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「お伽話はどうして、結婚式で終わりを迎えるのでしょう?」
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しおりを挟む「お疲れ様。たくさん声が出ていて、とても気持ち良さそうにしていたよ」
僕は退室時間7分前で施術を終え、彼女の上半身を蒸しタオルで拭いてあげた。
「……ありがとう」
オイルを拭き取ってあげた後で上半身を起こしたカスミさんに、僕は新しいタオルとポケットティッシュを手渡し、トイレの場所を指差す。
「オイルは拭き取れるんだけど、立場上僕は女性の粘膜に触れちゃいけない約束になっているから、良かったらこれでヌルヌルの部分を綺麗にしてきてね。トイレに流してもいいタイプのティッシュだから使った後は水に流しちゃってね」
「えっ……?」
「すごく気持ちのいい声が出ていたから、きっと濡れちゃってるんじゃないかなぁ」
「!!」
僕の言葉の意味を察して耳を真っ赤にするカスミさんの表情を改めて可愛いと感じ、トイレへと急ぐ彼女の背中を見送ってから後片付けを始めた。
胸をタオルで隠しながらトイレから出てくるカスミさんがベッドの上で安心して服を着られるように、僕はまた背を向けてオイルの整理をしたり店の簡単な地図を引き出しから出したりしてその場をしのぐ。
カスミさんの着替え終わりをまた「大丈夫」で確認して振り向いた僕は、入室したばかりの状態になるよう衣服を整えてあげて退室を促す「お疲れ様」の言葉を告げた。
「もう……終わり、なんですね」
初回のお客様は大抵名残惜しそうな表情をする。例に漏れずこのカスミさんも色気ある睫毛の動きを僕に披露していた。
(良かったぁ……カスミさん、気持ちがほぐれてくれたんだね)
僕はこの別れの瞬間が好きだ。
お客様が満足してくれたという事が理解出来るし、次へのモチベーションに繋がる。
「60分って短く感じちゃうよね。もし次回来店する事があったら、この地図を見て来てね。地図は無くしちゃダメだし旦那さんにも見られないようにしてね」
僕はニッコリ微笑みながら手製の地図をカスミさんに渡した。
「えっ……」
「これは僕達セラピストとカスミさんとの内緒の通り道だから」
本当に次回も僕を指名してくれるかは分からない。だからまだ初回ではこの地図をお客様に渡さない……でもなんとなく、カスミさんはまたチワワの僕を求めてくれるのではないかという確信があったんだ。
「内緒の……通り道……」
尚も情感たっぷりな言い回しをゆっくりと繰り返すカスミさんに僕は頷き
「ここはホストクラブでもボーイズバーでもない。だけど店の外観はラブホテルそのものだし、法律的にも大人のお店である事は間違いないんだよ。
僕は1番下の階でアロマオイルを使ってお客様をリラックスさせる小さなチワワだけど、2階から6階までのお部屋ではもっとすごい事が出来る先輩ワンコがたくさん居るんだ」
「…………」
軽く、揺さぶりをかけてみた。
「僕とだけで、全くやましい事をしていないとしても、周囲からは『大人な行為をしている』と認識されちゃう。ある意味ホストクラブやボーイズバーの方が健全なんじゃないかなぁ」
さっきまで優しげな表情を作っていた自分の顔を少し歪ませ、意地悪な目つきでカスミさんを見上げる。
「それは……」
彼女は言葉に詰まり、恥ずかしそうに目線を僕から逸らす様子が伺えた。
そんなカスミさんの身体を包むように僕はハグをして、まだ赤みの残る可愛らしい耳にそっと囁く。
「でも心配しないで。僕達は犬だから、たとえセクシーな行為をしたとしても恋愛行為じゃないんだよ」
「!!」
息を呑んだカスミさんの手を僕の白い尻尾に触れさせ……
「撫でて、落ち着くから」
「ぁ……」
頬の緊張が弛んだのを確認したタイミングでまた僕は耳元へ唇を添わせて……
「カスミさんみたいな既婚者さんは僕達の想像以上に毎日が大変で息が詰まるでしょう?
また実家のワンちゃんが恋しくなったら僕をまた指名してね。粘膜に触らないほぐし行為ならカスミさんの気の済むまでたぁっぷり♡ してあげるからね♡」
「ぁん」
「たっぷり」の語彙をなるべく伸ばした情感のある言い回しをしてこの囁きを締めくくり、耳たぶに音もなくキスをしてあげると、カスミさんは小さな喘ぎを漏らし僕のハグを自ら解いていった。
「じゃあね、カスミさん。バイバイ」
ちょうど退室時間がやってきたので、僕は手を振りカスミさんが退室するのを見送り本日1人目のお客様を見送った。
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