聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

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第一章

第1話

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 次に目を覚ました時、私は白一色の景色の中にいた。
 明るいのに、どこか薄暗い。厚い雲の中にいるようで、視界がぼやけて見えた。

「や! 久しぶりだね、ミレニア」

 唐突に私の視界に入ってきたのは、猫なのか狐なのか、あるいは狼なのかよくわからない生き物だった。
 ふわふわの真っ白な体毛に、黄金色の瞳、猫に似た口ひげがみょ~んと伸びている。
 それが人の言葉を介し、私に近づいてくるのだ。

 普通の人だったら腰を抜かすと思う。
 何せ喋る獣だ。見た目こそ可愛いけど、やはり人間の言葉を喋る動物なんてやはりおぞましい。

 実際、会ったばかりの私がそうだった。
 だが、今は違う。
 私は現れた獣の首を掴むと、そのまま引き寄せた。

「はあ~~。いつもモフモフ……。生き返るわぁぁぁあああ!」

 綿帽子を大きくしたようなふわふわモフモフの毛を存分に味わい尽くす。

「ちょ! ミレニア、やめてよ! やめて!」

「いいじゃない。お勤めが終わったところなんだから」

「出所後のやの付く職業みたいなこと言わないでよ。間違ってないけど……」

「はあ……。もふもふ……。ずっと堪能してたい。香りもいいし。すーはーすーはー」

「のっけからボクの匂いを嗅がないでくれるかな! お願いだから、ストップ! タンマタンマ!!」

 脱皮でもするかの如く、するりと私の胸から獣は脱出する。
 音無しの着地を見せると、ふわふわの尻尾を揺らして、私の方に振り返った。

 この獣の名前は「神様」。

 冗談みたいで本当の話。
 宇宙を作り、大地を作り、人類を作った創造神だ。

「まずはご苦労様、ミレニア」

「ご苦労様って一言で言うほど、簡単じゃなかったけどね」

「でも、楽勝だったじゃないか。ボクが与えたチート能力を、まさかあんな風に使うなんてね。思いも寄らなかったよ。魔王もびっくりしていたしね」

「そうね。その点については、あの時咄嗟に思い付いた自分を――――って、そういうことじゃなくて!」

「君はボクが見てきた人間の中でも、1番能力を使うのがうまいよ。選んだボクとしても鼻が高いね」

「待って、神様。私が言いたいことがそうじゃないの。何よ、あの最期は! しかもこれで3回目よ!」

「そうだね。ボクも火あぶりにされる君を見て、心苦しかったよ」

「だったら見てないで助けてよ。神様なんだから」

「それはできない。神が人間界に直接干渉するのは御法度だからね」

「御法度って……。神様でしょ?」

「そうだよ、ボクが決めた。ボクが決めたルールをボクが守ってるだけさ。何か悪いことでもある?」

 悪いとかそういう問題じゃないと思うけど。
 いや、もう止めておこう。この神様は、元から話が通じないタイプなのだ。
 私たち人間の常識では測れない。

 1つ言い返せば、1億の言葉で返ってくる。
 可愛い見た目をしているけど、中身はパワハラ上司となんら変わらない。
 いや、私にとって神様は上司そのものだ。

 私の一番初めの人生――それはもう最悪だった。生きているのが不思議なぐらいだった。
 そんな時現れたのが、この神様だ。
 神様は言った。

『君をこの生活から助けてあげる。その代わりに、世界を救ってくれないかな』

 何を言ってるかわからなかった。
 けれど、私は藁に縋る思いで神様と契約し、破滅しそうな世界に聖女として送り込まれる。
 そんなことを繰り返していた。

「さて、次はどんな能力がいいかな? 今からもう楽しみだよ。君がどんな風に世界を救うかを……」


「もういらない」


 私は絞り出すように神様に言った。
 すると、神様は首を傾げる。動作の1つ1つがいちいちあざとい。

「困ってる人を助けたいって気持ちはあるわ。今もね。……でも、もう限界よ」

「限界?」

「私、普通の人間になりたい。普通の家庭に生まれて、普通の生活をして、普通の仕事をして、普通の恋をしてみたい」

「聖女として活躍すれば、食べるものにも、着るものにも困らない。なんの不自由のない生活ができていたろ? 今回は王子様と婚約するにまで至ったのに、君はそういう人生を断って、平凡な人間として暮らしたいというのかい?」

