28 / 74
第二章
第25話
しおりを挟む
「魔術師第二師団入団の栄誉。誠に申し訳ありませんが、辞退させていただきます」
え? ヴェルちゃん、なんで??
辞退するって、第二師団入団を?
……ん? いや、待てよ。そうか。その方法があったか。
てっきり強制だと勘違いしていたけど、入団を辞退すればいいんだ。
でも、待て待て。落ち着け、私。もし辞退した場合、魔術学校に入学できるのだろうか。試験で満点取っても、今辞退したら魔術学校入学も取り消されたりする?
いや、それなら来年また受験すればいいし。
ただうちは貧乏貴族だから再試験なんて受けさせてくれないだろうし。
いっそ冒険者でもやって、自分で稼ごうかしら。
などと1人考えていると、ゼクレア教官とヴェルちゃんのやり取りは続いた。
「どういうことだ、ヴェルファーナ・ラ・バラジア。お前がバラジア家で『炎の魔女』と喚ばれていることは知っている。よもや古き魔術師の家系であるバラジア家の娘が、軍人になることに臆したなどと言うまいな」
ゼクレア教官の口調は、小さなヴェルちゃんを前にしても変わらない。
容赦なく大人の、そして軍人としての厳しさを突きつけてくる。
対するヴェルちゃんも立派だ。「臆する」素振りすらみせることなく、ゼクレア教官の言葉を受けると、苛烈に燃え上がる緑色の瞳を教官にぶつけた。
「教官。……あたくしはそのバラジア家の娘として、ここに立っているのです。『臆する』ことなど微塵もありません」
「では、どうして『辞退する』などというのだ」
「あたくしがバラジア家の娘だからですわ」
ヴェルちゃんは自分の薄い胸を叩く。
「教官も知っている通り、バラジア家は古の時代より魔術師として国と民に仕えてきました。しかしここ数代、当主においてはそのお役目を果たせるほどの逸材は現れず、ついにあたくしの姉は魔術学校に落ち、そのまま家を出て野に下りました」
「何が言いたい?」
「人は言います。『バラジア家は落ち目だ』と……。あたくしはその名誉を回復させるために魔術学校の試験を受けに来ました。しかし、結果――――」
「第二師団では不服というのか? 第二師団とて、受験生が飛び級で入団することは稀なことなのだぞ。あの馬鹿がおかしいだけだ」
ちょ! 今、馬鹿って言った??
「第二師団に入れることは大変名誉なことだと考えています。それでも……それでも、あたくしは1番にこだわりたい。いえ……。あたくしが今から紡ごうとするバラジア家の歴史に、2番なんてあり得ない。悔しいですが、ミレニア・ル・アスガルドは逸材です。師団にとってもイレギュラーと言えるでしょう。でも、たとえイレギュラーだとしても、それを超えられなければ、あたくしが努力を怠っていただけのことです」
「ヴェルファーナ……。正直に答えろ。お前がそこまで1番にこだわるのは、お前のうちの長女――天才と言われた先代の『炎の魔女』の悪評を払拭するためか」
ヴェルちゃんはぴくりと肩を震わせる。
グッと奥歯を噛んで、何かを堪えているように見えた。
「姉は関係ありません」
その一言を言うのが精一杯という顔をして、ヴェルちゃんは答えを返す。
口の端に宿った感情には怒りよりも、憎しみのようなものを感じる。
あの小さな身体で、ヴェルちゃんはきっと大きなものを背負っているのだろう。
天才といわれたヴェルちゃんのお姉さん。
あれ? でも、さっき魔術学校を落ちたって言ってなかったっけ?
別のお姉さんかしら。
「そうか。だとしても、お前の意見は受け入れられない」
「何故ですか!? 魔術師師団にそんな強制力は……」
「ああ。そんな強制力はない。辞めたいなら辞めるがいい。……ただお前は1番にこだわりたいと言った。仮にお前が来年も受験し、1番になれたとする。だが、ミレニア・ル・アスガルドがいない1番に何の意味があるのだ?」
ヴェルちゃんは大きく目を広げる。問いに対して答えることができず、そのままゼクレア教官は喋り始めてしまった。
「第二師団入団を決めさせたお前の実力と、この場で『辞める』といった矜恃だけは認めてやる。だがな、ヴェルファーナ。そうやって数字を並べたところで、お前がミレニアに負けたことは変わらん」
「それは――――」
声を震わせながら、ヴェルちゃんは何か言おうとしたけど、やはり反論はできなかった。
「1年後、お前がまた入団を許されるかもしれない。その時、お前は新兵。しかし、ミレニアは1年後、どうなってるか俺にもわからん。そんなミレニアを一生追いかけるつもりか? それともミレニアを無視して、自己満足の1位という勲章を掲げ続けるつもりか?」
ヴェルちゃんはずっと張っていた肩を落とす。
その瞳には失望がありありと現れていた。
「教官、あたくし――――――」
「あの~。私も辞退したいんですが……」
私は手を上げた。
ヴェルちゃんと教官のやりとりをずっと眺めていた受験生たちは、1つ息を呑んだ後。
『ええええええええええええええええええええ?????』
大きく声を張りあげた。
え? ヴェルちゃん、なんで??
