、お付き合いさせていただいております」
今日から『フラワーショップ田上』で配達アルバイトがスタートした向日葵さんである。
(帽子とエプロン姿の向日葵さんも素敵でかっこいいなぁ♡)
昨夜突然話を聞かされた時は驚いたが、健人が普段から身につけている配達スタイルである帽子やエプロンは向日葵さんの誠実さにピッタリとマッチしていて彼の魅力を高めている。夕紀に「朝香ちゃんの彼氏?」というニュアンスの言葉をかけられて照れ笑いしているところもまた素敵だ。
「9月下旬までですが、よろしくお願いしますマスター」
健人から「俺は幼馴染だったり顔見知りだから名前呼びだけど、君は背が高くて金髪ピアスって見た目もあるから性格の方を周囲にアピールすべく『店長』『マスター』呼びに徹しなさい」と指導を受けたとの事で、それに倣い夕紀を「マスター」と呼んで敬意を表しているようだった。
「よろしくね、上原くん」
金髪やピアスの多さに一瞬ギョッとした表情になった夕紀だったが、向日葵さんの誠実アピールのおかげで良いファーストインプレッションになったようである。
(夕紀さんがにこやかに迎えてる……良かったぁ)
しばらく立ち尽くしていた朝香だったが、すぐに気を取り直して
「あの、彼は先端恐怖症で刃物持てないんです。配達はしてくれるんですがハサミを扱えないので私が代わりに生けていこうと思うんですけど」
と、夕紀に提案した。
『フラワーショップ田上』では奥さんが臨月を迎える10月よりアルバイトを募集する予定だったのだが、出産は何が起こるか分からないのでお試しに顔馴染みの学生さんを雇いたい……という希望が出たらしい。そこで白羽の矢が立ったのが「常連客のサンちゃん」こと向日葵さんだったのだ。先端恐怖症でハサミが扱えない事も健人が事前に周囲へ伝えており、配達時に行っている店内での飾り付けは各店の従業員で負担してもらう話になっている。
「もちろん! 奥さんの体の事を考えてのアルバイト募集ですぐに彼が引き受けてくれたって聞いてるからね。当店ではこの村川が生けますので、夏の間はよろしくお願いしますね」
健人から話が充分に伝わっている事もあり、夕紀はハサミが使えない新人アルバイトを好意的に迎え入れてくれていた。
試験を終えた向日葵さんはこれから夏休み期間に入る。
大学生活を経験しない朝香にとってそれは羨ましい2ヶ月であると共に『雨上がり珈琲店』にとっては商機の期間でもあった。
この地域は都内のベッドタウンであり昔から私立大学や私立高校が点在している。英美学院高等部や英美学院大学こそ電車で2~30分ほどかかる距離にあるが、この近くには学舎は幾つも存在しここから一番近い大学は自転車で通えてしまうほど。
昔から戸建ての民家よりも庶民的なアパートが多く建っており、7~8年前から少しずつであるが学生でも住みやすいワンルームマンションへ様変わりしていっている。この商店街はテレビ等で紹介されるほどの人気はなくても「庶民的」「学生にやさしい」を売りにしていて地方から引っ越してくる若い世代を受け入れる店主が多いのだ。
朝香は去年より『雨上がり珈琲店』で勤務しているが、普段はキャンパスライフを楽しむ学生達が8月から9月が終わる頃までアルバイトで金銭を得つつ日中からのんびりと生活する……これは店にとって大きな繁忙期であると実感している。
「去年も話したと思うけど、うちは巷にあるシアトル系カフェとは違うからクリームをたっぷり使ったメニューは想定していないの。だけど今は『映え』の時代でしょ? 映えの波に乗りすぎて本来のコンセプトから外れてしまうのは本末転倒ではあるんだけど、あくまで『コーヒーを楽しむ要素として若年層のお客様が増えるからこその夏季限定』っていう目的でこのところお客様にはアナウンスしているの。だから逆に気を抜いて朝香ちゃんも楽しんでね。失敗を恐れなくていいからね! 去年みたいにガチガチに緊張しなくていいんだから。忙しいけど適度に力を抜いて楽しんでいきましょうね」
朝香は8月から約2ヶ月の期間限定で始めるアレンジメニューについて夕紀から指導を受けていた。
「はいっ!」
夕紀の話にある通り、『雨上がり珈琲店』開店当初は夕紀1人だけだったので本格的なアレンジメニューの導入は想定していなかったのだそうだ。けれど夏季は商店街に若者がこぞって買い物に来る。喫茶店は昭和レトロブームなのもあって入店のチャンスが多く、商店街メンバーも「この時期は出来る限りSNS映えを意識した限定商品を開発したり若者が手に取りやすい工夫をしていこう」と目標を掲げているのだ。
(夕紀さんは私と同じくSNSやってないんだけど、ネットニュースや経済の記事をめちゃくちゃチェックしてるからなぁ……私以上に気合い入ってる!!)
