3 / 74
第一章
第2話
しおりを挟む
私はアスカルド子爵家に生まれた。
神様にリクエストした通り、平凡な貴族である。
適度な経済状態、政敵は少なく、家族仲までごく平均的……。
父ヤーゴフはどちらかと言えば仕事ができない方の人間だったけど、子煩悩で何より家族を愛していた。
そんな父に伯爵家から嫁いできた母エイリアーナはゾッコンで、仲睦まじく暮らしている。
私は5人兄姉の末っ子として生まれた。
全員エイリアーナのお腹から生まれたというから驚きだ。
1000年前には、なかなかエイリアーナみたいな母親はいなかったはず。
出産技術が向上したのか。それともエイリアーナが安産型なのか。
生まれたばかりの私には、さすがにわからない。
1度目の時は生まれた時から、「すごい魔力だ」と両親から驚かれ、巨大な竜を屠っていたけど、そんなこともない。
ちなみにいきなり竜がエンカウントしてくるイベントも特になく、私は至って健やかに暮らした。
とはいえ、相変わらず竜をはじめ魔物が跋扈してるようである。
そこはさすがに異世界だけあって、普通の暮らしという風にはいかないようだ。
普通に暮らしたいとは言ったけど、モブキャラみたいな終焉は迎えたくはない。
神様からもらったチート能力はないけど、ちょっとでも身体は鍛えておいた方がいいということで、私はまず足腰だけは鍛えておこうと思った。
この世界では今でも徒歩の旅が一般的だったりする。竜から逃げるにしても、健脚でなければならない。
馬車もあるが、維持費がかかる。そして平均的な経済状況のアスカルド子爵家には、そのようなものを管理する余裕がない。
精々タダ同然でもらった老馬の世話をするぐらいが精一杯なのだ。
多少オーバーに鍛えていても、損はないだろう。
やがて3年が経った。
一番上の兄上が出ていった。アスカルド子爵家を継ぐために、経営の学校に通うそうだ。
私はというと、3歳児にして立派な足腰を手に入れていた。
日頃から山に登っていじめ抜き、今では領内一の健脚と言われるほどだ。
勿論、3歳児に限るけど。
体力がついたら、次は知識である。
我が家には結構な蔵書がある。どうやら私のお爺ちゃんが優秀な魔術師で、武功も立てているらしい。
魔術に関する魔術書が、書斎にずらりと並んでいた。
【魔術】というのは、私も初めてだ。
1000年前は【魔法】を使っていた。それだけの長い期間で、技術体系が変わったのだろう。
あと――1000年前と比べて、大気中に含まれる魔素量が少なくなっている。
【魔法】は外気に魔素を集約させる技術に対して、【魔術】は内気――つまり人間の中にある魔力を練り上げ、力に変える技術である。
外に充満する魔素量と、人間の中にある魔力量と比べるまでもなく、前者が圧倒的に多い。
どうやら、そのせいで【魔術】の強さは、【魔法】と比べものにならないほど弱くなっているようだ。
けれど、1000年近く経って、技術が格段に向上し、そして人間の身体にも変化の兆しが現れた。中にはとんでもなく膨大な魔力量を有して現れる子どもがいたり、鍛えることによって魔力量をアップさせるトレーニングも生まれたようである。
「ふう……」
私は読んでいた本から顔を上げる。
周りには魔術書、歴史書、経済史、政治史などが雑然と並んでいた。
勉強は好きではないけど、割と得意だ。
好きじゃないのは、多分の1度目の人生で経験した学校や勉強のイメージが悪いものだったことが影響しているのだろう。
ただし語学は別だ。嫌いでも得意でもない。
初めて聖女になった時、随分苦労した。今思うと、付いた家庭教師のせいなのだけど、半分トラウマになっている。
「おやぁ……。ミレニアちゃん、こんなとこにいたんでちゅか~」
ちょっと変態チックな赤ちゃん言葉で、書斎に入ってきたのは父ヤーゴフだった。
父は末っ子の私にゾッコンだ。
たぶん娘がいつか自分に冷たくなるのを見越して甘えているのだろう。
最近長女のソフィーがヤーゴフをあからさまに毛嫌いするようになった。
いわゆるお年頃というヤツだ。
