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雨のように降り注ぐ愛を、受け止める
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しおりを挟む「セレブってのは冗談だけどさ……本当に、すごく良い香りで落ち着くね」
差し出されたローズティーを一口飲んで僕が感想を言うと、樹くんは長い睫毛を伏せリラックスした表情を見せながら
「男でいいトシしたおっさんなんだけどね、昔からこれだけは切らさないようにしてるんだよ」
香りを鼻で充分に楽しんでからゆっくりと口の中で味わっていて、それがさも、目の前の可憐な花を愛でているようにも見えた。
「昔からって……ホスト時代から?」
「ああ、駅での件は本当にごめんね。かかってきた電話がまさに『待機中の妹が店を抜け出した』っていう切羽詰まった内容だったから」
それだけリラックスしているのだから、樹くんの過去についてほんの少しだけでも掘り下げて見たかったのに即はぐらかされてしまった。
「えっ? 妹??」
それどころか「妹」のワードにまたビックリする。
「あの黒服さんはね、俺の戦友でもありカスミさんの血の繋がった兄でもあるんだ」
「……きょうだい?!」
樹くんのホスト仲間がカスミさんのお兄さんという事実にとにかく驚かされたけれど
(そっか……カスミさんは、お兄さんのお店で働いていたのか)
なんとなく納得してしまった。
「カスミさん、今日は接客しない予定でお店の奥で大人しくしてたって言ってたよね……だけど僕達が帰ろうとする時間に合わせて抜け出した……そういう事?」
納得はしたけれど、一連の流れはやはり背筋が凍る程の思いがした。
「うーん……リョウの中身の姿を予め知ってたというよりは、隣を歩いてた俺を目印に後をつけたんじゃないかな? 俺、こんな髪色してるから」
恐い内容を質問してみたけれど、樹くんは優しい口調で自分のミルクティーベージュの長髪を撫で苦笑いを返してきた。
「樹くんは悪くない……それに、太地の姿をカスミさんは知っていたと思うよ。
『ユリさんと金銭取引を持ちかけた時にガールフレンドの存在を知って調べたくなった』という内容をカスミさんは言ってたから」
「えっ?」
「多分……flavorさんに会いたい一心でしてたネットストーキングと同じような事を、カスミさんはこの1週間やっていた筈だよ」
樹くんの優しさは嬉しい。
だからこそきちんと事実を話して状況を伝えなければならないと、僕はローズティーを口にしながら冷静に考えたんだ。
「という事は、太地くんとお姉さんが一緒に住んでる事も……?」
表情を強張らせた樹くんの問いに僕は頷き
「知っていると思う。花ちゃんも……危険、かも」
恐怖はこれで終わった訳ではないという仮説を立てる。
「そっか……ありがとう太地くん、こんな状況なのに冷静に伝えてくれて」
樹くんは一瞬頭を抱えたけれど
「分かったよ太地くん、とりあえず明日の朝まではお姉さんの身は守られると思う。アイツは『妹を外に出さない』と強く言ってくれていたからね」
すぐに笑顔を僕に向けて安心するよう促してくれた。
「そうなんだ……明日の午前中まで、か」
「人間だから、どうしても緊張がほどける瞬間がある。アイツにも仕事があるわけだから」
「……そう、だよね」
「そもそも太地くんには本当に申し訳ない事をしたと反省しているよ。カスミさんの金銭やり取りの事なんて先週末の時点で把握していたんだから7月1日の一枠目も一緒に再抽選しておくべきだったんだ」
「謝らないでよ樹くん。ご主人様も樹くん達も悪くないよ。悪いのはカスミさんに最初から毅然とした態度を取らないでいた僕の方だよ。樹くんから何度も忠告されていたのに」
「太地くんこそ、怖い目に遭ったのだから思い詰めてはいけないよ。
どこにも怪我はなくて取り敢えず良かったよ。不幸中の幸いといったところかな?」
「腰抜けちゃってまともに歩けてないけどね」
「しっかり睡眠取れば朝には平気になってるさ……」
「睡眠……取れるのかなぁ、本当に」
「明日の午後以降、お姉さんをどこに避難させるかはこれから考えるよ。だから太地くんはゆっくり目を閉じておくといい……眠れなくてもそれだけしていれば体は休まるからね」
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