縛り勇者の異世界無双 ~腕一本縛りからはじまる異世界攻略~

延野 正行

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第1章

第1.3話 外れ勇者と縛りプレイ②

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 そして俺はあっという間に王宮を放逐された。
 最後に門兵にすら蹴飛ばされ、砂をかけられる。
 初めて吸い込んだ異世界の砂の味に、俺が感動を覚えることはなかった。

 城門に背を向けて歩き出す。
 街が見えた。
 息を呑むほどの大きな街である。
 王城があるのだ、おそらくそこは王都なのだろう。

 背の低い建物がひしめき合うように立ち並び、大通りと思われる場所には、たくさんの露店が並んでいる。
 むろん、行き交う人の数も尋常じゃない。
 種族も豊富である。長耳のエルフに、犬や猫といった獣人族。通りを我が物顔で練り歩く馬車も、馬ではなく、見たことのない大きな鳥だった。

 すべてが新鮮に見えた。
 それはきっと俺に記憶がないこととは別だろう。
 肌でわかる。俺は今見ている光景とは全く違う世界から来たのだと。

 ぐぅ……。

 感動したのもつかの間、腹が鳴った。
 とはいえ、俺には金がない。
 露店を見ている時に知ったが、この世界では銅、銀、金貨で物の売り買いをしているようだ。
 だが、生憎と俺の懐には1文――いや1銅貨すら入っていない。

 おまけに雨が降ってきた。

 とりあえずピービーという馬車を引く大鳥の厩舎を見つけた。
 その軒先で雨をしのぐ。
 ピービーは何も言わず、軒先を貸してくれた。
 異世界に来て、初めて俺を優しくしてくれたのは、言葉も喋れない獣だった。

「くそ。俺って勇者じゃなかったのかよ……」

 天に唾を吐いている場合ではない。
 俺は今一度ステータスを見直すことにした。
 問題はこのスキルである。
 『縛りプレイ』って一体どうやって使うんだ?

 俺は試しにと、厩舎にかかっていた手綱で自分で自分を縛ってみた。
 くねくねとしているうちに、ほどけなくなる。
 ジタバタともがいていると、俺はそのまま疲れて眠ってしまった


 ◆◇◆◇◆


 次に目を覚ました時。
 俺は厩舎の軒先ではない見知らぬ天井を見つめていた。
 王宮と思ったが、そうではない。
 明らかに荒ら屋といった感じで、そこかしこに穴が空いている。
 隙間風が、雨でしっとりと濡れた俺には堪えた。

 しかも、やたらがっしりと俺には縄が施されている。
 俺が縛ったものじゃない。
 それに手綱ではなく、しっかりとした縄だった。
 そもそも自分で手と足と縛るなんて、相当なテクニシャンだろう。
 とはいえ、記憶をなくす前の俺が、そういった技術を持っていた――という可能性は否定できないが……。

 ならば、縄をほどくことも出来るかもしれない。
 俺は再びジタバタともがき始める。


「何をしてるの?」


 声が聞こえた。
 幼い子どもみたいな声である。
 俺はゆっくりと視線を上げる。

 そこには狐の耳と尻尾を生やした女の子が立っていた。

 腰の辺りまで伸びた金髪。
 ちょこんと飛び出た狐の耳が、ピクピクと反応している。
 俺を見つめる緑色の瞳は、丸くそして大きく、小ぶりのお尻からは、思わず触りたくなるようなモフモフの尻尾が、ヒラヒラと耳と連動しながら動いていた。

 年の頃は、10歳前後ぐらいか。
 いわゆる狐耳の少女だった。

「えっと……。君は?」

「え? わたし? わたしはルーナだよ。――はっ!」

 突然、ルーナは何故か自分の口を両手でふさいだ。
 顔がみるみる青ざめていく。

「そうだ。人と話しちゃダメっていわれたんだ」

「話しちゃダメって? 誰に言われたの」

「親方様に……。あっ――また――!」

 また慌てて口をふさぐ。

 この子、案外ちょろいぞ。

「なあ、教えてほしい。ここはどこなんだ? 俺、ピービーの厩舎で寝てたら、いつの間にかこんなことになってて」

「ピービー? なんでそんなとこで寝ていたの?」

「ま、まあ色々事情があって。た、頼む。お願い。この通り!」

 縛られながら、俺は頭を下げた。

 ルーナは困った顔を浮かべる。
 けれど、最後には表情を柔らかくした。

「わたしが喋ったことは内緒だよ」

 俺は全力で頭を振る。

 ルーナは声を潜め、この場所について教えてくれた。

「ここは奴隷商の倉庫だよ」

「奴隷商……。倉庫……」

 その言葉を聞いて、すべてを理解した。
 たぶん、俺は奴隷商に捕まったのだ。
 ルーナ曰く、この世界では奴隷の売買は違法というわけではないらしい。
 きちんと労働契約を結んだものであれば、問題ないと。

 だが、俺は縄で縛られ、人の目が届かない倉庫にぶち込まれている。
 俺は何も聞いていないし、もちろん契約書だってサインしていない。
 つまりは違法である。

 きっと人さらい同然で奴隷を手に入れ、売買している連中なのだろう。

 しかし、なんで俺なんかさらったんだ。

「ねぇ、わたしも聞いていーい?」

「な、なんだ?」

「お兄ちゃん、なんで髪が黒いの。目も……。わたし、初めて見た」

 ルーナの言葉に、俺ははっと顎を上げる。
 そうだ。この髪と瞳だ。
 王宮の連中は、この世界マーゴルドにはない色だと言っていた。
 それが勇者の証になると。

 俺が勇者だとは思っていないだろうが、珍しいと思ったのだろう。
 厩舎の軒先で寝ていた俺を、奴隷商がさらっていったんだ。

 くっそ!
 今さらながら、自分の無防備さに腹が立つぜ。

「なあ、ルーナ。俺を助けてくれ」

「助ける?」

「縄をほどくだけでいい」

「でも――」

「ルーナ、よく聞いてほしい。俺は勇者だ」

「勇者……」

「この髪と目を見てくれ。これが証だ。マーゴルドにはない。召喚された勇者の証だ」

「あ。昔、聞いたことがある。長老様がそんなことを――」

「そうだ。それだ! 君に危害は加えない。なんだったら、一緒にこの場所を脱出しよう」

 最初見た時から気付いていた。

 ルーナの身体はボロボロだ。
 肌のあちこちに、打ち身や切り傷の痕がある。
 まともに食べてもいないのだろう。
 頬はこけ、綺麗な色の髪もくすみ、痛んでいる。
 着ているものだって、まだ襤褸の方がマシというほどのものだった。

 ひどい生活を送っていることは、一目瞭然である。

 しかし、それでもルーナは――。

「ダメだよ。わたし、ママとパパを探さなきゃ」

 俺は怯まない。
 畳みかけるようにルーナに向かって叫んだ。

「だったら、俺が君の両親を探すから。絶対に! どんなに時間がかかっても!」

「……………………ほんと?」

「ああ。約束する」


「なんだ。騒がしいと思ったら起きたのか」


 現れたのは、屈強な肉体を持つ男だった。

 (③に続く)
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