「暮らしたいわ。確かに聖女の生活はとても魅力的よ。魔王討伐も苦労はあったけど、スリリングな毎日も嫌いではなかったわ。……けど、最初から決められたレールの上を歩いているようで、まるで自分の人生じゃないみたいだった」

 確かに生活に不自由な点は何もなかった。
 けれど、私はその中でずっと自由を欲していたのに、それを与えてくれる人は1人もいなかったのだ。

「それに、もう自分のチート能力によって他人から恨まれたり、嫉妬されたりするのはもうたくさんなの……。だからお願い、神様」


 私を自由にさせて……。


 半分泣きそうになりながら、私は神様に訴えた。
 4度の人生の経験を経て、ようやく決心がついたのだ。
 聖女ではなく、普通の女の子になる決意を……。

「いいよ」

「――――ッ!」

「なんだい、その顔。断られると思った?」

 神様は尻尾を揺らしながら、ケラケラと笑う。

「ボクだって鬼じゃない。これでも神様だからね。君が辛い想いをしているのは知っている」

「ありがとう、神様」

 私は神様に抱きつく。再び存分にモフモフを堪能した。

「こら、ミレニア。ドサクサに紛れて引っ付かないでくれ」

「ムフフフ……。神様は優しい!」

「今回だけは特別さ。聖女の心のケアも、ボクの役目だからね。さて――――」

 神様はまた私の胸からすり抜ける。
 地面に着地すると、その瞬間魔法陣のようなものが浮かび上がった。
 淡い桜色の光を見て、息を飲む。
 その魔法陣を見ながら、神様は言った。

「ふむ。ここなら良さそうだ。比較的安定しているし、出自も君の要望に応えることができそうだ」

「どういう世界なの?」

「君が1度目に救った世界を覚えているかい……。そのざっと1000年後の世界だ。君のおかげで魔族という脅威がなくなって、随分と年数が経っている」

 なるほど。だから、安定しているのか。
 前にいった世界なら、その時の知識を使えるかもしれない。

「かなり文化体系や政治、国の形が、君がいた時と大きく変容している。前の知識は一切通じないとみていいだろうね」

「それは残念……」

 私は肩を竦める。
 ちょっとぐらいならズルできると思ったのに。

「もう1度聞くけど、本当に能力はいらないんだね」

「ええ……。私は普通の女の子として、暮らしたいの」

「そう。じゃあ、せめて言語が通じるようにしておこう。君、語学が苦手だったろ」

「うっ……。よくそんなことを覚えていたわね」

 1度目の時の苦労を思い出す。
 だから、2度目の時からは言語が通じるチートを神様にもらったんだ。

「ふっ……」

 ん? なに、神様? 今、もしかして笑った?

 私の気のせいかしら。
 火柱に括り付けられてから日も経ってないし。
 ちょっとナーバスになっているのかもね。

 普通こうして喋ることなんてできない。たぶん、神様が私の知らないところでメンタルケアとやらをしているからだと思うけど。

「それじゃあ行くよ」

 神様の金色の瞳が閃く。
 すると、私の足元に真っ白な魔法陣が浮かび上がった。
 くるくると回転を始めると、私の視界を真っ白に覆う。
 白い光に覆われる直前、神様が何か言っていたのを見た。

「ミレニア、気を付けて。ボクが人を転生させる世界は、いつか滅び行く世界……。君が望んだ普通の世界も例外じゃない。ただし――――」


 君が聖女になれば、何の問題もないと思うけどね……。


 私には何も聞こえない。
 ほんの一瞬のことだったから。
 でも、ほんの一瞬だったけど見たのだ。

 やはり神様が笑っているのを……。
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