聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

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第一章

プロローグ

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 鉛のように重い瞼を開いた時、視界に映ったのは火の海だった。
 燃え上がる炎は天まで昇り、1本柱に括り付けた私を嘲笑っている。

 熱い……。

 熱い……。

 熱い……!

 炎が私を焼く。
 襤褸を焼き、白い肌は真っ赤に染め、生きる力を消耗させていく。
 息をするだけで、地獄のような痛みが喉を走り、体内の水気を奪っていった。
 唇はカラカラ。汗は出ても、すぐに乾いてしまう。すでに足の感覚がない。

 否応なく、私は火中にいた。
 助けを呼ぼうにも、喉が嗄れて声がでない。
 せめて目で訴えかけたが、見えるのは火の海と私を見て笑う人間たちの姿だった。

 口々に罵詈雑言を浴びせ、怒りを私にぶつけている。
 老婆が呪いの言葉を吐いて、祈っているのが見えた。
 子どもが私に石を投げつけてくる。

(……なぜ? どうしてこうなったのかな?)

 天を恨めしく覗き見て、己の半生を述懐する。

 私は聖女だった。

 魔王討伐の使命を帯び、勇者や戦士、他様々の名うての実力者と共に王国から旅立った。
 旅は苦難の連続だ。それでも聖女わたしと勇者はすべてを乗り越え、ついに魔王を討ち取った。
 私と仲間たちは英雄となった。どこの街や国へ行っても歓迎され、称賛された。

 旅を終えた私は、国の要職を担うことになった。だが、1年も経たないうちに私は国の王子に見初められ、婚約した。

 そう。そこまでは良かった。私の人生は順風満帆――――のはずだった。

 婚約が決まってから、私は王子の補佐に周り、それがいつしか政に口出すようになった。
 聖女の言葉に民衆は傾いた。家臣たちも王や王子の言葉よりも、私の言葉を聞くようになった。

 ある時から国王は戦争を始めようとしていた。
 折角、魔王が倒され、平和な世になったというのに今度は今まで力を合わせていた人間と戦おうというのだ。
 私は何度も国王にお目通り願い、戦さを止めるように進言した。
 国王の息子である王子にも、王を諫めるように説得した。

 しかし、うまくいかなかった。

 それどころか王子から一方的に婚約破棄された。
 理由を聞いたら「真実の愛に目覚めた」――のだそうだ。
 さらに国王は私に付き従った家臣たちを、あらぬ罪で裁き、あるいは追放していった。
 そして気が付いた時には、自分の周りに味方がいなくなっていた。
 かつての仲間たちは田舎に帰り、残っていた勇者たちは全員王子の側についた。

 結局、私は王族に対する侮辱罪で、火炙りが決まった。
 私は進言しても、1度も国王や王子を侮辱したり、卑下するようなことを言ったことがない。
 つまりは濡れ衣だった。

 私が火刑台に吊されても、誰も助けようとはしない。
 後ろの方で王子と国王、かつての仲間たちが笑っているのが見えた。

 私は1人だ。

 大勢の悪意と炎に包まれながら、私はまた天を仰ぐ。

「またか……」

 私は聖女だ。

 その前の前世も聖女だった。

 その前の前も……。

 そして、それはすべて悲劇的な終わりを告げた。
 しかも、いずれも世界を救った後に起こっている。
 初めは毒殺され、2度目は過労死、そして3度目は火あぶりだ。

 さすがに3回目となると、もう感慨が浮かばないと思いきや、これはこれで悔しい気持ちでいっぱいだった。
 私はその抱えた気持ちを吐き出すべく、息を吸う。
 喉が焼け付くように痛かったが、もはやどうでもよくなっていた。

「どうしていつもこうなのよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」

 逆巻く炎の中に、私の声は飲み込まれていった。
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