【R18本編完結&番外編更新中】この雨が上がったら一緒にコーヒーを飲みませんか?

silverchaff

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本編

五月雨とカサブランカ6

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「『はなぶさブレンド』とはまた違った味わいだけど、このコーヒーも美味しいね」

 その夜、試験を終えて帰ってきた向日葵さんを自分の部屋へ呼び寄せた朝香は、いつものように魚を主菜にした夕食とデザートのプリン、それからコスタリカコーヒーを彼に提供した。

「この豆は甘さが特徴なの。味も濃厚だからアイスコーヒーにも向いてるんだよ。ミルクとの相性も良いからプリンに合わせるコーヒーとしては最適かなって思ったんだ」

 朝香が補足説明を入れると、向日葵さんは興味深そうに聞いてくれウンウンと頷く。

「さすがあーちゃん! コーヒーに詳しいからこのプリンに合う豆選びも出来るんだね」

 素直な頷きは朝香への愛情を示しているんだろうし

「あと、ヒマワリのお花を生けてくれてるのも嬉しい♡ 俺のことを大切に想ってくれているんだって実感出来て、凄く嬉しいよ」

 朝香の想いを受け止めている向日葵さんは非常に嬉しいとばかりに彼女の身体を抱き締めた。

「えへへ♡ 照れちゃう♡」

 確かにプリンに合う珈琲豆を選んで購入したのは朝香だが、焙煎したのは店主マスターの夕紀である。

「照れなくていいよ、あーちゃん♡」
「だってぇ、私はコスタリカが良いかなって思ったけど店主マスターは違う豆を選んだんだから。正解とは違うのかもなーって思っちゃって」

 全てが自分の手腕でない事は理解しているし、師である夕紀は定番の「『雨上がりブレンド』といただくわね」と朝香に笑顔でプリンの礼を言ってくれた。きっと今頃夕紀はお隣の『もりやま青果店』の居住部で初恵らと一緒にプリンと「雨上がりブレンド」に舌鼓を打っているに違いない。

「でも、あーちゃんはこっちのコーヒーが合いそうって思ってくれたんでしょ?」

 正解でなかったと告白したのに、向日葵さんは表情を崩そうとしない。

「うん」
「その気持ちが凄く嬉しいんだよ。ありがとうあーちゃん」

 向日葵さんは言葉に偽りなく、本当に感謝しているし朝香の行動に愛を感じているようだ。

(確かに私が「雨上がりブレンド」を選ばなかったのは「向日葵さんが雨上がりの空があまり好きじゃない」ってのが頭の中にあるからだし……)

 朝香と接するようになって以降、向日葵さんはよくコーヒーを飲むようになったと思うし、ただ今まで飲む機会がほとんどなかったというだけで嫌いでないと理解している……が、やはり「向日葵さんは雨上がりの空よりも、雨が降り続く方を好む」という性質は朝香の脳内に焼き付いたままであり、彼とキスを交わす毎に彼の好きな雨も良いものであると考えを改めるようになった。

(だからかなぁ……なんとなく、店が大事にしてる「雨上がりブレンド」や夕紀さんが大切にしているグアテマラを避けてしまうんだよね)

 これは朝香が先回りして配慮し過ぎている行動であって余計なのかもしれない。が、なんとなく今はこの対応のままで良いような気もしている。


「あのね、あーちゃん。ヒマワリの花言葉知ってる?」

 向日葵さんはバックハグの体勢のまま、朝香の目線をミニヒマワリを差している花瓶へと向けさせた。

「ヒマワリの、花言葉?」

 知らなかったので、朝香は首をかしげたが、すぐに

(そういえば商品ケースの札に花言葉書いてあったような……あっ! そうだった! 奥さんはお客様により親しみを持ってくれるようにって、商品値札の下に必ず花言葉を書いてくれてるんだった)

 あの時札までしっかり読み込まなかった自分を後悔すると共に……

「向日葵さんは知ってるんだよね? 向日葵さんは『フラワーショップ田上』の常連さんで、奥さんや美優ちゃんから『サンちゃん』って呼ばれているんだもん」

 咄嗟に花を選んで買った朝香とは違い、彼は常連。だからこそこのタイミングで向日葵の花言葉を問うてきたのだと思ったし

「うん、奥園さんからそう呼ばれているよ」

 彼の、しんみりとした声で確信を持ったのだ。

「やっぱり……」
「隠すつもりはなかったんだよ、もっと早くから花屋に通ってる話をしても良かったんだ。でもそしたらあーちゃんに『誰に買ってるの?』とか『私には買ってくれないの?』とか言われちゃうかなって思って……そうしてたら、言うタイミング逃しちゃって」
「そうだったんだ……」

 彼の話に朝香はフゥと小さく息衝く。

「俺、あーちゃんにイヤな思いさせてたかな?」

 憂いを含んだ彼の問いに、朝香は首を左右に振って

「全然っ、お花を買うって素敵な事だと思うし『フラワーショップ田上』の皆さんは私にとって大切な人達だもん。健人さんは知らなかったみたいだけど、小さな美優ちゃんに顔を覚えられてるって良い常連さんの証拠だなって思うから」

 落ち着いたトーンで、正直な気持ちを話すと

「ありがとうあーちゃん……だぁいすき」

 向日葵さんのバックハグがより一層強まる。

 そして……

「月に一回、先生のお墓参りに行ってるんだ。先生は大きな花びらのお花が好きだったからいつもそういうのを選んで、バイトが終わった後にお参りしてるんだよ」

 朝香の耳のそばでそう話してくれた彼の言葉と……

 「皐月は小さなお花が好きでね。玄関に小ぶりの可憐な感じのお花を飾ってくれるいい子だったのよ」———という夕紀の思い出話が脳内で交差して……

(そうだよね、そんな偶然あるわけないよね)

 ほんの少しだけ残っていた可能性をすり潰す。


「今度は、あーちゃんにもお花買うね♪ ヒマワリの花言葉を超えられるような夏のお花買ってあげる♡」
「ふふふ……ありがと♡」

 可能性が潰えたのはホッとしたが、やはり少しだけさみしい。


「ちなみにね、ヒマワリの花言葉は『あなただけを見つめる』だよっ! あーちゃぁん♡」

 頭の中のモヤモヤはすぐに、向日葵さんの美声やキスによって上書きされてしまった。
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