辞退するって、第二師団入団を?
……ん? いや、待てよ。そうか。その方法があったか。
てっきり強制だと勘違いしていたけど、入団を辞退すればいいんだ。
でも、待て待て。落ち着け、私。もし辞退した場合、魔術学校に入学できるのだろうか。試験で満点取っても、今辞退したら魔術学校入学も取り消されたりする?
いや、それなら来年また受験すればいいし。
ただうちは貧乏貴族だから再試験なんて受けさせてくれないだろうし。
いっそ冒険者でもやって、自分で稼ごうかしら。
などと1人考えていると、ゼクレア教官とヴェルちゃんのやり取りは続いた。
「どういうことだ、ヴェルファーナ・ラ・バラジア。お前がバラジア家で『炎の魔女』と喚ばれていることは知っている。よもや古き魔術師の家系であるバラジア家の娘が、軍人になることに臆したなどと言うまいな」
ゼクレア教官の口調は、小さなヴェルちゃんを前にしても変わらない。
容赦なく大人の、そして軍人としての厳しさを突きつけてくる。
対するヴェルちゃんも立派だ。「臆する」素振りすらみせることなく、ゼクレア教官の言葉を受けると、苛烈に燃え上がる緑色の瞳を教官にぶつけた。
「教官。……あたくしはそのバラジア家の娘として、ここに立っているのです。『臆する』ことなど微塵もありません」
「では、どうして『辞退する』などというのだ」
「あたくしがバラジア家の娘だからですわ」
ヴェルちゃんは自分の薄い胸を叩く。
「教官も知っている通り、バラジア家は古の時代より魔術師として国と民に仕えてきました。しかしここ数代、当主においてはそのお役目を果たせるほどの逸材は現れず、ついにあたくしの姉は魔術学校に落ち、そのまま家を出て野に下りました」
「何が言いたい?」
「人は言います。『バラジア家は落ち目だ』と……。あたくしはその名誉を回復させるために魔術学校の試験を受けに来ました。しかし、結果――――」
「第二師団では不服というのか? 第二師団とて、受験生が飛び級で入団することは稀なことなのだぞ。あの馬鹿がおかしいだけだ」
ちょ! 今、馬鹿って言った??
「第二師団に入れることは大変名誉なことだと考えています。それでも……それでも、あたくしは1番にこだわりたい。いえ……。あたくしが今から紡ごうとするバラジア家の歴史に、2番なんてあり得ない。悔しいですが、ミレニア・ル・アスガルドは逸材です。師団にとってもイレギュラーと言えるでしょう。でも、たとえイレギュラーだとしても、それを超えられなければ、あたくしが努力を怠っていただけのことです」
「ヴェルファーナ……。正直に答えろ。お前がそこまで1番にこだわるのは、お前のうちの長女――天才と言われた先代の『炎の魔女』の悪評を払拭するためか」
ヴェルちゃんはぴくりと肩を震わせる。
グッと奥歯を噛んで、何かを堪えているように見えた。
「姉は関係ありません」
その一言を言うのが精一杯という顔をして、ヴェルちゃんは答えを返す。
口の端に宿った感情には怒りよりも、憎しみのようなものを感じる。
あの小さな身体で、ヴェルちゃんはきっと大きなものを背負っているのだろう。
天才といわれたヴェルちゃんのお姉さん。
あれ? でも、さっき魔術学校を落ちたって言ってなかったっけ?
別のお姉さんかしら。
「そうか。だとしても、お前の意見は受け入れられない」
「何故ですか!? 魔術師師団にそんな強制力は……」
「ああ。そんな強制力はない。辞めたいなら辞めるがいい。……ただお前は1番にこだわりたいと言った。仮にお前が来年も受験し、1番になれたとする。だが、ミレニア・ル・アスガルドがいない1番に何の意味があるのだ?」
ヴェルちゃんは大きく目を広げる。問いに対して答えることができず、そのままゼクレア教官は喋り始めてしまった。
「第二師団入団を決めさせたお前の実力と、この場で『辞める』といった矜恃だけは認めてやる。だがな、ヴェルファーナ。そうやって数字を並べたところで、お前がミレニアに負けたことは変わらん」
「それは――――」
声を震わせながら、ヴェルちゃんは何か言おうとしたけど、やはり反論はできなかった。
「1年後、お前がまた入団を許されるかもしれない。その時、お前は新兵。しかし、ミレニアは1年後、どうなってるか俺にもわからん。そんなミレニアを一生追いかけるつもりか? それともミレニアを無視して、自己満足の1位という勲章を掲げ続けるつもりか?」
ヴェルちゃんはずっと張っていた肩を落とす。
その瞳には失望がありありと現れていた。
「教官、あたくし――――――」
「あの~。私も辞退したいんですが……」
私は手を上げた。
ヴェルちゃんと教官のやりとりをずっと眺めていた受験生たちは、1つ息を呑んだ後。
『ええええええええええええええええええええ?????』
大きく声を張りあげた。
5
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる