聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

文字の大きさ
12 / 74
第二章

第10話 

しおりを挟む
 『筆記試験』の会場に行くと、空気が随分淀んでいた。
 受験生たちの緊張感が伝わってくる。かくいう私も緊張してきた
 もう1回お花を摘みに行って来ようかしら、と筆記用具を出していた時、声が聞こえた。

「なんで、あんたがあたしの隣なのよ!」

 横を見ると、さっき出会ったヴェルファーナが座っている。
 ジッと私の方を睨んで、縄張りを主張する猫みたいに警戒していた。
 あー、怒ってても可愛い。ちょっと頬を膨らませているところとか最高かも。

「ちょっと! 聞いてるの、あなた!!」

「ご、ごめんなさい!」

 反射的に謝ってしまったが、どうやら私の邪な心が通じたわけではない。
 多分聞かれていたとしたら怒るというより、ドン引かれていたことだろう。

「いーい! いくらあたしの答案を見たいからって、カンニングしたら即教官に言うからね」

「それはしないと思うけど、多分ヴェルちゃんが可愛いから見ちゃうかも」

 しまった。つい本音が……。
 すると、たちまちヴェルちゃんの顔がキュ~~ッと赤くなっていく。

「な、な、な、何を言ってるのよ、へ、変態! 絶対こっちを見ないでよ」

「そこ! うるさいぞ!! 何をやっている!!」

 鞭でピシッと床を叩いたような声だった。
 前の方を向くと、背の高い男の人が演壇の前に立っていた。

 それもただの男の人じゃない。
 着ているのは軍の制服だ。二の腕にはロードレシア王国の国章が縫い付けられ、その下には『魔術師』を象徴たるガーネットとともに宮廷が描かれていた。

 すると、突然椅子に座っていた受験生たちが立ち上がる。
 立っていた受験生も、その場に直立した。みるみる顔が青くなり、額から脂汗が滲み出てくる。

 ヴェルちゃんの顔も同様に、軍服の男を見て緊張していた。
 王都ではそんなに軍人が珍しいのかしら?
 それとも有名な軍人さん?

 私は声を潜めて、尋ねた。

「ねぇ、ヴェルちゃん」

「あ、あんたねぇ! 今、よく話しかけられるわね」

「あの人って、有名人なの?」

「はあ?? 何を言ってるのよ! あの方を知らないの?」

「えへへへ……」

 私は舌を出して、誤魔化した。
 ヴェルちゃんは「はあ」と深いため息を吐く。

「あの方はゼクレア・ル・ルヴァンスキー様。ローデシア王国魔術師第一師団の師団長」

「第一師団って、確か王宮防衛の要って言われてるエリート集団よね」

 いくら王宮の知識に疎い私でもこれぐらいのことは知っている。
 とはいえ、騎士団に所属するドレーズ兄さんの受け売りだけどね。

「そうよ。そして、今もっとも『勇者』に近いと言われている人よ」

「へぇ……」

「おいそこ! うるさいぞ。お前らも座れ。ここはまだ軍隊ではない。お前らはひよっこですらないんだからな」

 ゼクレア師団長はさらに怒鳴り付けると、受験生を睨んだ。

 癖ッ毛の強い柔らかな髪に、見ると石になってしまいそうな眼光鋭い三白眼。
 細身で高身長だけど、なよなよした感じはしない。
 まるで針金を何本も結って締めたような力強さを感じる。
 いや、もうそれは針金じゃない。一振りの剣に近い。

 ゼクレア教官が入ってきたことによって、空気はがらりと変わる。まるで獅子に頭を押さえ付けられたかのように静かになり、椅子を引く音や鉛筆を出す音だけが響いていた。

 試験用紙と答案用紙が配られ、ついに筆記試験が始まる。

『第1問 平日の昼、お父さんが公園のブランコに座っているのを発見しました。あなたならどうしますか?』

 ……………………えっ? 何これ?
 平日の昼、お父さんが……。えっ? ……どういうこと?

 いや、お父さんだってブランコで遊びたい時があるわよね。
 うちの父なんて、庭にある手作りのブランコを40歳で全力で立ちこぎしてたのを見たことあるけど。
 むしろ微笑ましいんじゃないかしら。子どもっぽいとは思うけど……。

 というか……。

 これが魔術師学校の試験?
 何かの間違いでは?
 普通試験ってさ。普通は『以下の魔術文字を解読しろ』とか『この魔術文字は、いつの年代の文字?』とか、そういうのじゃないの?
 私、だいだい文字が自動的に翻訳されてしまう。だから、文字の年代とかを覚えるのには苦労した。文法や文体の違いでなんとかわかるようになったけどね。

 書店の時にすぐにわかったのも、帯に『コーダ記』って書かれていたからだし。

 最初の頃、どの魔術文字が上級で初級なのかもわからなかったから、3歳でやらかした後、度々家に穴を開けてたし(その度に親から褒められた)。

 まあ、いいか。ひとまず『お父さんと一緒にブランコに乗る』って書いておこう。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...