去年はその気合いの圧に負けて緊張し失敗が多かった2ヶ月であったが、その反省を踏まえて昨年秋や冬にかけて民間資格の勉強をし資格取得に励んだりしてきた。
(去年よりは自信がついたし同じ過ちは侵さない! 絶対に!!)
「メニューを増やす事によって新規のお客様が一時的に増えるだろうけど、サポートはするから。とにかくこの店で1年以上朝香ちゃんなりに勉強してきた事を踏まえて、自信持って接客すること」
「はいっ!!」
今年も夕紀からほとばしる空気感に呑まれつつある朝香だったが、これも修行の内だと思ってとにかく頑張っていくしかない。
両こぶしに力を込めて士気を高めていると……
「おはようございます『フラワーショップ田上』です」
午前9時半の時刻と共に、開け放たれた正面入り口から丁寧な挨拶の声が聞こえてきた。
(この声は……!)
夕紀にとっては初めてだろうが、朝香には耳慣れた中低音ボイス。
「今日から『雨上がり珈琲店』さんの配達を担当します。上原と申します。よろしくお願いします」
黒のキャップをかぶりお辞儀する彼の正体はもちろん……
「ああ、貴方が朝香ちゃんの……」
「はい、お付き合いさせていただいております」
今日から『フラワーショップ田上』で配達アルバイトがスタートした向日葵さんである。
(帽子とエプロン姿の向日葵さんも素敵でかっこいいなぁ♡)
昨夜突然話を聞かされた時は驚いたが、健人が普段から身につけている配達スタイルである帽子やエプロンは向日葵さんの誠実さにピッタリとマッチしていて彼の魅力を高めている。夕紀に「朝香ちゃんの彼氏?」というニュアンスの言葉をかけられて照れ笑いしているところもまた素敵だ。
「9月下旬までですが、よろしくお願いしますマスター」
健人から「俺は幼馴染だったり顔見知りだから名前呼びだけど、君は背が高くて金髪ピアスって見た目もあるから性格の方を周囲にアピールすべく『店長』『マスター』呼びに徹しなさい」と指導を受けたとの事で、それに倣い夕紀を「マスター」と呼んで敬意を表しているようだった。
「よろしくね、上原くん」
金髪やピアスの多さに一瞬ギョッとした表情になった夕紀だったが、向日葵さんの誠実アピールのおかげで良いファーストインプレッションになったようである。
(夕紀さんがにこやかに迎えてる……良かったぁ)
しばらく立ち尽くしていた朝香だったが、すぐに気を取り直して
「あの、彼は先端恐怖症で刃物持てないんです。配達はしてくれるんですがハサミを扱えないので私が代わりに生けていこうと思うんですけど」
と、夕紀に提案した。
『フラワーショップ田上』では奥さんが臨月を迎える10月よりアルバイトを募集する予定だったのだが、出産は何が起こるか分からないのでお試しに顔馴染みの学生さんを雇いたい……という希望が出たらしい。そこで白羽の矢が立ったのが「常連客のサンちゃん」こと向日葵さんだったのだ。先端恐怖症でハサミが扱えない事も健人が事前に周囲へ伝えており、配達時に行っている店内での飾り付けは各店の従業員で負担してもらう話になっている。
「もちろん! 奥さんの体の事を考えてのアルバイト募集ですぐに彼が引き受けてくれたって聞いてるからね。当店ではこの村川が生けますので、夏の間はよろしくお願いしますね」
健人から話が充分に伝わっている事もあり、夕紀はハサミが使えない新人アルバイトを好意的に迎え入れてくれていた。
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