ソフィーに構ってもらえない分を、ヤーゴフは私で補填しているらしい。
「お父様、お髭がゴリゴリで痛いよ~」
強制的に抱きかかえられた私は、なんとか逃げ出そうとする。
「ごめん。ごめん。……それより何をしていたんだ、ミレニア」
ちなみにミレニアというのは、聖女として活躍し始めてから使っている名前だ。
皆、同じ名前を付けるように神様が両親を選んで転生させているらしい。
ヤーゴフは私から離れると、書斎の状況を見て唇を尖らせた。
「こんなに本を散らかして……。ママに怒られるぞ、ミレニア」
「ちらかしてないよ。ご本をよんでたの」
一瞬ギョッとした後、ヤーゴフはお腹を押さえて笑い始めた。
「あはははは……。読むだなんて。ここにある本はミレニアのお爺ちゃんが集めていた魔術書なんだよ」
何だかよくわからない詩集みたいな本があるなと思ったら、魔術書だったなんて。
「全部魔術文字で書かれていて、とっても勉強しないと読めないんだよ」
「ミレニア、よめるよ」
私はその辺に落ちていた魔術書を拾い上げる。
「ははは……。パパも魔術書にはちょっと詳しいからね。わかるんだ。それはイフリルの魔術書と言ってね。700年前、リムト記において発明された文字で、パパだって少ししか」
「炎冠に座す魔神よ。悪鬼、人ならざるものを討ち払え……」
【魔炎灼弾】!!
瞬間、私の手に紅炎が灯る。
部屋は一瞬にして真っ赤に染まり、私も父も固まった。
「へっ?」
「ミレニア! 手を外に向けて! 早く!!」
私は言われるまま手を外に向けた。
直後、渦を巻いた炎の塊が発射される。
刹那、硝子や土壁が溶解し、さらに屋敷の生け垣が吹き飛んだ。
黒い煙が充満する中、出来上がったのは挟みで切り取ったかのような丸い穴だった。
「あっ、あれ?」
え? 何これ?
……頭が真っ白で、何も考えられない。
全身の力が抜けて……、これってもしかして――――。
私は人形を倒すように横に倒れた。
そうして私は意識の底に沈んでいった。
神様にリクエストした通り、平凡な貴族である。
適度な経済状態、政敵は少なく、家族仲までごく平均的……。
父ヤーゴフはどちらかと言えば仕事ができない方の人間だったけど、子煩悩で何より家族を愛していた。
そんな父に伯爵家から嫁いできた母エイリアーナはゾッコンで、仲睦まじく暮らしている。
私は5人兄姉の末っ子として生まれた。
全員エイリアーナのお腹から生まれたというから驚きだ。
1000年前には、なかなかエイリアーナみたいな母親はいなかったはず。
出産技術が向上したのか。それともエイリアーナが安産型なのか。
生まれたばかりの私には、さすがにわからない。
1度目の時は生まれた時から、「すごい魔力だ」と両親から驚かれ、巨大な竜を屠っていたけど、そんなこともない。
ちなみにいきなり竜がエンカウントしてくるイベントも特になく、私は至って健やかに暮らした。
とはいえ、相変わらず竜をはじめ魔物が跋扈してるようである。
そこはさすがに異世界だけあって、普通の暮らしという風にはいかないようだ。
普通に暮らしたいとは言ったけど、モブキャラみたいな終焉は迎えたくはない。
神様からもらったチート能力はないけど、ちょっとでも身体は鍛えておいた方がいいということで、私はまず足腰だけは鍛えておこうと思った。
この世界では今でも徒歩の旅が一般的だったりする。竜から逃げるにしても、健脚でなければならない。
馬車もあるが、維持費がかかる。そして平均的な経済状況のアスカルド子爵家には、そのようなものを管理する余裕がない。
精々タダ同然でもらった老馬の世話をするぐらいが精一杯なのだ。
多少オーバーに鍛えていても、損はないだろう。
やがて3年が経った。
一番上の兄上が出ていった。アスカルド子爵家を継ぐために、経営の学校に通うそうだ。
私はというと、3歳児にして立派な足腰を手に入れていた。
日頃から山に登っていじめ抜き、今では領内一の健脚と言われるほどだ。
勿論、3歳児に限るけど。
体力がついたら、次は知識である。
