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本編
五月雨とカサブランカ5
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(夏のお花がいっぱい……)
朝香も花は割と好きな方だが詳しいわけではない。花の名前はある程度知っていて、ケースの中にはミニヒマワリやカラー、トルコキキョウなど個性的かつカラフルな花々が朝香を見つめている。
(カサブランカもある……そりゃそうだよね。お花屋さんだもんね)
その中でも際立っていたのは大きな花弁を懸命に開かせている白百合。雄蕊もオレンジ色の花粉を高々と掲げており、花弁の純白さにより良い色味を添えている。切り花になってもなお雌蕊との受粉を果たし子孫を残したいと……そう主張しているようにも感じられる。
(雄蕊の花粉……かぁ)
朝香の頭の中に、葯が全て取り除かせてオレンジの花粉が飛び散らないようにさせていた、あの墓前の花が浮かんでいた。
あの花は葯から花粉が出てくる前に処理されたのだろうか。花弁や墓石を汚さないよう、マナーに則り供されているのは非常に良い事である……が、こうして花粉付きの雄蕊に注目していると少しだけ哀しい気持ちにもなってしまう。
(あのお花は一体どこから運ばれて供えられてるんだろう……)
しばしその方を見つめていると、奥さんは朝香の手元に気付いて
「あっ、やだごめん! 何か用事があったのよね? 花を買ってくれるんじゃなくて」
慌ててそう言った。朝香の手荷物が割と大きめだったので何かを持ち運んでいる最中なのだと察したのだろう。
「いえいえ! 買いますっ! あの、ミニヒマワリを3本くらい頂けますか?」
だが朝香は頭を振ってケースを指差す。咄嗟に「ミニヒマワリ」を要望したのはカサブランカを見つめ過ぎていたのを誤魔化す為であったのに
「ミニヒマワリ3本ね、ちょっとだけ待っててね。ちなみにサンちゃんのお家には花瓶ってあるの?」
と奥さんはニコニコ顔で朝香に訊いてきたのだ。
「!!」
途端に朝香の顔は熱くなる。
「あちゃ、さちゃと、おともだち」
尚且つおしゃべりが上手な美優に追い討ちをかけられては言い訳のしようがない。
「あ……えっと、私の部屋にもないのでそれも買います」
恥ずかしげに「花瓶も買う」のが精一杯だ。
「うんうん♪ じゃあミニヒマワリはサービスしてあげる」
奥さんはニッコリと笑うと商品の一つである涼しげなガラス製の花瓶を取り出して会計してくれた。
「ありがとうございます……っていうか、すみません」
「いいのいいの! 私が『朝香ちゃんが花を買いに来た』って勘違いしたのが悪いんだし」
申し訳なさそうにする朝香に対して、奥さんはニコニコを崩さず花瓶に新聞紙を巻き始めたのだが……
「そっかぁ。やっぱりサンちゃんは持ってなかったかぁ」
セロテープで紙の端を留めたところで眉を下げ溜め息をついた。
「え……やっぱり、って?」
奥の表情変化を不思議に感じた朝香が聞き返す。
……ふと、健人が言った「サンちゃんは常連客」の内容を思い出して
(向日葵さんは『フラワーショップ田上』の常連になるくらい花を買うけど、花瓶は持っていない……って意味になるよね?)
すぐに唇をキュッと固く閉じる。
「……」
奥さんはしばらく朝香に目線を向け黙っていた。
けれど、沈黙は数秒ほどで
「いつだったっけなぁ……サンちゃんはね、恩師に花を買ってるって話してくれた事があるんだよ」
そう、朝香に話してくれた。
「え? 恩師?」
「うん。中学生の時にすごくお世話になってた先生でね……趣味を捨てずにいられたのはその先生のおかげだって言ってたかなぁ」
その話はどれも向日葵さんの口から聞かされていないものばかりで
「…………そう、なんですか」
彼には内緒があるのだと実感させられた瞬間でもある。
「うん、だから……朝香ちゃんからお花のプレゼントをしたらサンちゃん喜ぶと思うよ」
奥さんは、たった今浮き上がった朝香の不安を掬いあげるような言葉を発し
「さちゃ、ひまーり!」
美優も「サンちゃんはヒマワリが似合う」といった意味合いの言い回しをする。
(秘密や内緒なんて、誰にでもあるよね……恋人同士になってまだそんなに経ってないんだし)
朝香はそれ以上深く考えない事にした。
何故なら……朝香自身も彼に話していない内容があるから。
彼ほどではないにしろ、痛みを伴う初恋を経験しているのだから。
「プリン、良かったら召し上がって下さい。配達先からの頂き物でお裾分けです!」
