I.B.(そこそこリアルな冒険者の性春事情!)

リカトラン

文字の大きさ
156 / 173
2nd season 第三章

152 神殿国家アベル

しおりを挟む
神殿前の広場にはアベルの石像が設置され、壇上に設置された棺の蓋は固く閉じられている。
棺の周りには広く柵が張り巡らされ、群衆が近寄ることはない。
眼下には追悼の為に集った聖都の民と、エルダーサからどうしても参列すると言って聞かなかったおっさん達が、哀しげな面持ちで追悼の言葉に耳を傾けていた。

グラム王国歴338年7月14日、聖女と呼ばれた、アベルの追悼式典の日。
拡声の魔道具の前に立つ俺は、いつもと違い、淡々と語り始める。

「正直に言おう・・・民よ、俺はお前たちの事などどうでもいい。愛する家族が幸せなら、他人などどうでもいいという男だ。
その大切な、大切な家族を失った・・・だから今日は、皆を奮わせる演説などする気は無い。ただ、これからこの国が、お前たちがどうなるのか、それを説明しておく義務はあると思う。
お前たちの事などどうでもいいと言いながら、救護院を作り、仕事を増やし、弱き者が、誰もが飢えずにすむ国を作ろうとしてきた・・・それはみな、アベルが、妻たちがそう願ったからだ。
アベルは特に、立場の弱い者が虐げられるのを嫌った。ただ施すのではなく、その輪の中に溶け込み、ともに立ち上がる事を望んだ・・・昔からそうだ、たいして多くもない給金を酒に換え、女の身でありながらスラム乗り込んでは宴会騒ぎだ・・・この中にも、アベルの酒を飲んだものは少なくないだろう?だが・・・そのアベルはもう居ない。
放っておけば、俺はお前たちの事などすぐに忘れるだろう・・・だが、そうなるのは嫌なんだ。
アベルはお前たちを愛した。お前たちは皆等しくアベルの子だ。アベルの子を蔑ろにするような男に、俺はなりたくない・・・だから忘れられぬようにする。
今日この時より、国名を改める。
覚えよ。
この国の新たなる名は『神殿国家アベル』だ」

ザワッ ザワザワっ

「・・・静かにしてくれ・・・その名が示す通り、神殿国家アベルの行動原理は、アベルの思想だ。アベルが成したかった事を、俺のやり方で実現する。基本的にはこれまでと変わらない。に施す気は無いが、も飢えぬ国を作ろう。
だが、大きく変わることが一つある。今後俺は、国境を無視する事にした。侵略するつもりは微塵もない。ただ単に、国の内外を問わず、アベルのを押し付ける。それだけだ。
だがそれは弱者に向けるだけのものでは無い。連れて来いっ!」

暗部がユリアの捜索に出払っている隙に、聖都から逃げ出そうとしていたユザールと取り巻きの聖騎士達。
騎士団長のランバードが部隊を引き連れ捕縛していた。

「貴様っ!無礼なっ!何をするつもりだっ!」
「猊下っ!我らが一体何をしたと言うのかっ!」

手枷を外され、柵の中に押し込まれるユザール達。

「民よ。この男、前教皇はその権力を用いて多くの婦女子を強引に攫っていた。それが明白となり、ホルジス様によって教皇の地位を追われた。そして皆も知っている通り、ミズーラと通じ、あろう事かこの聖都を襲わせた。最後に、人族至上主義の者たちと結託し、アベル達を罠にかけ、千の傭兵をもってこれを襲った」

「濡れ衣だっ!」
「証拠を出せっ!」

ザワザワッ ザワザワッ

「あえて言おう。証拠があるのは最初の一つだけだ。だが、新たなる国、神殿国家アベルにおいては、必要ないっ!俺をイラつかせたら有罪だっ!」

言うや否やバルコニーから柵の中央に飛び降りる。
そう、この柵はリングだ。
俺がコイツらを嬲り殺すための檻なんだ。

IBから取り出した剣を放り投げる。

「拾え。そして民よ。気の弱いものは目を伏せておけ。子供の目は覆っておけ」

騎士達は剣を拾おうとしない。
拾えば殺されるとわかっているのだ。

「拾えと言った。剣を持とうと持つまいと、俺は殺すぞ」

右手をスッと宙にかざし、赤黒く染まった大岩をひとつ取り出す・・・それだけだ。

「ひっ!?」

ゴギュッ ブチブチブチブチッ ズーン・・・

「聞けっ!民よっ!この先も神殿の前には、俺の前には多くの敵が現れるだろう!卑怯な策を巡らせるものもあるだろう!その時お前たちは選択を迫られるっ!俺か!敵か!中立など存在しないっ!命令だろうと!脅されようと!たとえ人質を取られようと敵となれば容赦しないっ!俺に殺されない道は唯一つ!アベルを裏切るなっ!」

シーン

「神殿には配達人が居る。目安箱もある。手に余る力に怯えるなら神殿を頼れ。必ず助けるなどと約束は出来ない。間に合わないこともあるだろう。だが・・・神殿を頼るものを害するものは、これもまた神殿の敵だっ!」

トンッ

血塗れた石舞台を蹴ってバルコニーに飛び上がる。

「アベルを慕うものには慈悲を!アベルの敵には速やかなる死を!それが、これからのこの国だっ!」

拍手も歓声も無い。
だが、今日はこれでいい。
どんなに効果的でも、アベルの死をプロパガンダに使うような真似は絶対にしない。
ただ実直に、国民に、事実を突きつける。

「神殿国家アベルが国主!カイン・ロックハウス・アベルの名において告げる。我が神殿国家はこれより、人族至上主義を掲げる全ての国家、組織、個人に対し、戦線を布告すっ!一切の譲歩はしないっ!その主義を廃止せぬ国にあるものは今すぐに逃げよっ!属するものは全て主義者とみなすっ!」

バサリッ

民衆の中に驚きと恐怖が浸透していくのを背中に感じながら、きびすを返しバルコニーの奥へ。
そして・・・。

「えーと、みんなドン引きしてるとこ悪いけど、あたしの話も聞いてもらうから」

ザワザワッ ザワザワッ

「見ての通りあたしはダーク・エルフ、そしてこの国の国主婦人、平たく言えば教皇の嫁ね?」

ガヤガヤ ガヤガヤ

「シリア・ロックハウスって言っても知らないと思うけど『KIDS』の代表っていえばわかんでしょ?」

おぉー!
しってるわぁー!

「はじめに言っとくけど、あたしらはみんなが納めた税で暮らしてるわけじゃない。むしろ、ロックハウス家の稼ぎで、この国を養ってんの。別に恩に着せるつもりなんてないわ?あたしらを敬えなんて言わない・・・但し・・・売られた喧嘩はきっちり買うわ?」

ザワザワッ ザワザワッ

「アベルが死んだのはあたしのせい。あたしがダーク・エルフだから主義者達に襲われた。だからあたしは主義者を許さない。だから殺すと言うなら、上等よ、だったら殺すわっ!」

シーン

「どっちに付くのか、はっきりと決めてね?迷ってたら巻き添えんなるわよ?あと、亜人でも人族でも、逃げてくるなら受け入れる。KIDSだけじゃない、人手はいくらあっても足りないの。うん、そんなとこね?」

GOOD COP & BAD COPでイイ人役やるのかと思ったら・・・おまえもガチなのね・・・。
聖女を偲ぶハートフルな式典を予想していた民衆、真夏だと言うのに眼下の群衆は、極寒の北風にさらされたかのように、キュッと身を縮めている。

「ライザ?あとは任せたわ?」
「うっし!難しい話は終わったな!」

あー、そういう流れか。

「おらっ!野郎どもっ!呑むぞっ!」

ライザの音頭で次々と大樽が広場に運び込まれる。

「ではカイン様、私達も手伝って参ります」

ラティアとアリスも、昨夜から忙しくしていた、民衆に振る舞う食事を用意しているんだろう。
葬式っていうのはとどのつまり、遺された者が気持ちに整理をつけるための儀式だ。
整理をつけるつもりなんて俺には、居場所などあるわけがない・・・。

皆と別れた俺は一人、降臨の間へと向かっていた。



(第三章 完)
しおりを挟む
感想 240

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...