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「女は花で男は犬。悪戯に蹴散らさないよう優しく扱うのよ」

★3

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「花ちゃんが駅に着くのはね、えっと……」

 タブレットの横に放置していたスマホを持ち上げると、通知画面に花ちゃんからの返事が届いている事に気が付いて

「……お昼頃みたい」

 スマホをコトンとテーブルに置くと共に大まかな時間帯を樹くんに伝えた。

「そうなんだ。昼頃なら明日の予約はユリさん1人だけにしておいてあげる。一階にも業務連絡しておくね」
「ありがとう」

 日誌の打ち込みを終えたらしい樹くんは、立ち上がって事務室内に設置している内線電話の方までスタスタ歩くと、一階受付で現在勤務中のみきさんに業務連絡を入れる。

「良かったね、今のところユリさん以降予約は入ってないってさ。次の予約は月曜日からにしてもらったよ」

 内線電話の受話器を置いて、明るい表情で僕の方に振り返る樹くんに、僕はまた「ありがとう」と感謝の言葉をかけて日誌の送信をタップしてタブレット端末を閉じた。

「じゃあ太地くん、一緒にコレを返却しに行こうか」
「うん」

 平日の僕の勤務は22時まで。
 樹くんは平日休日関係なく10時から22時まで。
 勤務終わりが週5日もかぶるのだからこうして事務室内で日誌を打ち込んだりタブレット端末をご主人様に返却するのも、いつも一緒に行動している。

 4点セットが乾いたかの確認をした上でロッカーからマフラーとダッフルコートを取り出し鍵をかける僕とほぼ同時に、樹くんは上品なロングコートをロッカーから取り出しはらりと優雅に羽織っただけですぐに施錠せじょうする。
 樹くんの仕事着はスーツだけで事足りるから着替えもしなくていいし4点セットの手入れも不要だから楽だろうなぁとも思うけど、妖艶なオーラを放つこの店に毎日必ず12時間以上居ろと言われたら、学生の身分関係なく「絶対に無理」と言ってしまうかもしれない。
 「学歴も資格もないから、若い内からこういう世界に居るんだ」と樹くんはかつて僕に話してくれた事があった。でも絶対それだけじゃ長らくこの業界で「食える」収入は持てないんじゃないかと僕は心の中でいつも思い、彼を尊敬していた。


 事務室を出て、フロアの真反対に存在する「ご主人様の部屋」へ続く長い廊下を樹くんと歩いていると、部屋まであと数メートルといった地点で男性の恍惚こうこつ的な声が聞こえてきた。

「ケースケくんかな……」

 その声にゾワリとして立ち止まり、声の主を予想した僕に対して

「そうかもねー。彼は優秀な『役者』だし、声の感じからして間違いないよ」

 と、僕の一歩先で立ち止まった樹くんが冷静に受け答える。
 樹くんは僕よりもこの店に居る時間が長い分、そういう声の聞き分けも出来てしまう人だ。

「そっか……ケースケくんが、今……」
「太地くんどうする? 苦手なら声が聞こえなくなるまでここで待つ?」

 こういう時、樹くんは必ず僕に優しく問い掛け心配してくれる。
 
「ううん、ケースケくんなら寧ろ見られてもいいって人だし、ご主人様も望んでいるから」

 僕は真正面を見据みすえながら、今日は堂々と部屋に入室する事を決めた。

(こんな事でひるんでは駄目だ……僕はまだ未成年だけどここで勤務してもう8ヶ月。そしてもう半年もすれば20歳になってしまうんだから)

「そうだね、太地くんもいずれ『経験』するだろうし、今のうちに見て勉強するのは良い事だと思うよ」

 樹くんは慈愛じあいの目を向けつつ僕を見下ろして優しい声を掛けてくれた。

「じゃあ入ろう、樹くん」

 意を決した僕は樹くんより二歩も三歩も前へ出てご主人様の部屋の前でコンコンとノックをした。


「樹とリョウでしょ? どうぞ」

 ノックした扉の向こう側からご主人様の上品で女性的な声が聞こえる。
 僕達セラピストの部屋はしっかりと防音対策を行なっているのに、この部屋だけは簡素な造りになっていて、部屋の中で行われている「訓練」や「抜き」の音が廊下に漏れているのもはたまたケースケくんと行為中に他者の入室を許可するのも、全てはご主人様の意向だ。

「失礼します。タブレットの返却に参りました、ご主人様」
「でしょうね、今日もお疲れ様。
 良かったらこっちへ観に来れば? ……ケースケも、リョウに観てもらいたいでしょう?」

 この部屋の手前にはタブレット端末の充電場所が置いてある。けれども入室理由を述べて返却や充電のみを済ませて退室する事をご主人様は望まない……特に、僕に対しては。

「……」

 はい。と、僕が返答するよりも早く

「はあっ……はあっ……ご主人様ぁ」

 見学なんて有ろうが無かろうがどちらでもいいとでも言うような、ただただ目の前の愛する者への奉仕に没頭する声や唾液音をケースケくんが発した。

「……」

 ブルッと身震いした僕は樹くんにタブレット端末の充電をお願いする。

「っ」

 パーテーションで仕切られているだけのその場所へ足を踏み入れるとニコチン強めの煙草と女性フェロモンが混じった独特の香りが僕の方へと流れ込んできた。

 天井に数箇所埋め込まれたピンク色の電球型照明で照らす独特な部屋の中央には上質な革張りの長ソファが設置されており、ごく一般的な会社によくある「社長室」などというような経営責任者の部屋とは全く異なる。

 そして今僕の視界に、ゆったりと横たわる下半身裸のご主人様と、白くスラリとした二本の脚によって肉体からだを優しく拘束されながらハイジニーナの美しい肌を一心不乱に舐め液体をすす嚥下えんげするドーベルマンの耳や隆々りゅうりゅうとした美しい背筋がしっかりと入り込まれていた。
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