不安を吹き飛ばすよう笑顔を作り会計を済ませた朝香は、より明るい声でプリンを3つ手渡ししたのだった。
朝香も花は割と好きな方だが詳しいわけではない。花の名前はある程度知っていて、ケースの中にはミニヒマワリやカラー、トルコキキョウなど個性的かつカラフルな花々が朝香を見つめている。
(カサブランカもある……そりゃそうだよね。お花屋さんだもんね)
その中でも際立っていたのは大きな花弁を懸命に開かせている白百合。雄蕊もオレンジ色の花粉を高々と掲げており、花弁の純白さにより良い色味を添えている。切り花になってもなお雌蕊との受粉を果たし子孫を残したいと……そう主張しているようにも感じられる。
(雄蕊の花粉……かぁ)
朝香の頭の中に、葯が全て取り除かせてオレンジの花粉が飛び散らないようにさせていた、あの墓前の花が浮かんでいた。
あの花は葯から花粉が出てくる前に処理されたのだろうか。花弁や墓石を汚さないよう、マナーに則り供されているのは非常に良い事である……が、こうして花粉付きの雄蕊に注目していると少しだけ哀しい気持ちにもなってしまう。
(あのお花は一体どこから運ばれて供えられてるんだろう……)
しばしその方を見つめていると、奥さんは朝香の手元に気付いて
「あっ、やだごめん! 何か用事があったのよね? 花を買ってくれるんじゃなくて」
慌ててそう言った。朝香の手荷物が割と大きめだったので何かを持ち運んでいる最中なのだと察したのだろう。
「いえいえ! 買いますっ! あの、ミニヒマワリを3本くらい頂けますか?」
だが朝香は頭を振ってケースを指差す。咄嗟に「ミニヒマワリ」を要望したのはカサブランカを見つめ過ぎていたのを誤魔化す為であったのに
「ミニヒマワリ3本ね、ちょっとだけ待っててね。ちなみにサンちゃんのお家には花瓶ってあるの?」
と奥さんはニコニコ顔で朝香に訊いてきたのだ。
「!!」
途端に朝香の顔は熱くなる。
「あちゃ、さちゃと、おともだち」
尚且つおしゃべりが上手な美優に追い討ちをかけられては言い訳のしようがない。
「あ……えっと、私の部屋にもないのでそれも買います」
恥ずかしげに「花瓶も買う」のが精一杯だ。
「うんうん♪ じゃあミニヒマワリはサービスしてあげる」
奥さんはニッコリと笑うと商品の一つである涼しげなガラス製の花瓶を取り出して会計してくれた。
「ありがとうございます……っていうか、すみません」
「いいのいいの! 私が『朝香ちゃんが花を買いに来た』って勘違いしたのが悪いんだし」
申し訳なさそうにする朝香に対して、奥さんはニコニコを崩さず花瓶に新聞紙を巻き始めたのだが……
「そっかぁ。やっぱりサンちゃんは持ってなかったかぁ」
セロテープで紙の端を留めたところで眉を下げ溜め息をついた。
「え……やっぱり、って?」
奥の表情変化を不思議に感じた朝香が聞き返す。
……ふと、健人が言った「サンちゃんは常連客」の内容を思い出して
(向日葵さんは『フラワーショップ田上』の常連になるくらい花を買うけど、花瓶は持っていない……って意味になるよね?)
すぐに唇をキュッと固く閉じる。
「……」
奥さんはしばらく朝香に目線を向け黙っていた。
けれど、沈黙は数秒ほどで
「いつだったっけなぁ……サンちゃんはね、恩師に花を買ってるって話してくれた事があるんだよ」
そう、朝香に話してくれた。
「え? 恩師?」
「うん。中学生の時にすごくお世話になってた先生でね……趣味を捨てずにいられたのはその先生のおかげだって言ってたかなぁ」
その話はどれも向日葵さんの口から聞かされていないものばかりで
「…………そう、なんですか」
彼には内緒があるのだと実感させられた瞬間でもある。
「うん、だから……朝香ちゃんからお花のプレゼントをしたらサンちゃん喜ぶと思うよ」
奥さんは、たった今浮き上がった朝香の不安を掬いあげるような言葉を発し
「さちゃ、ひまーり!」
美優も「サンちゃんはヒマワリが似合う」といった意味合いの言い回しをする。
(秘密や内緒なんて、誰にでもあるよね……恋人同士になってまだそんなに経ってないんだし)
朝香はそれ以上深く考えない事にした。
何故なら……朝香自身も彼に話していない内容があるから。
彼ほどではないにしろ、痛みを伴う初恋を経験しているのだから。
「プリン、良かったら召し上がって下さい。配達先からの頂き物でお裾分けです!」
不安を吹き飛ばすよう笑顔を作り会計を済ませた朝香は、より明るい声でプリンを3つ手渡ししたのだった。
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