我が家には結構な蔵書がある。どうやら私のお爺ちゃんが優秀な魔術師で、武功も立てているらしい。
魔術に関する魔術書が、書斎にずらりと並んでいた。
【魔術】というのは、私も初めてだ。
1000年前は【魔法】を使っていた。それだけの長い期間で、技術体系が変わったのだろう。
あと――1000年前と比べて、大気中に含まれる魔素量が少なくなっている。
【魔法】は外気に魔素を集約させる技術に対して、【魔術】は内気――つまり人間の中にある魔力を練り上げ、力に変える技術である。
外に充満する魔素量と、人間の中にある魔力量と比べるまでもなく、前者が圧倒的に多い。
どうやら、そのせいで【魔術】の強さは、【魔法】と比べものにならないほど弱くなっているようだ。
けれど、1000年近く経って、技術が格段に向上し、そして人間の身体にも変化の兆しが現れた。中にはとんでもなく膨大な魔力量を有して現れる子どもがいたり、鍛えることによって魔力量をアップさせるトレーニングも生まれたようである。
「ふう……」
私は読んでいた本から顔を上げる。
周りには魔術書、歴史書、経済史、政治史などが雑然と並んでいた。
勉強は好きではないけど、割と得意だ。
好きじゃないのは、多分の1度目の人生で経験した学校や勉強のイメージが悪いものだったことが影響しているのだろう。
ただし語学は別だ。嫌いでも得意でもない。
初めて聖女になった時、随分苦労した。今思うと、付いた家庭教師のせいなのだけど、半分トラウマになっている。
「おやぁ……。ミレニアちゃん、こんなとこにいたんでちゅか~」
ちょっと変態チックな赤ちゃん言葉で、書斎に入ってきたのは父ヤーゴフだった。
父は末っ子の私にゾッコンだ。
たぶん娘がいつか自分に冷たくなるのを見越して甘えているのだろう。
最近長女のソフィーがヤーゴフをあからさまに毛嫌いするようになった。
いわゆるお年頃というヤツだ。
ソフィーに構ってもらえない分を、ヤーゴフは私で補填しているらしい。
「お父様、お髭がゴリゴリで痛いよ~」
強制的に抱きかかえられた私は、なんとか逃げ出そうとする。
「ごめん。ごめん。……それより何をしていたんだ、ミレニア」
ちなみにミレニアというのは、聖女として活躍し始めてから使っている名前だ。
皆、同じ名前を付けるように神様が両親を選んで転生させているらしい。
ヤーゴフは私から離れると、書斎の状況を見て唇を尖らせた。
「こんなに本を散らかして……。ママに怒られるぞ、ミレニア」
「ちらかしてないよ。ご本をよんでたの」
一瞬ギョッとした後、ヤーゴフはお腹を押さえて笑い始めた。
「あはははは……。読むだなんて。ここにある本はミレニアのお爺ちゃんが集めていた魔術書なんだよ」
何だかよくわからない詩集みたいな本があるなと思ったら、魔術書だったなんて。
「全部魔術文字で書かれていて、とっても勉強しないと読めないんだよ」
「ミレニア、よめるよ」
私はその辺に落ちていた魔術書を拾い上げる。
「ははは……。パパも魔術書にはちょっと詳しいからね。わかるんだ。それはイフリルの魔術書と言ってね。700年前、リムト記において発明された文字で、パパだって少ししか」
「炎冠に座す魔神よ。悪鬼、人ならざるものを討ち払え……」
【魔炎灼弾】!!
瞬間、私の手に紅炎が灯る。
部屋は一瞬にして真っ赤に染まり、私も父も固まった。
「へっ?」
「ミレニア! 手を外に向けて! 早く!!」
私は言われるまま手を外に向けた。
直後、渦を巻いた炎の塊が発射される。
刹那、硝子や土壁が溶解し、さらに屋敷の生け垣が吹き飛んだ。
黒い煙が充満する中、出来上がったのは挟みで切り取ったかのような丸い穴だった。
「あっ、あれ?」
え? 何これ?
……頭が真っ白で、何も考えられない。
全身の力が抜けて……、これってもしかして――――。
私は人形を倒すように横に倒れた。
そうして私は意識の底に沈んでいった。
7
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる