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2nd season 第四章

155 旅立ち

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「それではホルジス様、行って参ります」
「えぇ、きっと驚きの旅となることでしょう。安全第一で、お願いしますよ?」
「はい。政務もありますし、こまめに戻るつもりです」

の床面積は2m×2m。
みんなで空の旅と言っても、全員が一度に乗るわけじゃない。
三~四人を基本に、ローテーションしながら進むつもりだ。

「じゃ、最初はいつもの四人で行こうか」

シリア・ユリア・ミラン、俺。
大陸の東端から、夜の闇に紛れて空へと旅立つ。

「月があると、海もきれいね?」
「明日は初の昼の空だ。雲が凄いんだ。きっとみんな驚くぞ?」
「旦那様は昼の空も飛んだことが?」
「ああ、あっちの世界には空を飛ぶ乗り物が色々あるんだ」

この世界にはが無い。
大陸内の小競り合いが忙しくて、海を渡る必要を感じなかったからだろう。
一から星を観察して、方位を知るところまで記録取るなんて、10日と経たず挫折した。
だから頼りは磁石のみ。

「考えてみたら日が昇るまでやる事も無いな・・・なんなら三人とも部屋に戻っててもいいぞ?薪があれば飛んでられるしな?」

ミランが居なくても飛べるように設置した薪ストーブ、テイクオフ出来るほどの火力は無いが、航行維持なら問題ない。

「そんなの勿体無いわよ?空を飛べる人間って、あたしらだけなのよ?今この空はあたしたち四人のもの・・・しっかり味あわなきゃ!」
「こうしてると、星の中を飛んでるみたい・・・」
「確かに・・・贅沢な光景ですねー」

ホルジス様は『驚きの旅』と言っていた。
つまり、俺の予想の上を行く何かが、まだこの星にはあるって事だ。

「うん、まぁ、一番贅沢なのは俺だな、星空の旅を、こんな美女たちと過ごせるなんてさ」
「・・・アンタ・・・どうしちゃった?」

フツメンはイケメンなセリフも許されないらしい。

「もう、奥様?旦那様もロマンチックなセリフを言ってみたいんですよ?」

うん、ユリア、解説されると余計に辛い・・・。

「主様・・・無理は良くないです」

話題を変えよう。

「よし、夏でも空は冷えるな。暖かいスープ、飲むだろ?」

気球に乗ると無性にカップヌードルが食べたくなる、日進のプレーンな奴、なんでだ?

「ミランさん、器用ですね?」
「ん?」
「食べながら魔法とか、わたしには無理です」
「あー、ずっと練習してたからねー。もう癖になっちゃってる」
「やってることは同じなのに、風呂沸かしが空の旅になると、なんだかとっても偉大ね?」
「・・・長かった・・・お風呂当番下積みの日々・・・」

うん、なんかいいな、こういうの。

「みんなと出会って八年も経ったのか・・・」
「アンタ・・・出世したわよねー」
「旦那さまと暮らしてた宿、二人で銅貨三枚6千円でした・・・」

「アンタと組んですぐに最初のスタンピードあったのよねー、あそこでしょ?アンタの転機?」
「いや、おまえと出会ったオークの集落だろ?アレが無かったらまだE級やってたかもしんない」

「うう・・・その頃の自分を思い出すと自己嫌悪に・・・」
「でもユリア?ユリアが浮気してなかったら、あたしとっくに死んでたわよ?なにか一つ違ってたら、こうして出会うことも無かった・・・そう考えると、あたしの幸せって、ユリアの犠牲の上に成り立ってるわね?」
「結果オーライって事だな」

「あー、そういえばあたしも、コイツがラティアさんとアンアンやってるの、隣の部屋で毎晩聞かされたのよ?ひどくない?」
「いやっ、おまっ!それは仕方ないじゃん?無罪無罪」
「はぁ・・・私も主様にゾッコンだったら、みんなと一緒にキャッキャウフフ出来たのに・・・」

「ミランさんはその、やっぱダメなの?」
「何がわるいのかな?全然こう、ズキュンって来ないのよね?もう完全に惰性とカラダだけの関係?」

「うううう、ユリア、ミランがいじめる」
「旦那さま、わたしは大好きですよ?」

「でも、ユリアも変わったわよね?変な遠慮がなくなって、サバサバして来たっていうか?」
「ユリアは元々、もっとサバサバしてたんだけどな」
「それはその、やっぱり負い目的なモノがありまして・・・でも、ガザル村の一件で、ようやっと役目が果たせた気がして、少し自信が付きました」

「ユリアちゃん、今や接近戦なら人類最強なのよねぇ~」
「あー、だろうなー。っていうかなんだかんだ言って俺たちすごくね?シリアは長距離最強だし、ユリアは接近戦無敵だし、ミランは空飛んでるし」
「そんでアンタは虐殺させたら世界一よね」

「なんだろう・・・俺たちって極道一家かなんかか?」
「それが神殿の教皇一家なのが凄いですよね~」

今夜は月が明るいから、星はそんなに輝いてない。

「向こうの世界の人間は、あの月まで飛んでってるんだぞ」
「マジで?」
「月には何があるの?」
「なんだかお伽噺の世界みたい」

「あー、何にも無かった。生き物もいないし水も無い。岩だけの世界だ」
「・・・ちょっと残念ね?」
「まぁこの世界の月も同じかはわかんないけどな」

風に乗って飛ぶ気球は思いの外静かだ。
交通手段としても実は有用なんじゃ無かろうか?

「ライザさんが暴れてるといけないから、そろそろ替わってあげないとね?」
「そうですね。ミランさんはまだ?」
「あー、もう居なくても平気だな。航路を変えるときは呼びに行くよ」
「じゃ、気をつけてね?」
「おう」

別に俺も残る必要は無い気がしないでも無いが、やはり船長として責任的なアレがある。
空の上でライザを野放しにするような暴挙は、やってはいけないだろう。

ブブブゥンッ

「うぉぉぉぉぉっ!空だ!空の上だっ!アリスっ!見てみろ!すげーぞっ!」
「そういえばアリスは初めてか・・・怖くないか?」
「んー、暗くてよくわかんないよね?でも、何も無いって不思議・・・」
「か、カイン様・・・私は少し怖いですわ・・・」

まぁ案外子供は平気なもんだよな。

「あれ?ライザ?フレッドはどうした?」
「早く乗りたいから置いてきた!」
「おまっ・・・普通あるだろ?『ロマンチックな空の旅を愛する夫と』的なアレが?」
「ふははははははっ!問答無用っ!」

「『お先にどうぞ』って言ったんだけど『慌てる必要もなかろう』って・・・」
「ま、別にいいか・・・じゃあこの班では、珍しくビクビクしてるラティアを重点的にイジって行こう」
「カイン様!?」

代わる代わる入れ替わる仲間たちと、取り留めもない会話を続けながら、闇夜のフライトが続いていく。
そして・・・

「・・・言葉になんないわ・・・」
「あぁ・・・俺もここまでとは思わなかった」

紫色の空の向こう、地平線の彼方にゆらゆらと光が滲み、ゆっくりと太陽が昇ってくる。
眼下の雲海が朱に染まり、広大な世界を肌で感じる。

「わたし・・・こんなに美しい色、見たこと無かった・・・」

ポロポロと涙を流すユリアも、じっと朝陽を見つめている。

「アベルにも・・・見せたかったな」

言葉少なげに立ち竦みながら、俺達は冒険の始まりを実感していた・・・。


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