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2nd season 第三章

135 絆

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「はいっ、それじゃあ第50回くらい、カインくんと語らおう!ロックハウス家懇親会を始めます。拍手~」

ぱちぱちぱちぱち

今の俺はひたすら働く。
働いて、働いて、どうにもまぶたを開けていられないほどに睡魔がやってきたら、寝室に転移して眠りにつく。
たいして長くは眠れないし、ろくでも無い夢ばかり見るんだけど、それでも、と感じる事ができる。

「あー、その前に。帝国がエッヘルンに侵攻する。食料や重装備は神殿郵便で送られ、軍は最短でエッヘルンの王都を目指すから、農村などに被害は出ない予定だ。ペルシラのおっさんと合意した」
「そう。スージーが言ってたとおりね?」
「うん。何を調べればいいのか、だんっだんっわかってきたなっ!」

「業務連絡は以上だ。で、みんな、この10日は何してた?」

彼女たちの寝室を渡り歩く習慣が無くなり、俺は一日中飛び回ってる。
放っておけば、誰とも話さない日が増え始める。
だからこうして、10日ごと、全員で話をする事にしてる。

本当は毎日でもすべきなんだが・・・俺が保たない・・・。

「聞いてよカインくん!たいちょーがまた大暴れしたの!ダギ王都の衛兵ボコボコにして大変だったんだからねっ?」
「いやっ!ちがうぞっ!あれはあ奴らが悪いのだ!無実の民に乱暴を働くから、少しばかり教育をしただけだ!」
「マジかっ?それっ、国際問題にならない?」

「ふふふ、それは大丈夫かな?衛兵隊の隊長さんにカイナルド渡してきたから、ただの喧嘩って事で話はついたかな?」
「さすがエマ・・・愛してるぞ」
「ふふふ、もっと言ってほしいかな?」

カラダの関係が無くなっても、彼女たちを愛してる。
ただ、それを感じられないだけだ。

「カイン様・・・それでその、お体の方は?」
「あー、すまん。変化なしだ・・・」

この世界に心理学の概念は無い。
一日中悪寒にさらされ、と感じる機能が損なわれ、彼女らに触れれば、射抜いた女達の顔がフラッシュバックする。
恐怖・憎悪・驚愕・哀願、死にゆく女達の最後の眼差し・・・。
その症状を、彼女たちはなんとか理解しようとしてくれてる。

「あー、猊下、焦ることは無い。確かに治らぬものも居るが、時とともに戦場の呪縛から開放されたものも大勢見てきた。我らがついているのだ、猊下は必ず回復する」
「うん、歴史あるお言葉に勇気づけられた」
「猊下っ!」

「いや、俺も全然諦めてないから。こんな地獄で一生を終えるつもりは無いよ」
「・・・地獄・・・なの?」
「あー、すまん。言葉のあやだ。大丈夫、心配すんなユリア」

こんな風になってしまった俺、いつ見捨てられても文句など無い。
だが、彼女たちもじっと耐えてくれている。
申し訳ない・・・。

「カイン君。少しだけ、その、手に触れてもいいだろうか?つ、辛ければいいのだっ!だが、もし、大丈夫そうなら・・・」

アベルの手をしっかりと握る。

グラリッ・・・視界が歪むが、フラッシュバックまでは至らない。

「アベル、こんな思いさせてごめんな。俺、必ず、必ず治すから」

ボロボロと涙を流すアベル。
胸が締め付けられる。
心の痛みは感じられるのに、なぜ喜びだけが、幸せだけが感じられない?

俺が自暴自棄になったり、周囲に当たり散らす最低野郎にならずに済んでいるのは、愛する彼女たちが居てくれるからだ。
を感じられなくとも、自分が彼女たちを愛していることは確認できる。
彼女たち以外と握手しても、俺は何も発症しない。
皮肉なことだが、この悪寒こそが愛の証。
だから絶対、俺は取り戻す。

「もう、二人とも泣き虫ね?」
「おう・・・で、お前はどんな風だったの?」

感じることは出来なくとも、思考する事は出来る。
どんなに苦しくとも、コレはみんなに、そして俺に必要な事だ。

「そうね・・・あんまり・・・かな」
「言いにくいのか?気にすんな」
「まっ、情報は大事よね?あのね?少し調べてみたの、その、心の傷?やっぱりアンタの言う通り、元に戻れた人は原因を克服してた。オークに襲われた女性は、冒険者を護衛に雇って、何体もオークを殺したら男が怖くなくなったらしいし、火事で全身大やけどを負った火魔法使いの人は、何度も何度も気絶しながら、蝋燭の火に近づいて、四年経って蝋燭が持てるようになったとき、また魔法が使えるようになったって・・・でも、アンタはその、平気になるまで女の人を殺しまくるわけにいかないわ・・・」

うん。
俺だって、ドラマで見る程度の知識ならある。
俺のトラウマが『女性を殺す』という事で、彼女たちを愛するというが、女性を虐殺しなければならないに結びついてしまっていて、その原因を無意識に排除しているんだろうってとこまでは想像がついた。

だからといって、平気になるまで殺しづけるなんて・・・いくらなんでもあり得ない。
そうなると出来ることは唯一つ。
彼女たちと愛し合っても、もう虐殺なんてしなくていい、そう俺自身が、俺の中の誰かが確信出来るまで、徹底的に環境を作り上げるしか無いと思うんだ。

「カイン君・・・男の人はいくら殺しても平気だったのにね?」
「あー、我ながら恥ずかしい・・・俺、どんだけ女好きなんだよ・・・」
「ねぇ?いっそ娼婦でも買って抱いてみない?殺すのがダメならエロい方を慣らしちゃうのよ!あたし達じゃなければ、少しくらい触っても平気なんでしょ?」
「おまっ!・・・無理だろ、それ?・・・」

「もうっ、アンタほんとヘタレよね?この世界で一番の権力者が、娼婦も買えないでどうすんの?『おんななぞ掃いて捨てるほど居るわっ!』とか言えないの?」
「奥様っ!?」
「あー、そのな?エロい服着せて、遠くから眺めるのはいいんだ、むしろ好きだ。でもな?そこでエロい事したら、きっと今度は罪悪感がトラウマになって、今度こそ勃たなくなる気がする・・・」

「「「「「あー・・・」」」」」

「まっ、そこがアンタのいいとこなんだけどね・・・」

テレビドラマなんかでは、セラピストと話をして、原因を指摘されると逆ギレする、んで、それでも何度も話してるうちに、自分がなってしまった原因を理解すると、急速に回復していく。
それはドラマだからそうなるのか、そもそも俺が原因を勘違いしてるのか、回復の兆しは全く無い・・・むしろ、この二年で、症状は劇的に悪化した。

「あー、でも、そのってのは一理あるかもしれないな・・・その、手を握って、相手に嫌な顔されたら結構傷つくと思うんだけど、しばらくの間、試してみていいか?」
「あたし達は・・・まぁ嬉しいけど、アンタ、大丈夫そうなの?」
「わからん。でも、その火魔法使いだって気絶してたんだろ?やってみる価値はあると思うんだ・・・今は感じられないけど、みんなが居て、この上なく幸せだった感覚は覚えてる・・・俺は取り戻したい」

手始めにシリアと手を繋ぐ。
フラッシュバックと悪寒が襲いかかり、脂汗が吹き出す。
ユリアの延命措置の時ほど身構えて無かったせいだろう、頭の中がぐぁんぐぁん回ってる。
だが俺は、仮にもを踏破した男、やせ我慢には自信がある。

「いつぶりかしら・・・アンタの手・・・ごめんっ・・・ちょっと泣きそう・・・」
「うん、俺もやばい・・・走馬灯とか見れそうな気がする・・・あー、俺が気絶したら、その間にみんな、好きなだけ触っていいからな?」

予告どおり、三人目のラティア、その手を握ったまま、俺は気を失った。
不思議と、夢は見なかった。
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